僕に翼があったなら

まりの

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旅の空

大翼鳥がなぜ?

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 もうすぐ日が暮れる。
 そろそろ降りよう、そういってルイドが高度を落とした時、村の端っこの方に大きな木があるのが見えた。
「わあ、大きい木だね」
「あ、赤いのがいるぞ」
 ユシュアさんが見えてちょっとドキッとした。ユシュアさんは、いつも背負ってる大きな剣を地面に突き立てて、じっと立ってる。目を閉じてるのかな。
 魔法という程じゃないけど、ユシュアさんも時々不思議な力を使う。ああやって探し物の気配を探ってるんだろう。邪魔しちゃいけないから、ルイドとその場を離れた。
「おかえり」
 リンドさんと双子が笑って手を振って走ってくる。
 宿の近くの広場に舞い降りたルイドから、僕が降りようとした時だった。
 ばさばさ……。
 大きな羽根の音が聞えて上を見ると、またあの灰色の大翼鳥だった。僕達の上で羽ばたいて空中で止まってる。
「何かご用?」
「……」
 やっぱり返事が無い。ルイドもちょっと怒ったように吐き捨てた。
「挨拶もしないような礼儀知らずは放っておけシス」
「うん……」
 相変わらず何も言わない灰色の鳥は、頭を下げたと思うと突然僕に向かって急降下してきた。
「危ない!」
「シスっ!」
 リンドさん達の声と、ルイドが頭を持ち上げてくるっと向きを変えたのは同時だった。
 結果、僕はルイドの背中から勢いよく地面に落とされる事になって、肩を酷く打ちつけた。でも、痛いと思う間もなく目の前の状況に言葉を失った。
 ルイドが、お兄ちゃんがっ!
 すごい速さで急降下して来た灰色の鳥の嘴がルイドに刺さっていた。逃れるために首を振ったルイドから赤いものが飛沫になって飛び散る。
「お兄ちゃんっ!!」
「シス来るな!」
 灰色の鳥の目が駆け寄ろうとした僕に向いた。羽根を広げたまま今度は僕の頭をめがけてつつきに来た。慌ててしゃがんで、刺さりはしなかったものものの、ぶちぶちっと音がして、毛が少し持っていかれた。
「痛い痛いっ!」
「こいつ!」
 リンドさんが剣を抜いて灰色の鳥にかかって行ったが、大きな鳥は大きく羽ばたいて素早く飛び立ってかわした。剣では鳥には届かない。
 突然襲ってきた鳥は、そのまま今度は空高く飛んで行ってしまった。
「シス、大丈夫?!」
 マルクさんとラルクさんに抱き起こされてはじめて、恐怖を感じた。鳥に……大翼鳥に襲われるなんて。
「お兄ちゃんは?」
 駆け寄ってもう一度言葉に詰まった。
 真っ白の羽根を赤く斑に染めて、ルイドが蹲っていた。
「ルイド?」
「……お前は怪我しなかったか?」
「う、うん……でも……それ」
 視界の端で双子が宿の方に走って行くのが見えてた。でも僕は動けなくて。そろそろとルイドの首に手を伸ばす事しか出来なくて。膝がガクガクして僕、震えてる。
「大丈夫だ。片目だけだ」
 そう言って、ルイドはいつもみたいに僕の頭をかしかしってした。
 血がぽたぽたとルイドの右目から落ちてる。涙みたいに。
 僕は声をあげて泣いた。痛いのはルイドなのに。僕じゃないのに。

 マルクさんとラルクさんが宿から清潔な布と薬を持って走ってきて来てくれて、ルイドの怪我にすぐに巻いてくれたけど、もう二度と片目は見えないだろうと、誰が見たってわかった。
 野生でも怪我で片目を失うものもいる。そういうのは余程運が良くないと長生き出来無い。ルイドの場合はすぐに手当て出来るからバイ菌が入って病気になる事はないけど、まっすぐ飛べる様になるまで時間がかかるし、慣れるまではマトモに狩りも出来無いだろう。
「あの嘴がマトモにお前に当ってたら、大怪我か悪けりゃ死んでたかも。だからこんなので済んで良かったと思わなきゃ」
 ルイドの言う事はもっともなんだけど……それも大怪我だと思う。
「でもっ……!」
 他の獣や、人間に襲われたのならともかく、同じ種類の鳥というのが何よりショックだった。雑食だから小動物を襲う事もあるし、身を守るために戦う事もあるけど、大翼鳥は温厚。縄張り争いもしなのに……。
「シス、お兄ちゃんは一生懸命シスを守ってくれたんだ。だからいつまでも悲しんでたら余計失礼だよ」
 リンドさんの言う事はその通りなんだ。だからこそ僕はルイドにすまない気持ちで一杯で涙が止まらないの。
 僕のせいなんだ。僕のせいでお兄ちゃんが……。
「お、茶色頭わかってるねぇ」
 そうやってわざと明るくしようとしてるルイドが痛々しくて。
「シスは本当に怪我無い? 頭つつかれてたでしょ?」
 双子に両方から撫で回されて、やっと落ちた時に打った肩が痛いのに気がついた。腕が上手く上がらない。
「髪が抜けただけ。でもちょっと肩が……」
「見せてごらん」
「ん……」
 上の服を脱ごうとしたけど、動かすと痛かった。手伝ってもらってやっと脱いだ時、ひそひそ声が聞こえて、ここが外だという事を思い出した。村の人がちらちら見てる。
 こほん、とリンドさんが咳払いして村の人は散ったけど、すごく恥ずかしくて、やっと涙が止まった。こんな白くてへにょへにょの体を人に見られちゃった。
『君の体、他の人に見せちゃだめだよ』
 ユシュアさんにも言われてたのになぁ……。
「ちょっと赤くなってるだけだけど。これ痛い?」
「いたたたっ!」
 双子のどっちかに持ち上げられて、思わず悲鳴を上げた。
「ちょっとズレちゃってるね。治せなくも無いけど痛いよ」
 うへ。痛いのかぁ。ちょっと怖い。また泣きそう。
「どうした? 何が……」
 こ、この声はユシュアさんっ!
「お兄さん! どうしたその怪我は!?」
 まず顔に包帯グルグル巻きで、その上あちこち血だらけのルイドに驚いたようだ。なんでちょっとホッとしてるんだろう、僕。
「話は後で。シスも少し怪我をしてる。先に手当てしてから」
「なっ……!」
 リンドさんの言葉に、すっごく慌てた様子のユシュアさんに双子が簡単に肩から落ちて少し関節がずれてるとだけ説明した。
「慣れてるからオレがやろう。あ、暴れるといけないから皆押さえてて」
 ほえ? 立ったままがしっとリンドさんに後ろから抱きかかえられて、双子は片手と顔をそれぞれ……って、何っ? 何が始まるの?
「はい、これ噛んで」
 口に畳んだ布を噛まされた。うう、何か怖い。
「シス、ちょっと痛いよ。我慢して」
 色の違う目が至近距離で覗き込んでる。頷くと同時に、ユシュアさんに痛い方の肩と二の腕をがっしり掴まれた。
「んむむっ!」
 ぐりぐりってされて、叫びそうになったけど口塞がってるからむーむーしか言えない。
「んん……んっ!」
 痛い~! 目の前にチカチカ星が飛んだ気がするぅ!
「もうちょい。頑張れ」
「ううんんっ! ……んんっ……!」
 ごきんって音がして、はまった気がする。 
「よし、これでいい。後は少し冷やせば……」
 目が合った瞬間に、ユシュアさんが固まった。
「う、呻き声が……仰け反った顔が……」
「治療とわかってても……なんか……ねぇ」
「そんな涙目で見上げられると……オレ……」
「?」
 皆顔を赤くして、微妙に前屈みになって僕に背を向けたのは何でだろう。
 何故ルイドまでもぞもぞと向こう向いてるの?
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