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旅の空
灰色の大翼鳥
しおりを挟む結局、僕はまだキノアの国にいる。
あれから三日経っても、もう弓矢は飛んでこなかった。
僕はユシュアさんとルイドと一緒にほとんどいるけど、後ろからはトトイから来た三人もこっそり着いて来てる。最初は違和感があったのは段々と慣れてきた。
リンドさん達三人もテントを持ってるので、夜は少しは慣れた所で過ごしてる。料理上手な双子もいるのでユシュアさんも助かってるみたいだし、リンドさんもそこそこ強いので獣も追い払える。相変わらず僕だけ役立たずのなのがちょっと悲しい。
あの氷の様な王子様が、もう僕の事を忘れてくれたのならいいんだけどな。
今日は珍しく雨降り。
雨の少ないこの地方でも、年に数回は雨が降る。どんより曇った空は、もやもやしてる僕の心のよう。
今日は仕事にも移動にもならないからと、ユシュアさんも昨夜から泊ってる村の宿に足止め。宿の人が濡れるからってルイドも納屋に入れてくれた。
「今日は第三イドセノアの日だからね」
この世界では、何月何日とかそういう風に日付を言わない。百一の聖者様の名前を順番に三周りして元旦の代わりに年に一回大聖者様の日があってそれで年が変わるんだって。マルクさんとラルクさんに教えてもらった。文字も少し教えてもらったけど、僕はまださっぱり書けないし読めない。
「焦らなくてもいいですよ。私達も姫様に拾われるまで読み書きなんか出来なかったから」
そっか……双子も結構苦労して来てるんだよね。でも偉いなぁ。ちゃんと覚えたんだから。僕も頑張ろう。
「実はオレも書けないし、ほとんど読めない」
ユシュアさんが困ったように笑った。
それを聞いてリンドさん達は意外だと声を上げた。
「まあシスは鳥に育てられたのだからわかるけど、ユシュア君も? 何でも知ってそうなのに」
リンドさんはいい家の人だものね。いっぱい勉強したんだろうな。
「教えてくれる人がいなかったもので……」
「学校行ってないの?」
僕が言うと、皆不思議そうな顔をした。特にユシュアさんはすごく驚いたみたいな顔をしてる。え? 僕何か変わったこと言ったかな?
「学校って何?」
双子が首を傾げた。
「え? 子供が集まって勉強する所。ひよっとして無い?」
「読み書きや簡単な計算は親や村の年寄りが子供に教えたりはするし、優秀な者が専門の学問を学ぶ場はあるが……子供向けにはそういう場はないなぁ」
ふうん。そういうもんなんだ。そういえばトトイの町でも通った村でも学校っぽいの無かったよね。子供も普通に昼間外にいたし。
「シス……これ、読める?」
ユシュアさんが紙にさらさらっと何か書いた。あれ、さっき文字書けないって言ってたのに……。
それは、さっき双子に教えてもらった文字とは全然ちがう形だった。でもなぜか僕にはそれが読めた。
「あ い う え お?」
「読めるんだ……やっぱり」
ええ? なんで……って、あっ! そういえばマルクさんがユシュアさんは僕と同じ世界の人だったかもって……。
「ユシュアさん、前世の記憶ってある?」
「そういうシスは?」
むう。反対に訊き返されてしまった。
「少しある。でもほとんど全部忘れちゃったの。少しづつ思い出してはいるけど……僕小さい時巣から落ちたんだって。多分そのショックで?」
う~ん、話しちゃっていいのかな。ユシュアさんは詳しい話を出来無い事になってるんだよね確か。
「だから大事な事を思い出しそうになると頭が痛くなるの」
「そうだったのか……」
何だか微妙にユシュアさんが嬉しそう。
「今はまだ言えないけど、あと十三……課題を終えたら君には話す」
「わかった。待ってるね」
ドキドキ。何か、僕ホントに諦めなくてもいいかも?
横を見ると、にやっとマルクさんが笑ってた。リンドさんは複雑な顔をしてるけどね。
雨が上がって、もう午後も遅い時間になった。
ユシュアさんの八十九番目のお仕事は、この村の外れにある木の根元に埋まってるという、石の板を探す事だそうで、出来れば今日明日中に見つけたいと行ってしまった。
「他の人が手伝ったら駄目なんだって」
「そうか。じゃあ待ってるしかないな」
そんなわけでリンドさん達とお留守番。
リンドさんとユシュアさんはなぜかすごく気が合うみたいで、かなり仲良しになった。
双子曰く、リンドさんは誰とでもすぐにうちとけるタイプらしい。大きいのに空気みたいに傍にいても気にならないカンジなんだって。その点には激しく同意する。ユシュアさんは双子にはイマイチ距離を置いているみたいだ。それはきっと心を読まれてしまうのが嫌なんじゃないかって、本人達は慣れたものだ。僕に言わせるとマルクさんとユシュアさんは雰囲気が似てると思う。
「人から魔物の様だと言われて来たあたりが同じですから」
マルクさんは悲しげに笑う。そっか。そういうもんなのか。
「一度私達も見てみたいですね、ユシュアさんの羽根」
「すごくすご~く素敵なんだよぉ。一緒にね飛んだ時……」
思い出して、ぽっと顔が熱くなった。ちゅってしたの思い出して。
「あー何? シスが赤くなってるぅ」
「何かムカっとしなくもないけど、可愛い」
三人とも撫で回さないでください。良かった、ユシュアさんがこの場にいなくて……。
ぼけっと何もせずにいるのも何なので、村を散策がてら移動に必要になりそうな物を探しに行く事にした。近くの茂みには薬草も生えてるって村の人が言ってた。
「まだ注意はした方がいい。あまり出歩くのはおススメしないよ」
リンドさん達は慎重だ。でも、僕だって何かしたい。
外に出るとルイドが空を見上げてじっとしてた。
「ルイド何してるの?」
「ん、さっき仲間が飛んでた」
「大翼鳥?」
「うん。濃い灰色のすごく大きいの」
お兄ちゃん、何だか元気ない。仲間を見て懐かしくなっちゃった?
「俺、鳥の言葉喋ってる?」
「うん。普通だよ」
「挨拶しても返事なかった」
そっか。だから落ち込んでたのか。
でもおかしいな。大概どこででも仲間を見かけたら挨拶するのが鳥のお約束なんだけど。ルイドの事が見えなかったのかな?
「きっと気がつかなかっただけだよ。気にしなくても大丈夫」
首にむぎゅって抱きついてふかふかに顔を埋めるとルイドもくるくるって喉を鳴らした。
そうだ。空の上なら安全だよね?
「ねえ、ルイドとちょっと飛んで来ていい? 遠くには行かないし、高い空の上までは弓矢も飛んで来ないでしょ?」
「そうだな。下は私達が見張ってるから。すぐに帰って来るんだよ、日ももうそう長くないから」
リンドさんもいいって言ったから、僕はルイドの背中に乗った。
たまにはお兄ちゃんと二人っきりもいい。
「賑やかなのはいいけどさ、やっぱりルイドと一緒にいるのが一番落ち着くよ。大好き、お兄ちゃん」
「こ、こら、すりすりするな。落ちたらどうする」
雨上がりの空気って気持ちいいね。気がついたけど、真っ白だったルイドの首の後ろの羽根に微かに青い部分がある。
「何か模様あるね、ルイド」
「婚姻色だろ。繁殖期の証拠だ」
……やっぱり繁殖期なんだ。
「崖に帰らないの?」
「帰らないって言ったろ。それに今年はまだ早いよ」
決意は固いみたいだね。僕のせいでって思うとちょっと胸が痛い。まあ言う通り、まだ巣立って一年目だから親になるには早いだろうけど。
「お兄ちゃん……もしムズムズしたら、その……僕で良かったらお手伝いするからね。ルイドだったらいいよ」
「お、お手伝いってお前……」
あ、なんか気持ちルイドが温かくなった気がする。照れてる?
村の上空をくるっと回るようにルイドが飛ぶ。この先どっち方向に行くのかわからないけど、この国はどこも緑が多くて綺麗だね。森や草原、畑、遠くの村も見える。彼方に大きな町も見える。トトイでもそうだったように、あそこには人がいっぱい住んでる中心なんだろうか。うっすらと霞んでしか見えないけど、一際高い建物が見えるのはお城かな。
お城……あの王子様もあそこに住んでるんだろうか。なんであんな外れに狩りに来てたんだろう。
思い出すとムカつくけど、とても綺麗な人だった。
そんな事を考えてると、かなり高い所を飛んでるルイドよりもまだ上に、大きな影が過ぎった。
大翼鳥だ! わあ、大きいなぁ。成熟した大人の鳥だ。
「こんにちは!」
大きな声で挨拶したけど、何も言わずにその灰色の鳥は行ってしまった。なんか感じ悪い。
「ルイドが言ってたのあれ?」
「ああ、愛想悪いよな」
でもまだ近くにいたんだ。なんか、変なの。
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