僕に翼があったなら

まりの

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旅の空

氷の王子

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 僕はぶるぶるっと体が震えるのを感じた。
 怖くてというより、あの氷のように冷たい目をした人を思い出して。
 危ないから、そう言ってユシュアさんは早々に僕を宿に送ってくれた。勿論指一本触れてはいないけど。
 ユシュアさんはリンドさん達に、弓矢の話を簡単にして、僕を守ってくれとお願いしてた。ユシュアさんだって危ないと思う。ルイドだって心配。でも、強いから大丈夫だって言われたら、何も言えなかった。信じてないみたいだもの。僕だけなんでこう弱っちいのだろう。
 情けないなぁ……。
「どうしてシスが狙われなきゃいけないんだ?」
 リンドさんや双子にも昼間のウサギさんの事を話した。
「僕も怒ってたし、きっと冗談だと思ってたけど、その人は最後に今度見かけたら狩るって言ってた」
「酷い話だな。確かに狩場にまた入ったならともかく……村の中だぞ? いや、たとえそうで無くても駄目だろ、シスを狩ったら」
 うん、まあ幾ら守ってろと言われても、僕を膝に乗せてぎゅーってしてるリンドさんも駄目でしょ。ほら、マルクさんとラルクさんがすごく睨んでるし。
「シス、その人はどんな人でした?」
 しれっとリンドさんの手を解きつつ、マルクさんが訊く。
「あんまり思い出したくないけど、銀色の弓を持った白い人だった」
 はあっ、と溜息が聞えた。だってそうだったんだもん。
「……もう少し具体的に」
「えっと、僕よりピカピカの銀色の髪で、肌も僕と同じくらい白かった。目は青。背は……ユシュアさんくらい? リンドさんよりは小さくて細かった。後は、そうだ。ぴかってした綺麗な服を着てた」
「良く覚えてるじゃないか。おりこうだね」
 三人にナデナデされた。そこ、褒めるとこなのかな? ものすごくちっちゃい子扱いされてる気もしなくはない。
「この辺りでは珍しく無いですか? 男でシスほど肌が白くておまけに銀髪なんて」
 うーん、と三人が考え込んだ時、
「このキノアの第二王子のフィラン様では無いでしょうかね」
 お茶を持って来てくれた宿屋のおばさんが横から言った。そういえばそんな名前だった気がする。
「すみませんね、聞こえたもので」
 おばさんはすぐに出て行きかけたが、リンドさんにそんな名前だったと言ったら、おばさんを引き止めた。
「いえ、有難い。よろしければ詳しい話を聞かせてもらえませんか?」


 このキノアの国のアキレア王には王子が二人いる。
 現在二十二歳の長男のアトス王子は十二の歳に竜馬から落ちて大怪我をし、気の毒な事に寝たきりで動けなくなってしまった。王妃は悲嘆に暮れ、数年後病で亡くなったという。
 だが王には実は亡き王妃に内緒でもう一人息子がいた。海の向こうの遠い国から来ていた歌唄いの女性との間に出来た子。アトス王子より二つ年下のその子がフィランだった。
 身重のまま国に帰った歌姫が男児を出産した事を王や側近は書簡で知っていたが、正式な跡継ぎがいる事から秘密にしてあった。また、母親はフィランを産んだ後、故郷で王家の後妻に入ったという。お互いに子持ち同士であったにも関わらず、王に輿入れを請われるほどに美しい女性であったのだ。
 だが、アキレア王もこのまま寝たきりの王子を跡継ぎにする訳にもいかず、何とか自分の血を引いた息子を手に入れたかった。何とか交渉を重ねているうちに、相手側の王と母親との間に出来た末の王子が行方知れずになるという事件が起きた。まだ歩きも出来無い赤子を警備の厳しい城から誰がさらったのか未だにわからないが、母は悲しみのあまり気がふれてしまった。フィランにとっても唯一血の繋がった兄弟だった事から、その悲しみは大きく、城の中は居心地のよい場所では無かった。
 それから数年後、十二になったフィランは自ら海を渡り実の父であるアキレア王の元へとやってきたのである。
 その母親そっくりの白く美しい外見と、誰にも心を開かない冷めた態度から、キノアの民からはフィランは『氷の王子トラス・フヘ』と呼ばれている。



 おばさんのお話を聞いてて、リンドさんが鼻をずずっとした。
「何で泣いてるの? リンドさん」
「色々と可哀想な話ではないかっ……!」
「リンド様は涙腺弱いですからねぇ」
 双子はちょっと呆れている。
 まあ、結構苦労してる感じだけど、これが本当にあの人なら、僕はそんなに同情しないかも。
「しかし王族とは。早々にこの国を出た方がいいかもな」
「でも僕……」
 ユシュアさんと離れたくない。一緒に居て欲しいってくれたもん。まだこの先も幾つかご用があるって言ってたし、せめて探している人が見つかるまでは一緒に――――。
 運命の人を探してる……思いだして、また胸がきゅっとなった。その人がみつかった時、僕はきっと耐えられないくらい悲しいはずなのに……だったら別に今離れたほうが楽なのに。もし、また矢が飛んできたりしたら、ユシュアさんやルイドも危ない目に遭わせてしまうのに……それでも、ほんの少しでもいいから一緒に居たいって思うこの気持ちは何なのだろう。
 つい、悶々と考え込んでたみたいで、気がつくとふわっと優しく髪を撫でられてた。リンドさんの手。
「シスはユシュア君と一緒に居たいんだな」
「うん……」
 緑の目がちょっと細められるのが、見ててワケも無く切なかった。
「僕、リンドさんも、マルクさんもラルクさんも、ルイドも大好き。でも……ユシュアさんの好きはちょっと違うの」
 ゆっくり動いてた手が止まった。
「そういうのを、恋してるっていうんだよ」
「恋……僕もオスだし、ユシュアさんもだよ?」
「好きになるのに男女は関係ない。私はシスに本気で恋してるよ」
「うわ、リンド様がさりげなく告白してるっ!」
 すかさず入れられたラルクさんの横槍でちょっと助かった気もしなくも無いけど。告白? ええと……。何か本日二回目な気が……。
「昼間ルイドにも似たような事を言われたけど」
「お、お兄ちゃんも頑張ったんだな。そうか、それで拗ねてたのか」
 真赤だよ、リンドさん。泣きそうな顔になってるよ? 何だかすごく愛おしくなって、今度は僕が茶色の髪をナデナデしてみた。
「上手く言えないけど……ありがと。それにゴメンなさい」
「シス、案外きっぱりフッたね」
 なぜか双子が拍手をしている。そうなの? そういうものなの?
「リンドさんゴメンね」
「うん、もう一回謝らなくていいから。君がどう思おうと、私の気持ちは変わらないからね。言っておかないとスッキリしなかったから」
 まったく罪悪感が無いわけじゃない。僕だって思いきって言うには相当の覚悟がいるんだってわかるもん。傷付けちゃったかなと心配したけど、笑顔も見えるから大丈夫だよね?
「僕、ユシュアさんの事好き。だから一緒に居たいんだけど、でも……これが恋なのなら叶わないんだっていうのもわかってるもの」
「どうして?」
「…………」
 どう説明していいのかわからなかった。言葉が出てこなくて。
 でもリンドさんはもうそれ以上訊かなかった。そういう所が好きだよ。
「とにかく、先の事は朝になってから考えよう。乱暴なやり方だが、ひょっとしたらその王子とやらもシスに一目惚れしたのかもしれない」

 もう寝なさいって言われてベッドに入った……のはいいけど。
「違う部屋あるのに何故皆ここ?」
 もう一個あるベッドには双子が一緒にせまっ苦しくいて、リンドさんに至っては硬そうな長いす。
「あんな事があったから護衛だ」
「私達はリンド様が良からぬ気を起さないための護衛です」
 うう~ん、リンドさんはともかく、双子の護衛の意味がわからない。
 でも、賑やかなのは嬉しい。
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