僕に翼があったなら

まりの

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旅の空

ずっと一緒にいたい

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「ホントにもう大丈夫だから……」
「駄目だよ。まだ少し顔色悪いから寝てなさいね」
 ここは村の宿屋。最近はずっとテントに寝てたので久しぶりのふかふかベッド。
 別に病気じゃないのに、慌てた皆が僕を抱っこして連れてきてくれた。で、寝かされてるんだけど……落ち着けない。
 う~ん。ものすごい視線を感じる。
 頭が痛いのは治ったけど、息苦しい。っていうか別の意味で痛いよ。視線がちくちく刺さりそうだよ。
「ちゃんと食事してた? 怖い目に遭わなかった?」
「もっとちゃんと顔見せて。怪我とかしてない?」
「う、うん……」
 双子にナデナデされまくってます……。
「どうしてここに?」
「君を追いかけて来たんだよ。王にも君を城に連れ戻してくるようにと命令されたしね」
 ……やっぱりそうかぁ。僕、最後まで約束守ってないもんな。勝手に出てきちゃったし……。
「でも安心して。無理強いはしないから。私達はね、君に会いたかっただけだから。顔を見てホッとしたよ」
「……勝手に出てってごめんなさい」
「あああっ、もう本当にかわいいいいぃ!」
 ぐえ。二人同時に被さられると今度は違う理由で寝こみそうだよ。
 起き上がると窓の外がもう夕焼けで赤く染まってた。夜が来る。
「ユシュアさんは?」
「リンド様と話をしてるよ」
 む。ユシュアさんは綺麗だからリンドさんが変な気にならないでしょうね? いやいや、そうじゃなくて。ケンカにはならないと思うけど色々心配。それに日が暮れる前に……。
「僕も行く」
「大丈夫だよ、リンド様もあの人を苛めたり責めたりしないから」
「そうじゃなくて……時間が無いの」
 別に姿を見られてもこの人達なら大丈夫だとは思うけど、ユシュアさんが嫌な気分になるだろう。あの人が傷つくのを僕は見たくない。
 マルクさんには何かが通じたらしい。何も言わずに、そっと手を引いて連れていってくれた。
 隣の部屋の前に立つと、意外にもも笑い声が聞こえて来た。
 双子がとんとんってしたら返事があったので、ドアを開けると笑い転げてるリンドさんとお腹を抱えてるユシュアさんがいた。
「おや、すっかり仲良くなってるじゃないですか」
 呆れたような双子の声。僕もちょっとびっくりした。
「楽しそうだね」
「うん。色々面白い話を聞かせてもらったから。シス、もう大丈夫?」
「平気。それよりユシュアさん、もう……日が暮れる」
 僕が言うと、さっとユシュアさんの顔が翳った。ずき、と胸が痛む。
「じゃあオレ、そろそろ自分のテントに戻ります」
「部屋とってあるよ。夕飯も一緒にとろう」
「お言葉は有難いですが……シスをお願いします」
「僕も一緒にっ!」
 早々に出て行きかけるユシュアさんに思わず縋りつきそうになったが、手で『待った』されて触れる事も出来なかった。更に胸が痛んだ。
「大丈夫。置いて行ったりしないよ。今日はこの人達と久しぶりにゆっくり話もあるだろ? お兄さんも外で待ってるから……ね?」
 何も言えなくて、ただ頷いた。
 久しぶりの温かいお風呂にも入れてもらって、お城から持って来てくれた着替えを出してもらい、随分スッキリした。夕飯もかなり豪華だった。でも心は晴れなくて……。
「元気無いね、シス」
「ん……」
「そんなに気になる? あの人の事」
「…………」
 折角、皆良くしてくれるのに申し訳無いけど、でも僕……。
「そうだ、料理を包んでもらおう。シスがユシュア君とお兄さんに持っていってあげるといい」
 リンドさんが言ってくれた。わあ、それいいね!
「でもちゃんと帰って来るって約束してくれ。今日はここで寝るんだよ。私達も君と話をしたいからね」
「うんっ!」
 やっぱりこの人達は好きだ。僕はこの人達に何も言わずに出てきた事を、本当に悪かったと思う。お城からここまで遠かったと思う。大変だったと思う。追いかけて来たと言うのはちょっと気になるけど、でもまた会えて嬉しいのは確かだよ。

 宿屋を出ると、すぐ近くにユシュアさんのテントがあった。外で火をおこして夕飯の準備中みたい。ルイドがその背中にくっつくみたいにいる。お兄ちゃんは最近火を怖がらなくなったから普通に側にいるのが面白い。
「シス、いいのか? 向こうで寝るんじゃなかったのか?」
「今晩はリンドさん達と一緒にいるね。夕飯持ってきたの。あ、宿屋の人が朝お風呂も使ってって言ってたよ」
 顔を見たかったのが一番の理由なんだけど、ちょっと恥ずかしいからそれは言わない。
「ありがとう。あ、触れるといけないから兄さん受け取って」
「はいよ」
 ……何かいいコンビだね。妬けちゃうくらい。ルイドの言葉はわからないはずなのに、信頼しきってる感じ。ルイドも羽根もあって嘴もあるユシュアさんのほうが、僕より近しいものを感じるのかもしれない。
 食べ物の包みをルイドの嘴に渡して、僕も火の前にしゃがんだ。
 赤い火の向こうで、それよりも赤い髪が光ってる。何時もは違う色の目が、火の色を映して両方とも金色に見えて不思議。
 ずっとずっと見てても飽きない、その顔……。
 じっと見てたら、目が合った。何だか恥ずかしくて目を逸らした。
「シス、いい匂いがする」
「へへ、温かいお風呂に入ったの。石鹸と香油の匂いだよ」
 何だかそんなどうでもいい一言も嬉しくて。ぎゅっとしてくれた腕の感触がまだ残ってるみたいで。もう一度頭をガシガシって撫でて欲しくて。そしたらまた何か思い出しそうで怖いし、日が昇るまではユシュアさんが決して僕に触れない事もわかってるのに……。
 ああ、やっぱり胸がきゅーっとする。
「ねえ、リンドさんと楽しそうに何の話をしてたの?」
「ん? ヒミツ」
 あ、何。その笑顔。よし、後でリンドさんに聞こう。
「君がトトイの城から逃げて来たのを聞いて、少し驚いたけど……でもあの人達はちゃんと自分達が君を苦しめてしまった事を反省してるし、命令されて追いかけて来たっていうより、自分達の意思で来たんだってわかったよ。とても好きで心配なんだね、君の事が」
「僕はリンドさん達を恨んで無いよ。あの人達は好き」
「トトイに帰る?」
「……それは……イヤ」
 別にお城が嫌いだったわけじゃない。王様だってどっちかっていうと好き。王様もお姫様も、もうルイドを無理に引き止めたりしないだろう。話せばちゃんとわかる人達だもの。
 でも……僕はユシュアさんといたい。ずっとずっと一緒にいたい。
 こんなに近くにいるのに触れられなくても、探してる人が僕じゃなくても、それでもいい。
「僕……きっと皆に迷惑かけてると思うけど……でもまだお兄ちゃんやユシュアさんと一緒にいたい。駄目かな?」
 ユシュアさんはすぐには答えてくれなかった。そのほんの少しの間も酷く長く感じて、悲しくて、ドキドキする。
「オレも……」
 やっと返って来た答えはよく聞えなかった。俯いた顔は、火の色を映してよくわからないけど、何となく赤く見えた。
「迷惑なんかじゃない。オレもシスと離れたくない。一緒にいてほしい」
 嬉しかった。ホントのホントに嬉しかった。
 しばらく、ぼうっと余韻に浸ってるとルイドがすすすっと寄って来て、僕にくっついた。あれ? お兄ちゃんひょっとしてヤキモチ?
 でも違ったみたい。嘴を耳元に寄せてルイドが囁いた。
「なあ、シス。さっきから嫌な視線を感じる」
「リンドさん達がこっそり見てるんじゃない? 心配性だし」
「茶色頭や同じ顔の奴等じゃない。もっとこう、冷たい感じ」
 何だろう、ルイドが酷く緊張してる。ユシュアさんも何かに気がついた様に、そっと剣に手を伸ばした。
「伏せろ!」
 ユシュアさんの声と、ルイドに襟首を咥えられて強く引き寄せられたのは同時だった。
 カン、と何か音がした。剣で何かを受け止めた音?
「誰だ!?」
 何が起きたのかはわからなかったけど、すごい速さでユシュアさんが火を飛び越えて走って行くのが見えた。
 ルイドは僕を首で巻き込んで抱え込んでる。
「シス、怪我は無いか?」
「う、うん……」
 何? 何なの?
「逃げられたな。何者だ」
 剣を鞘に納めて、ユシュアさんが難しい顔で帰ってきた。
「いきなり射ってくるなんて……」
 ユシュアさんが拾いあげたもの。それは弓矢だった。
「あ、それは……!」
 この矢は知ってる。あのウサギさんを射抜いたのと同じ矢。
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