僕に翼があったなら

まりの

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旅の空

お兄ちゃんの幸せ

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 気持ちいい風が吹いてる。
 緑の爽やかな匂いに、時々花の甘い香りが混じってて、僕は思いきり深呼吸した。
 僕がいるのは草原。この辺りは緑がとっても多い。雨は年に数回しか降らないけど、谷になってて地下にいっぱい水がながれているそうで、トトイの王都近くの荒野とは違い潤ってるカンジ。
 昨日は森で寝た。その森が国境で、今はトトイのお隣の国キノアに入ったんだって。国境って、通行手形とかあって、怖い人が見張りに立ってる、そんな感じだと僕は思ってた。でも全然そんな風じゃなかった。
 草原の向こうに小さな村がある。ユシュアさんのお仕事を邪魔しちゃいけないから、ルイドと草原で待ってる。お手伝いしたいけど、自分でやらないと数に数えてもらえないんだって。
「ふあ~。気持ちいいな」
 空をくるくる回ってたルイドが降りてきた。
「うん。ルイド見て、草の実をみつけた。お母さんが前にくれた美味しいのと同じだから食べられるよ」
 さくらんぼほどの紫の小さな実。これね、甘酸っぱくて美味しいの。
 あーんと開けたルイドの口に何個か放り込む。
「あ、懐かしい味。そっか、こういう所になってるんだな」
「お母さん、元気かな?」
「大丈夫だ。母さんはオスにだってケンカで負けない強いメスだぞ。きっと新しいオスともう卵産んでんじゃない?」
「そうだね。ちゃんとした弟か妹が出来るといいねルイド」
 そう言うと、ルイドは嘴をすりすりして僕の頬を撫でた。
「俺の弟はここにもういるよ。大事な大事な……」
「……お兄ちゃん……大好き」
 何でこんなに優しいの? 本当なら僕が人間だってわかったら嫌いになるよね。でもずっと一緒にいてくれて、こうやってナデナデしてくれる。僕はルイドが大好きだから嬉しいけど、いずれはルイドだって可愛いメスをみつけて、つがいになって新しい命を繋いでいかなきゃいけないんだ。
 さっきの紫の実で思い出した。お母さんが僕達に採って来てくれて、口の周りも羽根も紫色にして食べてるのを見て、ギラおじさんが『そろそろ繁殖期だな』そう言ってたのを。そわそわして、どこのメスとつがいになろうとか、お母さんに相談してたのを。
 ちなみにギラおじさんはお母さんの弟だから、姉弟でつがいにはなれない。大翼鳥はつがいのメスが卵を産んで無事孵ると、お父さん鳥は遠い旅に出る。帰って来ないのもいるし、繁殖期になると戻ってくるのもいる。つがいのメスが卵を産めなかったり、孵らなかったり、雛が死んでしまったオスは、他の抱卵中や子育て中のメスを次の繁殖期まで外敵から守ったり相手を物色しながら過ごすんだそうだ。おじさんのつがいの卵は二度も孵らなかった。だからお姉さんであるお母さんの所にちょくちょく見回りに来てくれて、僕達にオスとしての色々な事を教えてくれた。
「ルイド、崖に帰らないとメスを選べないよ。繁殖期が来たら……」
 言いかけた僕の口を塞ぐ様にルイドは嘴でチュッとした。ちょっと痛い。でも加減を知ってるから怪我をするほどじゃないけど。
「俺……戻らない。きっとメスを見ても愛せないと思う」
「どうして? ルイドほど男前のオスはなかなかいないよ? きっとモテモテだと思うんだけどな」
 僕の首筋の辺りをニオイを嗅ぐ様にルイドの嘴がすべる。くすぐったくてぞわぞわってした。お兄ちゃん、ちょっと変。
「この頃、わかるんだ。もう繁殖期に入るって……時々ムズムズする」
「だったら余計……」
 また、途中で口を塞がれた。
「俺は……シスと一緒にいたい。誰にも渡したくない」
 何だか胸がきゅっとして、ふかふかした羽毛に顔を埋めるとルイドがドキドキしてるのがわかった。何時もより少しだけ早い鼓動。
「ここまでさんざんお世話になってるし、酷い目にもいっぱい遭わせた。ゴメンね、ルイド。でもね、僕、これ以上お兄ちゃんの幸せを邪魔をしたくない。繁殖期にはつがいになる相手を選んで、次の子供を作るのが大人の鳥の幸せだよ。だから自由にしていいんだよ」
「俺の幸せは……違う」
「ルイド?」
 ばさ、って音がしてルイドが羽根を広げた。前に回して抱きしめるみたいに僕を包んだ。お母さんがよくやってくれた『抱っこ』。
「俺の幸せはお前と一緒にいること。好きだ、好きだから……」
 お兄ちゃん? どうしてそんなに悲しそうに目を閉じてるの?
「僕もルイドが好きだよ」
「……お前の言う好きと俺のは違うと思う」
 それはどういう事とは訊かなかった。好きにも色んな種類があるって、僕も知ってるから。でも……じゃあ、えっと……。
 それ以上、ルイドは何も言わなかったし、僕も訊かなかった。
 訊けばもういつも通りの顔で一緒にいられなくなりそうで。ルイドも言えば一緒にいられないかもって思ったのだろうか。
「もうちょっと飛んでくる」
「ん……」
 何時もと同じ顔で、飛び立って行ったルイドを、僕は見えなくなるまで目で追ってた。

 ユシュアさんはまだ戻ってこない。ルイドも何処まで行ったのか帰って来ない。一人っきりになって、何もする事が無くて、かといってぼうっとしてると色々と頭の中がうわーんってして。
 そっか、ルイドもムズムズしたりするんだ。きっと繁殖期だから、あんなこと言ったんだよ。僕はメスじゃないし卵も産めない。でも血の繋がった兄弟じゃないからつがいになれなくも無い。それにお城で王様に教えてもらったから、オス同士でも繋がる方法はあるんだってわかった。思い出しただけですっごく痛そうだけど、それでもし気持ち良くなれるのならルイドだったら許してあげてもいいとすら思える。体の作りも鳥じゃないから出来るのかはわからないけど……。
 僕も変なのかもしれない。この前から変。夜のユシュアさんの姿を思い出すとこう、ムズムズしちゃうっていうか……そんな時にルイドにかしかしされると、胸や腿に嘴がつかえるだけで体がびくんってする。変な声が出そうになって堪えるのに必死。気持ちよくて、元気になっちゃいそうで怖い。
 そういえば、昨夜ユシュアさんも元気になっちゃってたね。人間も繁殖期ってあるのかな。発情期? ユシュアさんも他の人とお互いに気持ち良くなる事するのかな? 何か嫌だな。他の人とって考えたら、また胸がずきんってした。他の人となんかしないでね。僕と……。
 うっ、何考えてるんだろう、僕。バカバカっ。やっぱり変。
 忘れようと思って、ちょっと意味も無く草原を走ってみた。
「きゃっ、人間っ!」
 僕に驚いたのか、草の中から小さな獣が飛び出した。ウサギさん? 耳がそんなに長くないけど、ぴょんぴょん跳ねるのが似てる。僕の記憶の中にあるウサギという動物よりはまんまるのふさふさ尻尾がかなり大きいし、色も薄緑っぽい。草原にあわせた色なんだろう。
「ゴメン、びっくりさせちゃって。逃げないで」
「え?」
 声を掛けると、薄緑の可愛い生き物は僕の方に近づいて来た。ひくひく鼻を動かすのと、ちっちゃな前歯がのぞいてるのがいかにも草食ってカンジ。
「あんた人間でしょ? どうしてあなたの言葉がわかるのかしら」
「僕が君の言葉で喋ってるから」
「変わった人間ね。ワタシの事食べる? 尻尾とる?」
「食べないし尻尾もとらない。僕、退屈してたの。一緒にいていい?」
「ふふふ。ワタシもねちょっと退屈。もう草もお腹いっぱいになったし。遊んであげようか、坊や」
 む。こう見えて結構お姉さんなんだな。坊やと言われてしまった。でも一人ぼっちじゃ無いのは嬉しい。
 ウサギさんと一緒に追いかけっこしたり、ごろんとしたりしてしばらく一緒に遊んでた。ふさふさ尻尾を触らせてもらって、何となく幸せな気分。こんな気持ちのいい手触りはじめて。
 どっちが高くジャンプ出来るか競争にをしてた時だった。
 ひゅんっと何かが僕の横をかすめて行った気がした。
「あっ……」
 ウサギさんが急にぱたっと地面に落ちた。
 何が起こったのか、一瞬では理解出来なかった。駆け寄ると、ウサギさんの背中に、羽根のついた棒が刺さってた。弓矢。
「痛い……」
 生きてる。慌てて矢を抜いて、抱きしめた。
「にげ……て。人間が来る」
「やだよ。死なないで!」
 さっきまで元気に動いてたのに、いっぱいお話してくれたのに。可愛いふわふわの体から段々力が抜けて行く。
 ざくざく。草を踏む音が近づいてくる。弓矢を使うのは人間。どうしてこんな酷い事をするの!
「僕の獲物だ。こっちに渡しなさい」

 冷たい声が聞こえた。

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