僕に翼があったなら

まりの

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籠の鳥

人間の街を見る

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「君に刃物を向けるなんて、お芝居とはいえ私達も辛かったんだよ」
 マルクさんかラルクさんのどちらかが言う。悪いけど、ホントまだ二人の区別がつかない。もう何度目だろう、彼らはずっと僕に謝りっぱなしだ。
 ルイドにつつかれた傷が余程酷かったのだろう。綺麗な顔のあちこちにまだ残ってるのが痛々しい。
「二人には怒ってない。僕が許せないのはお姫様だけだよ。あと王様」
 リンドさんもそうだけど、二人が命令されて仕方なくやったのは幾ら僕だって理解出来る。群れのリーダーの言う事は絶対なのは、動物も人間も一緒だもの。下っ端は絶対服従が掟なのだ。
 僕はルイドに会わせてもらった。繋がれてはいなかったものの、魔法は解いてもらえず、無気力なルイドを見てすごく悲しくなった。でもルイドは、僕の事はわかったみたいで、抱きつくと頭をかしかしってしてくれた。
 僕は決めたんだ。お兄ちゃんを守るって。そしていつかルイドの魔法が解けたら、二人で遠くに逃げようって。
 その機会を待つ事にした。もう五日経つけど、その機会はまだ来ない。
 ちょっとイライラしてきたところに、気晴らしにと双子に誘われて一緒に街に出てみる事にした。お城の中ではどこで誰が話を聞いてるかわからないから、外で話した方がいいってリンドさんに勧めてくれた。
 リンドさんはああみえて、実はお城の人の中でもかなり偉い人であるらしく、とても忙しいみたい。
 お姫様は……お城の近くにお姫様だけの家があるそうで、そちらにいる。一度会いに来た時に、絶対に会いたくないって隠れたら、何も言わずに帰っていった。
「姫様も結構反省しておられるのですよ」
 そう双子は言うけど……。
「でもルイドの魔法を解いてくれないじゃない。そうだ、二人は兄弟でしょ? だからわかると思うけど、自分達が僕と同じで、どちらか一人が捕まったらどう思う?」
「……嫌だね。考えたくも無いよ。きっと姫様を恨むね」
 ぶるぶるっと身を震わせたのはどちらだろう。
「そうでしょ? ルイドは赤ちゃんの時から一緒に育った僕のお兄ちゃんなんだよ。大事な兄弟。人間じゃなくても一緒なの」
 僕の訴えに頷きながら、ちょっと涙ぐんでるのはラルクさんの方だろう。顔で見分けはつかないけど、性格がちょっとだけ穏やかなのが弟のラルクさん。ちょっとだけ勝気なのが兄のマルクさんだ。
 しばらく黙って顔を合わせてた二人が、鏡に映したみたいに同時に頷いて、僕の方を見た。
「よし、決めたよ。たかが使用人の私達に何が出来るかはわからないけど、シスのお兄ちゃんを放してもらえるよう、全面的に協力しよう」
「ホント?」
 うんうん、と何度も頷く二人に嬉しくて抱きついた。
「言ったでしょう? シスの人間のお兄ちゃんだもの、私達は。だったらルイドも兄弟でしょ? 兄弟が困ってるのは嫌じゃ無いか」
「ラルクさん、マルクさん……僕、嬉しい!」
 ここ数日で一番嬉しかった。ちょっと変な人達だと思ってたけど、やっぱりいい人なんだね。
「久しぶりに笑ったね」
「やっぱり笑ってる方が可愛いよ」
 また両方からナデナデ。
「じゃあ、街を案内してあげるね。相手を知るにはまず人間の事をよく知らなきゃね。人の生活や考えがわかったら何か思いつくかもしれないよ」
 おおお。さすがはお兄ちゃんだ。僕はすごく感動して、二人と手を繋いで一緒に街を歩いてみた。

 街は賑やか。せいぜい二階までの背の低い石と土で出来た建物がほとんどで、高い建物は見張り台の搭くらいしかないけど、人がいっぱいでいろんな物がある。果物を並べてるところ、綺麗な服を掛けてある所、表に椅子が置いてあって、人が物を食べたり飲んだりしてるところ……。
「店がいっぱいあるだろ? お金で物を買うんだよ」
「お金……」
 何となく思い出した。食べ物や飲み物、服なんかは自分で採ってくるんじゃなくて、お店で買うんだ。お金を払って。この世界も僕の記憶の中にある世界と同じなんだね。
「私達が持ってるから、欲しいものがあれば言ってくれればいいよ」
「お金はどうやって手に入れるの?」
「働くと貰えるんだ。仕事をするんだよ。私達は姫様の使用人だけど、王様からもらっている事になってるね」
「仕事……」
 マルクさんもラルクさんも、そういえば食事の用意やら、掃除やらしてたもんな。あれも仕事だよね。
 二人は色々と教えてくれる。
「仕事といっても色々あるよ。店で物を売ってる人も仕事。畑で野菜を作る人も、それを料理して出す人も。布を織る人もその布で服を作る人も仕事。ほら、あそこで槍を持って角に立ってる衛兵も、街を守る仕事だよ」
 人間ってすごいんだね。そして大変だなぁ。お腹が空いても働かないと食べられないんだね。
「僕もお仕事あるかな?」
「もう少し大人になったらね」
「巣立ったから僕大人なんだよ」
 くすくすっと二人が笑った。何か僕、面白い事言った?
「ほら、いい匂いがするね。ちょっと座って何か食べようか?」
 誤魔化された気がしなくも無いけど……ホント美味しそうなニオイがするぅ。
 串に刺したお肉を焼いてるお店で、マルクさんが慣れた感じで注文してくれた。お店の人は焼けたお肉を薄いパンみたいなのに挟んで、無造作に紙に包んで渡してくれた。あと、果物の匂いのする飲み物。
「美味し~い!」
 初めて食べる味だったけど、ものすごく美味しかった。夢中で食べてると、二人はじっと僕の方を見て手を止めてた。
「何? 何かついてる?」
「いや……あんまり幸せそうに食べてるから、見惚れちゃって」
 変なの。ああ、そうだ。ちょっと暑くなってきた。何故かお城を出るときに二人に頭から布を被せられて、頭隠れてるんだよね。
「ねえ、これ脱いでいいかな? 暑いよ」
「人が多いから……君の髪は目立つよ」
 そう言われてみれば、街ですれ違うのは黒や茶色、青っぽい濃い色の髪の人ばかりで、僕みたいなピカピカした色の人はほとんどいない。肌の色だって、双子もそうだしリンドさんもそうだけど、男の人は褐色や濃い人が多くて、僕みたいに白いのはたまにいても女の人だけだ。
「僕って……見た目が変? やっぱり人間じゃない?」
「変じゃないよ。違う国の人は君みたいに白くて金や銀の髪の人もいるから、不思議じゃないよ。でも……」
 それならいいや。暑くて汗をかいてきたから布を取った。
「あー頭が涼しくなった」
 なんか、周りがざわっとした気がした。道を行く人も思いきり僕を見て通っていく。横の席で同じのを食べてた人からも突き刺すような視線が。
「ほら……言わんこっちゃない」
「何? 思いきり見られてる気がする」
 僕、やっぱりおかしいんだろうか? わあ、何だか恥ずかしい!
「皆、見惚れてるんだよ、君に」
「うそっ。正直に言って。僕ってそんなに変? 気持ち悪い?」
 僕が慌ててるのに、はああっ、と双子は同時に溜息をついた。
「自分がとんでもなく綺麗だって自覚無いの? 鏡見たこと無い?」
「……無い」
 そういえば、僕、自分の顔って見たことが無い。気にもしてなかったから見ようと思った事も無かった。
「まあ、君のそういう所が可愛いんだけどね」
「あ……」
 どこかで聞いた事がある、この言葉……。

『晶のそういう所が可愛いんだけどな』

 ずき。頭が痛い。
 夢の中、はっきりと見えそうで見えない顔。何もかも忘れてもいい、でもその顔だけは思い出したい顔……あきら。その人はいつも僕の事をそう呼ぶ。それが僕の名前だったのだろうか。
「どうしたの?」
「……何でも無いよ」

 その後、色んな店や人が暮らしてる普通の家、広場の噴水、子供の遊んでいる所……そんな場所を案内してもらった。お金のいっぱいある人は豊かで、無い人は貧しい。そんな人間の陰のところも。
 でも皆生きている。自分が生きるために、また子供に与えるために命懸けで餌を獲ってくる鳥や森の動物達と、一生懸命『仕事』をしてお金を稼いで、食べ物を得る人間とはやっぱり似てるんだと思った。
 もう夕方近く、帰り道にマルクさんがふと呟いた。
「ねえ、シス。私の思い違いならいいんだけど、ひょっとして君は前世の記憶があるんじゃないだろうか?」

 どきっ

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