Wild in Blood

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用語解説・補足など

キリシマ博士の表明 /2120年 ニューヨーク

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 『G・A・N・P機構発足にあたって/リューゾー・キリシマ』

 この地球上に誕生して以来、私達人類は大きな過ちを幾つも犯してきた。
 戦争、核、自然環境の破壊――――そして現在問題になっているA・Hの開発。
 そもそも、A・H(*アニマ・ヒューマン)とは、急激な人口の増加、地球環境の悪化に対応すべく、宇宙進出と平行して進められた研究の一環であった。
 即ち、極地でも生存可能な人類を創ること。
 灼熱の砂漠、氷に閉ざされた極寒の地、光も届かず強大な水圧の支配する深海……そんな環境で強かに生き延びて来た動植物達。彼等のその美しくも強靭な生命力の源を、人類も手に入れられないものだろうか……と。
 西暦2044年、旧アメリカ合衆国の生物学者フレディー・ドーナー博士によって提唱されたこのプロジェクトは、当初、各界から倫理を問われ、永久に日の目を見る事は無いと思われていた。
 人類自身を使った実験、自然の秩序に反した神をも冒涜する行為……当時の常識で考えれば、確かにその通りであった。
 だが、昔から他の動植物達を使った実験は当たり前の様に行われていた。今となっては、他の種はよくても人類だけはいけないという考え方自体が、本来倫理を問うべきであったろうと私などは思う。
 地球規模で考えれば、人類も進化の枝分かれの末の一種目に過ぎず、実験用とされたマウスやラット、その他の動物達と同等である筈なのだ。
 また、自然の秩序に反する行為というが、人類が存在する事が既に秩序を乱しているとも言えよう。互いに複雑に絡み合い、絶妙のバランスを保っている地球の生態系の中で、必要の無いただ一種の生物、それが人類なのだ。
 何億年の歳月をかけ、それぞれ進化してきた生物達。その中でも、まだ最も新しい種である人類が、最初の火を手にし、文明を築いた時から数十世紀。科学の手によって本来の寿命さえも克服し、環境を変え、幾種の動植物を絶滅に追いこみ、永遠に地球上から失わせた事が罪でなくてなんであろうか。
 一時、人類自らも絶滅の危機に瀕していた。世界はまだ小国に分れ、至る所で戦争が繰り返され、災害による核や化学物質の流出による汚染、深刻な人口の増加、食糧不足、気候の温暖化による陸地の減少、耐薬性を持ったウイルスによる病の流行……これらは自業自得としか言いようが無い。そう、人類はもう後戻り出来ないまでに過ちを重ねてきたのだ。この上恐れる神など存在しようはずがない。
 そして、ドーナー博士の提唱から十二年。計画は現実のものとなった。
 最初のA・Hの誕生である。
 正確に言えば、彼女をA・Hと呼べるかどうかは定かでは無いが、火山の火口付近に生息するバクテリアの遺伝子を組み込んだその女性は、耐熱に優れ、希薄な酸素、人体には有毒なガスの中でも生存可能であった。形態、運動能力、知能、感情の面においても普通の人間となんら変ることは無かった。ただ、鎧のような硬質の皮膚、生殖機能の異常など問題もあったとはいえ、この成功により、人類が生存不可能だった極地、海底への移住、今まで困難を極めた月面、火星への施設の建設など、宇宙進出にも弾みがついた。
 そして2120年現在。
 最初のA・H誕生から六十年。
 A・Hは市民権を得、数多くの場で活かされている。宇宙開拓民として旅だった者、砂漠、高地、海で仕事に従事する人々はほぼ何らかの動植物の能力遺伝子を持っており、環境に適応して、既に二世も誕生している。
 また、遺伝子研究が飛躍的に進歩した事によって、地球上で既に絶滅した種、悪化した自然の復元に役立つ新種の生物の開発にも成功た。前世紀末に比べれば、遥かに大気も土壌も海も科学物質が除去されて美しくなり、動植物の数も増え、生態系も回復した。
 しかし私は今の環境を自然とはあえて呼ばない。人類が生態系に必要無いという事実はなんら変わりないわけであるし、極端な言い方をすれば、人類が犯してきた罪に気付いてその尻拭いをしているに過ぎないように思えるからだ。また、他の種や環境を管理することによって、自然に参加していると錯覚している一種の自己満足ではないのか?
 ともあれ、他の生物にも優しい環境を……と考えるようになった事は、人類の進歩である。事実地球は美しくなった。私も一生物学者、A・H開発に携わった人間として、その事を非常に喜ばしく思う。
 話をA・Hに戻そう。
 機械の力を借りずとも、獣と同じスピードで草原を駆け、水中を長時間自由に泳ぎ回り、暗闇でも障害物を認識出来、動物達と会話が出来る……そんな素晴らしい力を手に入れた新人類。
 ――――それがA・H。
 彼等はその体内に野生を抱えているがゆえか、自己防衛本能、闘争本能がきわめて強く、好奇心が旺盛である。決して温厚で大人しいとは言えない。そのくせ、武器や兵器などを毛嫌いし、殺しあう事はほとんど無い。
 また、彼等自身が最新の科学技術とバイオテクノロジーの申し子であるはずなのに、化学薬品や機械類などの人工的な物を苦手とする傾向が見られる。
 ある時、私の研究所で生まれたA・Hの子供が、ひどく車に乗るのを嫌がるので、わけを問うた事があった。
「だって、馬や鹿や象はこんな物に乗らないよ。みんな自分の足で歩いたり走ったりするんだ」
 そう彼は答えた。
 これを子供の稚拙な考えだと笑う者もいるだろう。だが私はその時、古い言い回しをすれば“目からウロコが落ちた”気がした。
 私達人類が何世紀にも渡って、当たり前としてきた常識を、その子供はたった一言で覆してしまったのだ。それは武器や薬や機械を嫌うA・Hの、いや大自然の代弁ですらあったかもしれない。
 確かに、人間以外の動物達は武器も機械も薬も使いはしない。必要としない。戦う時はその身一つで、移動する時はその足、翼で。だからこそ多種多様にわたる種の生命がそれぞれの進化を遂げてこられたのだ。それこそが大自然の常識。
 地球の環境の悪化、長年に渡る戦争などで危機に瀕するに至った人類に欠けていたのは、この大自然の常識だったのかもしれない。
 A・H達はその特殊な能力だけで無く、地球に生きる生物としての意識までも動植物達から引き継いでいるのだ。本能として。この意識改革こそ、A・Hの最大の成功と言えるのではないだろうか。二度と地球を人為的な危機に陥れる事はあるまい。
 さて、A・Hの生まれた経緯、その素晴らしさを振り返った所で、現在の悲しい現実をお知らせしなければならない。人間はいつの時代でも、どこまで行っても愚かしい存在であるという現実である。
 最先端の技術は常に両刃の剣だ。
 A・H開発に伴い、飛躍的な進歩を遂げた遺伝子研究は、先にも述べたように地球の環境改善、極地開拓に多大な貢献をして来た訳であるが、一方でその技術を自らの利益のためだけに悪用する輩を育む温床ともなった。
 知っての通り、2098年に締結されたガラパゴス条約(環境・遺伝子研究とA・Hの人権に関する基本条項)によって、遺伝子操作した動植物(人間を含む)の兵器登用、その売買、虐待は固く禁じられている。それを犯すものは如何なる者であろうと、厳重な処罰を科せられる。
 だがいつの時代においても、禁止された事ほど裏では需要があり、また金になるというのが常。A・H開発技術もその例外ではなかった。需要があれば供給者も必ず現れてくる。
 国境の無くなった現代においてさえも、戦争の準備をする各自治区の上層部をはじめとして、見世物、使役のためだけにA・Hを利用しようとする唾棄すべき輩。それに応じるべく、また自己の歪んだ欲望を満足させる為に、一部の心無い研究者達が今日もどこかで口にするのもおぞましい研究を繰り返しているのだ。非合法A・Hを専門に扱う市場までもが存在している。
 最近では、既にA・Hとも呼べぬ奇怪な姿をした獣人が次々と産み出され、彼等による悪質な犯罪、事故も数多く報告されている。それによって、正規のルートで誕生し、既に市民権を得て普通に生活しているA・H達までもが存在を疑われるに至ってしまったことは誠に遺憾である。極地以外、殊に都市部においては、未だ純粋な旧人類の方が圧倒的に数で勝っているのだから。偏見と差別。これも人類の捨てきれない悪癖の一つである。
 私が今回改まってこのような報告をするのは、悪化する事態に中央政府の警察機構が対応しきれない現状の打開、また既存のガラパゴス条約監視機関を強化、補佐するべく策を練るよう一任されたからだ。
 ドーナー博士の後を継ぎ、A・H開発に携わった私にも責任がある。また、A・Hは私にとって可愛い子供達であり、この星の未来を委ねるにふさわしい存在である。一部の人間の罪により、彼等の未来を曇らせてしまう事は、即ち人類が過去の業罪を繰り返し、またしてもこの星を危機に晒すことであると考える。自然に本当の意味で溶け込めぬ旧人類と違い、A・Hはその血の中に自然を抱いているのだから。
 そんな彼等を守りたい……私は心底思う。
 そこで私は、今日、ガラパゴス条約機構の下属として、新しい組織を発足する事をここに公表する。
“G・A・N・P”……正式名称(Gardian Angel of Nature and People)
 私はこの組織の人員すべてをA・Hで固めたいと思っている。
先にも述べた通り、近年広まりつつある非合法A・Hを使った犯罪に、何の特殊能力を持たない旧人類が歯止めをかける事が困難であること、また、犯罪を直接実行するのがA・Hとはいえ、ほとんどのケースがA・H本人の意思では無く、裏で示唆する人間の存在があるのは明確である。にも関わらず、A・Hに対して別種異種扱いする頭の固い旧保安部は、現場でA・Hを射殺する事はあってもその根源を絶つまでの捜査をしない事などの、不公平さを是正する必要性があるからである。
 なお、G・A・N・Pに所属するA・Hには殺戮能力のある武器は一切使用させない。本人達も武器は手にしたくないことだろう。
 当組織は、非合法A・Hの救済を主旨とする。たとえ犯罪の手先に利用されていたとしても、決して現場で射殺したりせず、公平な判決の場に連れ出すこと。また、不当な労働・使役につかされたり、愛玩・観賞用とされている最も不遇な非合法A・Hに関しては、無条件で保護し、普通の生活を送れるよう教育、矯正する事。それらが主な仕事である。
 自然と人との守護天使――――。
 実にご大層な名前である。だが、ぜひにそうあってほしい、そんな願いをこめた名前だ。 
 古より、絵画に描かれる天使は背中に鳥の翼をもっていて、人と鳥を一緒にした如き姿をしている。そしてA・Hは、人と野生の生き物の両方の特徴を備えている。
 A・Hは科学の力で現代に具現化した天使なのだ。地球上に生きる全ての種の生き物と、人間達を繋ぐ掛け橋としての存在……そして、それを守るためにG・A・N・P発足をここに宣言するものとする。

 2120年8月25日 
       リューゾー・キリシマ


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