Wild in Blood

まりの

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白夜の章

ドームの妖精 4

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 強行突入といえば格好いい響きであるが、正面から堂々と入っていったにも関らず、全くもって何の障害も無かったのが実際のところだ。
 少々気が抜けてしまうほど……。
 すでに製品となった糸を積んである集積場を抜け、糸を紡ぐ工程の部屋に入ったが、中にいた機械を動かす数人に訊ねてみても、やはりこの糸を吐いた蚕の正体は知らなかった。
 ただ、その更に奥に進む段にあたって、やっと強行という言葉が当て嵌まった。
「ここから先は私達も入れません」
 作業員が止めても、俺達は端から聞く耳なんぞ持っていない。
 無視して進もうとしたが、なるほど言葉通り通路の先には重そうな扉が固く閉じられていた。 しかもご丁寧に遺伝子チェッカーで認識されなくては扉は開けられないと来ている。
 ということは、ごく限られた人間しか入れない、秘密が隠されているということだ。
 こんな事どこかでもあったよな……まさか今回は俺が手を乗せたところで開くまい。一応お約束でやってはみても開くワケはなかった。開いたらそれこそ違う意味で怖い。
「参ったな。いよいよ怪しいってのに」
 困っていると、思いがけない声が上がった。
「壊します」
「え?」
 グーリが小声で言った言葉に、俺は耳を疑った。
「壊すって……これってかなり丈夫そうだぞ?」
 そう言ってる間にも、グーリは横の遺伝子チェッカーを片手の一殴りで叩き壊した。 
「うわぁ、すごい……!」
 ぽかんと口を開けたフェイの横で、アデルがくすくす笑っている。
「グーリはG・A・N・P一の怪力ですから」
 グーリはスライド式のドアに手を掛けて、うーんと唸りながら力を込め始めた。
 俺の倍ほど幅のあるただの巨体のおデブさんではなく、体中ものすごい筋肉だ。後姿はまさに流氷の王者と呼ばれるホッキョクグマそのもの。ホッキョクグマは地上最大の肉食動物だからな。
 ミシミシ……軋んだ音をたてて、扉は少しずつ開き始めた。最後は全員で手を掛けて、なんとか通れる位まで扉は開いた。
「ありがとうグーリ。助かったよ」
「いえ、これしか取柄がないですから」
 さして表情も変えず淡々と答える姿が一層逞しく思える。こういう瞬間A・Hというのは素晴らしいと思えるのだ。
 目の前に新しい通路が開けた。雰囲気は工場から一転して研究所の面持ちだ。
「変わったニオイがするね」
 ひくひくと鼻を動かして、フェイが言った。
 少し甘いような、確かに変わったニオイだ。なんと形容していいのか……一番近いのは沸騰したミルクのニオイ? それにオイルを足した様な感じだろうか。少し薬品の臭いも混じっている。
「これは蛋白質系のニオイだな。嫌な感じだ。恐らくこの先がいよいよ繭を茹でる部屋だぞ」
 俺がそう言うと、三人に緊張が走るのが手に取るようにわかった。
 そっと足音を消して先を急ぐ。先の右手に扉が見える。あの中が……。
「先程から気になっていたのだが、人の気配がまったく無いと思わないか?」
 外の紡績工場は人も多く、普通に仕事をしていた。なのに重要なこの奥の施設には作業員一人見当たらない。
「そういえば……」
 もしかして逃げられたのではあるまいな? 充分に考えられる。
 とにかく怪しい扉の前に辿りつき、手を掛けてみた。この扉は開きそうだ。
「入るぞ」
 ぎいぃ、と音を立てる重い扉を四人で押し開く。
「うわ……」
 扉が開いた瞬間、誰からとも無く声が漏れた。ムッとする程の熱気が襲ってくる。
 その部屋の中は想像以上に広く、そして暑かった。白い湯気のもうもうと立ちこめる室内には、細長い巨大なプールがあった。その中身は沸騰こそしていないが見ただけで熱いとわかる湯。周囲には足場、糸を掛けるためであろう糸巻きのついた機械類。
 以前日本に行った時に、普通の蚕の繭から糸を採る工場で見たままの設備がそのまま揃っている。ただ、その大きさは尋常では無い。
「ここに……こんな中にあの子達は生きたまま入れられたの?」
 フェイが搾り出すように呻いた。その手はぐっと握りめられ、小さく震えていた。
「この設備の大きさが何よりの証拠だ……行くぞ、ここには誰もいない」
 俺はそれだけ言うと、その部屋をさっさと後にする。
 そうさ、誰もいない。
 作業員には逃げられたのかもしれない。それに、まだ生き残っているA・Hがいるなら早急に保護しないと……そう心に言い聞かしたが、こんな所に長くいたくない、想像するだけで理性が飛んでしまいそうだ……これが本音だった。熱い湯のプールに、一つの繭も浮いていなかった事がせめてもの救いだろうか。
 フェイ達もすぐに追ってきた。
 無言で行く俺達の目の前にまた一つ扉が現れた。それが通路の行き止まりだった。
「ちっ、ここも遺伝子チェッカーつきか!」
 恐らく最後であろう扉はまたしても固く閉ざされていた。
「グーリ、またよろしくたのむ……」
 言いかけて、俺はそれを止めた。扉の向こうから思いがけない声が聞こえたからだ。 

  赤い木の実をひとつ
  黄色い実もひとつ……。

 歌? この歌は!
「ルー?」
 いや違う。ルーの声じゃない。だが誰かいる。
 同じ歌を唄う者が――――。
「すまん、頼む!」
 グーリがまた扉を壊し始めた。今度は全員で一斉にかかる。少しばかりでも加勢になったのか、前の扉よりも早く開いた。
 雪崩込むようにドアをくぐった途端、俺達はやわらかな光に包まれた。
 そこは――――。

 不思議な空間だった。
 暑くも寒くも無い広い部屋は、壁も天井も何もかもがグリーン一色。
 天井に照明は無く、幻想的な淡い光は床から発せられている。空気もまるで外と違う。
「森の中みたいだね」
 フェイの言葉は的を得ていると俺も思った。
 この緑は木漏れ日の森の色。微かに香るさわやかな芳香は木の葉や木の匂い。
 澄んだ歌声は不思議な森の中に哀しく響き続ける。

  おいでおいでかわいい小鳥
  唄を聞かせて遠い国の唄
  ここで羽根をやすめておいき

 歌声の主は、部屋のほぼ中央、切り株に似た椅子に腰掛けていた。
「妖精……?」
 そう呟いたのは誰だろう。フェイかアデルか……ひょっとしたら俺自身だったかもしれない。
 そこにいたのはまさに絵本の中の妖精そのものだった。
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