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白夜の章
ドームの妖精 2
しおりを挟むこれは大変な事になっているのではないだろうか。
もしそれが本当なら、常識や概念を全て塗り替えなくてはいけないほどの大事ではないか。
Dr.グエルはしばし唇を噛んでから、絞りだすように続ける。
「似ているだけで、まったく別の物かもしれませんよ。検証しようにも、ご覧になった通り検体の状態が非常に悪かった事、同じ成分を合成して実験するにも出来なかった事もあって、確証が取れていないのと……こう言っては何ですが、認めたく無い気持ちがあって。個人的に」
付け足された最後の一言で、Dr.グエルがかなりの確率で確信を持っているだろうと伺えた。
「では仮にとしよう。仮に……この不明の成分が成長を促すものだとすれば、俺が感じていたの事件の最大の矛盾に容易く答えが出てしまうんだ」
「最大の矛盾?」
「今までどのA・Hにも言えた『成長する時間』という壁だ。ユシェンはまだ新しい都市だし、産業として成りたつまでに蚕のA・Hを育てる時間はなかったはず。再改造やH・K手術かとも疑ったが、それについてはあなた方の分析結果で白だとわかった」
「成長する時間……」
「またしても闇市場が絡んでいるにしても、この遺体の数からも推測出来るように、まだ相当の数の同じ境遇のA・Hが存在している事は明らかだ。そんな数を買えるだけの資金があるかというのも疑問。いくら取れた絹が高価で取引され、大きさも充分あるから一つで多量の糸がとれるにしても、一人につき繭をつくるのは一生に一回きり、しかも殺していたのでは採算はとれんだろう? だが……もし、市場から買ったのが最初の一人ないし数人で済んで、クローンを時間を掛けずに増やすことが出来るなら充分に産業として成り立つ」
自分で言っていても反吐が出そうだ。
「なるほど全て辻褄があってしまいますね」
Dr.グエルは小さく呟いた。心なしかその声は震えているようだった。
「もはや非合法とか再改造とか、そういう次元では無くなって来たようだな」
今まで『成長する時間』の壁は誰も超えなかった。技術的には決して不可能ではなかっただろうが、超えようとはしなかった。
それ故に闇市場による不当な人身取引も、テロ組織による兵器化されたA・Hも、実際ものになる数は知れているから、今まで大々的な事件はおこらなかった。しかし、その壁を超える薬が開発されたとすれば? 推測でものを言うのは嫌だが、あまりにも説明がつきすぎる。
研究者だけあって、俺が言わんとするところをDr.グエルも理解したらしい。
「あの……では先程、見た目よりも実年齢は上だと言いましたが……体は成熟していても、本当のところは見た目よりもまだ若い、生まれて何年も経っていない事に?」
「これも、仮にの上の推測の話だけどね」
「そんな……」
呻くようなDr.グエルの声の後、沈黙が落ちた。
そう。まだ推測の域を出た訳ではない……そう自分の心に言い聞かせてみても、気休めにもならない。他にどう説明すればいいのだろうか? これより辻褄の合わせようがないじゃないか。
Dr.グエルも事の重大さがわかるだけに何も言えないのだろう。
只でさえ、最も残酷だと思われた今回の事件は、歴史を塗り替えるほどの重大な側面を見せ始めたのだから。
「ディーン、難しい話はすんだ?」
動くのもままならない重い沈黙を破ったのはフェイの声だった。
気がつくと他の隊員もこっちを見て立っている。どの顔も真剣で、今すぐにユシェンに飛んで行きたいと書いてあるかのようだ。気持ちはわからなくもないけど……。
「ウォレスさん、今後の行動の指示をお願いします!」
「今すぐユシェンに行きますか!?」
そう気迫満々に詰め寄られたものだから、俺はどう対応していいか一瞬困ってしまった。
「行くけど……ちょっと待て、なんで俺が指示しなきゃならないんだよ?」
「本部から現場では必ずウォレスさんの指示に従って行動するようにと命令を受けています。そうすれば間違いは無いからと」
Dr.グエルがそう言うと、後の二人の隊員は大きく頷く。フェイまで一緒になってうんうんとやっているものだから、俺は呆れて物が言えなかった。
俺も結構エラそうなところがあるのは否めないのだが、なんだか最初から皆えらく丁寧だなと思ったんだ。
くう……本部長の仕業だな。あのタヌキ親父は本当に俺を信頼してくれているのか、嫌がらせなのかわからない。
「なんてこったい……」
深刻な話の後で、今度はいきなり責任まで負わされて、思わず天を仰いで呟いた俺の横でフェイがぷっと吹出したのがわかった。
そんな緊張感の途切れも一瞬だった。少し離れた所にいたハフさんの方に、俄かに動きがあったからだ。
慌てて駆け寄ると、ハフさんは奥さんと通信中だった。
「落ち着きなさいミュレカ。詳しく話さないとわからない」
『お願い、誰でもいい早く来て!』
通信機の向こうから聞こえてくる奥さんの声は、尋常でない取り乱し方だ。
「どうしました?」
俺が尋ねると、
「あの子……ハナの様子が急におかしくなったらしいんだ」
「ハナが?」
「ハナはどういうふうにおかしいんですか?」
『ああ……もうどう説明していいのか! とにかく大変なのよ!』
返ってきた夫人の声は悲鳴に近い。
「一体何が……ディーン君、私はどうすればいいかね?」
「ディーン、どうする?」
ハフさんとフェイが心配そうに訊いた。他の隊員達も指示を仰ぐように俺を見ている。
何で皆俺に訊くんだよ……と、まだ少し釈然としない部分はあったものの、そんな事を言ってる場合じゃない。
ハナの事は俺もとても気になるし、今すぐにでも飛んで帰りたいくらいだ。だが、事件の重大さを知った今は、一刻も早くユシェンに行く必要がありそうだ。この際とことん仕切らせてもらう事にした。
「ハフさん、奥さんの所に戻ってあげてください。それからDr.グエル、あなたが一緒に行ってハナを診てやってください。おそらくここの子供達と同じA・Hだと思われます。貴重な生存者であり証言者です。何かあったらすぐに連絡を」
「わかりました」
頷いて、Dr.グエルとハフさんは村の方に駆け出した。
「後の二人は俺と一緒に。すぐにユシェンに乗り込むぞ」
北欧支部の隊員二人に声を掛けると、彼等は勢い良く返事をする。
「はい!」
「僕は?」
フェイがちょっと困った顔で首を傾げた。いや、忘れてたワケでも無視したのでも無い。どうしたらいいものか俺も判断に困ったのだ。
「実はお前にはハナの所に戻ってやって欲しいんだが……あの懐きようを考えたらな。だが一緒にユシェンに来て欲しいとも思う。自分で決めてほしい。どうしたい?」
フェイは一瞬で決めかねたのか、視線をハフさん達の後ろ姿と俺の顔で往復させた。それでも結局、最後には覚悟を決めたように俺の方を見てきっぱり言う。
「ハナの事はすごく気になるし傍にいてあげたい。でも僕はディーンと一緒に行くよ。僕達はチームだもの」
「よし、じゃあ一緒に行こう。行って酷い奴等を捕まえようぜ」
「うん!」
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