Wild in Blood~episode dawning~

まりの

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大九龍編

6:機械青年とクズ野郎

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 娘が被っていた布を落とした。
 短く揃えた黒い髪の、まだあどけない顔をした少女。写真よりもまだ若く見える。
 顔、掌や指は極普通の人間のような肌の色でも、首から下のほとんど、簡素なノースリーブのワンピースから覗く、わずかに濡れたような光沢の皮膚は確かに生きた宝石と言われるヤドクガエルそのもの。鮮やかな黄色と黒のボディ、手足はブルーにエメラルドグリーンの斑。推測通りココイヤドクガエルの仲間がベースにされているのだとわかる。
 恐ろしさよりも先に美しいと思った。美しいものには毒がある。花でも動物でも。それを体現したような姿だ。確かにこれは特殊な嗜好を持つコレクターなら、生きた芸術品として眺めていたいだろう。
 ……自分に言わせれば吐き気がするような種類の人間だがな。
「何でも屋さん?」
 先に口を開いたのは男の方だった。
「何かな?」
「あなたに発信機やマイクがつけてあって、もうチャンにここの場所はわかってるのかな?」
「いいや。何も仕掛けられてない。なんならボディチェックしてくれて構わないよ」
 両手を広げて見せたものの、よく考えたらこれで娘に触りまくられたらたまらないな。
 だが二人はそれだけで信じたらしい。実際何も持っていないとはいえ、よくよく素直なお嬢ちゃんとお坊ちゃんだ。それでも抜け目はないようだ。
「まあこの街では電波もろくに飛ばないからね。じゃああなたが黙っててくれればいいんだ」
「もう人の命を奪うのは嫌なの。ここで私達を見なかったことにしてくれたら帰してあげる」
 結構な脅し文句だが、二人とも声が微妙に震えているぞ?
「ええと、こちらも一つ聞いていいかな?」
 極力こちらは感情を表に出さない平坦な言い方で言ってみる。
「何?」
「ここにいると報告すると言えば、この場で私を殺すのかな?」
「そ、そうよ。もうここに来て四人も死なせたもの。もう一人増えるくらいなんともないわ」
 そう言ってこちらを睨みながら一歩踏み出した娘。強張った表情から、本心からでは無いとは思うが、万が一という事もある。一応手袋は着けたとはいえ、体当たりを掛けられたりしたらアウトだろうな。ま、そんなヘマをするつもりはないけど。
 だがちょっと待て。
 この街で犠牲になったのは二人だけだと思っていたのに、今四人と言ったな。ってことは、それ以外にも二人?
 依頼主の言葉がどこまで本当かは怪しくなってきたが、娘が消えたのは一週間前だと言った。そして、自分がここに来たのは昨日。彼等の移動、この隠れ家に落ち着くまでにどのくらいかかったかは不明でも、少なくとも先の五日間はこのクーロンにいるわけだ。
 今までの言動を振り返ってみる。あなたも殺し屋かと言ったな、リンを狙ってきたのかと。そして依頼主の名前を出して手を変えてきたのかもと。という事は、自分以前に他にも送り込まれていたって事だ。狙いはクレアの方でなく、半分機械のこの青年。そして娘はこの青年を守ると言っていた。
 ……事故以外の二人は、先に送り込まれた刺客か。依頼主は酷く急いでいたようだった。刺客が悉く帰って来なかったから今度は少し作戦を変えたって事か。上手く行けば娘とこの青年を切り離せる。もしくは片方連れて帰って場所を吐かせるか……。
 まあどちらにしてもこれは面白く無い。この何でも屋は早い話が使い捨てという事だ。かなり尋常ではない額の報酬を受け取ったとはいえ、ワケがわからないまま死ぬのも嫌だし、ひょっとしたら悪事の片棒を担がされるってのもな。かと言って今更投げ捨てるのも勘弁だ。
「相手が誰であれ、受けた仕事はやり遂げるのが身上だ」
 そう言うと、娘は動き出した。
「残念だけど……!」
 充分避けられる早さなのはわかっていても思わず身構える。
「クレア、駄目だよ」
 銀色の骨組みだけの様な手が伸びてきて、止めるように娘の二の腕を掴んだ。
 なるほど、生身じゃないから猛毒に触っても平気なのか。これで一緒に逃げて来られたわけがわかったぞ。
「僕は君が人殺しをするのはもう見たくない」
 リンと言ったな、この機械青年。こっちの方が話はしやすそうだな。
「私は何でも屋だが、殺しは請け負わない。探して連れ戻せと言われただけで、全く事情も何も知らない。そう乗り気じゃない依頼でも断りきれなくてね。それでも正直私も同じA・Hとして、観賞用に人を飼うような輩は許せない。良かったらと話を聞かせてくれないか? ひょっとしたら力になれるかもしれない」
 ほんの少し、クレアの表情が柔らかくなった。
 また顔を合わせる二人。特に男の方はすぐに頷いた。
「クレア、信じていいと思うよ? とりあえず話してみて駄目なら……」
「……うん。そうね」
 話はさせてくれる事になったらしいが……駄目ならってなぁ。怖い怖い。

「僕はチャン、そして彼の会社の秘密を握ってる。公表すれば常務である彼は失脚どころか警察に捕まり、おそらく世界シェア一位の医療機器メーカーの信頼も地に落ちるだろう。だから一年以上彼の屋敷に閉じ込められていた」
 首から上だけの青年は語り始めた。
 流石にいくら寂れた建物でも玄関ホールで喋ってるのも何なのでと、通されたのは地下の雑然とした小部屋だった。
 ふらりと人が入って来て、突然消えても誰も気にしない……それがこのクーロン。この部屋は長く放置されたままだったようだ。電気も何も無い、水道すらない物置小屋のような部屋。灯りは蝋燭だけ。それでもこの街で野宿はオススメできない。そもそもこんなに危険で目立つ二人が外にいられるはずもない。隠れるには充分過ぎる場所だろう。
「秘密?」
「僕が体を失った原因。企業自体は問題ないし、あくまでチャンとその周辺だけの事だけど、もし外部に漏れたら全世界で何十万人もの人が路頭に迷うことになる。だから詳しい事は言えないけど、かなり非人道的な事をやってチャンは今の地位にのし上がった。僕はそれを全て知ってる」
 この青年はかなり頭が良いのだろうな。一つの大企業が潰れたら、個人の問題で無い事をちゃんとわかっている。その関連企業や全ての下請けを入れればとんでもない数の失業者が出る。全く無実の人達まで巻き込んで。
「だが、なぜチャンは君をもっと早くに殺さなかった? 消してしまえば情報の漏洩など気にすることも無いだろう?」
「一部とはいえ、生きてて、話せるという事に意味があるからだよ。対外的には成功例として僕が『ほら、こんなに元気ですよ』とにこやかに報告すれば相手は信じる。遠く離れた僕の家族に電話で顔を見せて生きてるって言えるしね。本当は人体実験の末、体中が壊死をおこして地獄の様な苦しみを味わったのにね。まあ首から上だけは幸い無事だったし、僕で最後だったのが救いだけど」
 リンは笑みさえ浮かべて言った。
 背中に冷たいものが伝う気がした。これはもうチンケな何でも屋が知ってはいけない領域の話だとだけはわかった。彼が最後……一体それまで何人の犠牲者が出たのだろうか。想像もつかないし、想像したくもない。
「僕はチャンの秘密を漏らそうとは思ってない。でももう疲れた……これ以上演技を続けるのは無理。自殺しようとも思ったけど、それも許してもらえず、精巧に作られた体も取り上げられてこんなおかしな姿に変えられただけ。外にも出られず、自殺も出来ないようにね」
「リン……」
 横で大人しく聞いていたクレアが涙を浮かべて機械の体に取りすがった。
「でも、同じく屋敷にいたクレアに出会った。着る物も何も与えられず、ただ水槽の中に飼われているだけの彼女。おかしいと思わない? A・Hとはいえ人間なんだよ? ちゃんと喋れて考えもできる。だから僕はクレアを連れて逃げた。おかげさまで僕はクレアに触っても平気だからね。でも他の人は彼女に触れることは出来ないから、上手く車を奪って追手を振り切れた。この街に入ってからも二人ほど殺し屋が来たけど、クレアに触れてしまって……わかるだろ?」
 持ちつ持たれつか。リンは水槽からクレアを開放し、クレアがその毒でリンを守る。そうして逃げて来たのか。
 ああ、しかし依頼主とはいえ、一番自分が嫌いなタイプの奴だな、そのチャンは。
「これでもまだクレアを連れ戻すという仕事を続ける?」
 どうしようか。投げ出すのも何だが正直嫌だ。自分は正義の味方だなんて思ってはいないが、明らかに悪い方の味方が出来るほど割り切れていない。
「……とりあえず今、依頼主に一発パンチをお見舞いしたい気分だ」
 それを聞いてホッとしたような顔を見せた二人。まだ二十歳にもなってないってところだろうか。その顔は酷く子供っぽく見えた。
「あ、あの……」
 今度はクレアのほうが小さく声を上げた。さっきはリンを守るために立ちはだかって勇敢なところを見せていた娘だが、やはり大人しく気が弱い女の子のようだ。その辺だけは依頼主の報告に偽りは無かったってことか。
「私はリンに水槽から出してもらえた。でも……チャンは他にも何人もA・Hをコレクションとして飼ってる。檻に入ってる子、私と同じように水槽にいる子……だから本当は私だけがいいのかなって申し訳ないの」
「なっ……」
 ヤバイ。今ちょっとキレそうになった。
「なんてクズ野郎だ。仕事上の非道だけで無く個人的にも腐ってやがるな」
 思わず言葉遣いが乱暴になってしまった。
「……失礼」
 咳払いすると、クレアとリンが小さく笑った。

 流石に人に任せてきたままの夜龍をそのまま放置しておくのも何だし、クレアももうすぐ例のスーツを取りに行かなきゃならない。他人を死に至らしめる毒さえ防げれば、この娘はそう危険な存在では無くなる。
「明日の朝、もう一度来る。勿論チャンには報告したりしない。私を信じてくれるなら逃げずにここで待っていてくれ。何か最良の方法を考えてみる」
 そう言い残して去り際。リンが思いついたように声を掛けてきた。
「何でも屋さんは、引き受けた仕事は必ずやってくれるんだよね?」
「ああ。必ずね」
「じゃあ、依頼するよ。後払いになるけど。僕とクレア、出来れば他の子達に自由を頂戴」
 かなり抽象的な言い方だが、意味は伝わって来た。
 難しい注文だが、先の依頼よりも何十倍も気乗りが違う。夜龍にも言われたが、なんだかんだで自分はお節介で世話焼きな性分らしい。
「その依頼、引き受けました」

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