Wild in Blood ~episode Zero~

まりの

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6:闇市場の影

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 シカゴ近郊で保護した二人のA・Hを生み出した違法研究所を突き止める捜査は予想外に難航した。
 十八号があまりに『普通の』A・Hであった事、十六号が稀に見る『特異な』A・Hであった事。大抵の非合法のA・Hの場合、その研究者によって僅かなりとも特徴が出る。今回は似通った特徴が無く、卵子提供者の人種も違いすぎる。十六号はアジア系、十八号はアングロサクソン系である。
 また、現地で直に捜査に当たっている警察の方にも動きは無い。身一つで逃げてきた事から、あの発見場所から遠くは無い筈なのだが、未だ発見されていないのだ。
 すでに二日経った。京の苛立ちは募るばかり。このまま進展が無い様ではバンコクにあるG・A・N・P本部に協力を要請しなければならない。だが京はこの件は何としても最後まで北米支部で解決したかった。
 初めての出動の後も、ディーン・ウォレスは北米支部内では浮いた存在だった。自分から話しかける者もいないし、わざわざ近寄って行くものもいない。
 骨のヒビくらいはあっという間に直せるご時勢でも、流石に京もすぐにはディーンにハードなトレーニングを課さなかった。簡単な足を鍛えるメニューのみで、多少ディーンが暇を持て余していたところに、相変わらずダグが構いに来た。
「よぉ、どうだったよ。初の出動は?」
「よくわからなかった」
 何とも素っ気ない返事に、ダグは呆れる。
「……こう、もっと感動的な返事が返って来ると思ったのにな。まあいいや。いきなり支部長に連れ出されたってんで、皆心配してたんだぜ。そしたら案の定怪我して帰って来たから、気の毒になあって」
 ダグの言葉に意外な単語が含まれていたため、ディーンが足を止めた。
「心配?」
「ああ。なんせ支部長のパートナーは、今まで悉く任務中に死ぬか大怪我で引退してるからな」
 衝撃的な事実だが、ディーンが気になっていたのはそこでは無い。
「俺の心配なんかする奴がいるのか?」
 その言葉にダグが困った顔をする。
「お前さぁ……」
「え?」
「まあいいや。ほら、支部長が自ら出る事件ってのは、大概難しいやつが多いからさ。それに、オレは心配してたぞ」
 そう言う事かとディーンは納得はしたが、ダグが微かに肩を竦めたのには気がつかなかった。
「確かに難しいかもしれない」
「ま、頑張れ。それにあんまり無理すんな」
 いつもの様に、ダグが人懐っこい顔で笑いながら大きな手でディーンの頭をぽんぽんと叩いて、薄い色の髪をぐしゃぐしゃっと掻き回すように撫でた。この子供扱いに最初は嫌がっていたディーンも、最近は慣れて照れくさい程度だ。ちょっと気持ちいいと思えるのは、犬だからなのだろうかと思っている。
 じゃあ、と行きかけるダグの背中に、思い切ってディーンは声を掛けた。
「……壁を作ってるのは俺自身だと支部長に言われた。意味がわからないんだ。ダグにはわかるか?」
 振り返ったダグはすぐには何も言わなかったが、また笑みを深くして言う。
「そうだな……一度自分から誰かに話し掛けでもすれば? 今みたいに。一緒に飯食おうぜ、くらいでいいからさ。そうすりゃわかるよ」
 そう謎のような言葉だけを残して去って行った。
 またディーンはトレーニングルームにぽつんと一人で残された。

 午後、京が警察からの報告を受けディーンをオフィスに呼んだ。
「全く進展無しね。今からもう一度現地に行くわ。一緒に来るでしょ?」
「はい」
 また連れて出てもらえる事が嬉しいのもあって、微かにディーンの口元に笑みが浮かんだ。
「いい顔。やる気満々じゃない」
「はぁ」
 だが、これからの報告でその微かに浮かんだ笑みさえ消し去ることになるのも、京は知っている。
「一つはっきり言えるのは闇市場が絡んでいるであろう事ね」
 その言葉に、ディーンが酷く反応したのは京は見ないふりをした。
 京をはじめG・A・N・Pの上層部はディーン・ウォレスの経歴はよく知っている。
 本人にそこまで意識は無くても、A・H研究の第一人者であり、G・A・N・P創始者のキリシマ博士に次ぐその方面の有名人であったのだから。だがあまりに尋常でない若さと、研究内容が危険かつ重要であったゆえ、表立って顔を出すことが殆ど無かった事から、同一人物と知る者が少ないだけだ。
 今でこそ背の高い立派な体格になったものの、初めて学会で理論を発表した当時は、演台からやっと顔がのぞくほどの歳よりも小さな華奢な少年で、まるで眼鏡と白衣が歩いているようなものだった。当時の映像を思い出して京は内心苦笑いを隠せない。
 あの小さな天才少年が今、オオカミの牙を持って自分の前にいる。自らを人で無い物に変えるほどの復讐心を胸に秘めて。
 彼から全てを奪ったもの。それこそが闇市場だ。
 G・A・N・Pに入った動機は正当とは言えない。その事も京は知っているが、感情に任せて個人で動くような事をすれば彼もまた犯罪者の側に立つ。こうして法的な根拠を持って憎むべき闇の組織に近づこうとしている事は、たとえG・A・N・Pを利用しているにしても好ましい。だから、G・A・N・Pの上層部は黙って彼を受け入れているのだ。
 京の場合、個人的にこういうのが好きだという理由が一番だ。
「胸くそ悪いけど、十六号のような子を欲しがる人間は大勢いる。商品価値はとても高いはずよ。需要があれば供給者は必ずいる。既に似た様なA・Hが作られ、出回っている可能性もある。またこれから世に出されるかもしれない」
「……」
「あなたの見解は?」
 京はあくまで事務的にディーンに話を振る。感情に任せて動くようでは、復讐など果たせないわよ、そう暗に皮肉を籠めて。
 しばらく黙っていたディーンが、これも事務的に返事をする。
「個体に番号が振ってあるのが気になるのです。失敗作、受精段階で萌芽しなかった可能性もありますが、少なくとも十八人は同じ研究所で作られているという事でしょう? 十六と十八の間に十七号もいたはずです。もし、まだ研究所に囚われているものがいれば助けたい」
「そうね。ここまで捜査して場所の手掛かりも無い事については?」
「もし……許可が出るなら十八号を一緒に連れていけないでしょうか?」
 それについては京も考えていた。警察にも出頭を要請された。だが、家畜の命を奪った犯人であり、飛びぬけた身体能力を持っているので人間には逃走された際に抑えられない。その上十五歳の未成年で知的レベルは十歳以下という事で、条約機構から許可が下りなかったのだ。
「一応、もう一度上に掛け合ってみるけど……もし何かあった時、抑えられる? どれだけ力が強いかはあなたが一番よく知っているはず」
 体当たりだけでアバラをやられたからな、そうディーンは思ったものの、もう十八号が暴れる事は無いと、根拠の無い自信はあった。
「彼は素直でいい子です。だから大丈夫。責任を持って監視します」
 そう言ったディーンに、京は満足げに頷いた。
 数分後、十八号を連れて行く許可は下りた。
 ヘリに乗り込む前に、京は一言付け足すのは忘れなかった。
「ディーン、責任などという言葉はそう簡単に言わないことよ」

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