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1、菫、田舎に立つ
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「ついに、来た……」
私はスーツケースと共に、一日に三往復しかないバスを降り、深呼吸した。
都会とは空気の成分すら違う気がする。これはきっと気持ちの問題だとわかってはいるけど、トゲトゲしていて重い都会の空気に比べれば、私には随分と軽やかに思える。
目の前に広がる水田の瑞々しい緑。近くの山の木々の濃い陰影の緑。遠くに臨む山々は青く霞んで、一服の絵のような美しいグラデーションの景色が本当に素晴らしい。
涼やかな音を奏でながら、流れる清流の水は限りなく透明。鳥の囀りも音楽のよう。
私、 蒔田菫は本日、この山間の小さな村に引っ越してきた。
実際はこれから三か月のお試し期間を経て、大丈夫そうなら正式に古民家を購入して移住……という流れだ。なので、まだ住民票は東京のまま。だが私は絶対に帰る気は無い。
両親からはものすごく反対された。友人達にはまだ若いのに物好きだと呆れられた。
それでも私は、この美しい景色に抱かれた田舎の大地に根を下ろし、名前の菫のようにひっそりと生きていきたい。畑で自分の食べる分の野菜を育て、素朴で大らかな人達と一緒に。
もう都会の息の詰まるような、ギスギスした人間関係の中で生きるのに疲れたのだ。
大学を出てやっと入れた会社はいわゆるブラック企業というやつだった。
仕事の内容自体は、嫌いでは無かった。だが、休日出勤、深夜までの残業は当たり前。時間外手当は実際の半分も出ない。
当然、疲労と睡眠不足で体の不調をきたし、休んだり残業を断れば、同僚の冷ややかな目と上からの圧力に悩まされた。代わりは幾らでもいるが、次に行く会社なんかあるのかと言われれば、自分が希望した職種だし就職戦線で苦労した事もあり、私も辞めるに辞められなかった。
いつかいい人を見つけて、寿退社する事だけがささやかな夢だったものの、そんな生活で出会いなどあるはずもなく。友人や周囲のおめでたい話も、両親の辛いなら早く身を固めて孫をという言葉も、次第に私を追い詰めるだけのものと受け取れるようになって、精神的にも本当にギリギリのところだった。
それでも三年間は何とか耐えた。
そんな中、深夜に仕事終わりに立ち寄った店のテレビで、田舎の空き家になっていた古い民家に移住し、のんびり悠々と暮らす人の姿を見て、私は今までにない衝撃を覚えた。
一流企業に勤めて、大都会で不便さも知らずに生きていた人達が、全てを捨てて何も無い田舎を終の棲家と決めて、半自給自足で質素ながらも笑顔で暮らしていた。畑仕事の合間は趣味の時間。都会では成しえなかった自由を手に入れた人達。
心が震えた。羨望と憧れ。これだって思った。
私は即、ネットや雑誌で色々と調べてみた。
若い人達が都市部に出て行って、お年寄りだけが残り、そのお年寄りも亡くなるなり、街に出た子供達の元に行く。子の世代も相続はしたものの、田畑や山林も面倒みなければいけない田舎の家に戻るものはいない……そうやって空家になっている過疎地の民家は全国に沢山ある。
空家の多くはそのまま朽ちてゆき、問題にもなっている事を知った。
また同時に私が知った事がある。そういった過疎地の空き家を購入して、自分好みにリノベーションして移住したいという人達が最近多いという事。
実際に移住した人達の話も少し聞けた。良いことばかりでなく、失敗談も多く、中には家は気に入ったものの、地域に溶け込めなかったり、不便さに耐えかねて結局都会に戻った人もいるという。特に都会で生まれ育った者には『田舎の洗礼』とでも言うべき、試練は必ずあるそうだ。
しかしながら、少しでも他所からの移住者を募り、定住してもらうことで人口の減少を抑えるべく頑張っている市町村が多数ある事も教えてもらった。子供がいる家庭や、これから結婚するであろう若い移住者には、市や県から補助金が出るところもある。そういった所はかなり住みやすいのだそうだ。
ここは、そんな移住者の定住促進に前向きな田舎の一つ。
私は、どうせ会社は辞めるのだからと開き直り、溜まっていた有給を全て使い切る気であちこち実際に見て回った。その中で、立地、物件の内容や価格、お試し期間がある事などで、一番気に入ったのがここだった。勘がここしかないと告げたのだ。
実際に住んでみないとわからないものの、下見に来た時にはこの地区の人達はとても親切でフレンドリーな感じだったのも、気に入った点だ。
何より素晴らしい景色に一目惚れした。勘を信じれば絶対に上手くいくはず!
―――などと、私が色々と思いを巡らせながら、目指すこれからの新居……といっても築百年近い古民家なのだが……へと続く坂道を、スーツケースを引きずり歩いていると、背後から車の音が近づいて来た。
「蒔田さん?」
私に向けられた声に振り返ると、白い軽トラックの窓から、作業着に短く刈った髪も爽やかな、眩しい笑顔の青年が身を乗り出していた。
役場の定住支援課の 林悠斗さんだ。
……実は彼が気になったのも、この村の古民家に決めた要因の一つだったりする。
林さんは私に言う。
「バスで来たんですか? 家まで乗っていきます?」
わーい。それはありがたい!
家までの坂がちの道程は地味に長い。物件情報には、最寄りのバス停まで徒歩六分とあったのに、普通に歩くと恐らく倍ではきかない。それとも下りで歩いた時の計算なのだろうか。まあそんな事はいいとして。
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
そう返すと、林さんは運転席から颯爽と降りて来て、私のスーツケースをトラックの荷台に、ひょいと軽く積んでくれた。重くて私が引きずって歩いていたのに、さすが男の人は力強い。
「荷物はこれだけですか?」
「ええ。大きな荷物は業者の方に届けてもらいます。午後便で着く予定です」
まだお試しとはいえ、これから生活していくにはかなりの家財が必要になる。一人暮らしをしていたマンションに置いていた物全て、荷造りして引っ越し業者に頼んだのだ。
助手席に乗せてもらうと、軽トラックの狭さで林さんとの距離が近い。少し緊張感する。
……ああ、本当にこの人めっちゃ好みのタイプ。田舎に置いておくのが勿体ないよ。独身だって言ってたよね。彼女とかいるんだろうか……などと、私が少々邪な事を考えていると、車が走り出した。
「ついにこの日が来ましたね。僕も、近所の人達も楽しみにしてたんですよ」
林さんの言葉に、じーんと胸が熱くなる。たとえ社交辞令でも嬉しい言葉だ。
「私も楽しみでした」
感動を噛みしめている私を他所に、林さんの興味は別のところに行った。
「でも、どうしてバスで?」
「私、免許は持っていますけど、自分の車は持ってないんで」
正直に言うと、林さんのイケてる横顔が不思議そうな表情を浮かべた。
「あれ? この前は車でおいででしたよね? この辺りじゃ見ない外車で、カッコイイやつ。僕、車は好きだから、かなり羨ましかったんですよ」
「ああ。アレ、父の車を借りてたんです」
父は昔から車には酷くこだわりを持つ人で、私が物心ついたころからずっと同じ外国のメーカーの車が歴代のファミリーカーだった。母にはもう少し地味で維持費のかからない国産車にすればと呆れられていたけど、見る人が見ればいい車だったんだな。
貸してはくれた父も、さすがに愛車を私が村に持って来ることは許してくれなかった。まあ少ないとはいえ、バスもあることだしと思っていたのだが……続いた林さんの言葉は現実を突きつけた。
「でも車が無いと、この辺りではやってられませんよ。バスだと重い荷物も大変な上、朝乗って行っても昼にしか戻れない。タクシーも呼ばないと来ません。町の病院や役場も遠い。一番近いコンビニですら車でも十分はかかります」
確かに……。集落に小さな商店は一つあるといっても、品数もそう無い。畑をやるにしても、すぐに収穫できるわけでは無い。日用雑貨も、お米も、日々の食料だって町のスーパーまで買い物に行かなきゃならない。バス停から重い荷物を持ってこの道程を行き来はきついだろうな。
今まで表に出ればバスも電車もあって、手を上げればタクシーが止まってくれる、そんな車が無くても困らなかった都会とは違うのだ。
地味にこういうのが噂の『田舎の洗礼』なのかとじんわり実感。
「……安い中古車でも買おうかな」
「それがいいですよ。僕も友人の車屋に手ごろなのが無いか聞いてみますね」
そういえばさっき、彼は車が好きだって言ってた。参考までに聞かせてもらおう。
「林さんのお勧めの車種ってどんなのですか?」
「後々畑もやるつもりなら、こういう軽トラックがいいかもしれません」
「軽トラック、ですか」
うーん。確かに見て回ったどの田舎でも、一家に一台は軽トラックがあった気がする。実用性重視ならそうだろう。でもなぁ、正直可愛くない。女の子的には同じ軽でも乗用のがいい。後でお手頃で可愛い中古車が無いかネットオークションででも調べよう……。
そうこうするうちに、今日から私の棲み処となる家に到着。
傾斜地にひな壇のように点々と家が集まった集落を見下ろすように、一番上の石垣の上に鎮座する家。
シンボルツリーとでも言うべき立派な枝ぶりの松の木が掛かる数段の石段を上ると、前庭が広がり、今はまだ青い椛、低くこんもりと並んだサツキが生け垣を形成している。玄関先まで踏み石が並んでいるその奥で、家は待っていた。
茅葺に黒々と光る塗炭を被せた大きな屋根、白く塗った土壁に黒く映える木材の部分、玄関の格子の引き戸の横には、木枠のサッシの掃き出し窓が並ぶ縁側、反対側は腰までの小窓。前の人が使っていたのか、錆びて色褪せたポストすらいい感じ。
一応元の住人がリフォームしているので、台所やトイレなどは、建てられた当初の土間や外の別建物ではなく近代的な物に変わっている。それでも充分に歴史を感じさせる佇まいに、私は再び胸が高鳴るのを感じた。
この広い家が今日から私の家なんだ―――
「どうぞよろしくお願いします」
私は、古民家に向って挨拶をした。
私はスーツケースと共に、一日に三往復しかないバスを降り、深呼吸した。
都会とは空気の成分すら違う気がする。これはきっと気持ちの問題だとわかってはいるけど、トゲトゲしていて重い都会の空気に比べれば、私には随分と軽やかに思える。
目の前に広がる水田の瑞々しい緑。近くの山の木々の濃い陰影の緑。遠くに臨む山々は青く霞んで、一服の絵のような美しいグラデーションの景色が本当に素晴らしい。
涼やかな音を奏でながら、流れる清流の水は限りなく透明。鳥の囀りも音楽のよう。
私、 蒔田菫は本日、この山間の小さな村に引っ越してきた。
実際はこれから三か月のお試し期間を経て、大丈夫そうなら正式に古民家を購入して移住……という流れだ。なので、まだ住民票は東京のまま。だが私は絶対に帰る気は無い。
両親からはものすごく反対された。友人達にはまだ若いのに物好きだと呆れられた。
それでも私は、この美しい景色に抱かれた田舎の大地に根を下ろし、名前の菫のようにひっそりと生きていきたい。畑で自分の食べる分の野菜を育て、素朴で大らかな人達と一緒に。
もう都会の息の詰まるような、ギスギスした人間関係の中で生きるのに疲れたのだ。
大学を出てやっと入れた会社はいわゆるブラック企業というやつだった。
仕事の内容自体は、嫌いでは無かった。だが、休日出勤、深夜までの残業は当たり前。時間外手当は実際の半分も出ない。
当然、疲労と睡眠不足で体の不調をきたし、休んだり残業を断れば、同僚の冷ややかな目と上からの圧力に悩まされた。代わりは幾らでもいるが、次に行く会社なんかあるのかと言われれば、自分が希望した職種だし就職戦線で苦労した事もあり、私も辞めるに辞められなかった。
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それでも三年間は何とか耐えた。
そんな中、深夜に仕事終わりに立ち寄った店のテレビで、田舎の空き家になっていた古い民家に移住し、のんびり悠々と暮らす人の姿を見て、私は今までにない衝撃を覚えた。
一流企業に勤めて、大都会で不便さも知らずに生きていた人達が、全てを捨てて何も無い田舎を終の棲家と決めて、半自給自足で質素ながらも笑顔で暮らしていた。畑仕事の合間は趣味の時間。都会では成しえなかった自由を手に入れた人達。
心が震えた。羨望と憧れ。これだって思った。
私は即、ネットや雑誌で色々と調べてみた。
若い人達が都市部に出て行って、お年寄りだけが残り、そのお年寄りも亡くなるなり、街に出た子供達の元に行く。子の世代も相続はしたものの、田畑や山林も面倒みなければいけない田舎の家に戻るものはいない……そうやって空家になっている過疎地の民家は全国に沢山ある。
空家の多くはそのまま朽ちてゆき、問題にもなっている事を知った。
また同時に私が知った事がある。そういった過疎地の空き家を購入して、自分好みにリノベーションして移住したいという人達が最近多いという事。
実際に移住した人達の話も少し聞けた。良いことばかりでなく、失敗談も多く、中には家は気に入ったものの、地域に溶け込めなかったり、不便さに耐えかねて結局都会に戻った人もいるという。特に都会で生まれ育った者には『田舎の洗礼』とでも言うべき、試練は必ずあるそうだ。
しかしながら、少しでも他所からの移住者を募り、定住してもらうことで人口の減少を抑えるべく頑張っている市町村が多数ある事も教えてもらった。子供がいる家庭や、これから結婚するであろう若い移住者には、市や県から補助金が出るところもある。そういった所はかなり住みやすいのだそうだ。
ここは、そんな移住者の定住促進に前向きな田舎の一つ。
私は、どうせ会社は辞めるのだからと開き直り、溜まっていた有給を全て使い切る気であちこち実際に見て回った。その中で、立地、物件の内容や価格、お試し期間がある事などで、一番気に入ったのがここだった。勘がここしかないと告げたのだ。
実際に住んでみないとわからないものの、下見に来た時にはこの地区の人達はとても親切でフレンドリーな感じだったのも、気に入った点だ。
何より素晴らしい景色に一目惚れした。勘を信じれば絶対に上手くいくはず!
―――などと、私が色々と思いを巡らせながら、目指すこれからの新居……といっても築百年近い古民家なのだが……へと続く坂道を、スーツケースを引きずり歩いていると、背後から車の音が近づいて来た。
「蒔田さん?」
私に向けられた声に振り返ると、白い軽トラックの窓から、作業着に短く刈った髪も爽やかな、眩しい笑顔の青年が身を乗り出していた。
役場の定住支援課の 林悠斗さんだ。
……実は彼が気になったのも、この村の古民家に決めた要因の一つだったりする。
林さんは私に言う。
「バスで来たんですか? 家まで乗っていきます?」
わーい。それはありがたい!
家までの坂がちの道程は地味に長い。物件情報には、最寄りのバス停まで徒歩六分とあったのに、普通に歩くと恐らく倍ではきかない。それとも下りで歩いた時の計算なのだろうか。まあそんな事はいいとして。
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
そう返すと、林さんは運転席から颯爽と降りて来て、私のスーツケースをトラックの荷台に、ひょいと軽く積んでくれた。重くて私が引きずって歩いていたのに、さすが男の人は力強い。
「荷物はこれだけですか?」
「ええ。大きな荷物は業者の方に届けてもらいます。午後便で着く予定です」
まだお試しとはいえ、これから生活していくにはかなりの家財が必要になる。一人暮らしをしていたマンションに置いていた物全て、荷造りして引っ越し業者に頼んだのだ。
助手席に乗せてもらうと、軽トラックの狭さで林さんとの距離が近い。少し緊張感する。
……ああ、本当にこの人めっちゃ好みのタイプ。田舎に置いておくのが勿体ないよ。独身だって言ってたよね。彼女とかいるんだろうか……などと、私が少々邪な事を考えていると、車が走り出した。
「ついにこの日が来ましたね。僕も、近所の人達も楽しみにしてたんですよ」
林さんの言葉に、じーんと胸が熱くなる。たとえ社交辞令でも嬉しい言葉だ。
「私も楽しみでした」
感動を噛みしめている私を他所に、林さんの興味は別のところに行った。
「でも、どうしてバスで?」
「私、免許は持っていますけど、自分の車は持ってないんで」
正直に言うと、林さんのイケてる横顔が不思議そうな表情を浮かべた。
「あれ? この前は車でおいででしたよね? この辺りじゃ見ない外車で、カッコイイやつ。僕、車は好きだから、かなり羨ましかったんですよ」
「ああ。アレ、父の車を借りてたんです」
父は昔から車には酷くこだわりを持つ人で、私が物心ついたころからずっと同じ外国のメーカーの車が歴代のファミリーカーだった。母にはもう少し地味で維持費のかからない国産車にすればと呆れられていたけど、見る人が見ればいい車だったんだな。
貸してはくれた父も、さすがに愛車を私が村に持って来ることは許してくれなかった。まあ少ないとはいえ、バスもあることだしと思っていたのだが……続いた林さんの言葉は現実を突きつけた。
「でも車が無いと、この辺りではやってられませんよ。バスだと重い荷物も大変な上、朝乗って行っても昼にしか戻れない。タクシーも呼ばないと来ません。町の病院や役場も遠い。一番近いコンビニですら車でも十分はかかります」
確かに……。集落に小さな商店は一つあるといっても、品数もそう無い。畑をやるにしても、すぐに収穫できるわけでは無い。日用雑貨も、お米も、日々の食料だって町のスーパーまで買い物に行かなきゃならない。バス停から重い荷物を持ってこの道程を行き来はきついだろうな。
今まで表に出ればバスも電車もあって、手を上げればタクシーが止まってくれる、そんな車が無くても困らなかった都会とは違うのだ。
地味にこういうのが噂の『田舎の洗礼』なのかとじんわり実感。
「……安い中古車でも買おうかな」
「それがいいですよ。僕も友人の車屋に手ごろなのが無いか聞いてみますね」
そういえばさっき、彼は車が好きだって言ってた。参考までに聞かせてもらおう。
「林さんのお勧めの車種ってどんなのですか?」
「後々畑もやるつもりなら、こういう軽トラックがいいかもしれません」
「軽トラック、ですか」
うーん。確かに見て回ったどの田舎でも、一家に一台は軽トラックがあった気がする。実用性重視ならそうだろう。でもなぁ、正直可愛くない。女の子的には同じ軽でも乗用のがいい。後でお手頃で可愛い中古車が無いかネットオークションででも調べよう……。
そうこうするうちに、今日から私の棲み処となる家に到着。
傾斜地にひな壇のように点々と家が集まった集落を見下ろすように、一番上の石垣の上に鎮座する家。
シンボルツリーとでも言うべき立派な枝ぶりの松の木が掛かる数段の石段を上ると、前庭が広がり、今はまだ青い椛、低くこんもりと並んだサツキが生け垣を形成している。玄関先まで踏み石が並んでいるその奥で、家は待っていた。
茅葺に黒々と光る塗炭を被せた大きな屋根、白く塗った土壁に黒く映える木材の部分、玄関の格子の引き戸の横には、木枠のサッシの掃き出し窓が並ぶ縁側、反対側は腰までの小窓。前の人が使っていたのか、錆びて色褪せたポストすらいい感じ。
一応元の住人がリフォームしているので、台所やトイレなどは、建てられた当初の土間や外の別建物ではなく近代的な物に変わっている。それでも充分に歴史を感じさせる佇まいに、私は再び胸が高鳴るのを感じた。
この広い家が今日から私の家なんだ―――
「どうぞよろしくお願いします」
私は、古民家に向って挨拶をした。
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