魔界王立幼稚園ひまわり組

まりの

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続・魔界王立幼稚園ひまわり組

38:ずっと友達

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 泣いても笑っても時間は流れる。
 魔王様の結婚式まで後五日と迫った日の夕方。幼稚園も終わり、お城の人達に呼ばれて来てみると……。
「わあ、きれい……!」
 思わず溜息が漏れた。
 メルヒノア様をはじめ、各国の王のお后様が用意して下さったのは、これから魔王の正妃となるさっちゃんの婚礼用のドレス。今日はその試着。
 体に沿うようなマーメイドのドレスは真っ黒の光沢のある生地で、後ろに長く裾を引く形。肩が出てるのにレース地の高い襟と指先まで隠れる襟と同じ透けた袖は先が花のように広がり、ドレス全体に煌くのはちりばめられた宝石のビーズ。星空を切り取ったみたいにキラキラしてる。
 魔界の晴れの場の正装は基本最も高貴な色である黒。だからウエディングドレスも黒。私も結婚式は黒いドレスを着たな。こんな大人っぽいデザインじゃなくふわんと裾がキノコみたいに広がった可愛らしい形のやつをメルヒノア様が選んで下さったけど。代わりにお葬式などの場は血の色である赤なのだそうで。どうでもいいけど。
 しっかしドレスも綺麗だけど、それを着ている本人がまた綺麗。黒いドレスと対照的な真っ白な肌と金色の長い髪が本当に内側から輝くような美しさ。
 ……キラキラデカ目アイマスクを覗いては。
「に、似合いますか?」
「うん、すごく素敵。よく似合うよ!」
 さっちゃんは本当にスタイルいいし、すごく綺麗。魔王様と並ぶとさぞ最高の美男美女の華麗な新郎新婦の出来上がりだろうなぁ。
 ……エイジ君デザインのアイマスクを覗いては。
「式の時はその目隠しはベールか何かに代えるんでしょう?」
 さりげなく遠まわしに言っておこう。余りに雰囲気ぶち壊しなんで……。
 堕天したことで、さっちゃんの力の本質が神力でなく魔力に変わったので、短時間なら魔王様やウリちゃん、私くらいだと目を見ても石化はしなくなった。でも他のお城の人達や一般のお客様、子供達には危険は変わり無い。
「ああ、それなら心配ないです。さすがに目隠しはとりますから」
「でもずーっと目を閉じてるのも疲れるでしょう? 三日だよ?」
「明日式に先立って天界の使者が来ます。この邪視の目を天界に返すよう母が手配してくれたのだそうで」
「はぁ? 返すって、どうやって?」
 目なんてスケルトンの腕みたいに簡単に取り外し出来る物じゃないよね? 天使って目が取り外しきいたりするわけ?
「えーと……えぐり出す?」
「!!」
 ひいいいいいぃ! 何て恐ろしい事言っちゃってるのよさっちゃんっ! ドレス試着してる幸せ絶頂の人が言うことじゃないよ! しかも楽しそうに。
「ま、魔王様も出来れば素顔をずっと見たいと仰ってくださってますし、目玉が無くとも『見える』ので問題が無いです。顔を洗うのも楽だし」
「いっ、いやっ、顔洗うの楽とかそういう問題じゃないって! お気楽だね、さっちゃん? 想像するだけで痛そうなんだけどっ!」
 うあああ、言ってても首筋の辺りがぞわぞわする。目玉あああぁ!
「傷はすぐに治りますし、代わりにとっても綺麗な作り物の目をいただきましたの。見た目も変わりませんよ? 他にとりえが無くなりますし、魔王様もすぐには了承してくださいませんでしたが……どうしてもっと早くこうしなかったのかしら。私、楽しみで仕方が無いのですよ」
 うっとり言ってますけど……大丈夫なんですか、これ。そりゃ魔王様も愛しいさっちゃんが痛い目に遭うのは嫌だよね。すぐには了承しなかったのは当たり前でしょうね。ってか、何故最終的に認めたんですかっ! これは後で魔王様にお話せねばならないな。
「うふふ、見ます? ガラスの目」
「あ、後で見せてね」
 正直怖いので見たくは無いですけども。
 あまり考えたくないので話題を変えたいと思ったら、さっちゃんが突然俯いた。
「でも……この顔を本当に皆様の前に晒していいのでしょうか?」
「前から思ってたんだけど、それは謙遜じゃなくて本気で自分に自信が無いのかな? そんなに綺麗なのに」
「魔王様もそう仰って下さいますが……自分が石になるのでまともに鏡を見たことが無いので」
 しれっとノロケたな、さっちゃん。ご馳走様です。
「でも目を閉じてても見えるんだよね?」
「えーと、でも怖くて。それにお母様や私のような痩せた女は、天界では見場が悪いと言われていたので。女はふくよかな方が良いのだそうです」
 ああ、まあ……あのぽっちゃりお兄ちゃんを見ればなんとなく……あれはたぶん太りすぎとしても、さっちゃんやお母様が魔王様をカッコいいと思えるのだから、たぶんそう美的感覚は違わないと思うんだけどな。でもそうか、天界ではチビで胸も無い私なんか超駄目ではないか。軽く凹む。
「さっちゃんは本当に美人だよ。羨ましいほど。きっと魔王様も皆に見せびらかしたいに決まってるわ。だから自信を持ってね?」
「ならいいのですけど……はい、もっと自信を持ちます」
 こ、これも忘れよう。話題を変えよう。
「そのドレスも素敵だけど、お色直しもするのよね、確か」
「はい。もう一つ衣装があるそうなのですが、二日目用?」
 言われて指差された先を見ると、金キラの宝箱みたいなのが。こちらもメルヒノア様の贈り物らしい。
「開けてみていい?」
「はい、お願いします」
 わーい、こういうの大好き。どんなドレスが入ってるのかな~? 一日目のがこんなに綺麗なんだから二日目にも期待期待。
 ぱかっ。蓋を開けるとドレスじゃなく、酷く見慣れたものが。これは……。
「体操服?」
 Tシャツっぽい白い上着と半ズボン。それと鉢巻。ご丁寧に赤も白も両方。子供達とお揃いのお馴染みの体操服だ。
「運動会用だね、これは」
「ココナさん……やっぱり私も出るんですか、運動会?」
「うん。大人の部の方に私と一緒にね」
 式の日程、一日目は親への挨拶の儀と魔神様への報告の儀という厳粛な行事。本来なら国民や拝謁者に挨拶をする日である二日目に幼稚園の運動会と大人運動会。三日目は披露宴の後二人でお部屋に篭られる床入りの儀……ムフフでございますね。まあ既にフライングされてるんで新鮮味は無いでしょうが。というわけで運動会も立派な式の一環なのです。サプライズも用意してあるし、是非ともさっちゃんにも参加していただかねば。
「あのぅ、私ものすごくトロくてドジなんですがきっと足を引っ張ります。魔王様や皆さんに呆れられないでしょうか」
 さっちゃんは心配そうだ。こう言っちゃなんだが、それはもうなんとなくお城の皆も魔王様もわかってらっしゃるので今更驚きは無いだろう。テンパったら何も無い所で転んだりするもんね、さっちゃん……。力加減ができない魔王様もある意味天然さんなので、ものすごい危なっかしい夫婦が出来上がってしまうのだが、まあお似合いと言えなくもないか。
「大丈夫。運動会の勝ち負けなんか関係ないの。楽しむことが一番だもの。子供達だって転んだって最後まで走るよ」
 ちょっと幼稚園の先生らしい事を言ってみた。
「ペルちゃんもはじめての運動会、頑張るって言ってたよ」
 ふふ、何でも器用にやる子だけど、ペルちゃんもかけっこだけはあまり得意じゃないみたい。お母さん似かな? でも一生懸命応援の練習もしてるし、親子競技の障害物競走には魔王様と出るんだって張り切ってる。本当にいい子だな、ペルちゃんは。
「なるようになるよ。一緒に楽しもうね」
「はい! ああ、早く明日にならないかしら。目を開けても他人に迷惑をかけない生活ができるなんて夢のよう。すっきりして全てを迎えたいです」
 ううう、やはりそこに行き着くのか。
 本人は楽しみにしてるし、余程の事が無い限り魔族は怪我では死なないのも知ってるけど……やっぱり考えたくは無いな。
 またもしれっと話題を変えてみる。
「ねえ、さっちゃん。私達友達よね?」
「はい。ママ友ですよね」
「魔王様の正妃になったらさっちゃんって呼ぶのも駄目だよね。なんて呼べばいいのかな?」
 私が気になってたこと。今はこうしてため口で喋ってるけど、さっちゃんがお妃様になったらすごく近くにいるのに遠い人になってしまうようで。
 少し驚いたようなさっちゃんは、小さく首を傾げた。
「ココナさん、何言ってるんですか? そのままでいいんじゃないですか?」
「でもねぇ……」
「ずっとお友達でしょ? それとも家族になるのかしら。私ね、天界でもお友達がいなかったんです。勿論魔界に来ても。はじめて出来た心から信頼できるお友達。だからずっとずっとお友達でいてくださいね。さっちゃんって呼んでくださいね。私の居場所を作ってくれたのはココナさんだから」
 白いほっそりした手が私の手を掴んだ。温かくてほっとする手の感触。
 私もこっちに来て十年以上になってはじめて出来た友達。歳は違うけど、同じ小さな子供の母親として、違う世界から来た事も同じで分かり合える事も多くて。
 それに……正直なところ魔王様の求婚を断った事が、ユーリちゃんの本当のお母さんになってあげられなかった事が、ずっと心の奥に小さな刺みたいに刺さってた。本当に好きな人と一緒になって、可愛い子供も授かって、幼稚園の先生という一番の夢も叶ってて……私だけがこんなに幸せでいいのかなって、ここにいていいのかなって、なんとなく罪悪感があった。
 でも魔王様にも本当に愛せる人が出来たのだからもう罪悪感をもたなくていい。私こそ居場所をもらった気がするよ、さっちゃん。
 ずっとずっと友達。その言葉になんだか、じわっとしちゃった。
「うん。ずっと友達でいようね」
「はい」
 アイマスクで顔は半分しか見えないけど、微笑む口元にほっとする。
 幸せになってね、さっちゃん。友達の幸せは自分も幸せになれるんだよ。
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