魔界王立幼稚園ひまわり組

まりの

文字の大きさ
上 下
67 / 96
続・魔界王立幼稚園ひまわり組

29:大怪獣戦争

しおりを挟む
「ふん。悪い事してないのに何でお仕置きされなきゃいけないんだよ?」
 むちむちさんは小さな羽根をぱたぱたさせて宙に浮いたまま、アカンベーをした。なんという憎ったらしい仕草だろうか。知らないよぉ、魔王様をこれ以上怒らせたら。
「ほう。自分がした事をわかっておらぬのか。これを見よ」
 角と羽根のある大きいままの魔王様が長い爪のある手をひらりと返されると、巨大なスクリーンのように空に映像が浮かんだ。
 怯える街の人達、花に触ってしまって倒れた人達。それはさっきまでの街の様子。そして死んでいく蝶や小鳥。悲しくなる光景だ。
「このように沢山の者を危険に陥れ、自分が生み出した命が死んでいく様を見ても悪い事をしたとは思わんのか?」
 口を尖らせて空を見ている真ん丸天使は首を傾げた。
「で?」
「で、とは?」
「これは悪い事かな? だってここ汚いし、変だし、魔の力がむんむんしててボクも息苦しいし。綺麗にしてあげようと思っただけだよ? それに殺したのはそっちでしょうが」
「……」
 何の悪意も無い顔で、しれっと言い放ったその言葉に一同固まる。なんか勢いを削がれた魔王様はしゅるるーっと小さくなってしまわれた。
 こ、こいつ……! ひまわり組の三歳児でもちゃんと言って聞かせたら、やって悪い事と良い事の区別がつくし、命は大事だと知っているというのに、この天使さんはっ!
「こ、ここは魔界だ。天界とは違い神力は住民にとっては毒であって……」
「でも魔力はボクにとっては毒。サリエちゃんやお義母さまにもだ。居やすいように浄化したって悪く無いじゃないか」
 あまりの自己中に魔王様もなんかたじたじって感じだ。
 いい加減頭に来たが、横でしゃきんと剣を抜く音が聞えたので、はっとして見ると、ウリエノイルさんは珍しく笑ってなかった。
「アレ殺っていいですかね?」
「ウリちゃん、我慢だよ。流石に妹と義母さんの前でそれはやめよう。魔王様にお任せしましょうね」
 ある意味この人もお子様な危ういところがあるので宥めておかないとね。きっと本気で殺しに行くだろうし。
「ねえ、お兄さんって事は、さっちゃんより年上だよね。幾つなの?」
「ゾフィ兄さんは一番上で今二十七です。こちらで言うと百三十五くらいでしょうか?」
「……魔王様より年上なのね」
「情けない事ですわ……主人はどんな育て方をしたのでしょうね」
 ザラキエルノ様も困った顔だ。さっちゃんから聞いたところによると神様も忙しいのに、産むだけ産んで出て行った母に代わって子供を育てられたお父さんらしいから、責めないであげて下さい。
「サリエちゃん、こんな所にいないで早く帰ろう。皆待ってるんだよ」
 魔王様を無視して、お兄さんがこっちに飛んでくるが……
「こら、待て。兄上であろうと容赦はせぬぞ」
 魔王様の手がむちむちの体を包んでいる白いはちきれそうな服の襟首をひょいと掴んだ。むっちり手足と羽根をぱたぱたさせて抵抗してるのが、ハムスターみたいでちょっと可愛い。
「邪魔するな、放せ! 言っとくが、お前に兄上などと呼ばれたくない。魔王か何か知らないがお前などに可愛い妹はやらないからな!」
 思いっきり捕まってて、その強気は何処から来るんでしょうか。
 あー、でもそうか。もし魔王様とさっちゃんが上手く行ったら、この丸い物体は魔王様の兄上に……なんかクラクラするなぁ。
「兄さん! ま、魔王様になんて失礼な事を!」
「やっぱり殺します!」
 さっちゃんが出て行きかけたのを慌てて止めた。ウリちゃんもだ。もう、皆煽られすぎです。
「危ないから。ほら、魔王様にお任せしよう? ね?」
 私も面白くは無いが、なぜか落ち着いていられるのは周りが先に出ちゃうのと、あのお兄ちゃんは歳を考えなければちっちゃい子と同じだからだ。日々駄々っ子さんやこっちの言葉もなかなか通じない子供達の相手をしているからかもしれない。視野の狭さや、自分が正しいと信じて疑わない、思った通りに口に出して本能そのままに動いちゃうというところが、体だけ大人になったこの天使さんの内面が幼稚園に入る前の二歳くらいの子供な感じがするからだろう。
 でもその中身やんちゃ二歳児の百三十五歳は、やる事は半端なかった。
「サリエちゃん、少し離れていて」
 魔王様に掴ったままだが、筆を目にも見えない速さでしゅるしゅると動かしたかと思うと、空中に白い巨大な何かが浮かんだ。
 最初は平面だったそれは、徐々に厚みを持ち、みるみるうちに毛並みまではっきりわかる生々しい生き物に姿を変えた。
 それは長い鬣も美しい、真っ白のライオンだった。背中に大きな羽根を持っているので、ライオンでは無いのかもしれないが……なんて綺麗。でもデカっ! 魔王様どころじゃない、もっともっと大きくて、十メートルくらいありそう!
「ほほう、また命を生み出したのか。罪な事を。ではこちらも」
 魔王様が手を軽く振られると、ほとんど暮れた濃い紫の空に漆黒の闇が集まってきた。それは密度を増し、ぎゅっと固まると淡く紫に輝く魔王様の羽根によく似た翼を持つ黒い飛竜に姿を変えた。これもデカいよ!
「魔王様、あんな事もできるんだねー」
「結構加減されてますよ、あれでも。本気で出されたらもっと凄いのが出てきますよ」
 ……今日は力の加減に成功されたんだね。
「ギャオオオオゥ――――!」
「ぐがおおおおぉ――――!」
 大怪獣戦争とでも申しましょうか。巨大な黒い羽根を広げた魔王様のドラゴンとこれまた巨大な真っ白の羽根の生えたライオン。どちらも宙に浮いたまま耳をつんざく様な雄叫びを上げて向かい合っております。
「やれ」
 短い魔王様の声で飛竜が短い前足の鋭い爪で、羽根ライオンに襲い掛かる。ライオンも負けじと大きな口を開けて齧り付こうとしてる。
「あれが飛竜ですか。今日の劇に出て来た」
 ザラキエルノ様がやや長閑に仰った。天界にはドラゴンがいないんだね。
「コウモリも呼んでみましょうか?」
 魔王さまがふっ、と息を吹かれると今度は大量のコウモリさんたちが帯のように城の方から飛んできた。
 叩き落とすように首を振るライオンに、噛み付く竜……。
「あのー、魔王様、街の上でこれってマズくないですか?」
 空中戦なんで今の所無事だが、もし暴れたり落ちてきたら物理的に壊れちゃいますよ、街が。
「防御の結界を張りましたので、大丈夫ですよ」
「はい、私も受け止めますし」
 ウリちゃんとザラキエルノ様は止める気が無いらしい。
 やや押され気味のライオンに焦りを感じたっぽいお兄ちゃんが、宙に浮かんでまた何かを描こうとしたのが目に入ったので、転移陣を出してそのすぐ横に出た。空中ですけど。
「もう描いちゃダメ!」
「あっ!」
 すばやく絵筆を奪い取る事に成功した。なぜ私かというと、どうもお兄ちゃんは私は全く目にはいっていないようだったので。つまりノーマークだし……とか言ってる場合じゃない!
「おーちーるー!」
 私だけ飛べないんだよ! もう転移陣を出せる余裕も無かったが、やっぱりというかウリちゃんが掴まえてくれた。ばさばさっと羽根の音が聞える。
「無茶しますね。でもすごいですよ、ココナさん」
「私だけ何にもしないのも悪いしね」
「返せ!」
「嫌ですね!」
 太っちょさんも必死で追いかけて来るが、私を抱いてたってウリちゃんの方が早いのだ。
「ギャオオオオ!」
 あ、怪獣大戦争は勝負ついたみたいだ。竜がライオンの首にがっちり噛み付いている。
 その時だった。
『遅くなってすまぬ』
 空にすうっと光の切れ目が入った。
 あ、この感じは……あの夏祭りの時の!
「お父上までお出ましになったぞ」
 空の瞼が開き、赤い大きな目がぎょろりと動いた。
「父上っ! 助けに来てくれたんですね?」
『馬鹿者、魔王に詫びに来たのだ。迷惑をかけおって!』
 神様父さんは怒っておいでのようですよ。
 ぎょろりと今度は空の目玉は瀕死のライオンの方を見た
『これ以上殺生はならん。それは引き取らせてもらおう』
 手とか何もないけど、光の帯みたいなのが下りてきて巨大なライオンを空へと吊り上げた。そしてすぅっと消えた。
「お父様、ごめんなさい! ゾフィ兄さんが来てしまったのも私のせい。全て私が悪いのです。でも私は帰りたくない!」
 さっちゃんが跪いて祈るように手を胸前で組んで叫んだ。
『わかっている……何処にいようと、お前が幸せならそれでいい』
 パパー! なんて素敵なお言葉でございましょうか!
『魔王よ、魔界に迷惑をかけたがどうか娘を孫を頼む』
「お父上……」
 よっしゃ! お父さんにお許しいただけましたよ魔王様!
 目玉だけの神様は、ぎょろりと今度はお兄ちゃんを見て僅かに目を細めた。
『魔王よ、その馬鹿息子にもう少しお仕置きをしてやってくれ。ワシからもお願いする。では任せたぞ』
「任されました」
 空の目が閉じた。お父様は帰ってしまわれたらしい。
「えええ、待って父上っ!」
 ちっちゃな羽根でよたよたと飛び上がろうとしたお兄ちゃんは、再び魔王様に襟首を掴れた。
「お父上にも任されたしな。さて、どんなお仕置きをしようか?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。