魔界王立幼稚園ひまわり組

まりの

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続・魔界王立幼稚園ひまわり組

29:大怪獣戦争

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「ふん。悪い事してないのに何でお仕置きされなきゃいけないんだよ?」
 むちむちさんは小さな羽根をぱたぱたさせて宙に浮いたまま、アカンベーをした。なんという憎ったらしい仕草だろうか。知らないよぉ、魔王様をこれ以上怒らせたら。
「ほう。自分がした事をわかっておらぬのか。これを見よ」
 角と羽根のある大きいままの魔王様が長い爪のある手をひらりと返されると、巨大なスクリーンのように空に映像が浮かんだ。
 怯える街の人達、花に触ってしまって倒れた人達。それはさっきまでの街の様子。そして死んでいく蝶や小鳥。悲しくなる光景だ。
「このように沢山の者を危険に陥れ、自分が生み出した命が死んでいく様を見ても悪い事をしたとは思わんのか?」
 口を尖らせて空を見ている真ん丸天使は首を傾げた。
「で?」
「で、とは?」
「これは悪い事かな? だってここ汚いし、変だし、魔の力がむんむんしててボクも息苦しいし。綺麗にしてあげようと思っただけだよ? それに殺したのはそっちでしょうが」
「……」
 何の悪意も無い顔で、しれっと言い放ったその言葉に一同固まる。なんか勢いを削がれた魔王様はしゅるるーっと小さくなってしまわれた。
 こ、こいつ……! ひまわり組の三歳児でもちゃんと言って聞かせたら、やって悪い事と良い事の区別がつくし、命は大事だと知っているというのに、この天使さんはっ!
「こ、ここは魔界だ。天界とは違い神力は住民にとっては毒であって……」
「でも魔力はボクにとっては毒。サリエちゃんやお義母さまにもだ。居やすいように浄化したって悪く無いじゃないか」
 あまりの自己中に魔王様もなんかたじたじって感じだ。
 いい加減頭に来たが、横でしゃきんと剣を抜く音が聞えたので、はっとして見ると、ウリエノイルさんは珍しく笑ってなかった。
「アレ殺っていいですかね?」
「ウリちゃん、我慢だよ。流石に妹と義母さんの前でそれはやめよう。魔王様にお任せしましょうね」
 ある意味この人もお子様な危ういところがあるので宥めておかないとね。きっと本気で殺しに行くだろうし。
「ねえ、お兄さんって事は、さっちゃんより年上だよね。幾つなの?」
「ゾフィ兄さんは一番上で今二十七です。こちらで言うと百三十五くらいでしょうか?」
「……魔王様より年上なのね」
「情けない事ですわ……主人はどんな育て方をしたのでしょうね」
 ザラキエルノ様も困った顔だ。さっちゃんから聞いたところによると神様も忙しいのに、産むだけ産んで出て行った母に代わって子供を育てられたお父さんらしいから、責めないであげて下さい。
「サリエちゃん、こんな所にいないで早く帰ろう。皆待ってるんだよ」
 魔王様を無視して、お兄さんがこっちに飛んでくるが……
「こら、待て。兄上であろうと容赦はせぬぞ」
 魔王様の手がむちむちの体を包んでいる白いはちきれそうな服の襟首をひょいと掴んだ。むっちり手足と羽根をぱたぱたさせて抵抗してるのが、ハムスターみたいでちょっと可愛い。
「邪魔するな、放せ! 言っとくが、お前に兄上などと呼ばれたくない。魔王か何か知らないがお前などに可愛い妹はやらないからな!」
 思いっきり捕まってて、その強気は何処から来るんでしょうか。
 あー、でもそうか。もし魔王様とさっちゃんが上手く行ったら、この丸い物体は魔王様の兄上に……なんかクラクラするなぁ。
「兄さん! ま、魔王様になんて失礼な事を!」
「やっぱり殺します!」
 さっちゃんが出て行きかけたのを慌てて止めた。ウリちゃんもだ。もう、皆煽られすぎです。
「危ないから。ほら、魔王様にお任せしよう? ね?」
 私も面白くは無いが、なぜか落ち着いていられるのは周りが先に出ちゃうのと、あのお兄ちゃんは歳を考えなければちっちゃい子と同じだからだ。日々駄々っ子さんやこっちの言葉もなかなか通じない子供達の相手をしているからかもしれない。視野の狭さや、自分が正しいと信じて疑わない、思った通りに口に出して本能そのままに動いちゃうというところが、体だけ大人になったこの天使さんの内面が幼稚園に入る前の二歳くらいの子供な感じがするからだろう。
 でもその中身やんちゃ二歳児の百三十五歳は、やる事は半端なかった。
「サリエちゃん、少し離れていて」
 魔王様に掴ったままだが、筆を目にも見えない速さでしゅるしゅると動かしたかと思うと、空中に白い巨大な何かが浮かんだ。
 最初は平面だったそれは、徐々に厚みを持ち、みるみるうちに毛並みまではっきりわかる生々しい生き物に姿を変えた。
 それは長い鬣も美しい、真っ白のライオンだった。背中に大きな羽根を持っているので、ライオンでは無いのかもしれないが……なんて綺麗。でもデカっ! 魔王様どころじゃない、もっともっと大きくて、十メートルくらいありそう!
「ほほう、また命を生み出したのか。罪な事を。ではこちらも」
 魔王様が手を軽く振られると、ほとんど暮れた濃い紫の空に漆黒の闇が集まってきた。それは密度を増し、ぎゅっと固まると淡く紫に輝く魔王様の羽根によく似た翼を持つ黒い飛竜に姿を変えた。これもデカいよ!
「魔王様、あんな事もできるんだねー」
「結構加減されてますよ、あれでも。本気で出されたらもっと凄いのが出てきますよ」
 ……今日は力の加減に成功されたんだね。
「ギャオオオオゥ――――!」
「ぐがおおおおぉ――――!」
 大怪獣戦争とでも申しましょうか。巨大な黒い羽根を広げた魔王様のドラゴンとこれまた巨大な真っ白の羽根の生えたライオン。どちらも宙に浮いたまま耳をつんざく様な雄叫びを上げて向かい合っております。
「やれ」
 短い魔王様の声で飛竜が短い前足の鋭い爪で、羽根ライオンに襲い掛かる。ライオンも負けじと大きな口を開けて齧り付こうとしてる。
「あれが飛竜ですか。今日の劇に出て来た」
 ザラキエルノ様がやや長閑に仰った。天界にはドラゴンがいないんだね。
「コウモリも呼んでみましょうか?」
 魔王さまがふっ、と息を吹かれると今度は大量のコウモリさんたちが帯のように城の方から飛んできた。
 叩き落とすように首を振るライオンに、噛み付く竜……。
「あのー、魔王様、街の上でこれってマズくないですか?」
 空中戦なんで今の所無事だが、もし暴れたり落ちてきたら物理的に壊れちゃいますよ、街が。
「防御の結界を張りましたので、大丈夫ですよ」
「はい、私も受け止めますし」
 ウリちゃんとザラキエルノ様は止める気が無いらしい。
 やや押され気味のライオンに焦りを感じたっぽいお兄ちゃんが、宙に浮かんでまた何かを描こうとしたのが目に入ったので、転移陣を出してそのすぐ横に出た。空中ですけど。
「もう描いちゃダメ!」
「あっ!」
 すばやく絵筆を奪い取る事に成功した。なぜ私かというと、どうもお兄ちゃんは私は全く目にはいっていないようだったので。つまりノーマークだし……とか言ってる場合じゃない!
「おーちーるー!」
 私だけ飛べないんだよ! もう転移陣を出せる余裕も無かったが、やっぱりというかウリちゃんが掴まえてくれた。ばさばさっと羽根の音が聞える。
「無茶しますね。でもすごいですよ、ココナさん」
「私だけ何にもしないのも悪いしね」
「返せ!」
「嫌ですね!」
 太っちょさんも必死で追いかけて来るが、私を抱いてたってウリちゃんの方が早いのだ。
「ギャオオオオ!」
 あ、怪獣大戦争は勝負ついたみたいだ。竜がライオンの首にがっちり噛み付いている。
 その時だった。
『遅くなってすまぬ』
 空にすうっと光の切れ目が入った。
 あ、この感じは……あの夏祭りの時の!
「お父上までお出ましになったぞ」
 空の瞼が開き、赤い大きな目がぎょろりと動いた。
「父上っ! 助けに来てくれたんですね?」
『馬鹿者、魔王に詫びに来たのだ。迷惑をかけおって!』
 神様父さんは怒っておいでのようですよ。
 ぎょろりと今度は空の目玉は瀕死のライオンの方を見た
『これ以上殺生はならん。それは引き取らせてもらおう』
 手とか何もないけど、光の帯みたいなのが下りてきて巨大なライオンを空へと吊り上げた。そしてすぅっと消えた。
「お父様、ごめんなさい! ゾフィ兄さんが来てしまったのも私のせい。全て私が悪いのです。でも私は帰りたくない!」
 さっちゃんが跪いて祈るように手を胸前で組んで叫んだ。
『わかっている……何処にいようと、お前が幸せならそれでいい』
 パパー! なんて素敵なお言葉でございましょうか!
『魔王よ、魔界に迷惑をかけたがどうか娘を孫を頼む』
「お父上……」
 よっしゃ! お父さんにお許しいただけましたよ魔王様!
 目玉だけの神様は、ぎょろりと今度はお兄ちゃんを見て僅かに目を細めた。
『魔王よ、その馬鹿息子にもう少しお仕置きをしてやってくれ。ワシからもお願いする。では任せたぞ』
「任されました」
 空の目が閉じた。お父様は帰ってしまわれたらしい。
「えええ、待って父上っ!」
 ちっちゃな羽根でよたよたと飛び上がろうとしたお兄ちゃんは、再び魔王様に襟首を掴れた。
「お父上にも任されたしな。さて、どんなお仕置きをしようか?」
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