魔界王立幼稚園ひまわり組

まりの

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続・魔界王立幼稚園ひまわり組

28:残酷だけど

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「住民には絶対に外出しないで各地区の地下避難所へ入るように触れて参りました。死者は出ていませんが、かなり弱っている者もいます。動けないものはエイジさんや自治兵が案内中です。他の国や街には被害は出ていないとの事です。念のため各貴族領に結界を張り民を守るよう手配いたしました」
 帰って来たウリちゃんが魔王様に報告した。おお、短時間に色々手を打ってきたのだね。魔王様の呼びかけで城からも医師団や軍部も大勢増援が転送されて来たが、ほとんどさっさと全部やっちゃうあたりが自分を忙しくしていると、旦那様は気付いていない。
「ご苦労だった。魔力を消耗している者には医師を向けさせる。私は被害が広がらないよう街を覆っている」
 魔王様もわからないうちに何かなさっていたようです。うーん、凄いや。一応私も皆の無事を心から祈ってます。石畳の隙間のそこかしこからピンク色の光が見えるのは、地下に篭ったお遊戯会から帰った保護者の方や幼稚園の子供達のシールドかもしれない。少しは役に立ってると信じたい。
 ちなみに街の各家や店の地下室には昔から区画単位で地下シェルターのような避難所への通路があるというのを少し前に知った。これは魔界の通例行事『勇者による魔王討伐』の際に、兵以外の一般市民の犠牲を少しでも減らすために昔から密かに行われてきたようで、人間の兵に建物が壊されても住民は無事だったという事だ。歴代魔王様は結構考えておいでだ。この地点で人間側は負けていたと思う。
 さて、今は相手が魔力も神力も持たない人間が相手では無い。魔族にとっては相反する天界の力は強力な毒。鳥や花や蝶に囲まれた町はとても綺麗だけど、このままでは街の人達が危ない。これらはここにあってはいけない物なのだ。こうして守りを厚くしてもいつまで持つかわからない。消し去らないと。
「ザラキエルノ様、これの動く絵って消せるのでしょうか?」
「私の力で石にする事は可能ですが、その場で固めてしまうと後が大変なのでは?」
 そうですよね。想像するだけで大変そうです。
「それに……ゾフィエさんの絵筆で描かれた物には本物の命が宿っています。沢山殺生をしてしまうと今度は私が天界に戻れなくなってしまいます。魔王様のお姉さまを元に戻すには一度戻って鏡を持ってこないと……今魔王様の結界で覆われてしまっているので私も出られませんし」
 むむぅ。天界って結構色々縛りがあるんだねぇ。じゃあどうすればと私は困った方に聞いたのだが、逆にニンマリ笑った人がいた。
「先程魔法で消そうと試みましたが、やんわり魔力を吸い取られるだけでしたからね。しかし本物の命を持ってると言う事は、物理的に殺せると言う事ですね?」
 あ、ウリちゃんが黒い笑いを浮かべている。魔王様もだ。
「魔王様、久々に暴れましょうか」
「たまにはよいな。ウリエノイル、街ごと塵に変えるなよ」
「そのお言葉、そのままお返しします」
 止める間もなく、二人が翼を広げて空に浮いた。
「ココナさんは中立のシールドで引き続き民を守っていてください。ああ、それから天使のご婦人方は見ない方がいいかもしれません」
 美しい顔に笑みを浮かべたまま、蝶を捕まえて握りつぶしたウリちゃんは、正真正銘の堕天使に見えた。はらはらとバラバラになった蝶の羽根が降ってきた。
 魔王様は可憐に咲いた花を踏みつけて小鳥を叩き落としておいでだ。ぴぃと小さく声を上げて羽根を撒き散らしながら地面に落ちた青い小鳥はもう動かない。それはもうそこそこ長い事魔界にいて、ここの常識に慣れて来た私にとっても非常に残酷な眺めだった。これはこの街の、この世界の人達を助けるためとはいえ、生きている物が目の前で死んでいく様はやはり気持ちが良い物ではない。
 いつもは優しい魔王様やウリちゃんが物言わぬ美しい花や可愛らしい小鳥の命をその手で絶っている。ほんの少し楽しそうにすら見える表情で。なんだか魔界の住人の真の姿を見てしまったようで、私も目を伏せたかったが、本当なら指一本動かすだけで事足りる彼等が、魔力も使わずに頑張ってるのにそれは失礼だ。それに実際に見たことが無かっただけで知っていたじゃないの。今迄だって襲って来た人間の兵や魔物を一瞬で消し去ったりして来た。この国を魔族を守るために。今だってそうなんだ、だから嫌いになったりはしないけど……でも。
 出来ればリノちゃんにこんなパパを見て欲しく無い。魔王様は……ああそうだ、きっと魔王様はさっちゃんにこんなのを見せたく無いんじゃないかな。
「さっちゃん、見ない方がいいわ」
「い、いえ。魔王様達が一生懸命なのに、私が目をそらしてはいけません」
 アイマスクのせいで詳しい表情まではわからないが、頬は青ざめているように見える。でも強いね、さっちゃん。
 他の兵もやってきて、魔王様達に加勢した。普通の剣なら物理的なものなので天界の物にも効くみたいだ。花や蝶は攻撃をしてくるわけじゃないから。
 みるみるうちに、地面に落ちていく美しい生き物達の変わり果てた姿。
 ザラキエルノ様は顔を伏せて首を振っておいでだ。またその目から血の涙が流れた。
「命の消える間際の悲しみの声が聞こえます。ああ……魔王様達は悪くないの……いてはいけない場所にあなた達を生み出してしまった者を恨まねばなりません……」
 祈るように胸前で手を組まれたザラキエルノ様。その体を金の光が覆い、その光は広がって絵から生まれた生き物達の骸に降り注いだ。また命を吹き込まれたように動き出したそれらに一瞬ぎょっとしたが、どうやら一箇所に集めているようだ。
「私も!」
 さっちゃんも同じように胸の前で手を組み、祈り始めた。背中に一対の大きな白い羽根を広げ、光り輝きながらお母さんと一緒になっている。
 えーっと……こうなると、なんか私一人何にもしてないようで、気が引けるのですが。いかんいかん、ちゃんと街の人を守る、今頑張ってる皆を守るという役目があるじゃないの。

 しばらく一方的で残酷な、でも大変な戦いが続いた。天界の力が遠ざかり、街がほとんど元の姿に戻った頃。
「私が転移させよう。皆下がれ」
 さっちゃん親子が集めた屍の山の下に、魔王様が巨大な転移陣を出された。
「命巡り今度はこの世界の者として生まれてくるが良い。歓迎し祝福する」
 魔王様の悲しげな声と共に、骸の山は消えた。この世界の魔族も住まぬ辺境へと送られたのだそうだ。いかに絵から生まれた物とはいえ、命だと魔王様はお認めになったのだ。そうだね、今度は魔界の生き物として生まれて来てね。私も思わず手を合わせた。
「もう大丈夫ですよね?」
「いや、まだ街をこうした犯人がいるはずだ。近くに感じる」
 魔王様はまだ街の人達にOKを出されなかった。ああ、そうだった。さっちゃんのお兄さんとやらは何処にいるんだろう?
「空気が平常に戻った。そろそろ出て来る頃だろう」
「ええ、来ましたわ」
 魔王様とザラキエルノ様が低く仰った時。
「ちょっと、誰ぇ? ボクの絵を消したのは! 折角ボクがこの汚らわしい場所を綺麗にして清めてあげたのに。酷いことするね!」
 調子外れの男の人の声がして、見上げると何か不思議なものが浮いていた。
 ……なんだろうか? うーんと、四枚だけど羽根があるねぇ。天使なんだろうが……丸い。卵に羽根つけたみたい。
「ゾフィ兄さん!」
 さっちゃんが叫んだ。
 って、ええええ? あの羽根卵みたいなのが芸術の天使のお兄さんなんですか?
 真ん丸天使はよたよたと降りてきた。近くで見ると確かに非常に天使っぽい。ある意味可愛いかも。だが何というか、ぷくぷく幼児に羽根をつけた昔の天使の絵、あれみたい。羽根が小さく見えて良く言えばでっかいキューピーさん、悪く言えば太りすぎ。むくむくほっぺで目が糸の様に見える。どうでもいいけど、以前さっちゃん、お兄さんお姉さんは非常に美しくて自分はみすぼらしいとか言ってたような……うーん、ひょっとして天界ではあれがイケてるんだろうか……。
「酷いことをするのはどっちですか!? 兄さんの絵のせいでこの街の人達は危ないところだったのですよ!」
「あー、魔の気がむんむんしてて、これじゃ息も出来やしないよ。サリエちゃん、さあ清らかな天界に帰ろう」
 さっちゃんが怒っているが、聞く耳持たないというか、会話になってないよね。なんというマイペースなお兄ちゃん。むっちむちのおててを広げて「おいで」のポーズです。
「そこのおデブさん、貴方がこの街に落書きされたのですか?」
 あ、ウリちゃんが笑っている。勿論怒ってる方の笑い顔だ。掴みかからんばかりに怒ってるさっちゃんを庇うように前に出た。
「サリエちゃんに近寄るな、みすぼらしい堕天使め。穢れる」
「なっ!」
 ちょっとっ! よくもハムみたいななりで、ドドイルでトップクラスの美男のウチの旦那様にそんな事言うわね! むきーっ! 怒ったよ!
「あなたね……」
 私が出て行く前に、何やらごごごごと音を立てそうな恐ろしい気配が後ろから……しかも二つも襲って来た。なんかこれは横に退けた方が良さそうな気がするな。
「許 さ ん」
「ゾーフィーエーさーん」
 魔王様とザラキエルノ様が巨大化しておいでだ。どっちも非常に怖いお顔をなさってますよ。
「お、義母さま? お、お前が魔王っ? でかくね?」
 あ、むちむちさんが少し怯えているね。
「いい歳をしてやっていい事と悪い事の区別もつかない子は、裁きの泉の前で確実に堕とせますわねぇ。でもそれじゃぁ魔界に迷惑をかけますわ。そうねぇ、いっそ睨んで石に変えて差し上げようかしら?」
 怖いですっ! ザラキエルノ様! さっきまでのあの天然さんと同一人物とは思えない迫力ですよ。
「そうだな。これに堕ちて来てもらっても困るな。それにそれではお父上にもお義母上にも迷惑が掛かる」
 魔王様も微笑みながら怒っておいでですね。
「お義母上、ここは私に任せていただけるかな?」
「ええ、魔王様。お仕置きしてやってくださいませ」
「サリエノーアさんもよろしいかな?」
「勿論でございます! 魔王様」
 おお、さっちゃんまで二つ返事で返したぞ?
「なんでっ? サリエちゃんまで?」
 おデブ兄さんは腑に落ちないという顔だ。なんという罪の意識の無い奴!
 私達も応援しますよ! やっちゃってください、魔王様。
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