魔界王立幼稚園ひまわり組

まりの

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続・魔界王立幼稚園ひまわり組

18:いよいよ本番

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 紫の空は晴天。ついにお遊戯会の日がやって来ました。
 去年も経験しているバラ組さん、これで三度目のスミレ組さんは案外平気ですが、初めてのひまわり組の子供達は朝から緊張しまくりで、いつもの元気はどこへやら、口数少なく笑顔も控えめ。
「大丈夫だよ、みんないっぱい練習したもん」
「らけろ、人いっぱい、こあい」
 スカートが千切れるんじゃなかろうかと思うぐらいに皆ぶら下がってます。うーん、歩けないよぉ。
「トイレに行きたい子は今のうちよ」
「も、もいっかい、ちっこっ!」
 いつもやんちゃなさんちゃんも緊張してるね。
 まあ……保護者だけじゃなく、貴族の方々や違う国の偉い方も視察にみえてるし。結構な人数がすでに集まってるもんね。
「ほら、マファルの幼稚園のお友達ももうお座りしてるよ」
 昨日から人間の国マファルから来ている子供達と保護者。引率、王様。
 当日だと子供達も疲れるし戸惑うだろうと、昨夜は保護者さんと一緒にお城にお泊りだった。見た目の違う魔族に最初はほとんどの子が怯えていたが、一日一緒に遊んだりお給食を食べたり、歌を唄ったりするうちにすっかり仲良くなった。子供同士というのは本当に馴染むのが早い。
「後でまた遊べる?」
「うん。いっぱい遊べるよ」
 無事終われば……ね。
 二段に仕切られた客席。手前は保護者とマファルの幼稚園の子達、奥はその他のゲスト席だ。一段上げてあるので後ろからでも見えるし、最近は貴族であろうと一般庶民の後ろの席であっても文句を言う人達はいない。子供の家族優先という魔王様の指示が徹底しているからだ。
 お客さんの手にはプログラム。そして胸には花の形のバッジ。このバッジは何があっても絶対に外さないでとお願いしてある。いかにドレスに似合わないデザインであってもだ。例の私の力を籠めた護符になっているのだ。
 人間の子供達には名札に同じ物を、ひょっとしたら外しちゃうかもしれない園児のみんなには一人ずつ直接手の甲にキスしてみた。手の無い子はオデコに。いつものお給食のピカピカ賞スタンプと同じで小さなハート型に光っているので皆嬉しいらしく、勇気の出るおまじないだと思っている。
「お母さんも見てくれるかな? んと……おばあちゃんも」
 ペルちゃんが少し不安そうに言った。会場にさっちゃんの姿は無い。
「大丈夫よ。ちゃんと見てくれるよ。カッコイイところ見せてあげなきゃ」
「うん」
 そして、いつも保護者説明の日や体験入園の時にこっそり子供達を見る部屋があるが、今日は貴賓席になっている。貴賓席というより隔離部屋とでも言おうか。そう、さっちゃんのお母さん、紛う事なき天界の天使、ザラキエルノ様の席。もう席に着かれたのだろうか。
 もうすぐ始まる。会場入り口のドアが静かに閉められるのが見えた。


 昨日の朝。
「ひっさしぶりー! ココナちゃん、ちっとも変らないなぁ」
 魔王様の転移陣で集団移動してきたのはマファルからのご一行だった。
 以前魔界の通例行事で魔王城に攻め込んできた勇者様は、今では立派な王様である。元最下層庶民だが、この短い間に数々の改革を成功させ、魔界において初めて魔王様より王として認められた人間である。相変わらずの軽い物言いはまったく変ってないが。
 いきなりハグはどうなんですか、王様。地味に後ろから殺気を感じるのは多分ウリちゃんあたりだと思いますが。人妻ですから、一応。
「キール君はちょっと王様っぽい威厳みたいなのが出てきたね」
「もう三十過ぎだぜ? おっさんっぽくなったと言いたいんだろ? 人間は歳を取るのが早いからさぁ。なんかズルイよなぁ、魔王様や宰相閣下はまあともかく、ココナちゃんや逃亡勇者まで年取らないなんて」
 ……おっさんとまでは言ってないよ。私のほうが年上だがすごく追い越された感はあるけどね。
 ビクビク怯えているマファルの子供達が二十人ほど。その保護者の方なども入れて五十人以上。王様には少し話があるので、子供達は早速幼稚園の方に。まずは少しでも緊張を解くため、彼らより小さいひまわり組さんにご紹介。
「マファルの幼稚園から来てくれた年長組さんだよ。種族は人間。みんな、ご挨拶できるかな?」
「こんちはー!」
 元気にご挨拶。ニコニコ笑顔で迎えられて、人間の子供達もぎこちなくお辞儀をしつつ、小さな声で「こんにちは」と言った。
「スミレ組と同じお兄さんお姉さんだけど、仲良くできるかな?」
「あーい!」
 とりあえず自由遊びの時間を設けます。
「お友達いっぱーい!」
「いっちょ、あしょぼぉ」
 ひまわり組さんに遠慮なんか無い。挨拶もそこそこに、固まっている人間の子供達の手をとり、容赦なくお砂場や滑り台のほうへ連れて行く。
 始めは心配そうに我が子を見ていたマファルのお母さん達も、可愛らしいひまわり組の子供達の仕草に気が緩んだ模様。
「みんな元気で可愛らしい子供達ですね」
「尻尾があったり角があるだけで一緒ですよ、人間も魔族も」
 子供達も一緒に遊ぶうちに少しづつ笑顔も見え始めた。お歌を一緒に歌い、わいわいがやがやお給食も一緒に食べて、すっかり仲良しになりました。
 私も人間のお母さん達とお話が出来て楽しかった。またママ友ゲットです。
 名残惜しそうでしたが明日の会場準備があるため、今日は早めに帰った幼稚園の子供達。ルウラでのお帰りの様子を見た後、マファル幼稚園のみんなはお母さん達と共に畑の島に見学に行ってもらいました。
「じゃあ、後はよろしくね、エイジ君、ペルちゃん、リノちゃん」
「お任せください」
「あーい!」
 マーム先生達や補助職員のみんな、お城勤めの方々が会場準備。すみません、こちらも手が空いたらすぐに来ますので……。
 私とウリちゃんは魔王様と一緒に他の来賓者をお迎えするためのお手伝いをしないといけません。
 他の重要な方々も明日ほとんどおみえになるし、ツツルから来られるはずだったメルヒノア様はすでに……楽しみにしておいでだったのに。ずっと掛けたままのペンダントに手をやると、ほんのり温かく思念が伝わってくるよう。きっと見えますよね。出ましょうね、一緒にお遊戯会。
 魔王様は玉座の間で考えこまれていた。横にはひっそりとさっちゃんが。
「まだ……おみえになりませんか?」
「ああ。恐らく明日の朝かと思う。混乱を避けるため時間はずらしてくれとお願いしてあったのだが」
 考えてみたら天界の方に一晩お泊りいただくというのも、この魔力の満ちた魔界では厳しいんじゃないかとも思うのだが、朝の沢山の人々が集まる真っ最中に来ていただいては、危ないからというのもわかる。
「お母様は気まぐれな方ですから……」
 小さく呟いたさっちゃん。おちゃらけたアイマスク越しにでも憔悴しきってるのがわかる。思わずその細い手を握った。
「帰りたくないって、その理由もちゃんとお母様にお話出来るよね?」
「はい。言います」
 そうは言っても少し震えてるのがわかる。
「大丈夫よ。今はさっちゃんもペルちゃんのお母さんだもの。お母さんの気持ちはわかると思うの。そしてお母さんもさっちゃんの気持ちが」
「……そう、ですよね」
 魔王様は何も言わずにただ黙って美しい石像と化したメルヒノア様を見ておいでだ。胸のうちはいかほどだろうか。
 そして待ち人は、お遊戯会の当日の早朝に突如おいでになった。


「わはははは~! じゃあお遊戯会のはじまりだ。まずは偉大なる魔界の王、幼稚園の園長のご挨拶だ。静粛に~わははは」
 ……お前が一番静粛にしろと言いたいジラソレの長閑な司会でお遊戯会が始まった。
 舞台の中央に立たれる魔王様の後姿がここから見える。歌の一番はひまわり組なので、私達はすでにスタンバイしている。
「今日はここに開催するお遊戯会にお集まりいただき感謝する。子供達の成長の証、元気で可愛らしい姿を皆で確かめてやって欲しい」
 はい、拍手。相変わらず硬くてシンプルですね、魔王様。でも緊張しておいでなのがわかります。さっさと舞台を降りて行かれました。
「わははは~、次は園児代表のご挨拶だぞ」
 スミレ組のビュルネちゃんは猫獣人の女の子。ひまわり組に入って来たときにはとっても小さくて泣き虫さんだったが、今では皆のお姉さん的存在のしっかりした六歳。大きくなったね。
「今日のお遊戯会に向けて、みんなで一生懸命れんちゅー……あ、練習しました! お父さん、お母さん、お客さんの皆様、私達を応援してください」
 ぺこり。わー! 途中一回噛んだけど、上手に言えたね。よかった。
 割れんばかりの拍手を送られ、尻尾をピコピコさせながら帰ってきたビュルネちゃんは、舞台の端で担任のウリちゃんにハグされてます。
「えへへ、失敗しちゃった」
「いえ、とっても上手でしたよ。魔王様よりよい挨拶でした」
 ……それはどうかと思うぞ、ウリちゃん。
「わはははは、最初に唄うのはひまわり組のオチビちゃん達だぞ! 応援してやってくれよ! 拍手~!」
 ジラソレの暢気な声で幕が開いた。
 さあ、始まっちゃったよ、お遊戯会。
 おばあちゃん、孫が可愛らしく歌うところを見ていてくださいね。

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