魔界王立幼稚園ひまわり組

まりの

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続・魔界王立幼稚園ひまわり組

3:晴れのち短剣

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「ひっ!」
「わはははは! 逃げないでコレ、何とかしてくれよ~!」
 頭に短剣を突き刺したまま、にぱーっと笑って助けを求めているジラソレ。痛くは無いみたいだが恐ろしい眺めで思わず後ずさった。
 今日の天気は晴れのち短剣、ときどき氷塊、所によって花が降るでしょうってカンジだ。お城付近だけだけどね。
 畑はエイジ君の結界で守られているし、幼稚園はウリちゃん、マーム先生の守りで安全。慣れたお城従者の方々は鋼鉄製の傘で防御しているので今のところ被害は無いが、万が一子供に当たったりしたらどうするんですか。
 所用で畑を離れていたジラソレは運悪く結界に入りそびれたらしい。気の毒な事だ。
「可哀想に。災難だったわね」
 よっこらしょと剣を抜き、イタイのイタイの飛んでけーとなでなでするとやっとジラソレが元に戻った。一応治癒魔法です。
「わははははは、でもチビさん達じゃなくて良かったぜ」
「本当だよね」
 犯人は魔王様である。何故か非常にご機嫌なので鼻歌をずっと唄ってらっしゃるのだ。先程廊下でお見受けしたが後姿がスキップに見えた。
 前にもお遊戯会に今年は職員の歌で参加する! と張り切られた時、練習中に槍が降ったり歌詞にある羽根のある黒い馬が城中を走り回って散々だったので『魔王様歌禁止令』が出されている。
 歌も自由に唄えないなんてお気の毒ではあるが、お城の皆や幼稚園の子供達、ひいては国民の命にも関わるので仕方が無い。
「僕もいずれはああなるかと思うと気が気じゃ無いよ……」
 ユーリちゃんがしみじみ言った。そうだよね、確かに。最近巨大化も出来る様になったしね。着々と次期魔王らしくなってきたし。
 でも魔王様、鼻歌が出ちゃうほどご機嫌って、ひょっとしてひょっとしなくてもペルちゃんのお母さんの事なのかな。
 人の恋路だとしても、なんかワクワク。

 今日は子供達は夏祭りの踊りの稽古。ドドイル屈指の踊りの名手であるスミレ組補助職員のレーさん二百九十八歳が輪になった子供の真ん中で見本を見せてくれている。元々骨だけなので若々しいのか老けているのかはわからないが豊かな紫の髪と歯並びが素敵なスマートな女性だ。
「右足まーえ、左足まーえ、左足よーこ、くるっと回って……」
 すごく盆踊り風だがレーさんが踊ると優雅に見える。わかりやすく説明しながら踊ってくれるのが優しい。
 見様見真似で踊る子供達。バラバラだが年長のスミレさん達は何とか見れる。しかしひまわりさん達はほとんど固まっている。
「難しい?」
 ちっちゃい山羊角が可愛いサテュロスのカンちゃんに訊いてみた。いつもは踊りが大好きでくるくる踊っているのに、今日は大人しい。
「あのね、えっとね」
 両足をピコピコさせてカンちゃんは首を傾げた。
「右どっち?」
 そっか。説明の左右がチビさん達にはわからなかったのか。
「ゴハン食べるときにフォーク持ったりお絵かきする時にクレヨン持つほうが右だね。左はその反対」
 カンちゃんは納得が行ったようだが、隣のボウちゃんがまだ左右の手を見比べている。蔦の髪の毛がうねうねしてるのは考えこんでいる時だ。あ、そういえばこの子は左利きだった。
「ボウちゃんはクレヨン持つ手の反対こだよ。こっちね」
「むじゅかちーね」
 うん、難しいね。説明する方もね。
「てんてー!」
 質問の手が上がったのはアラクネのみかちゃん。彼女は体が蜘蛛である。
「どのおててでやればいい?」
「……」
 保母歴十二年、同じ種族の子も見てきましたがまだまだ対応が難しい。
 急遽、職員総出で青と赤の色紙で輪を四個ずつ作り、それぞれ右は赤、左は青と手足に装着させました。ああ、一部足の無い子もいるのでそこは臨機応変に。
「赤足まーえ、青足うしろー、赤の手うーえ、青の手よーこ……」
 これで少しはわかりやすくなったようです。
 ぴこぴこ、くるくる、お手てをぱん。
 輪になって少しづつ回りながらの踊りはすごく可愛い。まだまだ全然バラバラだけど、楽しそうになってきた。
 本番のお祭りは魔王城前広場で一週間後。それまでに覚えられるかな?
 みんなに浴衣を着せたら可愛いだろうな~と地味に思ってみた。

「ごめんしゃいはっ!」
「べーだ」
「こら、待つれす!」
「リノちゃん、いいよ」
 お給食の後の自由遊びの時間、お砂場のほうが賑やかだったので駆けつけると、数人が逃げるように走り去り、リノちゃんがぷんぷん怒っていた。横ではペルちゃんが顔を伏せてしゃがみ込んでいる。
「リノちゃん、何があったの?」
「さんたんと、ジルたんがペルたんにおしゅなかけていわじるしたんれす」
 ……我が子ながら滑舌が異常に悪い。ユーリちゃんもだったが魔族は人間に比べて言葉が遅い子が多く、特に天使の血の入っている子にその割合が多い。すらすら喋るペルちゃんの方が珍しいのだ……はいいとして。
 幼稚園屈指のやんちゃさん達だが、意味も無く他の子に意地悪をするような子達じゃない。おもちゃの取り合いでもしたんだろうか。
「どうしてそんな事したのかな?」
 砂を払ってペルちゃんを抱き起こすと、閉じたままの目を擦ろうとしている。じわっと涙が滲んでいるのを見て胸がきゅっとなった。
「おめめ、お砂入ったかも」
「こすっちゃ駄目。見せて」
 柔らかな頬を両手で挟んで目を開けさせて覗きこむ。
 サファイアのような透き通った青い瞳が真っ直ぐに私の方を見ている。わあ、本当に綺麗な色。ぱっと見わかるほど大きな異物は入ってないみたいだけど……。
 突然足元が消えたようなおかしな錯覚にとらわれた。波に飲まれたような何とも言いようの無い感覚。目の前のペルちゃんの顔が消え、一面瞳の色と同じ青だけが広がる。
 何これ? 私、どうかしちゃたんだろうか。
 辺りは青一色。音も無く静かな静かな水底のような透き通った世界。そんな中に放り込まれた感じ。ここは優しく、そして寂しい。
 逃げなきゃ、なぜかそう思えた。
 途端に、ふっと何時もの自分が戻って来た。
「ママ?」
「先生大丈夫?」
 気がつくとリノちゃんとペルちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。そんなに長い時間では無いと思うのだが、背中を冷たい汗が流れるのを感じた。
 何だろう、今の。最近自分でも魔王様の眷属である事を実感出来るほど私は他者の魔力に耐性があるし、魔力の発動を感覚として捉える事が出来る。ペルちゃんは魔法を使ったわけでもないし、強い魔力すら感じない。なのに一瞬意識だけが違う世界に行ってた気がする。
「……リノちゃん、ペルちゃんをメイア先生のところに連れて行ってあげて。お水で洗ってもらって様子をみましょう」
「わかりまちた」
 二人の天使ちゃんを見送り、大きく息をついた。
 何だったのか後でウリちゃんに聞いてみよう。ペルちゃんのお母さんも目を開けられないと言っていた。その関係の能力なのかもしれない。
 さてさて、まあこれは置いといて。さんちゃん達の方に話を聞かないと駄目だな。悪戯するにはきっとワケがあるはずだ。

 火竜のさんちゃんと鳥獣人のジル君を呼んで、幼稚園の隅っこでお話しする。最初から怒ってはいけない。ゆっくり、優しく訊かないと。
「さんちゃん、ジル君、何か嫌な事があったの?」
 二人は小さく首を振った。
「どうしてお砂をかけたのかな?」
「……ペルちゃんキライ」
 さんちゃんの口から非常に直球な答えが返って来た。
「ペルちゃんがさんちゃん達に意地悪したり悪いことを言った?」
 また首をふりふり。何もしてないよね、ペルちゃん大人しい子だし。
「じゃあ何で嫌いなのかな?」
 さんちゃんとジル君が顔を合わせて、申し合わせたように俯いた。しばらくして、モジモジとジル君が言った。
「リノちゃん、ひとりじめ、ズルイから」
「あ……」
 何という事でしょう。ヤキモチですかっ! 可愛いじゃないですか! でも地味に自分の娘がモテモテで恥ずかしいんですが。
「ペルちゃんは、幼稚園が変ってまだ慣れてないの。だからリノちゃんに教えてもらってるだけだよ。じゃあね、同じ男の子だから、二人が仲良くしてあげてよ。そのほうがきっとペルちゃんも嬉しいと思うよ。仲良くできるよね?」
「あうぅ……」
 二人はすぐには頷かず、また顔を合わせている。
「他のお友達と仲良しさんがリノちゃんは好きだよ」
 ちょいと卑怯ですが、ダメ押しで付け加えてみる。
「仲良くできる人―?」
「あーい!」
 よしよし。これで大丈夫だね。きっと。

 この二人のヤキモチはパパには内緒にしておこう。きっともっとヤキモチを妬くに違いないから。
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