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続・魔界王立幼稚園ひまわり組
1:変わってません
しおりを挟む「せんせっ、おあなのうたぁ!」
「お歌っ、お歌っ」
「お花が笑ったでいいのね?」
「あーい!」
今日も幼稚園の子供達はみんなニコニコ。
オルガンに合わせて元気いっぱいに唄って踊っております。
月日が経つのは早いもので。
私が魔界に来てもうあっという間に十二年が経ちました。
今やドドイル国の魔王城は小さな子供達に占拠されております。
スタッフも増え、クラスは年少のひまわり組、年中のバラ組、年長のスミレ組の三クラスのままですが、各クラスに補助教員を設けたので、園児数はそれぞれ倍に増やして多くの子供達を受け入れています。新たに教室も増やし、お城の広間の二つが幼稚園となってます。ルウラに至っては四匹になりました。
どんだけ使わない部分があったんだ、魔王城……。
また貴族の子弟のみを受け入れていた学校も、先立って人間の国マファルが全国民に教育を解放したことから、魔族もそれに習い、小学校に値する幼年部を国内に数箇所設けました。ほぼ無償で幼稚園を出た後の子供達も引き続き教育を受けられる場が出来たことは嬉しい。まあ親の手伝いや早くから仕事をするのが当たり前だった庶民のうちの三分の二は今まで通りだけど、少しづつでも教育水準が上がると言うのは良い事かな。
現魔王様が子供への関心も高かった事もあり、同じような風潮が近隣の国にも広がりを見せ、魔界は教育ブームって所かな。
元々種族が多く寿命も長いこの世界では、子供の出生率はそんなに高くない。都市部はともかく辺境では危険も多く、生まれても無事大人になれるとは限らない。だから皆子供を大事にする。
魔族は基本寿命が長いのに、育つ速度はほとんど人間と変らず、大体十八や二十歳くらいで成人するのは不思議だなと私は思っていた。それは早くに自分の身を守れるようになるためにだという事らしい。
大人になってからの長い時間を有意義に生きていけるよう、自分の子には少しでも知識を与えてやりたいという親心は、魔族も人間も同じのようです。
「にいたん、だっこ~」
今年入って来たひまわり組のきぃちゃんこと、三歳の狼人族の女の子キノナちゃんが、尻尾をふりふりエプロン姿の臨時教員に甘えている。
「きぃたん、らめれすお。ちゃんとおーじとお呼びちてくらしゃい!」
すかさず恐ろしく回らない舌で、誰かさんに良く似た無駄に丁寧な言葉遣いでツッコミを入れているのは、同じくひまわり組のリノちゃん。
「リノちゃん、いいよ、お兄さんで。僕は今見習いなんだから」
「いえいえ、らめれす。ユーリたまは、ちゅぎのまおーたまなのれしゅから」
見習い職員というか……貴族院の寄宿学校の長期休暇に魔王城に帰省中のユーリ王子。もう十五になられまして、魔王様にそっくりのそりゃもう麗しい黒髪の美少年にお育ちです。既に私の背もとっくに抜き去られ、股下なんか私の腰ほどもありますとも。
「リノちゃんは顔だけじゃなくて、言う事までお父さんにそっくりだね」
ユーリ王子が苦笑いで呆れておいでだ。
リノちゃんことリィンノエラは私の実の娘です……もう私の腹から出てきたとは思えないほど、全てが父親にしか似てません。ちょっとだけ銀色の髪と目の緑色が濃いのと私と同じくオデコが広いくらいで、後は縮小コピー。
だから超可愛いんですっ! ええ、親馬鹿&ノロケと言われようとっ! 園にいる間は両親とも他の園児と同じように扱ってますけどもね。
「マ……せんせーからもちゅーいちてくらしゃい!」
律儀に幼稚園内では、パパママでなく先生と呼んでるのも可愛いでしょ?
「お兄ちゃんでいいじゃない。あまり畏まられると王子も楽しくないよ?」
「せんせーまでぇ」
「そうだよ。久しぶりにみんなに会えて嬉しいから、いっぱい遊ぼうね。それにリノちゃんは僕の事を、こないだまでお兄ちゃんって言ってたじゃない」
「あうぅ……」
はい、三歳児あっけなく敗北です。お風呂に入れてくれた事もありますからね、ユーリお兄ちゃんは。今から魔王様に似て子供が大好きですから。
「皆さーん、もうすぐお給食ですよ。お片づけして手を洗ってくださーい」
マーム先生の声がする。
「僕も一緒に食べていいの?」
「勿論ですとも。ちゃんと用意してありますよ」
「嬉しいな。大好きだったんだ、幼稚園の給食」
きぃちゃんを抱っこした王子のエプロンの裾を握り締めて、ぷうっと頬を膨らませたリノちゃんも一緒にお教室に向かう。
ふふ、要はヤキモチを妬いてるのよね。他の子に大好きなお兄ちゃんを盗られたようで。わかってるから何も言わなかったけど。
穏やかな表情で子供達を見る王子は、本当に真っ直ぐに良い子に育たれた。見上げるほど大きくなった今でもプライベートな時はつい『ユーリちゃん』と呼んでしまう。
思い出すなぁ、初めて会ったのは丁度今のリノちゃんと同じ位だった。
お人形さんみたいに可愛いのに、癇癪もちで我侭で、好き嫌いがいっぱいあって。でも幼稚園でお友達と一緒に遊ぶ内に色んなルールや思いやりを身につけて、嫌いな野菜も食べられるようになって、のびのび育ったよね。
歴代の王家の人達は家庭教師がいて、お城から出る事無くみっちり勉強や剣技などを教えられるのだけれど、外の生活を知りたいと本人たっての希望で他の貴族のご子弟に混じって学校に進学された。幼年部から中等部に上がられた時から寮生活。
城から送り出された時の魔王様の落ち込みようは凄まじかった。
自分の部屋に引き篭られた一週間、何時も紫の空はどんよりこげ茶に、城の周りの湖の水は干上がり、城中に蠢く海草みたいな深緑の謎の草が生えた。
ちなみに城に謎の草が生えたのは二回目だった。
ユーリちゃんが十歳になった時、私はやっと結婚式を挙げた。その時。
「みんなー、お手て洗いましたか?」
「あーい!」
今日のお給食は畑で昨日収穫した踊りピーマンの肉詰めがメイン。ブルーに赤い水玉で、成る苗が常にくるくる踊っている事を除いては味も大きさもピーマンそのもの。
「これ苦手ぇ」
「きやい……」
子供たちのほとんどがフォークを手に固まっている。
ふふふ、どこの世界でもピーマン嫌いの子供は多いみたいだね。私も小さい頃は苦手だったもんな。
でもいつも小さく切って給食に入ってるのは食べる子も、こうがっつり見た目がわかると食べられないんだね。
「みんなで作ったお野菜はきっと美味しいよ。食べてあげないと野菜さんが可哀想だよ?」
王子の一言で子供たちのフォークがちょっと動いた。でもまだパクパク食べてる子はいない。そんな中王子がぱくり。
「わあ、すごく美味しい!」
それに倣ってみんなもぱくり。
「あ、おいちぃ」
「ホントだぁ!」
すかさず教員全員で拍手。褒めると子供達は俄然やる気になるのだ。
「すごいね! みんな食べられたね。お帳面に書いておくね」
「ユーリ様もそれはそれは好き嫌いが多かったですが、今では何でも食べられてこんなにご立派になられました。皆さんも見習いましょう」
この国の宰相閣下、スミレ組担任ウリエノイル様も笑顔です。そういうあなたも大人なのに好き嫌いが結構多かったですけどね。ええ、私の夫でございますけど。
子供達はずんずん大きくなるのに、大人はみんな全く変わり無い。ウリちゃんもマーム先生もメイア先生もみんな出会った日のまま。
そういう私も一向に変わりない。一応子供も産んで母親になったというのに、見た目も二十代前半で止まったまま。
「明日はバラ組さんが畑に来るんですよね? ジラソレ達が待ってますよ」
畑のお兄さんエイジ君はちょっとだけ逞しく大人っぽくなった。
「せんせ、見て!」
「ココナ先生ぺったんして!」
残さず食べて空っぽになったお皿を誇らしげに見せてくれる子供達。
「じゃあ、ぴかぴか賞ね」
お皿を見せに来た子の手の甲に人差し指でぺたん。するとそこにキラキラ光るハートマークが浮かぶ。やっと少しだけ覚えた魔法で、効果は寝る頃まで持つ。うん、光る以外何にも意味はない無駄な魔法なんだけどね。
午後は絵本を読んで、お絵かきして……そんな事を考えながら、次々ぺったんしていると、魔王様がおいでになった。
「おお、今日もみなぴかぴか賞をもらったのか。偉いな」
魔王様も少し表情が穏やかになられた以外全く変わっておられない。
王子の様子を見に来られたのかと思ったが、私に用があると仰る。
「先程姉上から伝書鳥で子供を一人こちらの幼稚園に編入させてはもらえないかと連絡があったのだが……」
魔王様のお姉様メルヒノア様も隣国ツツルで幼稚園の園長をしていらっしゃる。そこの園児の一人らしい。父親がいない母子家庭らしく、遠縁を頼ってドドイルに引っ越して来るのだそうだ。
「私としては是非入れてやりたいのだが。無理かな?」
定員の都合で入れなかった子もいるので、途中入園は基本今のところ受け入れていないが、既に余所の園にいた事があるなら大丈夫かな。メルヒノア様と魔王様の推薦だし。
「一番小さいひまわり組さんなら受け入れ出来る余裕がございますよ」
「そうか。まだ四歳になってはいないらしいからひまわり組で良いだろう。では明日にでも母親と一緒に体験に来させてよいな?」
「はい」
魔王様が是非にと推される編入の子ってどんな子かな?
楽しみだなぁ。お友達が増えるときっとみんなも嬉しいよね。
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