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2巻
2-1
しおりを挟む第一章 命の尊さ
「せーんせーにおーはよっ! みーんなーにおーはーよっ!」
軽快なオルガンにのせた元気なご挨拶の歌声が、朝のお教室に響いている。今日も子ども達は誰もお休みせず、全員揃って登園してきて絶好調だ。
私、進藤心菜はこの幼稚園の先生。三、四歳の子を集めたひまわり組の担任です。
「ココナせんせー、みぃちゃんがりっ君のお歌で寝ちゃった!」
あらあら、みぃちゃんは名札を忘れてきちゃったのか。この名札には魔力を跳ね返す結界がついていて、つけ忘れると、他の子の魔力に影響されてしまう。
お歌が得意な夢魔のりっくんの美声には、催眠効果があるからね。
私は慌てて、床で丸くなっているみぃちゃんを抱き起こした。みぃちゃんは、ふわふわ尻尾とお耳の狼族。むにゃむにゃとお口を動かして、メロディーを口ずさんでいる。
ふふ、寝ながらでもお歌を唄ってるのがかわいい。
そこへ、メイア先生が予備の名札を持ってきてくれた。ちなみに、メイア先生はこの幼稚園の補助職員で、小柄な妖精さん。メイア先生がスモックに名札をつけてしばらくすると、みぃちゃんが目を覚ました。
他の子はみんなつけてきたかな? ぐるっとみんなを見渡してみて……うん、大丈夫そう。
そのあと、五歳から六歳の子を集めたバラ組を担任しているマーム先生がみんなに声をかけた。
「では、次は体操をしますよ。きらちゃんは羽根で飛ばずに床に立ちましょうね。ああ、ユーリちゃん。まー君とお手てをつなぐのはいいけれど、強く引っぱったら取れますから気をつけて」
「はーい」
「あい」
空を飛べる鳥獣人のきらちゃんは床に下りて、お返事とともに気をつけポーズ。まー君はスケルトンの男の子で、骨だけだから体がバラバラになりやすい。まー君と手をつないでいた魔界の王子ユーリちゃんは、引っぱる力を弱めた。よしよし、いい子だね。
朝のお歌や体操は、ひまわり組とバラ組の合同で行う。
みんなのおりこうな様子を見て、マーム先生はオルガンで体操の曲を弾きはじめた。音楽に合わせて、子ども達は元気いっぱい体を動かす。
マーム先生は赤い鱗が魅力的な尾をうねうねと動かしながら、「そうそう、上手ね」とみんなに優しく声をかけていく。彼女は知的な顔立ちで、赤い髪を綺麗に結っていて――下半身が蛇のラミアだ。
そう、この幼稚園は普通の幼稚園じゃない。
何を隠そう、ここは魔界。そして魔王様が住む魔王城の中にある幼稚園なのです。魔族の小さな子ども達が通っています。
元々、私は魔界とは違う世界――人間界に住んでいた。
ここで暮らすようになったのは、五ヵ月ほど前。
憧れの幼稚園の先生になった私は、ある日、トラックの前に飛び出したちっちゃな男の子をかばって車にはねられた。でも、その男の子は人間の子どもではなく、なんと魔界の王子様だったのです。
私は人間の世界で、一度死んじゃったらしい。しかし、魔王様によって魔界に連れてこられ、事故でぼろぼろになった体を治してもらい、魔王様の眷属として目を覚ました。そして、人間界で幼稚園の先生をしていた経歴から、王子様であるユーリちゃんのお世話係を任されることになったのだ。
この世界に慣れるまでは、大変なことや驚くことがいっぱいだった。
空は紫で水は赤。人間界とは色や大きさが異なるものが多く、なんだか不気味。それに魔界に住んでいる魔族のみんなは、それぞれ個性豊かな姿なのだ。骸骨みたいなスケルトンさん、獣と人間の特徴を持つ獣人さん、尖った耳に緑っぽい肌をした小柄なゴブリンさん……
はじめ、私は戸惑ってばかりだった。でも、宰相のウリちゃんことウリエノイルさんや魔王様、お城の人達がみんな優しくしてくれたから、少しずつ慣れてきた。
私がお世話することになったユーリちゃんはとってもとっても、とーってもかわいい王子様。だけどお城は大人ばかりでワガママを言っても怒る人がおらず、やりたい放題だった。根は素直ないい子だし、きっと同年代の子と触れ合うことで、もっといい子になれる。そう思って――
作っちゃいました、魔界初の幼稚園!
魔族の子ども達は空中でケンカしたり、興奮して狼に変身しちゃったり、うっかり火を噴いたり……。人間界の常識が通用しなくて大変なこともあるけど、毎日がとっても刺激的で楽しい。
幼稚園設立から、あっというまにもう四ヵ月。
幸せな先生ライフを送っているものの――実は、ひとつ大きな心配事がある。
それは、魔界に住む人間だ。この世界での人間は、ひょんなことより人間界から魔界に来てしまった人々やその子孫で、魔族と敵対している。彼らは魔族ですら住まない不毛の地に住みついて、マファルという国を作った。その上、数百年に一度魔王様を倒そうとこの城に攻めてくるらしく、丁度今がそのとき。
つい先日も、魔力を吸い取る恐ろしい腕輪を持った勇者を立てて、この国に進軍してきた。ウリちゃんが命がけでその大軍を撃退してくれたけど、いつまた彼らが襲ってくるかわからない。そんな中、幼稚園初の大きな行事であるお遊戯会を行い、無事大成功をおさめました。
お遊戯会の翌日――昨日は休園日。
そして休み明けの今日、子ども達がまた元気に揃ってくれてよかった。私もゆっくり休んで元気満タン……と言いたいところだが、正直すごくくたびれている。
なぜかというと……
私は、自身の疲労の原因となった人物を、そっとうかがった。彼女は聖母のような穏やかな微笑をたたえ、なぜかお子様達にまじっておいでだ。
「こうですか?」
「ちあうよ、こう、らぉ」
彼女はユーリちゃんや他の子に教えてもらいながら、動きやすそうなズボン姿で踊っていらっしゃる。ワンテンポ遅れてるけど、お上手です。
「で、ぴょん!」
「ぴょん! ほほほ! 楽しいですわねっ」
彼女はメルヒノア様。お隣の国からお遊戯会を見にきてくれた、魔王様のお姉さんだ。昨日は彼女に一日中振り回されて、私はくたくた。
そしてメルヒノア様は、今日も幼稚園にやってきた。ノリのよい人柄故か、もう子ども達に懐かれていらっしゃる。動くたびに波打つ燃えるような赤毛も、魔王様とどことなく似たお顔も、お美しい。
幼稚園の教室が一気に華やかになるね。でも、こんなに長くここに滞在していて大丈夫なのかな。
体操が終わり一息ついたタイミングで、メルヒノア様にこっそり聞いてみる。
「メルヒノア様、まだ国にお帰りにならなくてもよいのですか?」
「いいのよ、今は急ぎの仕事はありませんから。あぁ、幼稚園って素晴らしいわね。ウチの国にも絶対に幼稚園を作りますわぁ! だから、いっぱい勉強して帰りたいんですの。アタシが先生になれるように」
……だそうです。
まあ、純粋に子ども達と楽しく過ごしている彼女を邪険にはできないし、子ども達も喜んでいる。奔放な性格だから相手を振り回すところがあるけれど、悪い人ではないのだ。
実際に子ども達と過ごして、現場の空気を身をもって感じていただくのは確かにいいことですね。では、私も気にせずいつも通りでいかせていただきますよ。
「じゃあ、次はお絵描きしようね」
「あーい!」
私の声で、子ども達はお絵描きに取りかかる。その様子を眺めているメルヒノア様は、本当に優しそう。
私は昨日聞いた彼女の事情を思い出し、少し切なくなった。
初めてのお遊戯会が終わり、幼稚園がお休みだった昨日。私は朝寝坊を決めこんでいたのだけど……
朝も早よから、ばーん! と大きな音が、私の部屋に響いた。
「ココナちゃん! 町に遊びに行きましょうよ。お姉ちゃんがお洋服買ってあげるっ!」
けたたましく開いたドアとともに響き渡るメルヒノア様の声に、叩き起こされましたとも。
せめてお休みの日くらいはもう少し寝ていたかったなぁ……
しかし、お待たせするのも悪いから、大急ぎで適当に選んだドレスに着替える。
「おはようございます……」
「あっらー、元気ないわね! そうだ、朝食をいただかないと。元気な一日は朝食からですわ!」
どこかのCMで聞いたような言葉だなぁ。それはともかく、おっしゃる通りですね。私も朝ご飯は食べる派だ。
朝食を抜くと思考力が低下するし、代謝が鈍って太りやすくなるらしい。人間じゃなくなった今、代謝がどうなってるのかはわからないけど。
メルヒノア様と食堂へ向かうと、魔王様とユーリちゃんはすでにテーブルについておいでだった。
「姉上、ココナさんまで起こしていらっしゃったのですか?」
私までということは、お二人も叩き起こされたのですね……
魔王様はもう少し寝ていたかったとでも言いたげに、不機嫌でいらっしゃる。麗しいお顔の眉間に、かすかなしわが見えた。
ユーリちゃんは大あくびをして、お目めをお手てでくしゅくしゅこする。
「朝食は家族揃っていただくものだもの」
まったく悪びれた様子のないニッコリ笑顔が、憎めないメルヒノア様。
魔王様親子はともかく、私は家族ではございませんよ?
すると、魔王様がメルヒノア様に抗議なさる。
「姉上はお嫁に行かれた身。家族ではないでしょう?」
「そんな寂しいこと言わないでよ、久々の里帰りなのに。ねー、ユーリちゃん?」
「あい」
そっか。この魔王城は、メルヒノア様のご実家なんだよね。
せっかく久しぶりに会ったんだもの。一緒に食事はしたいだろうな。
私がそんなことを考えていると、メルヒノア様は突然、私とユーリちゃんを連れて町に出たいと魔王様におっしゃった。
それまで、魔王様はメルヒノア様の行動に口を出されなかったけど、これには猛烈に反対。転移陣は使えないようにしておくと言い渡された。あ、転移陣っていうのは、指定した場所にワープできる魔界の移動手段で、魔力が強くないと使えない。
メルヒノア様は、渋々ながらも諦めたみたい。
魔王様が反対されるのは、ごもっとも。現在、人間の国と戦っている国もあるのだ。いくら、この国が他国よりは安全だといっても、王族が連れ立って城の外に出るのはもってのほか。大人しく城にいるのが一番だろう。……まあ、魔王様が反対なさる一番の理由は、自分が置いてけぼりになるのが嫌だからじゃないかなぁ。
お出かけがなくなって、私がホッとしたのもつかの間。魔王様がお仕事のため執務室に入られると、ユーリちゃんと私はメルヒノア様の着せかえ人形にされてしまった。クローゼットに入っていたドレスで、延々とお着替えを繰り返す。
いい加減疲れてきて、そろそろ終わりにしましょうと言いかけたとき、メルヒノア様はぽつりとつぶやかれた。
「……本当はね、アタシ、妹が欲しかったの。娘でもいい」
なんだろう、メルヒノア様はとても悲しい目をされてる。
義妹にあたるユーリちゃんのお母さんは、亡くなってしまった。メルヒノア様にはお子様がいらっしゃらないのだろうか。ずいぶん前にお嫁に行かれたみたいだし、お年を考えれば……
ただ、それらについて聞いてはいけない気がして、尋ねるのをやめた。
メルヒノア様はずっと寂しかったのかも。魔王様は弟だから、女同士の話ができないよね。その気持ちには私も共感する。
「私にも兄しかいませんから、なんとなくわかります。一緒にお洒落の話をしたり遊んだりできたら、楽しいですよね」
「うふ。わかってくれる? だからココナちゃんに義妹になってほしいな。リンデルちゃんと結婚したら、義妹になるじゃないの」
ちなみにリンデルというのは、魔王様の愛称みたい。泣く子も黙る魔王様をちゃんづけで呼ぶなんて、さすがお姉様。
魔王様は今もユーリちゃんのお母さんを愛しておられる。だから、私はともかく魔王様に失礼だと思うんだけどなぁ。
「おばたーん、もうにゅいでいいれしゅか?」
超可憐な美少女の姿になっているユーリちゃんが、ちょっぴり不満げに言った。メルヒノア様の昔のものだろうか、お子様用のドふりふりドレスを着せられて、頭に大きなリボンをつけたユーリちゃん。まるでお人形さんだ。めちゃくちゃかわいいから魔王様にもお見せしたいし、脱がすのがもったいない。
でもやっぱり、嫌なんだろうな。男の子だもんね。
そういう私も、普段なら絶対に着ないレースだらけの重いドレス、早く脱ぎたいです。
「ああん、ユーリちゃんもココナちゃんも、本当にかわいいわぁ。リンデルちゃんとウリノちゃんも、小さいときはそりゃぁかわいかったのよ。リボンやドレスがとっても似合ってね。こうしてよく一緒に遊んだものだわ」
「え……」
うわぁ、これをやられてたんですか、魔王様もウリちゃんも!
今のイケメンな姿から想像すると、ものすごく怖い。特に魔王様……
いや、想像するな私!
なるほど。あの二人がメルヒノア様を天敵だと恐れるわけが、わかった気がする……
今は男前だけど、小さいときは二人ともさぞかわいい子どもだったのだろうな。ちょっと見てみたい気もしたのでした。
そのあと、動きやすい服に着替えて、魔王城の隣の島にある幼稚園の畑を見に行った。ポジョという虹色のニワトリさんを追いかけて走り回ったり、畑の番人達とおしゃべりしたりして遊んだ。
疲れたのか、ユーリちゃんは昼食のあと、すぐにお昼寝してしまった。それに付き添って、メルヒノア様もお休みになられる。
魔王様より五つ年上の百二十五歳とは思えないほど若々しいメルヒノア様。王妃らしからぬ、くだけた人柄が素敵だ。
でも、なんだろう? このじわじわ湧き上がってくる違和感みたいなものは。結婚話を振ってくるところといい見た目といい大人そのものなのに、なんだか小さな子どもとしゃべってるような気になる。かと思えば、時折ひどく悲しそうな目をされて……不思議な方だな。
ユーリちゃんとメルヒノア様のお昼寝中、やっと一息つけたのでサロンで午後のティータイム。
そこへ、魔王様が一人でおいでになった。魔王様は今日も忙しいみたい。お疲れ様です。
体を張って人間の軍と戦ってくれたウリちゃんは、お遊戯会やそのあとの晩餐会に無理して出ていたせいで、部屋で寝込んでる。そのため魔王様は、一人でお仕事中。大変だろうな。
「疲れるだろう、姉の相手をするのは」
執事さんがお茶を用意している姿を横目に、ソファーへ腰掛けた魔王様はため息まじりにおっしゃった。
はい、疲れました……と正直には言えません。その分、ちょっぴり婉曲に伝える。
「かわいらしいお方ですよね、お元気で」
失礼かなと思うものの、やっぱり気になるなぁ。メルヒノア様について魔王様に少し訊いてみよう。
「……あの、魔王様。ご本人にはお訊きできなかったのですが、メルヒノア様はお子様がいらっしゃらないのですか?」
「……いない。だからユーリやココナさんがかわいくて仕方がないのだろう」
私もユーリちゃんと同列ですか。まあ、メルヒノア様の年を考えれば、娘や孫でもおかしくない。
「姉上は本当に子どもが好きなのだ。だから、自分の国にも幼稚園を作りたいと言いだした。以前から孤児院の運営を自らやっておいでで、上手くいっているようだから、向いているとは思う」
うん、確かに向いていらっしゃる。きっと上手に子どもと接してくださるだろう。
でも、引っかかりがあるのも確かだ。メルヒノア様に抱く違和感の話を魔王様にしてみたら、やはりわかるかとのお返事だった。
「元々、年よりも幼稚……いや、天真爛漫なほうではあったのだがな。今から数十年前に悲しいことがあって、姉上の心は半分壊れてしまわれたのだ。義兄が理解のある男で、姉上の傷に触れぬよう、上手く話を合わせてくれているからよいが……」
「壊れてしまった、というのは?」
「姉上は、かつて子どもを産んで大事に育てあげられた。しかし不幸にもその子が目の前で死んでしまったことで、子どもの記憶を全て綺麗になくしてしまわれたのだ。あまりにつらく、無意識に自分に忘却の魔法をかけたのだろう。自分が隣国の王妃であることはわかっておいでだが、姉上はまだ結婚して間もないと思っている。嫁がれた三十歳より前に心が戻ってしまわれたから、ああやっていつまでも子どものような振る舞いをしているらしい」
「そんなことが……」
ああ……それで、あんな風なのね。
実年齢と振る舞いが合っていないから、違和感があるのか。確かに、大切な我が子を亡くしたら、心が壊れてしまってもおかしくないだろう。
「何かの拍子に記憶を取り戻して悲しまれないよう、姉のかけた忘却の魔法を私も強化した。とはいえ、記憶になくても心の傷は残っているのだろうな」
誰でも、他人が容易に触れられない部分を少なからず持っている。
大きな傷を忘れてしまえたのなら、それはそれで幸せなのかもしれない。
私はふと、人間界の両親を思い出した。
母は私が死んだと知ったとき、大丈夫だったのだろうか。
世界が変わっても、私はこうして元気に生きている。寂しくても、新たな出会いや喜びがあった。でも残してきた人達は、私が生きているとは知らず、きっと悲しんだことだろう。
改めて考えてみると、私は罪深いと思う……
「せんせー、かけたおー!」
物思いに耽っていた私は、声をかけられてはっとした。
元気な声のしたほうを見ると、火竜のくーちゃんが得意げにお絵かきした紙を掲げている。肌がオレンジの鱗に覆われて、頭に小さな角の生えたくーちゃんは、ひまわり組で一番やんちゃ。
そんなくーちゃんの絵を見て、思わず頬が緩んだ。
「すごく上手に描けたね」
「へへん! れしょー?」
今、みんなが描いているのは、お遊戯会の思い出の絵。
くーちゃんの掲げた紙に描かれていたのは、大きな笑いジラソレだ。笑いジラソレは、ひまわりに似たお花に、くりくりお目めと大きなお口がついた植物魔人。
そっか、お遊戯会でのジラソレの司会はインパクトあったもんねぇ。
「ぼくもできたー!」
そう言ったスケルトンのまー君の差し出した紙には……お客さん? たくさんの人が描かれてる。一番前には、お父さんとお母さんがいるね。白い骨だからよく目立つ。舞台から見た光景なんだね。
みんなの絵を見て回ってると、男の子はまー君と同じ視点で描いている子が数人。
絵の得意な巨人族よっ君画伯の絵は、自分がいた場所から横を見た感じ。舞台の上で踊っているお友達の図という、遠近感のある大変高度な絵だ。とても三歳児が描いたとは思えない。
一方、女の子やバラ組のお兄さんお姉さん達は、自分達が舞台に並んで唄っている絵を描いている子が多いみたい。これは想像図だよね。
へえ、面白い。みんながみんな同じではないけど、年齢や性別でこういう違いがあるんだな。
「アタシも描けましたわぁ」
あ、メルヒノア様も子ども達と一緒にお絵描きされていたのですね。あらあら、クレヨンを持った手で頬を触られたのか、お顔に色がついちゃってる。ふふ、本当にかわいい人だな。
子ども達がわーっと一斉にメルヒノア様の周りに集まって、絵を覗きこむ。
「みしぇてみしぇて~」
「わぁ、上手ぅ!」
まあ、メルヒノア様は大人だしね。さて、どんな絵をお描きになったのかなー……
うっ。こ、これは……この場面はっ!
園児全員で踊ったときですか。
「ココナちゃんとリンデルちゃんが、仲良くオルガンの前にいるところよ」
「おお~っ」と子ども達、主におマセさんの女の子達は大変感動しておりますね。
しかし、何ゆえここなのですか? お遊戯会は? 子ども達は?
しかもかなり上手だし。私の肩に手を置いてる魔王様は、本当にそっくりだ。
「国に持って帰って、飾っちゃお」
メルヒノア様は満足顔でおっしゃった。
「かけた」
今度声を上げたのはベンちゃん。顔がついたおっきな種から双葉を生やしている、植物魔族の男の子。ベンちゃんは手がないので、お口でクレヨンを咥えて描きました。
「いっぱい色が塗れたね。これ、なあに?」
紙一面を赤で塗ってあるだけかと思いきや……客席? 赤色の下に別の絵が描いてあるのが、ちょっとだけ透けて見える。
せっかく描いたのに、塗りつぶしちゃったのかな。
「これね~、しゅるしゅるって、こうもりさんのあけてたの~。きれ~」
なるほど、舞台の幕なんだ! 外側から見るとただの幕なのに、舞台側からは客席が見える、マジックミラーみたいな布だったね。
ベンちゃんの一番印象に残ったものは幕だったそうです。
みんなで同じ経験をしてもこんなに違うものが見えているなんて、面白いね。
◆ ◇ ◆
休園日から二日経ち、私は自分のうっかりを反省していた。
きゅうりって放っておくと、すぐに大きくなっちゃうんだよね。
ここのところ、お遊戯会やお休みなどで畑に来られなかった子ども達。私とユーリちゃんはちょくちょく見にきていたので、採れる実がすでに相当あることは知っていた。でも、みんなで収穫したいと思って放っておいたら……
「しゅごぃ……」
「大きいねぇ」
うねうね~と重そうに動く、走りきゅうりの苗。なんだかヘチマみたいに実が太くなってます。ちなみに、魔界のきゅうりの苗は自分で走ることができる、不思議な野菜だ。
「ゴメンな、もっと早く言えばよかったな」
畑を管理してくれているエイジ君が、すまなさそうに言う。
エイジ君は、つい最近まで人間界で暮らしていて、ごく普通の農業高校の生徒だった。そんな彼は魔界にある人間の国――マファルに、勇者として召喚された。だけど、魔王様と戦うのが嫌でマファルから逃げてきて、今ではすっかりお城に馴染んでいる。元の世界では長男で、弟や妹がたくさんいたみたい。だから子どもとつきあうのも上手で、『畑のお兄さん』として、幼稚園のみんなからとっても懐かれている。
エイジ君……ツナギにおじさん臭い麦藁帽子、首にかけたタオルと、いかにも農作業してますって感じだね。その作業着、どこから調達したの? 似合ってるものの、とても元勇者様には見えないよ。
ともかく今日は急遽、走りきゅうりの収穫です。
昨日は珍しく、ここドドイル王国に雨が降った。
赤い血のような雨でも、一日中しとしと降り注ぐと、草木が潤って空気も澄んだ気がする。それで一気にきゅうり達も大きくなったようだ。
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