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9:黒猫の憂鬱
しおりを挟む「ちわーっす」
最上階に辿り着き、オレは一応声をかけて展望台に入った。
入った瞬間、幾つもの銃口が一斉にこちらを向いた。
「誰だ!?」
「通りすがりの猫と犬です」
「何しに来た!」
もう日も暮れかけた紺色の空をバックに、ガラスにもたれかかるようにして少年が一人座っていた。フェイより少し下くらいの年頃だろうか。縄をかけられて両脇を軍服の武装した男達に囲まれて。血は繋がっていないとエレクトラは言っていたが、面差しも悲しげな瞳もよく似ていた。
「G・A・N・Pだ。その子を助けに来た。お姉さんの代わりにね。渡してもらおう」
「ふざけるな!」
その声と同時に銃が一斉に火を噴いた。オレはギリギリで転げまわってそれを避け、フェイは柱の陰に逃れたようだ。
オレ達は当たらなかったものの、乱射された弾で分厚いガラスが四方で飛び散り、ごーっと音をたててものすごい風が吹き込んで来る。
馬鹿野郎! ここを地上何百メートルだと思ってるんだ!
その風に男達が怯んだ瞬間、オレは蹴り上げて二人の銃を落とすのに成功した。もう一人はフェイに同じく回し蹴りをくらっていた。だが……。
「助けて!!」
縄で縛られて自由の利かない少年もまた、強風とガラスが割れた事で飛ばされ、転落防止の柵になんとか引っかかってる状態になっている。
「落ちるよ!」
「待ってろ! 今助ける!」
あわててオレが駆け寄ろうとしたその時。
「動くな!」
後ろから声がした。あと一人、銃を持った男が残っていたんだ。
「動けば撃つ」
そう言いながら、男はオレ達に銃を向けたまま少年に近づいた。
しまった……すっごくマズイ状況になってしまった。
「目の前でガキを突き落としてやろうか? わかってるぞ、エレクトラ、そこにいるんだろ? 出てこいよ。ほうら、弟が待ってるぞ」
「姉さんいるの?」
ダメだ、出てくるなエレクトラ……たのむから!
祈りも虚しく、エレクトラが出てきた。
「姉さん! 助けて!」
「ほら可愛い弟が呼んでるぞ。お前はよくやってくれたよ。約束通り弟は返してやる。ここへ来い。抱きしめてやれよ」
オレ達に銃を向けたまま、妙に優しい言い方で男はエレクトラに言った。
呪文にかけられたように、エレクトラがふらふらと弟の方へ向かう。
彼女はわかっているはずだ。でも悲痛な少年の声と、今にも足で少年を蹴落しそうな男の姿勢に抑えきれずにいるんだ。
「ああ、オレステス!」
ついにエレクトラは少年の方へ手を伸ばした。
「ダメだ! 触れるな!」
そうオレとフェイが叫ぶのが早かったか、エレクトラが身を翻すのが早かったか。
「ひっ!」
エレクトラが触れたのは、少年ではなく銃を構えた男の方だった。床を通じてこちらまで電流が来て、思わずフェイと二人で飛びあがってしまった。
「……A・Hだってどこまでも馬鹿じゃないわよ」
耳から煙を上げて白目を剥いた男は銃を持って立ったままだが、恐らく即死だ。
「よくやった!」
慌ててオレがエレクトラの代りに少年を抱きとめ一件落着……と思いきや、
「え?」
転落防止の柵がいきなり傾いた。前世紀の建物による老朽化とさっきからの銃撃やなにかで弱っていたところに、オレや少年が体重をかけて、その上に感電した男が風に煽られて勢い良く倒れこんだから……って、そんなに冷静に分析してる場合じゃねえ!
気がつくとオレは少年を抱いたまま宙に浮いていた。
「カイさんっ!」
「オレステス!」
「あ~れ~!!」
灯りのないNYの街にオレは吸いこまれていった。
「それにしても……いくらネコが高いところから飛び降りるのが得意でも、エンパイアの上からダイブとはね。しかも爆弾抱えて? やってくれるわ」
オレは苦笑いの支部長につつかれている。
「痛いっすよ。体中ボロボロなんだから」
「生きてるだけでも不思議なんですからね。打ち身と捻挫で済んでいるのがまだ信じられ
ない」
「ビルの屋上で、エレクトラさんと二人で泣いたんだよ。二人とも死んじゃったって」
フェイまで言ってくれる。
はい、ごめんな泣いてくれたのに生きてましたさ。
横を銃を持ったままの体勢で固まった男が落ちて行くのを見ながら、オレと抱えていた少年は正直死んだなと自分でも思っていた。だが、体に染みついた習性というか、本能というか。まずちょっぴり出っ張ってる八十六階で一旦着地し、その後は何度か壁を蹴ったり垂直面を駆け下りたりでスピードを落としたりしながら、何とか着地に成功したのだ。一人だったらもう少し危なげなくいけたかもしれない……いや、違うな。少年を助けなきゃという一心があったから奇跡的な事が出来たのだろう。
「ドームの方も救援が行ってるし、間もなく管理施設も復旧するみたいよ。爆破も未然に防げた。本当によくやってくれたわ」
珍しく支部長がご機嫌で褒めてくれた。これはこれで怖い。
それより、オレには気になることがある。
「あの姉弟は?」
「今体内の爆弾の摘出手術をうけてるわ。姉さんの方はついでに発電器官のほうもブロックする手術をする」
「エレクトラの罪は重いんですかね?」
「まあね。何人か命を奪ってるし、管理施設ではあそこまで大勢の人間に危害を加えたわけだから何も無しにとはいかないわね」
そりゃそうだけど……と暗くなりかけたオレだったが、支部長の話はまだ続いた。
「とりあえず弟も一緒にG・A・N・Pが身元を預かる予定よ。Eden's Keeperやその周辺の組織を根から断つためには、彼女の協力は不可欠ということで。以後どのように警察や上に説得するかは本部長にお任せ」
それって……。
思わずフェイと顔を合わせる。
「支部長!あんたいい人だぁ!」
フェイと二人して抱きついてしまったが、お返しはオレにだけ顔面に肘鉄だった……
というわけで、当初命令された任務通り、テロはほぼ未然に防がれ、2128年10月12日、予定通りガラパゴス条約三十周年記念式典は行われた。
「フェイ、帰っちまうのか? いいじゃん、もうここにずっといろよ」
無理な話だとわかっていつつも、つい本音が出てしまった。
「それもいいかもね」
フェイが苦笑いでそう答えた時。
「いや、頼むから帰って来てくれ……」
後ろからぼそっと囁くように声がした。
「ウォレスさん!」
「わー! ディーン迎えに来てくれたの?」
フェイが嬉しそうに駆け寄る。久しぶりに見る元同僚は疲れきった顔をしていた。
「カイ、久しぶり」
「ホントに。式典の方に出てたんでしょ? なんだか元気ないですね」
「さっきまでずっと本部長と一緒だったんだぜ。フェイのいない間……」
「そ、それは気の毒な……」
考えただけで涙を誘うな。よかったそれがオレじゃなくて……
「それにしてもすごいよな、カイ。フェイも命を助けてもらったらしいし、何でもエンパイアステートビルから生身で飛び降りたらしいじゃないか。猫って凄いな」
「僕なんか何にもお手伝いできなかったよ」
二人してやめてくれ……顔から火が出そうだ。
「いやね、前はすごく苦手だったけど犬もいいもんだなと思いましたよ」
「ありがと」
「また来いよ、フェイ」
「うん。カイさんも本部の方に遊びに来てね」
二人が支部を去った後、
「あーあ。また一人ぼっちになっちまった……」
思わずこぼしたオレの肩にぽん、と手がかかった。振り向くと支部長だった。
「一人ぼっちじゃ無いわよ。あなたのパートナー決まったから」
「え? 誰?」
「私」
「……悪い冗談はやめましょ」
「冗談じゃないわよ。気がついてた? 私も今パートナーがいないのよ」
あああ……嬉しいような悲しいような。
またオレの憂鬱が一つ増えた。
END
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