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アナザールート その109 外出
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部屋に戻ると、僕のベッドは昨夜ご主人様に良いように弄ばれた痕跡で大変なことになっていた。
とはいえ、そこはいったん見なかった事にして、手早くシャワーを浴び、男の娘メイドとしての身支度を済ませてから、ご主人様の朝食の用意に取り掛かる。
とはいっても元料理人の先輩メイドが作り置きしておいてくれた食事を温め、デザートの果物を剥き、食後にコーヒーを入れるくらいだけだった。
そうして、準備が整ったら、改めてご主人様を起こし、そして仕事に送り出す。
「いってらっしゃいませ、ご主人様。」
昨夜晒した痴態には素知らぬふりをして、清楚なメイド風に深くて丁寧なお辞儀をしながらご主人様を送り出す。
「ああ、行ってくる。」
ご主人様はそう応えて、僕の頭を軽く撫でてから運転手の待つ高級車に乗り込み会社に向かった。
ご主人様の乗った車が見えなくなるまで頭を下げ続け、身体を起こすと、軽く伸びをして・・・あることを思い出す。
「あ・・・今日は外出の日だ。」
“外出”とは、週に1回だけ僕に許されたお出かけの日。
ずっと屋敷に篭りきりでは気も晴れないだろうということで、この日だけはメイドの仕事から離れて、自由行動が許された日だ。
もちろん、ご主人様に買われた奴隷の僕に、完全な自由は与えられる訳はない。
必ず先輩メイドが僕に付き添って、逃げださないように監視されるし、外出先で嫌な用事も課されるけれど、それでもまあ、たまの外出はちょっと嬉しくもある。
まずは、昨夜ご主人様に“され”て、ぐちゃぐちゃのドロドロになったベッドの証拠隠滅をしてから出かけましょうか。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今日の僕の“外出”の付き添い当番は、早川さんという、僕のことを妹(?)のように可愛がってくれている、20代後半くらいの、僕以外では一番若い先輩だった。
メイド服でお出かけする訳にもいかないので、早川さんは、デニムのタイトスカートと茶系のジャケットでちょっとオフィスカジュアルっぽくキメている。
もっと気楽な格好でいいのにな・・・と思うのだけど、早川さんは“一応仕事だから”と言って苦笑いしていた。
長身で男前(?)な早川さんは、僕と並ぶと、頭1つ背が高い。
隣に並ぶ僕はといえば、黒いスキニーデニムに白いTシャツ、その上にダークグレーのパーカーを羽織ってキャップを被り、男の子に戻った気分の思いっきりラフな格好だった。
だけど、その僕の姿は・・・うん、いいところ中性的、もしくはボーイッシュな貧乳女子だった。
理由はわかっている。
肩まで伸びた髪と、メイクのせいだ。
わかってはいるのだけれど、もう男の娘が身について、しまってすっぴんでの外出は落ち着かないのだ。
2人でタクシーに乗って屋敷を出発する、バスや電車での移動は許されてない。
タクシーの中では、僕らの話はあまり弾まなかった。
早川さんは、いつもなら僕に色々と話を振ってくれる快活なお姉さんなんだけど・・・
形ばかりとはいえ“監視役”という立場で気が重いのか、これから外出先で僕がされることに心を痛めているのか、僕の手を握り時折痛ましいものを見るような目で僕を見る。
だけど、僕としては、1日付き合ってくれる優しいお姉さんに、そんな沈んだ表情をして欲しくはなかった。
楽しい気持ちでいて欲しかった。
だからテンション高めに色々と話しかけたのだけれど、タクシーの中の空気は変えられないまま、第一の目的地に到着するまで、ちょっと気まずい時間が過ぎてゆく。
第一の目的地は、美容室兼エステサロン。
しかも、セレブな奥様やお嬢様が通う高級なお店・・・らしい。
男の娘として、ご主人様のオンナとして、僕はここで週に一回、徹底的に磨き上げられるのだ。
エステを受けるのは本来なら僕だけなのだけれど、僕に1日付き合わされる監視役の先輩に少しでもいい思いをして欲しくて、あえて2人分の予約をして貰っていた。
ご主人様には、週一回の“外出”の時は好きなだけお金を使って良いと言われているので、ここはありがたくそのお金を使わせて貰っていた。
サロンの扉を開けると、まず目に飛び込んできたのは、黒檀の床と象牙の装飾が施されたエントランス。
暗い色合いの木材と細かい彫刻が、落ち着いたエレガンスを醸し出している。
壁には、精巧な手彫りの木製パネルや、淡い照明に照らされたシルクのタペストリーが飾られ、柔らかな灯りが漂う空間には、ジャスミンやサンダルウッドの香りがほのかに香っていた。
フロントデスクには、艶やかな漆仕上げのカウンターが配置され、その背後には竹と和紙を組み合わせたインテリアが広がる。
受付のスタッフは、アジアンテイストの制服を身にまとい、温かいおもてなしの笑顔で迎えてくれた。
僕みたいな、全身GUコーデを身に纏った庶民が足を踏み入れるのは、場違いもはなはだし過ぎて何度来ても慣れないけれど、スタッフさんは丁寧な態度を崩さずに、エステルームに案内してくれる。
僕と早川さんがエステルームに足を踏み入れると、まず目に飛び込んできたのは、温かみのある木材と自然石で作られたインテリア。
柔らかな照明が部屋全体を包み込み、心地よいリラックス空間が広がっていた。
壁には竹のブラインドが掛かり、窓からは手入れの行き届いたエキゾチックな庭園が見える。
2台並んだ施術用ベッドには、薄紫色のシルクシーツがかけられ、枕には薔薇や蓮の香りが染み込んでいる。
僕と早川さんは服を脱いでベッドに横たわり、ふかふかのタオルで体を包まれると、すぐにリラックスした気持ちになった。エステティシャンが静かに部屋に入り、優しい声で施術の流れを説明してくれた。
エステティシャンの手はまるで魔法のように滑らかで、オイルを使ったマッサージが始まると、僕らはその心地よさに身を委ねる。
アロマキャンドルの柔らかな光と、ジャスミンの香りが部屋中に漂い、五感を癒してくれる。エステティシャンの手がゆっくりと筋肉をほぐし、緊張を解きほぐしてくれる。
そっと隣の様子をうかがう・・・一応男女だしね、お互いの裸が目に入らないよう、2台の施術用ベッドはアジアン柄のカーテンで仕切られ、互いの顔だけがかろうじて見える。
一緒にエステを受けている早川さんの表情は緩み、眠ってしまっているようだった。
さっきまで沈んだ表情だった優しいお姉さんのそんな様子にほっとして、僕も目をつぶってマッサージに身を任せてゆく。
昨夜もご主人様に虐められ、数え切れないほどイかされた。
耐えられない快感に晒されて、背骨が折れそうになる程のけ反り続け、絶頂の度に身体中の筋肉がビクビクと痙攣を繰り返した。
全身に溜まった情事の疲れ、それが少しづつ溶け、流れて消えてゆくような優しいマッサージの魔力に抗うことなんて出来なかった。
夕べは眠らせて貰えなかったせいもあって、いつしか僕も目を閉じて、うつらうつらし始めて、やがてぐっすりと眠ってしまっていた。
ふと気がつくと、施術が進んでマッサージは顔に移って、丁寧に肌がケアされてゆく。
高級なスキンケア製品が使われ、肌がしっとりと潤い、輝きを取り戻していく。
そして最後に、高価な宝物を磨き上げるように全身のムダ毛の脱毛までも丁寧に施術されてゆく。
1週間前にも同じ施術をされたばかりなのでその処置は簡単に、痛みもなく終わり、
「お疲れ様でした。」
という穏やかな声で終わりを告げられる。
「とっても気持ち良かったです。ありがとうございました。」
僕はそう言って立ち上がり、エステティシャンの細やかな配慮と技術に感謝しながら、頭を下げてからエステルームを後にした。
寝起きで頭がぼーっとして、体に力が入らずふわふわする。
隣には同じくまだ夢の中にいるような早川さんの顔がある。
ふと2人で目が合うと、オイルで念入りにマッサージされたせいですっぴんになってしまったお互いの顔を見合わせて笑ってしまった。
そして、ひとしきり笑い合っていると、スタッフさんに案内されて、今度は個室の美容室で髪のカットだった。
柔らかな音楽の流れる美容室は、エステルームと同じくアジアンテイストの落ち着いた空間だった。
黒檀と竹で作られたシックなインテリアに囲まれ、僕と早川さんはリラックスした気持ちでふかふかの椅子に腰を下ろす。
スタイリストさんが丁寧に挨拶をし、シルクの手触りが心地よいクロスを首元にかける。
鏡の周りには、柔らかな照明が灯り、温かみのある光が僕の顔を優しく照らしている。
毎週ここに通っている僕は、毛先を整える程度の軽いカットを受けている。
こういう場所ではスタイリストさんと雑談を交わしながらカットしてもらう人も多いのだろうけれど、僕はそういうのはちょっと苦手だった。
さっきのエステでボーっとしていることもあって、眠気に誘われるままうつらうつらと目を閉じてゆく。
いつも僕を担当しているスタイリストさんも、そんな僕の性格をわかっていてくれているのか、必要以上に話しかけないでくれているのがありがたかった。
隣の早川さんは、すっかりいつもの調子に戻ってスタイリストさんと楽しげに会話している。
ハサミが髪を切る軽やかでリズミカルな音
優しくて快活な早川さんの声
ああ、早川さんが楽しそうで良かったな・・・
スタイリストさんの手は軽やかに、細やかな動きで髪を整えていく。
途中、スタイリストさんは精油を数滴手に取り、軽くマッサージを加えながら、頭皮のリラックスも忘れずに行ってくれた。
サロン全体に漂うサンダルウッドの香りが、さらにリラックス効果を高めていた。
そして、スタイリングが終わると、僕も早川さんも高級コスメを惜しげもなく使ってメイクまでしてもらい店を出る。
支払いは必要なかった。後でご主人に請求が行くのだろう。
そして、散歩でもするように2人で街を歩く。
背の高い早川さんの顔を見上げると、プロのスタイリストにヘアスタイルからメイクまで完璧に仕上げられた早川さんは輝くように綺麗だった。
僕も・・・自分で言うのはなんだけれど、ボーイッシュな私服のイメージに合わせて、快活なスポーツ少女って感じの美少女顔に仕上げられている。
自分自身のすっぴんの地味顔を知っているだけに、“可愛さを作れる“プロの技術には驚きを隠せない。
「時雨ちゃん、めっちゃ可愛くなったね~、そうだ、2人で写真撮ろうよ!」
早川さんがそう言って、僕の肩を抱いて2人の頬をくっつけてスマホを持った手を伸ばして自撮りする体勢を取った。
「おっけーです!」
僕はそう答え、早川さんと頬をくっつけたまま両手でダブルピースを作って、口角を上げて笑顔を浮かべる。
早川さんも左手でピースサインをしながら、伸ばした右手の先に構えたスマホの画面をタップした。
スマホから聞こえるシャッター音、そして数秒後に早川さんのスマホに表示されるのは、向日葵みたいに明るい笑顔を浮かべた早川さんと、ちょっとぎこちない笑顔の僕。
僕、こういう写真撮られるの上手くないな・・・
そんな僕の思いを他所に、早川さんは
「かわい~!!!」
とスマホ片手に小躍りしている。
「いいじゃん、いいじゃん!時雨ちゃんのスマホに写真送る・・・」
と言いかけて、早川さんははっとして言葉を止めた。
僕はスマホなんて持っていない。
ご主人様に買われ、ここに連れて来られた時にスマホを取り上げられ、それ以来、あらゆる通信機器を持つことも、触れることも禁じられている。
早川さんはそれを思い出し
「ごめん・・・無神経だった・・・ね。」
そう言ってうな垂れる。
ああ、せっかく早川さんが、優しいお姉さんがいつもの調子を取り戻してくれたのに・・・そんな辛そうな顔なんてしないで欲しい。
さっきまでのはしゃいだ笑顔から一転して、僕から目を逸らして肩を落とし、泣きそうな顔になった早川さん。
僕は両手を伸ばして早川さんの頬に添え、無理矢理僕の方を向かせ、2人の視線を合わせて言葉を紡ぐ。
「すっごくいい写真が撮れたじゃないですか・・・後でプリントして下さいね、
これからフォトフレーム買いますから、そのサイズでですよ、忘れないで下さいね!」
そして僕は、早川さんの頬に伸ばしていた両手を下げ、彼女の両手をギュっと握る。
「そんな顔しないで・・・、早川さんが悲しそうだと、僕まで泣きたくなっちゃいます。」
「時雨・・・ちゃん・・・」
「おわっ!」
僕は早川さんにいきなり抱きつかれて変な声を上げてしまった。
「ごめんね・・・私の方がお姉さんなのに。時雨ちゃんに気をつかわせちゃったんだね。」
僕より背の高い早川さんに抱き締められる感触、それは僕を弄び続けた大人の男たちと違って、柔らかでいい匂いがして・・・穏やかに包み込まれるみたいで、暖かで、何処か懐かしい。
そうやって僕の為に悲しんでくれる早川さんの気持ちが凄く嬉しくて、泣きたいくらいに嬉しくて・・・
だけど、それ以上に優しいお姉さんが僕の為に悲しい顔をしていることが苦しくて・・・
だから僕は、早川さんの背中に手を回しそっと目を閉じて言った。
「良いんです・・・、僕はいいんです。
判ってはもらえないかもしれませんけれど、僕はこれでも結構幸せなんです。
ご主人様にも・・・ちょっと普通じゃないかもしれませんけれど、愛してもらって。
メイドの先輩方にも可愛がってもらって、優しくしてもらえて。
だから・・・だから、僕を可哀想だなんて思わないで、普通に、いつも通りに接して笑って下さい。
それが僕にとって一番嬉しい事なんです。」
そして、僕は上目遣いで早川さんの目を覗き込み、
「ホントなんですよ?」
と、ちょっと戯けた笑顔で言ってみた。
するとその笑顔に釣られるように、早川さんは、ぷっ・・・と吹き出すように小さく笑ってくれた。そして、目尻に浮かんでいた涙を人差し指で拭って言った。
「私に一方的に可哀想だと思い込まれて・・・同情されて、泣かれちゃったら時雨ちゃんも困っちゃうよね。
ごめんね。せっかくのお出かけなのに、私に気ばかりつかわせて・・・」
そして、早川さんはいつもの向日葵みたいな笑顔を浮かべ、僕の手を取った。
「よーし!どうせ支払いは旦那さま持ちなんだから、自腹じゃ絶対に行けないような、たっかいランチとスイーツを食べに行こうよ。
エスコートはお姉さんに任せなさい。」
そして、僕らは歩き出す。
早川さんに手を引かれ、2人でスマホの画面を覗き込み、近場で美味しそうなお店を探しながら他愛もない言葉を交わして笑い合う。
幸せで仲の良い姉妹(?)みたいに。
もし神様がいるなら・・・今だけは、今日くらいは、このまま幸せな気持ちでいさせて下さい。
お願いです。
とはいえ、そこはいったん見なかった事にして、手早くシャワーを浴び、男の娘メイドとしての身支度を済ませてから、ご主人様の朝食の用意に取り掛かる。
とはいっても元料理人の先輩メイドが作り置きしておいてくれた食事を温め、デザートの果物を剥き、食後にコーヒーを入れるくらいだけだった。
そうして、準備が整ったら、改めてご主人様を起こし、そして仕事に送り出す。
「いってらっしゃいませ、ご主人様。」
昨夜晒した痴態には素知らぬふりをして、清楚なメイド風に深くて丁寧なお辞儀をしながらご主人様を送り出す。
「ああ、行ってくる。」
ご主人様はそう応えて、僕の頭を軽く撫でてから運転手の待つ高級車に乗り込み会社に向かった。
ご主人様の乗った車が見えなくなるまで頭を下げ続け、身体を起こすと、軽く伸びをして・・・あることを思い出す。
「あ・・・今日は外出の日だ。」
“外出”とは、週に1回だけ僕に許されたお出かけの日。
ずっと屋敷に篭りきりでは気も晴れないだろうということで、この日だけはメイドの仕事から離れて、自由行動が許された日だ。
もちろん、ご主人様に買われた奴隷の僕に、完全な自由は与えられる訳はない。
必ず先輩メイドが僕に付き添って、逃げださないように監視されるし、外出先で嫌な用事も課されるけれど、それでもまあ、たまの外出はちょっと嬉しくもある。
まずは、昨夜ご主人様に“され”て、ぐちゃぐちゃのドロドロになったベッドの証拠隠滅をしてから出かけましょうか。
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今日の僕の“外出”の付き添い当番は、早川さんという、僕のことを妹(?)のように可愛がってくれている、20代後半くらいの、僕以外では一番若い先輩だった。
メイド服でお出かけする訳にもいかないので、早川さんは、デニムのタイトスカートと茶系のジャケットでちょっとオフィスカジュアルっぽくキメている。
もっと気楽な格好でいいのにな・・・と思うのだけど、早川さんは“一応仕事だから”と言って苦笑いしていた。
長身で男前(?)な早川さんは、僕と並ぶと、頭1つ背が高い。
隣に並ぶ僕はといえば、黒いスキニーデニムに白いTシャツ、その上にダークグレーのパーカーを羽織ってキャップを被り、男の子に戻った気分の思いっきりラフな格好だった。
だけど、その僕の姿は・・・うん、いいところ中性的、もしくはボーイッシュな貧乳女子だった。
理由はわかっている。
肩まで伸びた髪と、メイクのせいだ。
わかってはいるのだけれど、もう男の娘が身について、しまってすっぴんでの外出は落ち着かないのだ。
2人でタクシーに乗って屋敷を出発する、バスや電車での移動は許されてない。
タクシーの中では、僕らの話はあまり弾まなかった。
早川さんは、いつもなら僕に色々と話を振ってくれる快活なお姉さんなんだけど・・・
形ばかりとはいえ“監視役”という立場で気が重いのか、これから外出先で僕がされることに心を痛めているのか、僕の手を握り時折痛ましいものを見るような目で僕を見る。
だけど、僕としては、1日付き合ってくれる優しいお姉さんに、そんな沈んだ表情をして欲しくはなかった。
楽しい気持ちでいて欲しかった。
だからテンション高めに色々と話しかけたのだけれど、タクシーの中の空気は変えられないまま、第一の目的地に到着するまで、ちょっと気まずい時間が過ぎてゆく。
第一の目的地は、美容室兼エステサロン。
しかも、セレブな奥様やお嬢様が通う高級なお店・・・らしい。
男の娘として、ご主人様のオンナとして、僕はここで週に一回、徹底的に磨き上げられるのだ。
エステを受けるのは本来なら僕だけなのだけれど、僕に1日付き合わされる監視役の先輩に少しでもいい思いをして欲しくて、あえて2人分の予約をして貰っていた。
ご主人様には、週一回の“外出”の時は好きなだけお金を使って良いと言われているので、ここはありがたくそのお金を使わせて貰っていた。
サロンの扉を開けると、まず目に飛び込んできたのは、黒檀の床と象牙の装飾が施されたエントランス。
暗い色合いの木材と細かい彫刻が、落ち着いたエレガンスを醸し出している。
壁には、精巧な手彫りの木製パネルや、淡い照明に照らされたシルクのタペストリーが飾られ、柔らかな灯りが漂う空間には、ジャスミンやサンダルウッドの香りがほのかに香っていた。
フロントデスクには、艶やかな漆仕上げのカウンターが配置され、その背後には竹と和紙を組み合わせたインテリアが広がる。
受付のスタッフは、アジアンテイストの制服を身にまとい、温かいおもてなしの笑顔で迎えてくれた。
僕みたいな、全身GUコーデを身に纏った庶民が足を踏み入れるのは、場違いもはなはだし過ぎて何度来ても慣れないけれど、スタッフさんは丁寧な態度を崩さずに、エステルームに案内してくれる。
僕と早川さんがエステルームに足を踏み入れると、まず目に飛び込んできたのは、温かみのある木材と自然石で作られたインテリア。
柔らかな照明が部屋全体を包み込み、心地よいリラックス空間が広がっていた。
壁には竹のブラインドが掛かり、窓からは手入れの行き届いたエキゾチックな庭園が見える。
2台並んだ施術用ベッドには、薄紫色のシルクシーツがかけられ、枕には薔薇や蓮の香りが染み込んでいる。
僕と早川さんは服を脱いでベッドに横たわり、ふかふかのタオルで体を包まれると、すぐにリラックスした気持ちになった。エステティシャンが静かに部屋に入り、優しい声で施術の流れを説明してくれた。
エステティシャンの手はまるで魔法のように滑らかで、オイルを使ったマッサージが始まると、僕らはその心地よさに身を委ねる。
アロマキャンドルの柔らかな光と、ジャスミンの香りが部屋中に漂い、五感を癒してくれる。エステティシャンの手がゆっくりと筋肉をほぐし、緊張を解きほぐしてくれる。
そっと隣の様子をうかがう・・・一応男女だしね、お互いの裸が目に入らないよう、2台の施術用ベッドはアジアン柄のカーテンで仕切られ、互いの顔だけがかろうじて見える。
一緒にエステを受けている早川さんの表情は緩み、眠ってしまっているようだった。
さっきまで沈んだ表情だった優しいお姉さんのそんな様子にほっとして、僕も目をつぶってマッサージに身を任せてゆく。
昨夜もご主人様に虐められ、数え切れないほどイかされた。
耐えられない快感に晒されて、背骨が折れそうになる程のけ反り続け、絶頂の度に身体中の筋肉がビクビクと痙攣を繰り返した。
全身に溜まった情事の疲れ、それが少しづつ溶け、流れて消えてゆくような優しいマッサージの魔力に抗うことなんて出来なかった。
夕べは眠らせて貰えなかったせいもあって、いつしか僕も目を閉じて、うつらうつらし始めて、やがてぐっすりと眠ってしまっていた。
ふと気がつくと、施術が進んでマッサージは顔に移って、丁寧に肌がケアされてゆく。
高級なスキンケア製品が使われ、肌がしっとりと潤い、輝きを取り戻していく。
そして最後に、高価な宝物を磨き上げるように全身のムダ毛の脱毛までも丁寧に施術されてゆく。
1週間前にも同じ施術をされたばかりなのでその処置は簡単に、痛みもなく終わり、
「お疲れ様でした。」
という穏やかな声で終わりを告げられる。
「とっても気持ち良かったです。ありがとうございました。」
僕はそう言って立ち上がり、エステティシャンの細やかな配慮と技術に感謝しながら、頭を下げてからエステルームを後にした。
寝起きで頭がぼーっとして、体に力が入らずふわふわする。
隣には同じくまだ夢の中にいるような早川さんの顔がある。
ふと2人で目が合うと、オイルで念入りにマッサージされたせいですっぴんになってしまったお互いの顔を見合わせて笑ってしまった。
そして、ひとしきり笑い合っていると、スタッフさんに案内されて、今度は個室の美容室で髪のカットだった。
柔らかな音楽の流れる美容室は、エステルームと同じくアジアンテイストの落ち着いた空間だった。
黒檀と竹で作られたシックなインテリアに囲まれ、僕と早川さんはリラックスした気持ちでふかふかの椅子に腰を下ろす。
スタイリストさんが丁寧に挨拶をし、シルクの手触りが心地よいクロスを首元にかける。
鏡の周りには、柔らかな照明が灯り、温かみのある光が僕の顔を優しく照らしている。
毎週ここに通っている僕は、毛先を整える程度の軽いカットを受けている。
こういう場所ではスタイリストさんと雑談を交わしながらカットしてもらう人も多いのだろうけれど、僕はそういうのはちょっと苦手だった。
さっきのエステでボーっとしていることもあって、眠気に誘われるままうつらうつらと目を閉じてゆく。
いつも僕を担当しているスタイリストさんも、そんな僕の性格をわかっていてくれているのか、必要以上に話しかけないでくれているのがありがたかった。
隣の早川さんは、すっかりいつもの調子に戻ってスタイリストさんと楽しげに会話している。
ハサミが髪を切る軽やかでリズミカルな音
優しくて快活な早川さんの声
ああ、早川さんが楽しそうで良かったな・・・
スタイリストさんの手は軽やかに、細やかな動きで髪を整えていく。
途中、スタイリストさんは精油を数滴手に取り、軽くマッサージを加えながら、頭皮のリラックスも忘れずに行ってくれた。
サロン全体に漂うサンダルウッドの香りが、さらにリラックス効果を高めていた。
そして、スタイリングが終わると、僕も早川さんも高級コスメを惜しげもなく使ってメイクまでしてもらい店を出る。
支払いは必要なかった。後でご主人に請求が行くのだろう。
そして、散歩でもするように2人で街を歩く。
背の高い早川さんの顔を見上げると、プロのスタイリストにヘアスタイルからメイクまで完璧に仕上げられた早川さんは輝くように綺麗だった。
僕も・・・自分で言うのはなんだけれど、ボーイッシュな私服のイメージに合わせて、快活なスポーツ少女って感じの美少女顔に仕上げられている。
自分自身のすっぴんの地味顔を知っているだけに、“可愛さを作れる“プロの技術には驚きを隠せない。
「時雨ちゃん、めっちゃ可愛くなったね~、そうだ、2人で写真撮ろうよ!」
早川さんがそう言って、僕の肩を抱いて2人の頬をくっつけてスマホを持った手を伸ばして自撮りする体勢を取った。
「おっけーです!」
僕はそう答え、早川さんと頬をくっつけたまま両手でダブルピースを作って、口角を上げて笑顔を浮かべる。
早川さんも左手でピースサインをしながら、伸ばした右手の先に構えたスマホの画面をタップした。
スマホから聞こえるシャッター音、そして数秒後に早川さんのスマホに表示されるのは、向日葵みたいに明るい笑顔を浮かべた早川さんと、ちょっとぎこちない笑顔の僕。
僕、こういう写真撮られるの上手くないな・・・
そんな僕の思いを他所に、早川さんは
「かわい~!!!」
とスマホ片手に小躍りしている。
「いいじゃん、いいじゃん!時雨ちゃんのスマホに写真送る・・・」
と言いかけて、早川さんははっとして言葉を止めた。
僕はスマホなんて持っていない。
ご主人様に買われ、ここに連れて来られた時にスマホを取り上げられ、それ以来、あらゆる通信機器を持つことも、触れることも禁じられている。
早川さんはそれを思い出し
「ごめん・・・無神経だった・・・ね。」
そう言ってうな垂れる。
ああ、せっかく早川さんが、優しいお姉さんがいつもの調子を取り戻してくれたのに・・・そんな辛そうな顔なんてしないで欲しい。
さっきまでのはしゃいだ笑顔から一転して、僕から目を逸らして肩を落とし、泣きそうな顔になった早川さん。
僕は両手を伸ばして早川さんの頬に添え、無理矢理僕の方を向かせ、2人の視線を合わせて言葉を紡ぐ。
「すっごくいい写真が撮れたじゃないですか・・・後でプリントして下さいね、
これからフォトフレーム買いますから、そのサイズでですよ、忘れないで下さいね!」
そして僕は、早川さんの頬に伸ばしていた両手を下げ、彼女の両手をギュっと握る。
「そんな顔しないで・・・、早川さんが悲しそうだと、僕まで泣きたくなっちゃいます。」
「時雨・・・ちゃん・・・」
「おわっ!」
僕は早川さんにいきなり抱きつかれて変な声を上げてしまった。
「ごめんね・・・私の方がお姉さんなのに。時雨ちゃんに気をつかわせちゃったんだね。」
僕より背の高い早川さんに抱き締められる感触、それは僕を弄び続けた大人の男たちと違って、柔らかでいい匂いがして・・・穏やかに包み込まれるみたいで、暖かで、何処か懐かしい。
そうやって僕の為に悲しんでくれる早川さんの気持ちが凄く嬉しくて、泣きたいくらいに嬉しくて・・・
だけど、それ以上に優しいお姉さんが僕の為に悲しい顔をしていることが苦しくて・・・
だから僕は、早川さんの背中に手を回しそっと目を閉じて言った。
「良いんです・・・、僕はいいんです。
判ってはもらえないかもしれませんけれど、僕はこれでも結構幸せなんです。
ご主人様にも・・・ちょっと普通じゃないかもしれませんけれど、愛してもらって。
メイドの先輩方にも可愛がってもらって、優しくしてもらえて。
だから・・・だから、僕を可哀想だなんて思わないで、普通に、いつも通りに接して笑って下さい。
それが僕にとって一番嬉しい事なんです。」
そして、僕は上目遣いで早川さんの目を覗き込み、
「ホントなんですよ?」
と、ちょっと戯けた笑顔で言ってみた。
するとその笑顔に釣られるように、早川さんは、ぷっ・・・と吹き出すように小さく笑ってくれた。そして、目尻に浮かんでいた涙を人差し指で拭って言った。
「私に一方的に可哀想だと思い込まれて・・・同情されて、泣かれちゃったら時雨ちゃんも困っちゃうよね。
ごめんね。せっかくのお出かけなのに、私に気ばかりつかわせて・・・」
そして、早川さんはいつもの向日葵みたいな笑顔を浮かべ、僕の手を取った。
「よーし!どうせ支払いは旦那さま持ちなんだから、自腹じゃ絶対に行けないような、たっかいランチとスイーツを食べに行こうよ。
エスコートはお姉さんに任せなさい。」
そして、僕らは歩き出す。
早川さんに手を引かれ、2人でスマホの画面を覗き込み、近場で美味しそうなお店を探しながら他愛もない言葉を交わして笑い合う。
幸せで仲の良い姉妹(?)みたいに。
もし神様がいるなら・・・今だけは、今日くらいは、このまま幸せな気持ちでいさせて下さい。
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