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3章:エントの森
旅の仲間
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船は静かに川を下る。新緑の葉が緩やかな流れに横を揺蕩う。
この風景だけなら平和な旅だ。しかし、一切平和ではなかった。向かう先は何が待ち受けるかしれない。ドルドナは前で櫂を滑らかに動かすベレヌスを見る。
(意外とタフなんだな)
南のエルフの館を出て1時間が経過していた。櫂を漕ぐ3人は文句や交代を口にせず、涼しい顔で櫂を操り続けている。
ベレヌスは、これから待ち受けるであろうことを考えていた。エントの森は広大ですぐ左はすでにエントの森だ。しかし、そびえ立つ崖を昇ることはできない。 河口付近まで行かなくてはエントの森に入ることができない。
「アル、今日はどこまでいく」
前をいくアルロの船にベレヌスは声を投げかける。
「どこか船を停めるところがあればいいんだが」
「あと2時間ほどでエルフの里と小人族の里の境につく。そこで今日は休もう」
どうしようか悩むアルロだったが、このあたりに詳しいミーミルが提案を出した。ミーミルの言葉にドンナトールも頷いた。アルロはそれに頷き、礼をいうとベレヌスに伺う。「ベレン、それでいいか」
「わかった」
船は緩やかな流れを進む。
ーグウォオオオ
左手からうめくような野太い音が聞こえた。
「今のは何だ」
ダグザたちドワーフは初めて聞く音にエントの森を凝視する。鳴き声でもない初めて聞く声に恐怖を感じた。
「今のがエントの声だ」
ベレヌスもエントの森の様子を耳を澄まし伺う。そして、カムロスに視線を向けた。カムロスは楽しそうに笑った。
「どうも喧嘩してるみたいだね」
「喧嘩じゃと」
「そう、喧嘩だよ」
ドルドナは後ろで足を汲むエルフを振り返る。エントは木々のことで、話すとは思えなかった。
「あれ? 知らない。エントは話すし、動くよ」
「本当か」
ドルドナの驚愕した顔を面白そうに見ると、カムロスは肩をすくめた。
「本当さ」
「どんな見た目なんだ」
ベレヌスは2人の様子を伺いながらドルドナを変わったドワーフだと評した。
ーエルフとドワーフは水と油
これは不変の事実だ。しかし、ドルドナは一切そんなそぶりを見せない。好奇心と探求心を瞳に乗せてカムロスにいろいろ尋ねている。
「まぁ、仲良くていいことか」
ぼそりとつぶやいたベレヌスの声はしっかりと2人の耳に届いていた。
「仲良くはない!」
「仲良くないよ」
ベレヌスは帰ってきた揃いの台詞に目をそらした。
(仲良いじゃないか)
アルロは後ろから聞こえる話し声に小さく笑い、あたりを見渡す。どこに敵がいるかもわからない現状、油断はできない。後ろの者たちも会話をしながらも、警戒はしているような気配を感じる。見渡す目を前に戻せば、ダグザがパイプをふかしながらアルロを見ていた。
「なんだ」
「なんでもないといえばうそになる」
「それで」
「わしの友になってくれんか」
「・・・・・・」
アルロは何を言われたのか理解できなかった。ダグザがパイプで船縁を叩く音に櫂を動かす手が止まっていたことに気が付いた。
「いやか」
「想定外の言葉に驚いた。嫌なわけがないだろう」
アルロは愉快そうな声で笑う。その声にダグザは満足そうに頷き、後ろを指さす。少し顔を後ろに向ければ、ベレヌスの船が大きく揺れていた。ドルドナとカムロスが取っ組み合いを始めたようだ。櫂を握るベレヌスの手がかすかに震えている。
「ドルドナがああも、むきになることはないんだが。もしかすればそのエルフと気が合うのやもしれんな」
パイプをふかせるダグザの言葉にアルロは眉をひそめた。
「気が合うのはよいが、あれでは転覆するかもせれない」
「大丈夫だろ。見てみろ」
アルロはダグザのパイプが差すベレヌスをみた。ベレヌスは上手にバランスを取り船が転覆しないようにしていた。
「なかなか器用なやつだ」
「器用だが、かなり怒ってないか。あっ」
ドルドナとカムロスの頭上を櫂が襲った。
「いい加減にしてくれ。じゃれ合うなら川の中でやれ」
「すまん」
「えぇ、濡れちゃうよ」
ベレヌスはカムロスの返しに口角を引きつかせる。もう一振りいくかと櫂を握る手に力を籠める。
「それくらいにしておけ」
「そうだぞ、ドルドナ」
「カムロス、いい加減にしないと怒るよ」
アルロ、ダグザ、ミーミルの言葉にドルドナは肩をすくめ、カムロスは口を尖らした。ベレヌスは大きなため息をつくと櫂を川の中に戻した。
「まったくカムロスときたら」
「仲良きことは良き事じゃ」
「ドンナトール様」
「なんじゃ、ミーミル」
「なんでもありません」
ミーミルはおおらかなドンナトールにため息をつき、心の中で謝った。
船を岸につけ、船を降りる。それぞれが船を引き上げ、一息つく。
「少し森の様子を見てきます」
「ミーミル、僕も行くよ」
双子のエルフが軽やかに木々に消えていくのを見送ったほかの者は野宿の準備を始めた。深い川と深い森に挟まれた薄暗い岸にかすかな動物たちの動く音が聞こえてくる。ベレヌスはあまり遠くに行かないよう気を付け、焚き木を拾った。一抱えほど集め、戻るとドンナトールとアルロが話をしていた。ほかの者はどこに行ったのだろうと見渡しながら、岸に近づくベレヌスの背後に気配を感じた。ベレヌスは抱えていた焚き木を捨て、腰にある剣に手を伸ばし振り返る。
笑顔で手を振るカムロスと目を丸く驚愕するドルドナが立っていた。
「変に気配をけして近づくな」
「ごめん、ごめん。にしてもさすが、ベレヌスだよ」
ベレヌスは剣から手を離すと、不機嫌そうに顔を歪める。そして、落とした焚き木を拾い集めた。
「ミーミルは」
「まだ森にいるよ。ダグザとゴヴニュも一緒だよ」
「そうか。ありがとう、ドルドナ殿」
ベレヌスは差し出された焚き木をドルドナから受け取る。腕の中の焚き木を抱えなおす。
「すごいな、あんた」
「なにがだ」
「あの距離で俺達に気が付いたんだろ」
「たまたまだ」
ベレヌスは言葉少なく答えると背を向ける。その背にカムロスが飛びつくように肩を組みつけた。たたらを踏みながらベレヌスはすぐそばにある端正な顔を睨みつけた。
「カムロス」
「まぁまぁ、怒らない」
軽快な笑い声をあげるカムロスはベレヌスの腕から焚き木を一本取ると、それを杖のように振りながら先を歩きだす。
「気まぐれな奴だ」
「なぁ、カムロスとは親しいのか」
ベレヌスはおやっという表情で横にきたドルドナを見下ろす。いつの間にか名前で呼び合う仲になっていることに、好奇心がくすぐられた。
「小さいころに南のエルフの館で世話になったことがある。剣の稽古をカムロスにつけてもらった」
「そうだったのか。なんだその顔は」
ドルドナは見下ろすベレヌスを気味が悪いと見上げた。
「いや、名前で呼び合う仲になったようで安心した」
「っ!あいつが呼べというから、仕方なく呼んでやっているだけだ」
髭の中にある顔を赤くさせ、ドルドナは言い放つ。その姿にベレヌスは肩を震わせ、ドルドナは鼻息を荒くする。
「すまん、すまん」
「本当にすまんと思っておるのか。そうだった。わしもあんたを呼び捨てで呼ぶから、あんたも俺をドルドナとよべ」
それだけ一気にいうとドルドナは短い脚を素早く動かし、手招きをしているカムロスのもとに向かった。ベレヌスは何かを言い合う2人を呆然と見たあと、ふわりと口元に笑みを浮かべた。
「ベレン、すまん。1人でいかせてしまって」
「大丈夫だ。アルは大丈夫か」
ベレヌスはアルの腰にある銀でできた箱を見る。クヴァシルが保管していた神の剣はアルロが持つことになった。クヴァシルとドンナトール曰く
ーアルロはヴォルバの浄化と治癒の力を持っている
神の剣の影響を受けにくい。そうは言われたところで心配だ。一番、危険な役目をアルロは負っている。敵にばれれば地の底まで追いかけられることだろう。
「大丈夫だ。ドンナトールにも守護の魔法をかけてもらった」
「そうか。無理はするな」
「そっくり、そのまま返す」
ー太陽が沈み、かけた月が顔をのぞかせ
ーわずかな光が岸を照らす
初夜の不寝番はベレヌスが担当していた。ベレヌスは武器である双剣の手入れをしながら、岩の上から月を見上げる。
(スペルがどれほどの力を持っているのか、わからない。もしかすれば神の剣がなくても滅ぼすことはできるのではないだろうか)
見たいと願っても予知の力は発動しない。勝手が効かない力にベレヌスはいつも歯がゆさを感じていた。寝ているはずの7人のほうから、動く音が聞こえた。
アルロが起きたようで、岩の上に座るベレヌスを認め、立ち上がった。
「どうだ」
「何もない。普通の森の夜だ。大丈夫か」
ベレヌスはずっと気にしていたことを口にした。しかし、言葉が足らずアルロに首を傾げさせるだけだった。
「アル、泣いてもいい」
「突然どうした」
アルロは突然の泣けという言葉に耳を疑う。ベレヌスはふざけ等一切なく、真剣かつ優しい目でアルロを見ていた。
「親が死んだというのに、アルは泣くことも憤ることもしていないだろう」
「それは」
「ここにはヒャルゴ殿もいない。心のままに悲しめ、怒れ」
「ベレン」
アルロは下唇をかんだ。涙があふれ出そうになるが、やはり自分の立場が気持ちを邪魔する。ベレヌスは呆れたように息を吐きだすと、外套を外しアルロの頭からかけてやる。もぞもぞと動いたがすぐに、嗚咽が聞こえてきた。
外套の下でアルロは静かに涙した。親が死に、故郷が消えて7日目にして、初めてアルロは心を隠すことなく出したときだった。
「すまん」
「気にするな」
アルロは少し皺が付いた外套を、差し出されたベレヌスの手に乗せた。ベレヌスは少しましな顔になったと、アルロをみた。
「寝ないのか」
「あぁ、もう少し話をしたい」
「俺は構わない」
ベレヌスは手入れを終えた双剣をそれぞれの鞘に戻し、体勢を崩す。アルロも抱えていた膝を伸ばし、楽な体勢をとった。
「耳飾りになにか意味はあるのか」
アルロは何を話そうか考え、横目に入ったベレヌスの耳飾りに触れる。透明な水のように澄み渡る青い石がはめ込まれた銀の耳飾りがベレヌスの片耳にはまっていた。男が耳飾りをするのは珍しかった。
「これは母上がお守りだとくださったんだ」
「そうだったのか。母上はどのような方だ」
「そうだな」
岩に座り込む人間を真上から照らす月のみ、2人のたわいもない会話を聞いていた。
この風景だけなら平和な旅だ。しかし、一切平和ではなかった。向かう先は何が待ち受けるかしれない。ドルドナは前で櫂を滑らかに動かすベレヌスを見る。
(意外とタフなんだな)
南のエルフの館を出て1時間が経過していた。櫂を漕ぐ3人は文句や交代を口にせず、涼しい顔で櫂を操り続けている。
ベレヌスは、これから待ち受けるであろうことを考えていた。エントの森は広大ですぐ左はすでにエントの森だ。しかし、そびえ立つ崖を昇ることはできない。 河口付近まで行かなくてはエントの森に入ることができない。
「アル、今日はどこまでいく」
前をいくアルロの船にベレヌスは声を投げかける。
「どこか船を停めるところがあればいいんだが」
「あと2時間ほどでエルフの里と小人族の里の境につく。そこで今日は休もう」
どうしようか悩むアルロだったが、このあたりに詳しいミーミルが提案を出した。ミーミルの言葉にドンナトールも頷いた。アルロはそれに頷き、礼をいうとベレヌスに伺う。「ベレン、それでいいか」
「わかった」
船は緩やかな流れを進む。
ーグウォオオオ
左手からうめくような野太い音が聞こえた。
「今のは何だ」
ダグザたちドワーフは初めて聞く音にエントの森を凝視する。鳴き声でもない初めて聞く声に恐怖を感じた。
「今のがエントの声だ」
ベレヌスもエントの森の様子を耳を澄まし伺う。そして、カムロスに視線を向けた。カムロスは楽しそうに笑った。
「どうも喧嘩してるみたいだね」
「喧嘩じゃと」
「そう、喧嘩だよ」
ドルドナは後ろで足を汲むエルフを振り返る。エントは木々のことで、話すとは思えなかった。
「あれ? 知らない。エントは話すし、動くよ」
「本当か」
ドルドナの驚愕した顔を面白そうに見ると、カムロスは肩をすくめた。
「本当さ」
「どんな見た目なんだ」
ベレヌスは2人の様子を伺いながらドルドナを変わったドワーフだと評した。
ーエルフとドワーフは水と油
これは不変の事実だ。しかし、ドルドナは一切そんなそぶりを見せない。好奇心と探求心を瞳に乗せてカムロスにいろいろ尋ねている。
「まぁ、仲良くていいことか」
ぼそりとつぶやいたベレヌスの声はしっかりと2人の耳に届いていた。
「仲良くはない!」
「仲良くないよ」
ベレヌスは帰ってきた揃いの台詞に目をそらした。
(仲良いじゃないか)
アルロは後ろから聞こえる話し声に小さく笑い、あたりを見渡す。どこに敵がいるかもわからない現状、油断はできない。後ろの者たちも会話をしながらも、警戒はしているような気配を感じる。見渡す目を前に戻せば、ダグザがパイプをふかしながらアルロを見ていた。
「なんだ」
「なんでもないといえばうそになる」
「それで」
「わしの友になってくれんか」
「・・・・・・」
アルロは何を言われたのか理解できなかった。ダグザがパイプで船縁を叩く音に櫂を動かす手が止まっていたことに気が付いた。
「いやか」
「想定外の言葉に驚いた。嫌なわけがないだろう」
アルロは愉快そうな声で笑う。その声にダグザは満足そうに頷き、後ろを指さす。少し顔を後ろに向ければ、ベレヌスの船が大きく揺れていた。ドルドナとカムロスが取っ組み合いを始めたようだ。櫂を握るベレヌスの手がかすかに震えている。
「ドルドナがああも、むきになることはないんだが。もしかすればそのエルフと気が合うのやもしれんな」
パイプをふかせるダグザの言葉にアルロは眉をひそめた。
「気が合うのはよいが、あれでは転覆するかもせれない」
「大丈夫だろ。見てみろ」
アルロはダグザのパイプが差すベレヌスをみた。ベレヌスは上手にバランスを取り船が転覆しないようにしていた。
「なかなか器用なやつだ」
「器用だが、かなり怒ってないか。あっ」
ドルドナとカムロスの頭上を櫂が襲った。
「いい加減にしてくれ。じゃれ合うなら川の中でやれ」
「すまん」
「えぇ、濡れちゃうよ」
ベレヌスはカムロスの返しに口角を引きつかせる。もう一振りいくかと櫂を握る手に力を籠める。
「それくらいにしておけ」
「そうだぞ、ドルドナ」
「カムロス、いい加減にしないと怒るよ」
アルロ、ダグザ、ミーミルの言葉にドルドナは肩をすくめ、カムロスは口を尖らした。ベレヌスは大きなため息をつくと櫂を川の中に戻した。
「まったくカムロスときたら」
「仲良きことは良き事じゃ」
「ドンナトール様」
「なんじゃ、ミーミル」
「なんでもありません」
ミーミルはおおらかなドンナトールにため息をつき、心の中で謝った。
船を岸につけ、船を降りる。それぞれが船を引き上げ、一息つく。
「少し森の様子を見てきます」
「ミーミル、僕も行くよ」
双子のエルフが軽やかに木々に消えていくのを見送ったほかの者は野宿の準備を始めた。深い川と深い森に挟まれた薄暗い岸にかすかな動物たちの動く音が聞こえてくる。ベレヌスはあまり遠くに行かないよう気を付け、焚き木を拾った。一抱えほど集め、戻るとドンナトールとアルロが話をしていた。ほかの者はどこに行ったのだろうと見渡しながら、岸に近づくベレヌスの背後に気配を感じた。ベレヌスは抱えていた焚き木を捨て、腰にある剣に手を伸ばし振り返る。
笑顔で手を振るカムロスと目を丸く驚愕するドルドナが立っていた。
「変に気配をけして近づくな」
「ごめん、ごめん。にしてもさすが、ベレヌスだよ」
ベレヌスは剣から手を離すと、不機嫌そうに顔を歪める。そして、落とした焚き木を拾い集めた。
「ミーミルは」
「まだ森にいるよ。ダグザとゴヴニュも一緒だよ」
「そうか。ありがとう、ドルドナ殿」
ベレヌスは差し出された焚き木をドルドナから受け取る。腕の中の焚き木を抱えなおす。
「すごいな、あんた」
「なにがだ」
「あの距離で俺達に気が付いたんだろ」
「たまたまだ」
ベレヌスは言葉少なく答えると背を向ける。その背にカムロスが飛びつくように肩を組みつけた。たたらを踏みながらベレヌスはすぐそばにある端正な顔を睨みつけた。
「カムロス」
「まぁまぁ、怒らない」
軽快な笑い声をあげるカムロスはベレヌスの腕から焚き木を一本取ると、それを杖のように振りながら先を歩きだす。
「気まぐれな奴だ」
「なぁ、カムロスとは親しいのか」
ベレヌスはおやっという表情で横にきたドルドナを見下ろす。いつの間にか名前で呼び合う仲になっていることに、好奇心がくすぐられた。
「小さいころに南のエルフの館で世話になったことがある。剣の稽古をカムロスにつけてもらった」
「そうだったのか。なんだその顔は」
ドルドナは見下ろすベレヌスを気味が悪いと見上げた。
「いや、名前で呼び合う仲になったようで安心した」
「っ!あいつが呼べというから、仕方なく呼んでやっているだけだ」
髭の中にある顔を赤くさせ、ドルドナは言い放つ。その姿にベレヌスは肩を震わせ、ドルドナは鼻息を荒くする。
「すまん、すまん」
「本当にすまんと思っておるのか。そうだった。わしもあんたを呼び捨てで呼ぶから、あんたも俺をドルドナとよべ」
それだけ一気にいうとドルドナは短い脚を素早く動かし、手招きをしているカムロスのもとに向かった。ベレヌスは何かを言い合う2人を呆然と見たあと、ふわりと口元に笑みを浮かべた。
「ベレン、すまん。1人でいかせてしまって」
「大丈夫だ。アルは大丈夫か」
ベレヌスはアルの腰にある銀でできた箱を見る。クヴァシルが保管していた神の剣はアルロが持つことになった。クヴァシルとドンナトール曰く
ーアルロはヴォルバの浄化と治癒の力を持っている
神の剣の影響を受けにくい。そうは言われたところで心配だ。一番、危険な役目をアルロは負っている。敵にばれれば地の底まで追いかけられることだろう。
「大丈夫だ。ドンナトールにも守護の魔法をかけてもらった」
「そうか。無理はするな」
「そっくり、そのまま返す」
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初夜の不寝番はベレヌスが担当していた。ベレヌスは武器である双剣の手入れをしながら、岩の上から月を見上げる。
(スペルがどれほどの力を持っているのか、わからない。もしかすれば神の剣がなくても滅ぼすことはできるのではないだろうか)
見たいと願っても予知の力は発動しない。勝手が効かない力にベレヌスはいつも歯がゆさを感じていた。寝ているはずの7人のほうから、動く音が聞こえた。
アルロが起きたようで、岩の上に座るベレヌスを認め、立ち上がった。
「どうだ」
「何もない。普通の森の夜だ。大丈夫か」
ベレヌスはずっと気にしていたことを口にした。しかし、言葉が足らずアルロに首を傾げさせるだけだった。
「アル、泣いてもいい」
「突然どうした」
アルロは突然の泣けという言葉に耳を疑う。ベレヌスはふざけ等一切なく、真剣かつ優しい目でアルロを見ていた。
「親が死んだというのに、アルは泣くことも憤ることもしていないだろう」
「それは」
「ここにはヒャルゴ殿もいない。心のままに悲しめ、怒れ」
「ベレン」
アルロは下唇をかんだ。涙があふれ出そうになるが、やはり自分の立場が気持ちを邪魔する。ベレヌスは呆れたように息を吐きだすと、外套を外しアルロの頭からかけてやる。もぞもぞと動いたがすぐに、嗚咽が聞こえてきた。
外套の下でアルロは静かに涙した。親が死に、故郷が消えて7日目にして、初めてアルロは心を隠すことなく出したときだった。
「すまん」
「気にするな」
アルロは少し皺が付いた外套を、差し出されたベレヌスの手に乗せた。ベレヌスは少しましな顔になったと、アルロをみた。
「寝ないのか」
「あぁ、もう少し話をしたい」
「俺は構わない」
ベレヌスは手入れを終えた双剣をそれぞれの鞘に戻し、体勢を崩す。アルロも抱えていた膝を伸ばし、楽な体勢をとった。
「耳飾りになにか意味はあるのか」
アルロは何を話そうか考え、横目に入ったベレヌスの耳飾りに触れる。透明な水のように澄み渡る青い石がはめ込まれた銀の耳飾りがベレヌスの片耳にはまっていた。男が耳飾りをするのは珍しかった。
「これは母上がお守りだとくださったんだ」
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