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2章:南のエルフの館
旅の準備
しおりを挟む一方、会議が行われた東屋にはクヴァシル、ドンナトール、ダグザが残っていた。
「お主は2人についていかんのか」
仲間のドワーフを先に行かせ椅子に座ったまま腕を組み、難しい表情で座るダグザにドンナトールは尋ねた。ダグザは少し唸り、椅子から落ちるように降りた。部屋に戻るのではなく、真っ直ぐクヴァシルの前にやって来た。
「お願いがある。わしらに武器をくださらんか」
「そのくらい構わない」
クヴァシルは意外だという表情を隠さず、ダグザを見下ろす。ダグザはその視線の意味することを理解しており、不機嫌そうに目を横に反らす。
「まさかドワーフのほうからエルフに願うとは」
ドンナトールは意外な面白いものを見れたと、楽しそうな声を上げる。その笑い声にダグザの顔に皺が寄る。クヴァシルは笑うドンナトールを冷めた目で見てから、視線をダグザに戻した。
「さて、どんな武器が必要か」
「これはすごい!」
ダグザは案内された武器庫に入り感嘆の声を上げる。壁にかかる武器はどれも一級品。武器としてだけでなく、意匠性の面でも素晴らしかった。
武器をみて目を輝かせるダグザにクヴァシルは苦笑を浮かべ、扉から満足するのを待つ。10分とまではいかないがダグザが意識を戻し、気まずそうに髭を撫でた。
クヴァシルは落ち着いたダグザの横を通り、奥にかけられた斧を手に取った。
「これはどうだ」
ダグザはクヴァシルの手にある斧に後ずさる。
「それはまずいんじゃないか」
「そうかな」
「それはケラウノスだろ!」
歩み寄るクヴァシルから逃げるようにダグザは後ろに下がった。
「流石だ。一目でケラウノスと気が付くとは」
「流石だ、ではない!」
背中に壁が当たる感覚に、これ以上下がる術はない。ダグザはどうすべきかと頭を巡らせる。クヴァシルは混乱しているダグザの前に膝を付いた。
「この旅は辛く、厳しいものになる。私は行くことができない。せめてこれをもっていってはもらえないか」
クヴァシルの青い瞳がダグザをまっすぐに見ていた。ダグザはため息を付き、ケラウノスを見る。
「わしに扱えるかわからんぞ。暴走するかもしれんぞ」
「大丈夫だ。雷のような効果は発動しない」
「そうなのか」
ダグザは文献とは異なることに驚く。文献では雷を纏い、敵を薙ぎ払うと書かれていたはずだ。
「ソールの腕輪を持つものが振るうことで初めて、その斧は雷を纏う」
「そうだったのか」
「つまり、私が扱えば雷を纏うということだ」
「は?」
「昔はよく振るったのだがな」
ダグザは武骨ながらルーン文字が美しく彫り込まれたケラウノスを受け取った。ありがたく借りていくことにするが、目の前で楽しそうに笑う華奢なエルフが斧を振るう姿を想像することはできなかった。
「ベレン、それはこっちだ」
「わかった。アル、それ取ってくれ」
「投げるぞ」
「投げるな。汚れるだろ」
会議から3日が立ち、旅立ちの準備が着々と進められていた。
まずは神の剣の欠片を探すためにエントの森に向かわなくてはならない。エントの森には、船で川を下るのが一番早い。身軽な状態で館に来たベレヌスは、ほかの者より先に自分の用意が終了した。そして、食料などを船に積み込もうと船着き場に赴いたわけだが。
「目立つだろ」
シラカバで作られ、装飾を施された船は目をひいた。目立つことは避けるべきだ、と勝手知ったる館から土壺取って、船に染色を施し始めたのだ。
ベレヌスが染色を始めたころアルロも同じ船着き場に赴いた。そして茶色に染められかけている船と刷毛を動かすベレヌスの姿を認め、近くにあった壺と刷毛を手に塗り始めたのだった。
「そこ濃くないか」
「気のせいじゃないか」
肩を並べ、色を塗る姿は、王族、宰相家の人間だと思えない。途中で異変に気が付き、様子を見に来たクヴァシルは真剣に色を塗る2人に踵を返した。旅にでる者に任せるべきだ。そして何より楽しそうだった。
「アルは旅の経験は」
「それなりに。15の時に一人で生きる辛さを知れと城から出されたことがある。いろいろなところを旅した。辛いことも多いが、やはり楽しかった」
ベレヌスはアルロの父親 アスガル王の人柄を気に入った。しかし、そのアスガル王はこの世を去っている。
ベレヌスは刷毛を動かしながら、横目でアルロをみた。刷毛を楽しそうに動かすアルロにため息をついた。横から聞こえきたため息にアルロは刷毛を止める。
「なんだ」
「なんでもない。あとそこを塗れば終わりだな」
「あぁ、ベレンも旅の経験ありそうだな」
「それなりに」
ベレヌスは壺の底を覗き込み、残量を確認しつつ答える。アルロは最後の1列に刷毛を通すと立ち上がり、腰を伸ばした。
「いい感じだな」
「十分だろ」
満足そうに、木洩れ日に照らされた茶色の船たちを見渡す。
明日には乾いているだろうと、2人は道具を片付けようと振り返った先でダグザが腕を組んで立っていた。その顔は不満がありありと浮かんでいた。
「いかがしました、ダグザ殿」
「どうした、ダグザ」
嫌な予感を抱きつつ、声をかけるベレヌスとアルロの横をダグザは通り過ぎる。腕は組んだままだ。
ベレヌスは静かに足を後ろに下げ、また下げる。その様子に気が付いたアルロも同じ行動をとる。ダグザはしゃがみ込み船の側面を職人の目で観察している。4歩足を下げたころ、ダグザが勢いよく振り返った。
「なっとらん!」
「何がだ」
アルロは苦笑いを浮かべながら、ダグザに問いかけた。何がなっていないのか、わかっている。
「塗り方以外に何がある!」
「しかしだな。目立たなければいいんだ、これで十分だろ」
話をしようとするアルロをおいてベレヌスは、まだ足を下げる。
(これ以上の作業はごめんだ)
「ベレン、逃げるなよ」
アルロから3歩離れたところで、アルロの背から声がかかった。ベレヌスは両手の壺を床に置き、腰に手を当てた。
「俺を巻き込むな」
「私を巻き込んだのは、ベレンだろ」
染色を始めたのがベレヌスであることを理由に出す。ベレヌスは口を歪めると首を振った。
「勝手に巻き込まれに来たんだ」
「仲が良いのは良いがな・・・・・・こっちにこい」
ダグザの低い声にアルロは3歩下がった。ダグザは
(無視とはいい度胸じゃ)
と職人魂に火をつけた。逃げるのかと思われたアルロはベレヌスの肩に腕をかけ、ダグザの前に来た。ダグザは目の前の2人の仲の良さに驚きつつ、指示を出した。
(にしても、アルロには砕けた話し方だな)
会議で受けた印象と違うベレヌスの姿に、ダグザは小さく笑う。そして、自分にもそのくらい砕けてほしいと後で願うかと髭を撫でた。
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