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2章:南のエルフの館

南のエルフの館

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 目が覚めた時アルロは慌てた。すぐに体を起こし、ここが南のエルフの館だと気が付いた。クヴァシル卿に挨拶に向かおうとベッドから足を下ろしたが痛みで情けなく蹲った。それを様子を見に来たヒャルゴに見つかり、目が覚めたと知らせを受けたクヴァシルのほうから部屋に赴き、挨拶となった。

「クヴァシル卿、お久しぶりにございます。この度はありがとうございます」
「気にするでない。それよりも遅くなってしまった」
 額に金鎖をつけるの高貴な男は目を伏せた。アルロは頭を下げるだけで、何も言葉が出なかった。国がほろんだという実感がいまだに持てていないというのも原因なのだろう。
 
「2日後にデドナンの者もやってくる。そこで現状と次に何が起きるかを話し合う。そのような体のところ悪いが参加してくれるか」
「是非に」
部屋から去るクヴァシルにアルロはずっと気になっていたことを聞いた。
「なぜ、我々の国が闇の軍勢にやられているとわかったのですか」
「予知したものがいたからだ」
それだけ言うと休め、という言葉を残しクヴァシルは去っていた。
(予知したものがいる?予知はヴォルバの血がなせるもの。デドナンの王が予知し、南のエルフに伝えてくれたということか。礼を言わなくては)
アルロは会議とあったことのないデドナンの王に会うために傷を癒そうと目を閉じた。



 その頃、ぼろぼろの姿の男が南のエルフの館を訪れた。幽鬼のような姿に警備兵は弓をつがえる。クヴァシルより警戒を強めよというお達しもある、怪しきものは排除するのみだと弦を引き絞る。
 矢に狙われている男はフードを取ると、胸に手を当てた。矢に狙われていることなど、気にした様子もない堂々とした佇まいに何者だと兵たちの指に力が入る。
「デドナン国、宰相家次男ベレヌス。お呼びにより参りました」
兵は顔を見合わせ、汚い男が本当にデドナンの宰相家の者かと訝しんだ。
「少し待て。伝えてまいる」
ひとりが確認に行こうとしたとき館のほうからガサガサと何かが近づく音がした。
「おぉ、ベレヌスではないか」
ドンナトールが軽快な笑い声を上げながらベレヌスに近寄ってきた。ベレヌスは笑顔を浮かべ小さく頭を下げた。兵たちはドンナトールの様子から本物だと判断し、各々獲物を下げた。
「お久しぶりです。ドンナトール様」
「堅苦しい挨拶はよい。ささ、旅の汚れを落とすとしよう」
ドンナトールの言葉に苦笑しながら頷き、警備兵と木々に潜む兵士を見渡した。
「急いできたとはいえ、このような格好で申し訳ありません。入らせていただきます」
そう一言、放ったベレヌスは先を歩くドンナトールに続いた。

 木々から降りた兵士は戸惑いと疑心の表情で弓兵に近寄る。
「あの男、我らのことにも気が付いていたのか」
自然と共存し協力し合うエルフが木々に潜んでいるところを悟られるなど、信じられない出来事だ。誰もが驚いていた。
「しかし、なぜ1人なんだ」
御者も着けず宰相家の次男が一人で来るなどただ事ではない。トゥア国のこともあった。今、この世界で何が起ころうとしているのだとエルフたちは顔を見合わせた。

 ドンナトールは1人できた理由をどう尋ねようか考えていた。クヴァシルの要請に国王でも宰相でもないベレヌスが来た。つまり、国元で何か起きた可能性が強い。
「ドンナトール様、なぜ私が1人かお尋ねになりたいのですよね」
「そうじゃ」
「ラヴァル様と兄ボルトルが死にました」
ベレヌスは淡々と答えたが、ドンナトールは淡々とはいかない。足を止め、ベレヌスを振り返る。何があったかと問いかけようとしてやめた。
(わし、一人で聞く話ではない)
 
「クヴァシル卿を含め話を聞きたい。急ぎ湯あみと着替えを済ませ」
「はい」


 「ドンナトールから話は聞いたが、一体デドナンになにが起こった」
湯あみを済ませ、持ってきた謁見用の濃紺の正装着を身に着けたベレヌスをエルフは案内した。連れていかれた東屋はきれいなバラが咲く幻想的なものだが、揃う顔は切羽詰まっている。
「ラヴァル様とボルトルは周りの言葉も聞かず、遠乗りに出かけ闇の手の者によって殺されました。愚かなことです」
「・・・そうか」
クヴァシルとドンナトールはちらりと視線を交わらせた。
「お主の言葉を無視したのか」
「私の言葉など、もとより聞きません。私は忌み嫌われておりましたから」
ベレヌスの言葉にドンナトールが思わず立ち上がった。数回しか訪れたことがないが、賢王ではないが偏見などするような人間には見えなかった。そして、何よりベレヌスのことを忌み嫌うなどおかしなことだと憤った。
「まさか」
「王家の血がわずかに混じる程度の宰相家に血の力の濃いものが生まれ、予知をもたらす。焦燥にかられ、気味悪く思うのも当然かと」
ベレヌスの言葉にドンナトールは重くなった腰を元の場所に沈めた。
「しかしのぉ」
「なのでいつも私は父に上奏し、宰相である父からラヴァル様に伝えてもらっていました。この前の予知の知らせも私の無断の行動です。ばれて5発ほど殴られましたが」
クヴァシルとドンナトールはいろいろな情報に頭を抱えたい思いだ。そもそもベレヌスの予知の力は忌み嫌われるものではない。その予知による影響と恩恵は大きいはず、無視するなど愚かしいことなどヴォルバの血を引く王なら知っていて当然だ。
殴るなど言語道断。予知はその者を疲弊させる、体を案じてしかるべき。それを殴るなどとありえない。

 知らせるのは酷かもしれないがと、クヴァシルは目を伏せ口を開いた。
「トゥア国は間に合わなかった」
「そうですか」
目を伏せるベレヌスは拳を握りこんだ。
(自分がもっと早く予知していれば)
 不甲斐ないと唇を咬むベレヌスの頭をドンナトールは優しくポンポンと叩く。ベレヌスは力なく笑いかけ、クヴァシルのほうを見た。クヴァシルも優しく微笑んでいた。ここにはベレヌスを忌み嫌うものはいない。
「ベレヌス、お主のおかげで生き残った者がおる」
ベレヌスは驚きドンナトールを見る。
「ドンナトールは嘘をついておらんぞ。その者を含め2日後に会議を開く」
クヴァシルの言葉にベレヌスは頷いた。
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