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1章:闇に殺された国

脱出

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 はじき出されるように出た外にオークの姿はなかった。ダグザたち3人はほっと息をつく。見上げた空は絵の具を均等に塗ったかのように灰色の雲に覆われている。3人がアスガルに案内されてきた時とは全然違う世界が広がっていた。
「あれほど美しかった庭も空のないのか」
「アスガル殿・・・・・・」
 
「急ぐぞ」
 3人は続いて現れたアルロの呼びかけに斧を握りしめる。アルロを先頭に外殻塔を目指す。10mという距離が遠かった。そこらから異様な気配が感じられた。そしてついに来てしまう。
「来たぞ」
 アルロは目を向けることなく警告し、なおも走る。ここで戦ってもなんの利益も生まない。早くこの城からこの国から出なくてはならない。それ以外に助かる道はない。
 外殻塔に滑り込み、振り返れば左5mのところにオークが8体いた。オークは大きな鼻を引く尽かせ4人のほうに首を向けると雄叫びをあげる。アルロは入っていないゴヴニュの髪を掴み、中に引きずり込むと石戸を下ろす。石と石がぶつかる音が痛いほど響きわたる。おそらく雄叫びと石の音でさらに敵が寄ってくる。その前になんとか逃げなくては。

「行くぞ」
 ダグザ、ドルドナは頷き、ゴヴニュは顰めつつ頷いた。髪を引っ張ることはないだろうと不満を覚え、ゴヴニュはアルロの背を見る。その背は血で色を変え、土や泥にまみれ敗れている。
(あれだけの怪我で走り、俺たちのことも考えているだけで充分か)
流れてくる血の匂いにゴヴニュは目を少し伏せた。
 どたばた、と筒状の外殻塔に響く音にアルロが敵に的確な場所が知られると注意しようと目を送るがやめた。外殻塔の階段は1段が高くダグザたちドワーフは跳ねるようにあがるしかないようだ。アルロは仕方がないと階段を駆け上がる。

 最上部にたどり着きと壁に背を当て、外の気配を伺った時、アルロはアストリの腕輪が風を纏ったような気がした。目を向けるが何の変化もない。
銀に絡みつく線の意匠と澄んだ碧石がはまっているだけだ。上着を引っ張られアルロは下を視線を動かせば、ダグザが心配そうに見ていた。
 訝し気に腕輪を見るアルロが気になるが、今は逃げることが先決だとダグザは引っ張ったのだ。
「すまん。しっかりついてきてくれ」
 アルロは塀の影から飛びだした。南棟に向かい塀を走る。
ガシャン ガシャンという甲冑が奏でる金属音が後ろから聞こえてくる。4人は速度を緩めず後ろを伺う。様々な形、色の甲冑をつけた大型のオークが向かってきていた。
(あれはうちの兵士の篭手、頭と足はデドナンか。くそ!)
アルロは大型オークを迎え撃ちたくなる衝動を抑える。短気は損気だ。
(今は時ではない)
仲間を人間を殺した者を打ち取りたい思いを抑え走る。
 次の外殻塔に迫った時、オークが湧き出した。アルロとダグザたちはすぐに足を止め互いに背中を合わせ、武器を構える。

「戦うしかないようだの」
「そのようだ」
 焦らすかのようにゆっくり歩み寄ってくるオークに唾を送りたくなる。4人は圧倒的に不利な状況にじりじりと足を踏みしめることしかできない。
(何とか無駄な戦闘をせずに切り抜ける方法はないのか)
アルロが迫る危機に打開策を生み出そうとしている時、再びアストリの腕輪が異変を起こした。
 腕輪は風を纏いアルロを塀の外に導こうと引っ張る。塀の外は谷底だ。待っているのは死ではないかとアルロは舌を打つ。しかし、今は藁にもすがりたい。眉唾物だと思っているアストリの腕輪にもすがりたいとアルロは敵を牽制しながら移動する。それに従い3人もきちんと移動してくれる。
 アルロは塀の外に目を見開いた。
「あれは!?」
谷の向こうから自分たちに向かってくる大きな黒い飛翔物が見えた。

 アルロの声にダグザたちは何だと気になるが、背の低いダグザたちには塀の向こうは見えない。アルロに何が見えたか聞こうかとしたダグザを、うれしそうな目でアルロが振り返る。
「行くぞ!」
「は?どこにっ!?」
 ダグザは突然、腕を掴まれ固まったが、自分の体が浮く感覚に咄嗟に近くのものを掴んだ。それはゴヴニュの髭だった。ゴヴニュもまたドルドナの腕を掴んでいた。
4人の体は塀を飛び降り空中を舞った。急な浮遊感ののち一瞬止まったかのような感覚を覚えたがすぐに急降下がやってきた。吹き上げる峡谷の風に皮膚がドワーフたちの自慢の髭をぐちゃぐちゃにする。
「気でも狂ったか!」
「ははは、着地に備えろ!」
「着地だと!?グヴェッ」

 蛙が潰れたかのような声がくぐもってアルロの耳に聞こえた。アルロは降り立ったフカフカの上で態勢を直し、前に視線を向けた。
「感謝します、ドンナトール」
「お前さん以外にもおるとは思わんだ。まぁドワーフならば重さも大丈夫じゃろ」
大きな鷲の首あたりで白く長い髭をなびかせた年寄りは呆れた声で笑う。そしてアルロの姿を見て2度目のため息をつく。
「あやつらが泣く姿が浮かぶわ」
「ヒャルゴ達ですか。それにしてもあなたがここへ。ヒャルゴ達が着くには早すぎる」

「訳は行く行く話してやるから、3人を助けてやらんか」
ドンナトールの言葉にアルロは後ろを見た。鷲の羽毛は深くドワーフではなかなか身動きが取れず、落下したままの状態だったのだ。
「なにしてるんだ」
アルロは足を掴み、引っ張り出す。ダグザたちは不機嫌そうにアルロをみた。
「言葉が足らんぞ」
「そうだ。急に飛び降りよって」
「髭が抜けたらどうする」
 アルロは気まずそうに頭をかいた。確かに言葉が足りなかったかもしれないと反省するが、ゴヴニュの言葉には首を傾げた。
「髭を引っ張ったのは私ではないだろ」
 
「そういうことを言っておるんじゃない!」
ダグザの怒鳴り声が明るくなっていく空に響くことなく消えた。


 
「では、クヴァシル卿は異変を察知しておられるということですか」
「南のエルフの地にもオークが出現し始めた。それでわしが空から様子見をして居ったら見知った顔が項垂れておってな」
 アルロは無事に国境に着いていることにほっと息を吐きだす。そして、離れていく都にアルロは立ち上がった。
「アキルス!」
「安心せい。わしがお主を迎えに行くといった瞬間、ヒャルゴのやつがならばと回収しに戻っておったわ。時間的に国境に戻っておるじゃろ」
 アルロは今度こそ体から力を抜いた。気が抜けて霞始める目に指で強くこめかみを抑える。ダグザが鷲の羽毛をかき分け、アルロのそばに移動してきた。
「少し寝たらどうだ」
「いや、大丈夫だ」
「何が大丈夫なのか、聞かせてほしいもんだ。もう安全なのだろう?休め」
ダグザは呆れ、アルロの目の上に手を置いた。職人のごつごつとした手は、この寒空の下でも暖かく、アルロの緊張をほぐす。何かもごもごと言った様子のアルロだが、はっきりとした言葉にならず、ただの寝息に変わった。
「やっと休んだわい。感謝するぞ、アルロ」


 灰色の不気味な空からぬけ、完全な青空の下に出た。ダグザたち3人は久しぶりの青空に手を広げた。いくら鉱山育ちの穴倉暮らしの種族とはいえ、あの空間は苦痛だった。嬉しそうな3人の様子にドンナトールは、優しそうに微笑む。そして、少し先に見上げるヒャルゴの隊が見えてきていた。

「殿下!」
降り立った鷲にヒャルゴたちが駆け寄る。この騒ぎの中、アルロは目を覚まさず、深く寝入っている。ダグザたちが手を貸し、アルロを鷲の背から降ろす。
 持っているもので手当てを始めるヒャルゴたちにダグザたちは頭を下げた。
「アスガル殿だけでなくアルロ殿にも助けられた。礼を言う」
「陛下に・・・・・・では」
 ヒャルゴたちの目が陰る。わかっていたとはいえ、心が悲鳴を上げる。優しく、暖かな国王はこの世を去った。そして国はなくなったのだと知らしめた。

 嘆きの表情を浮かべるヒャルゴの下からうめく声が聞こえた。ヒャルゴたちはしゃがみ込みアルロを見る。少し目を開き、焦点が合っていないような眼がヒャルゴの視線が交わった。
「・・・・・・泣きそうな顔をしてどうした?」
 ゆっくりと伸ばされたアルロの手がヒャルゴの目元を撫でる。ヒャルゴは目に溜まりあふれるものを我慢して、力強い笑みを浮かべる。
「なんでもありません。それよりも! 無茶をしすぎです!」
「心配をかけたようだ。・・・あとは任せてもいいか」
「えぇ、お任せください」
小さく笑い、謝るアルロの手を握りヒャルゴは安心を返した。その返事を聞きアルロはまた目を閉じた。
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