【平日19:30更新】神の剣~ミスガルド11世紀の戦い~

ジロ シマダ

文字の大きさ
上 下
1 / 33
1章:闇に殺された国

闇に滅ぼされた国

しおりを挟む
 太陽暦11世紀
 再び滅びの時が中央世界を飲み込もうとしていた。

「殿下!」
 驚きと悲しみに満ちた声が1人の男を呼ぶ。
呼ばれた男は返事を返すことができず、呆然と立ち尽くし目の前の惨状を見ていた。中央国の北西に位置する風の国トゥア国は燃えていた。村の家々だけでなく森、草原、道端の雑草まで燃やし尽くされ、煤のみが残されている。
「いったい何が」
トゥア国の皇太子アルロは秘書官と護衛兵数名を連れ、隣国である豊かな国グロッティに赴き、グロッティ皇太子誕生を祝ってきたのだ。
そして4日しか経っていないのにもかかわらず、国はめちゃくちゃに破壊されていた。だれも彼もが目の前の光景を理解することができない。

 —寒い北の大地で暖かく和やかに過ごす民
 —小さく咲き乱れる花
 今は何もない。
 ただ黒い煤と燻る煙が32人を迎えている。


 呆然と立ち尽くすアルロだったが隣に立つヒャルゴの表情に、我に返る。そして目を閉じ心を静めた。
(落ち着け。私は王太子だ。民を配下を守らねばならない)
「城にいくぞ」
アルロの静かな声は呆然と悲しみと絶望に沈んだヒャルゴや兵士の脳を討つ。視線がアルロに集まる。それを見つめ返すアルロの目には哀傷の夕暮れの影があった。
夜明けを抜き取った力強く落ち着いた琥珀の瞳はない。
アルロは眉尻を下げると前に視線を戻し、落ち着かない様子の愛馬アキルスを撫で跨る。その背をヒャルゴは見上げた。
(このような時まで王族であられずとも)
とヒャルゴは心を痛めると同時に同時にアルロに感謝した。沈みあきらめかけた心を立ち直らせてくれた未来の王に感謝する。配下たちの馬の嘶きと鎧の金属音にヒャルゴも気持ちを切り替え馬に跨った。
 ヒャルゴが後ろの配下を振り返れば、真っ直ぐ前を向いていた。どの兵士の目にも恐怖と哀傷があるが、アルロの背をしっかり見ている。ヒャルゴも顔を前に戻すと黒に消されたトゥア国の台地を睨みつけた。



 —暖かな色を意匠を施した石造りの街
 —岩山を削り出した幻想の白き城
 これらもまた煤で姿を変えていた。白き城というのが嘘のようだ。
城に戻るまでの村々を確認したが民はだれ一人おらず、わずかに残された赤黒い跡がアルロ達に絶望を突きつける。城下町も同じ惨状だった。いつもなら、門に立つ憲兵もない。門は破壊され崩れ落ち、石畳にはクレーターが作られ家々はまだ燃えていた。
「誰かいないか! いたら返事をしろ!」
アルロは声を張り上げる。敵対する者が近くにいる可能性もあるが、今は生存者を見つたい。
しかし、黒き都に姿を変えた場所からは何の音も帰ってこない。

 —人の声
 —鳥の声
 —風の音

 本当の静寂がアルロ達を包み込んでいる。
異様な静寂は心をかき乱す。警戒し、剣を握る手に汗がどんどんと滲んでいく。

 アルロ達は緊張の中、最奥の白き城にたどり着く。リンゴの木が描かれていた大門は塀ごと形を失い大きな瓦礫が転がっている。大門があったはずの場所を超え、城内に足を踏み入れた。
 燃えた城だが、街よりは形を残していた。アルロは城から気配を感じた。生存者かと期待したが、城に近づけば気配が濃くなると同時に違うことに気が付いた。
人というには禍々しく、どろりとした気配だ。その気配はアルロが気配の正体を考える間に増していく。アルロはルーン文字が刻まれし剣を抜き放った。剣を抜いたアルロにヒャルゴが守るように構えたが、アルロの手によって後ろに追いやられた。
「なにを!」
アルロの行動にヒャルゴは抗議の声を上げる。
「静かにしろ。いいか、すぐにここから離れるんだ。南のエルフ、クヴァシル卿の助力を乞うんだ」
ヒャルゴはアルロがひとり残るつもりだとわかった。
(止めなくては)
と口を開くヒャルゴの肩に手が置かれた。ヒャルゴが自分のことを守り、着き従ってくれようとしていることはアルロも理解していた。
「アストリの腕輪を取ってくる」
「私も」
「だめだ。お前はほかの者を導いてクヴァシル殿にトゥア国のことを伝えよ」
「しかし!」
アルロは肩に置く手の力を強める。
「ならばグロッティの国境で待ていろ。もし半日待っても私が来ないときはお前達だけでいくんだ」
ヒャルゴだけでなく兵士たちも息を引きつらせた。ヒャルゴは反論したかったが、アルロの眼力に声を出すことができない。
「戻ることは許さない。決してだ」
自分を射貫く琥珀の瞳の瞳にヒャルゴはこれ以上は逆らえないとわかった。しかし、それでもヒャルゴは嫌だった。幼い頃より一緒に過ごし、切磋琢磨し絶対にお守りするんだと決めた主人を置いて行けというのか。
「ヒャルゴ」
なおも返事を返さないヒャルゴにアルロは優しく呼びかける。ヒャルゴは噛み締めていた力を緩め、目を伏せた。そして、左手を心臓近くに添え、頭を下げた。兵士たちもそれに続く。アルロは安心したように微笑んだ。

「すまない」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

実はスライムって最強なんだよ?初期ステータスが低すぎてレベルアップが出来ないだけ…

小桃
ファンタジー
 商業高校へ通う女子高校生一条 遥は通学時に仔犬が車に轢かれそうになった所を助けようとして車に轢かれ死亡する。この行動に獣の神は心を打たれ、彼女を転生させようとする。遥は獣の神より転生を打診され5つの希望を叶えると言われたので、希望を伝える。 1.最強になれる種族 2.無限収納 3.変幻自在 4.並列思考 5.スキルコピー  5つの希望を叶えられ遥は新たな世界へ転生する、その姿はスライムだった…最強になる種族で転生したはずなのにスライムに…遥はスライムとしてどう生きていくのか?スライムに転生した少女の物語が始まるのであった。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

Another World〜自衛隊 まだ見ぬ世界へ〜

華厳 秋
ファンタジー
───2025年1月1日  この日、日本国は大きな歴史の転換点を迎えた。  札幌、渋谷、博多の3箇所に突如として『異界への門』──アナザーゲート──が出現した。  渋谷に現れた『門』から、異界の軍勢が押し寄せ、無抵抗の民間人を虐殺。緊急出動した自衛隊が到着した頃には、敵軍の姿はもうなく、スクランブル交差点は無惨に殺された民間人の亡骸と血で赤く染まっていた。  この緊急事態に、日本政府は『門』内部を調査するべく自衛隊を『異界』──アナザーワールド──へと派遣する事となった。  一方地球では、日本の急激な軍備拡大や『異界』内部の資源を巡って、極東での緊張感は日に日に増して行く。  そして、自衛隊は国や国民の安全のため『門』内外問わず奮闘するのであった。 この作品は、小説家になろう様カクヨム様にも投稿しています。 この作品はフィクションです。 実在する国、団体、人物とは関係ありません。ご注意ください。

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...