【完結】6代目総長

ジロ シマダ

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尊の過去

繋がった

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 「思い出したのですか」
 「断片的にだけど・・・・・・俺を誘拐した男は」 

思い出さなくてもよい記憶を思い出したことに、隠岐おきと黒木は辛い表情を浮かべる。

 「それが男の姿はなく、血だけが残されていました」
 「・・・・・・殺されたはずなのに」
隠岐おきはやはりたけるの意識がある間に殺されていたかと苦い顔をした。

 大人になったたけるは『殺す』、『殺された』にそこまで抵抗がない。このような世界にいれば当たり前だ。しかし小さいたけるに人が死ぬ光景はどのように映ったのか想像するだけでも悲しい。その時の記憶がよみがえったということは、その時の感情もよみがえっただろう。
 脳と心が拒絶した光景と感情はいま目の前にいるたけるをむしばんでいる。隠岐おきは手を握りこんだ。

 「あの時・・・・・・あの時」

沈黙が続く空間にたけるがつぶやくような声を出した。

 「確かに誰かいたんだ・・・・・・絡みつく声を俺は知っているはずなのに」

 耳をふさぐように椅子の上で小さく鳴るたける隠岐おきも黒木も抱きしめた。今のたけるは幼いころ、誘拐されたときのたけるなのだと思った。ずっと忘れたままでいてほしかったと2人は思った。苦しまずに済んだはずだと。

 「若、ここ最近忙しかったでしょ。ゆっくりしませんか」
 「そりゃいい」
 たけるは黒木の提案と賛同する隠岐おきの声に顔をゆっくり上げる。突然の提案に混乱している頭が追い付かない。ただ2人の親切と真心だと理解できた。たけるの目は潤む。

 「そうしましょう、若」
黒木の再度の提案にたけるはどう返事をすればいいのかわからない。一番の心配は組だ。自分が休んでいる間にさかえひじりが馬鹿なことをしないか、大国組が動き出さないかといろいろなことが頭を駆け巡る。

 「い、いいのかな。組はどうしよう」
 「大きなことはしないように指示を出して、湖出こでに仕切らせましょう。何かあれば連絡するようにあいつに指示を出しておけば問題ないと思いやすよ」

 たけるは少し考えた後、隠岐おきの提案に頷いた。今の自分は迷惑にしかならないと幹部、組員に心の中で謝りながら目を閉じた。鈍く痛む頭はそのままだが、信用できる人がいることでたけるは少し楽になった気がした。



 湖出こでに指示を出し、休養を取り始めたたけるは記憶に精神を蝕まれた。考えないようにしてもやはり、頭に浮かぶ。まるで思い出せというように。たけるは情けない自分に膝を抱え、本邸の庭を眺めた。

 「これでは休ませてもらっているのに意味がないよな」
たけるは縁側に寝そべる。心地よい温かさがたけるを照らす。解決しない悪夢で寝不足であるたけるの体は睡眠を求めている。温かな日差しの中、たけるの瞼が下がる。

 「どうせ・・・・・・」
悪夢で目が覚めるのにというぼやきが続くことなくたけるは睡魔に身を預けた。



 お茶を運んできた黒木は縁側で横になるたけるが規則正しくわずかに動く姿に引き返した。途中で隠岐おきたけるのもとに行こうとするのに声をかけて2人で一番近い居間でお茶にする。お茶といっても明るいものではない。

 「どうでしょう」
 「こればっかりは総長の脳と心の問題だ」
腕を組んで頭を悩ませる男が揃う居間に還田かんだが顔をのぞかせた。

 「総長は」
 「縁側で寝ておられる。落ち着いたか」
 「へい。で総長のほうは」
 還田かんだは八部事件以降、傘下が増えいろいろと動き回っていた。本来であれば、すぐにでも駆けつけたかったが、たけるの命令がある以上、傘下の手綱をしっかりと握る必要があった。素早くかつ無理やり完了させてやっと本邸に来ることができた。たけるの様子を見ようと思っていたが、休んでいるならと黒木の横に腰を下ろした。
 しかし、すぐに腰を上げることになる。黒木の携帯電話が激しく振動し緊急事態を知らせた。



ーーー
 眠りに落ちた尊は案の定、悪夢を見る。しかし、慣れてきているのか以前ほど慌てず、過去だとすぐに理解できていた。いつものように赤い水たまりが色が変わっていく光景を見ながら目が覚める。

 「はぁ・・・・・・前より頭に混乱がないことは良いことなのかな」
起き上がった尊は自分に苦笑する。

 胡坐をかいた尊の横で携帯が着信を知らせた。携帯電話を手に取り画面を確認する。珍しいことに警視庁の山戸からだった。珍しいことに尊は少しばかり不審感を覚える。

 「もしもし、神林です」
 『山戸です』
 「どうしましたか」
 『いえ、最近はどうしているのかと思いまして』
尊はすぐに要件を察した。おそらく、神林組の6代目総長が休養中という情報が耳に入ったのだろう。尊が制御していない神林組がどういう動きをとるか、尊の休養はいつまで続くのか。警察も気が気でないことのだろう。

 「働きづめでしたので少し休んでおります」
 『確かにせわしなく色々起きましたね・・・・・・それでですが』

聞きづらそうに尻つぼみになる山戸の言葉に尊はやはりかと思う。  

 『いつまで休養を取られるのでしょうか』
 「そうですね・・・・・・あと1週間ほどでしょうか」
 尊自身は明日にでも休養を取り消したい。しかし、迷惑をかける可能性や黒木たちが納得しないことを考え返答した。黒木たちからすればそれも短すぎると文句を言うが。

 『わかりました。ゆっくり休んでください』
 「ありがとうございます。では失礼します」
尊はいつものように山戸が電話を切るのを待っていた。


 『失礼します。また・・・・・・会いましょうね』


 尊の心臓が大きく脈打つ。携帯電話が尊の手からポロリと滑り落ちる。手を不自然に上げたまま尊の目は見開かれている。体が固められたように動かなくなっていた。
 尊が息苦しさに意識を戻したときには遅い。呼吸がうまくできない。必死に酸素を吸い込もうとするが体は尊の言うことを聞かない。喉を押さえてうずくまり、必死に息をしようともがく。
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