【完結】6代目総長

ジロ シマダ

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尊の過去

こびりついた記憶が浮き上がる

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 むせかえるような血の匂い。少し開けた扉から香るその匂いに隠岐おきも黒木も警戒を強め、鉄扉に隠れる。中を静かに覗き込んだ隠岐おき、黒木は扉を飛び出していた。酸化により赤色ではなくなった血の水たまり。その横に倒れている小さな体。
 嫌な想像が脳内を駆け巡る。隠岐おきはすぐにたけるを抱き上げた。

 「若! 若!」
 たけるは目を開けない。隠岐おきは震える指を口と鼻の前に運ぶ。かすかに感じることができる空気の流れにたけるを抱きしめた。
 「頭! 若は!」
 「大丈夫だ! だが、熱にやられている、病院に行くぞ!」
 「へい!」
 「総長に連絡して、後始末をしてくれるよう頼め!」

隠岐おきたけるを抱えて車へ移動する。進志しんじに連絡する黒木が続く。2人はたけるが生きていて嬉しかった。しかし、無事とは言えないたけるの姿と人のいない血の水たまりに不安が募る。

 「・・・・・・若」




 たけるは夢を見ていた。何度も何度も衝撃を受けた光景を復習するかのように。
 進志しんじの返事に気をよくした男はにやにやと笑いながら、たけるを見下ろす。たけるは神林組に迷惑をかけたことが悔しく下唇をかんで耐えた。これで組員の生活が辛くなったらと、そればかり考えていた。男はそんな様子のたけるが面白くなかった。助かることを喜ぶこともせず、拒否ばかりし続けたたける。子供らしくないたけるに、まるで馬鹿にされているような気さえしてしまう。

 男は思いのまま、安直にたけるを殺そうと考えた。
 
 「金さえ手に入れば問題ない」
そういいながら銃口を向ける男をたけるは睨み返す。死ぬことは怖い、でもそれ以上に男が許せない。屑く以下の男に神林が愚弄されたこと。そして誘拐された自分が許せない。銃口を向けても嘆願たんがんも混乱も見せないたけるにいよいよ面白くない。はじける音が倉庫にこだました。
 たけるは後ろに倒れていく男の姿に何が起きたのか理解できずに目を見開く。地面に倒れ、もがく男は銃を持った腕を上げた。そこにさらに銃弾が撃ち込まれた。それは1弾ではなく、2弾、3弾と続く。撃ち込まれるたびにたけるの目に血がうつる。

 たけるは衝撃的な光景に目を閉じることもできなかった。動かなくなった男から広がる赤い血の匂いに意識が遠のく。何が何かわからない。ただたけるは今見たものを否定した。否定しながら意識をブラックアウトに近づく。

 「困るんだよね。たけるちゃんをこんなにも傷つけて」
血に交じる甘い香りと聞こえた声はたけるの深層にこびりついた。

ーーー



 尊は目を覚ました。白い天井に病院だとぼんやり思う。ゆっくり体を起こし自分の手を確かめた。大人の手だと、息をつき左手を右手で握りこんだ。


 「夢・・・・・・じゃない」
 尊は体感しているような感化の夢を頭を抱えて思い出す。今まで鮮明に思い出すことができなかった倉庫をはっきり思い出すことができた。尊は今にも死にそうなほど青ざめた顔で頭を抱え続けた。扉が静かに開く。尊はゆっくり顔を扉へ向けた。そこにはとひどい顔をしている黒木が震えて立っている。

 「若! よかった目が覚めたんですね」
 駆け寄ってくる黒木に尊は倒れたのかとそこで気が付いた。自分が午後から何をしていたのか思い出せないことにも気が付いた。わからないことに気持ち悪さを感じ尊は顔をゆがめる。

 「いつ倒れた」
 「警視庁から出たあと、車の中で」
 「警視庁・・・・・・そうか」

 尊はベッドに背中を預けた。黒木は尊の顔色におろおろしている。尊は夢が正しいかどうかを確かめたいと黒木に目を向けた。当時、自分の世話をしていたのは黒木と隠岐。そして夢の中で聞いた声は隠岐の声だった。

 「隠岐さんは」
 「わかりません。呼べばすぐに来られるかと」
 「呼んで・・・・・・本邸に帰る」
 尊は体を起こすと床に足をつく。鈍く痛む頭が視界を揺らす。尊は咄嗟に右手で黒木の腕を掴んだ。尊の様子に黒木はこのまましばらく休んでもらいたいと思う。しかし、何かわけがあるのだろうと諦めた。
 黒木は身長差で尊に負担をかけると、廊下に立っている木下、橋を呼びつける。  

 「橋、若に肩を貸してさし上げろ。木下、服を持ってくれ」
 「へい」

尊は橋に申し訳なく思いながら体重を預けた。橋はその重さに、尊が自分の体を支える気力がないのだと気が付く。橋は顔をゆがめた。
 尊は病室から出てみたことない場所だ思った。黒木たちが慌てふためき、近くの病院に駆け込んだことがわかる。心配をかけたなと尊は目を伏せた。



 隠岐は黒木からの電話を切ると、すぐに本邸に駆け付けた。尊の部屋にいつもの態度を意識しながら隠岐は入る。椅子にぐったりと背中を預ける尊。斜め前で心配そうな顔で立っている黒木が隠岐を出迎えた。
 
 「総長、遅れて申し訳ありません」
 「突然呼び出してすいません」

 ぐったりとした尊の顔が正面を向き、その顔色の悪さに隠岐は焦燥にかられる。隠岐は尊の脳に負荷がかかっているのではないかと検討をつけた。

 「隠岐さんと黒木に確認したいことがある」
尊は話すことも億劫で隠岐に対する敬語もやめてしまったが、隠岐はそんなこと気にしない。

 「俺が小さいころ、何度か誘拐されていたよね」
 「はい」

 「夏の・・・・・・夏のあの、倉庫に繋がれた・・・・・・誘拐はあったことなのか」

隠岐も黒木もすぐに返事ができず尊を驚愕の表情で見た。
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