【完結】6代目総長

ジロ シマダ

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見合い

冷徹が艶めく

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 八部組は誰も生きていなかった。もちろん、八部桜も・・・・・・

 マスコミであふれる富山県警。そこに神林組総長の姿があったがマスコミはそれに気が付かなかった。尊は警視庁に訪れる格好をしている。誰も裏側の人間だと気が付くはずもない。県警の建物に入り、受付に座る男性に黒木が声をかけた。

 「八部桜さんのご遺体はどちらに」
 「あなたは」
 「黒木、まずは名乗らないと。警戒されているぞ」

 黒木の言葉に不審な目を向ける受付の警察官に尊はため息をつく。
 「(時間を無駄にしたくない)」
尊は心の中で舌打ちしつつ穏やかな表情を警察官に向ける。

 「神林尊と申します。そうですね、神林組総長といえばご理解いただけますか」

 受付カウンターで体をぶつけた音を立てながら警察官は立ち上がり、後ろに助けを求めた。尊の声を聞きとめた警察官はどうすればいいのかわからず、固まり動けない。黒木は名乗るほうが警戒されるわなと呆れ顔で警察官たちを哀れんだ。

 富山県警の警察官はまさか神林組総長が乗り込んでくるなど信じられずもう一度目の前に立つスーツを着こなす青年を見た。そして嘘じゃないかと考え始めた。その考えはすぐに顔にでら。
 尊は警察官たちの考えをすぐに察知する。少しずつだが、確実に過ぎる時間。尊は壁時計を見てあからさまな不快感を露にさせた。早く桜のもとに行きたいと尊はどうするべき考えた。そして妙案として、一人の警察官の顔が思い浮かんだ。迷惑をかけるかとためらったが

 「黒木、山戸副総監に電話しろ」

尊の命令に黒木は山戸に連絡するのかと戸惑った。

 「いいんですか」
 「時間がもったいない」

 流れるように自分を捕らえる目に黒木はすぐに携帯電話を取り出しす。黒木は
 「(暇であってくれ)」
と失礼なことを願った。思いは通じたのか、すぐにつながった。

 「神林組、黒木です。現在、富山県警にお邪魔しているのですが」

 黒木が話し出す様子に尊は電話が繋がったのならすぐに解決するだろうと黒木から警察官に視線を戻す。黒木はそのまま二つ、三つ、話すと目の前の警察官に電話を差し出した。

 「山戸副総監だ」

差し出された携帯の向こうの相手の名前に警察官は手を震わせる。
 黒木に視線を向けるが、鋭い眼光で促してくるだけだ。本当に副総監なのかと雲の上の存在に怯える。警察官は覚悟を決めて携帯を耳につけた。


 警察官はまるで魂を口から吐き出すかのような表情で尊に携帯を差し出す。尊は何を言われたのかと若干、愉快に感じつつ携帯電話を受け取った。

 「もしもし、お電話変わりました。神林です。」
 『総長、県警が迷惑をかけたようで申し訳ない』
 「いえ、私の顔など一切表に出ておりませんでしたから仕方ありません。それよりも副総監にお手数をおかけしてすいません」
 『これくらいお安い御用です。なぜ総長が八部桜さんの遺体を』
 「少し縁がありまして」
 『さようですか。では』
 「ありがとうございました。失礼します」


 携帯をきり黒木に後ろ手に手渡す尊は魂が抜けかけている警察官を目を向ける。
 「案内してくださいますか」
 「っ!? ハイ!」




 案内された霊安室はひんやりとし、尊たちに『死』というものを突き付ける。『死』という空間にパイプの簡易ベッド。そしてベッドの上には、なだらかな白い山があった。尊はゆっくり、それに近寄る。真横に立ち白い布を指に挟む。
 白い布を取り払えば死後経過で少し変化した尊の好きな桜の顔があった。側頭部から銃弾を受けていることがすぐにわかった。尊はゆっくりと手を伸ばし、額を撫でた。様々な思いが尊の中を回る。

 「せっかく次の人生が待っていたのに。桜さんの意志のままに」
 「・・・・・・若」
 「桜さんが受けた傷はこの側頭部のみですか」

 警察官は突然、声をかけられ肩を震わせた。顔を遺体に向けたまま、自分を捕らえる目に警察官は縮みあがる。その目は睨みつけているわけでも、怒りを映しているわけでもない。ただ恐ろしい色をたたえていた。
 自分とは決定的に何かが違うと感じる強者の瞳警察官はこれほどに恐ろしく記憶に焼き付くものはないと再び肩を震わせた。

 「そ、側頭部のほかに腹部に2か所、足と胸に1か所ずつ・・・・・・銃弾で」
 「そうですか。教えてくださりありがとうございます」

 尊は目を桜に戻すと頬を優しく撫でる。目を閉じ心から桜の魂に安寧を願った。これ以上、桜が苦しみ、悩むことがないように


 「もし桜さんを引き取るものがいないのでしたら、私に連絡をお願いいたします」
 警察官にそういいつつ、桜をもう一度見る。この世界から離れることができると笑った桜の笑顔を思い出す。この世界から離れる桜とはもう会うことはないと思っていた。それ以上に悲しいものが待っていようとは尊は思っていなかった。




 「若、どうしますか」
 黒木は本部に帰還する車の中で問いかけた。その問いに尊は迷わず答える。
 「決まっているだろう・・・・・・殺す」
刃のように鋭い眼光に黒木は頷いた。黒木としてもそれ以外に考えることができなかった。尊が恋した相手をやられて黙っていられるはずもない。


ーーー

 「さてと、次は石川のあれがどう行動するかだ。尊ちゃんに恋相手はいらない」
薄暗い部屋、東京の街を見下ろし1人の男がそういった。


ーーー

 「若、叔父貴がいらっしゃいました」
 「通して」

 尊は本部で本居に調べさせながら山戸から提供された八部組の被害状況の資料に目を通していた。状況写真からして本当に突然だったことがわかる。
 犯人は1人。裏庭から侵入しサイレンサー付きの銃で組員たちを次々に射殺していったのだろうと憶測する。裏庭の近くに転がる男たちの表情に驚きや恐怖がない。しかし、裏には近くのみ。廊下に転がる男は異常に気が付き駆けつけてきたのか険しい顔のまま死んでいた。
 ただわかることは、犯人が心臓や脳を完全に捉えている腕のある人物だということ。

 「尊!」
 「叔父さん、どうしましたか」
 「八部組が壊滅したことは知っておるのか」
 「知っておりますよ。富山県警にも行きました。それで? なんですか」

久留原は遠慮なしに総長席に近づいていたが、止まってしまった。書類を片手に総長席から自分を見上げる尊の目に御された。久留原は1歩、足を下げたがすぐに立ち直った。

 「どうするつもりじゃ」
久留原は『報復』か『傍観』のどちらかを尋ねたつもりだ。しかし、尊からは違う回答が返ってくる。

 「・・・・・・俺は桜さんが好きだったんですよ」
 「はぁ? なんじゃと!」

久留原は尊の口から飛び出した言葉に詰め寄った。尊は詰め寄る久留原を避けるように背凭れに体を預ける。

 「桜さんはヤクザという世界から離れることを願いました。俺はそれを聞いて諦めました。好きな方の意志を尊重したいと思ったからです。後悔はありません」

 「好きなら物にすべきだ」と久留原は言いかけた。だが言い切った尊に何も言えない。

 「それがどうです? 死んだんですよ。俺の好きな人が、大切な人が死んだ・・・・・・俺は」

言葉をきってうつむいた尊に久留原は恐る恐る聞き返す。
 「お、俺はどうするん・・・・・・だ?」

 「復讐しますよ? 俺の大切なものを傷つけるものは排除する」

顔を上げた尊の目には冷徹の色が鈍く艶めく。久留原はこの時、尊のことを理解していなかったと理解した。久留原は優しく、甘い、年若い総長だと思っていた。例え先代の仇を討っていてもだ。
 普段はあんなにも優しく微笑みを浮かべ、穏やかに過ごす。そんな尊は今はいない。久留原の前にいるのは残虐な笑みを浮かべる報復者。

 総長室から力なく出た久留原の顔は若干色が悪い。久留原は見送りにきた黒木をちらりとみた。黒木はどういう視線かと眉をひそめ、見つめ返す。

 「尊は、尊は先代以上に」

久留原はそれ以上言葉をつづけることはなかった。黒木は何が言いたかったか察し、大きく頷いた。

 久留原は頷く黒木を見ても言葉が出ない。そこへ別の声がかけられた。

 「黒木、総長は中か?」

還田と共に隠岐が手を挙げながら、久留原と黒木のところへ来た。

 「隠岐・・・・・・なにをしに来たんだ」

 久留原は放浪ぐせのある隠岐の姿に少し驚く。尊から何か指示をもらったのかと考えた。久留原の不思議そうな表情に隠岐はハンチング帽を少し傾け答えた。

 「八部組がやられたと聞いて、復讐するかなぁと思いやしてね」
 「同じく」

 「丁度、連絡しようとしていたところでした。若は中です」

 隠岐の言葉に呆けた久留原を置いて、隠岐と還田は総長室に消えた。黒木は久留原をみた。久留原はいまだに呆けた顔をしていた。黒木は当分は使い物にならないかとげんなり顔になる。少し強めに久留原の肩を押し、帰りを促した。




 「総長」
 「隠岐さん、還田。ちょうどよかったです。お二人にお願いしたいことがありまして」
 ノックもなしに入る隠岐と後に続く還田には慣れたもの。尊は普通に向かい入れる。そのままの流れで尊は資料を2人に差し出した。

 「この男を知っていますか」
 「本居のやつ、やっぱ仕事がはえぁな。この男ですか。俺は知りませんね」
 「たぶんですけど石川の輪島組の組長だと」

隠岐は尊の役に立てないと肩をすくめ、還田が弱い声で答えた。尊は知っている男であったことに驚いた。

 「以前、傘下に加わりたいと言われたことがありまして。たしかこの男だったかと」
 「受けなかったの?」
 還田は薄れた記憶を眉間に皺を寄せて思い返す。写真の男よりもう少し肉付きがよかったと記憶していた。写真の男は病的にやつれていた。その理由は察しが付く。

 「薬をやっているようだったので、ふさわしくないと思いまして」
 「それは良かったです」

還田の判断に尊は満足そうに頷く。そして写真の男をもう一度みて
 「末期だな」
と忌まわし気につぶやいた。

 「どうしますか」
 「輪島組に遊びに行きますか」
 久留原を入口まで送った黒木が丁度戻ってきた。黒木は頭を突き合わせている3人のもとに近寄り覗き込む。

 「こいつですか」
 「誰を連れていきやすか? 俺はもちろん行きます」
隠岐の言葉に尊は頷くと考えるそぶりを見せる。今回のことは見合い相手とはいえ全く関係のない組の敵討ち。表立って神林組で行動するわけにはいかない。ただ、八部組の惨状を見るにそれなりの戦闘能力を有しているだろう。
 
 「黒木、木下と橋を連れていく。あと湖出さんにも声をかけてみてくれ。しっかり説明したうえでだ」
 「はい」

黒木が総長室の隅で電話をかける。尊はそれを確認して、資料をもう一度見ようと尊は手を伸ばす。そこへ寂しそうな声が尊にかけられた。
 「総長、俺は」

 サングラスの下の目が悲しんでいるとわかるオーラを放つ還田が自分を指さし立っていた。尊は思わぬ還田の様子に笑いそうになるが澄ました顔を向ける。

 「もちろん、還田もだ」
 「はい!」

一変して嬉しそうに勢いある返事をする還田に尊は耐える。が、還田の横で盛大に隠岐が笑った。
 「まるで子供じゃないか」
と2人は還田をかわいく思う。隠岐はまだしも、尊は年上にかわいいはないかと苦笑する。笑っている隠岐を不思議そうに見る還田に、隠岐はさらに笑いを大きくした。
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