【完結】6代目総長

ジロ シマダ

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両親の死

(過去編)両親の死

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 恐怖の違和感から数日が経過し寒さが増したころ水琴みこと組が新しく建てたビルの竣工式しゅんこうしきに神林たける以下、幹部が招かれていた。酒を片手に立つたけるは両脇にいる隠岐おきと黒木を肘でつつく。

 「ねぇ」
 「「無理です」」

 黒木と隠岐おきの返事に口をとがらせ、向かい側にいる還田かんだ湖出こでに視線を向ければ苦笑を浮かべながら肩をすくめられる。
 「(ならば)」
さかえひじり貫谷かんたに應武おうたけ緑埜みどのに視線を投げた。帰ってくるのは4人の小さく振られる首だけ。

 たけるも含め全員で壇上の脇に立つ水琴みことを睨みつけ顎をしゃくった。
 「(隣に立つ男をどうにかしろ)」
とはっきりとした意味ある多くの目に睨まれた水琴みことはちらりと横を見る。中央に立つ小さい年寄りに声をかけようとするが無理だった。口を閉じて、たけるたちに頭を下げるしかできなかった。


 そんな周りの様子など気にならずどこぞの校長先生のように中央で長々と挨拶をしているのは先代と兄弟のように争いながら組を盛り立ててきた久留原くるはら泰三たいぞうである。皆からは『叔父貴おじき』や『おやっさんと』よばれる名誉めいよ顧問こもん的な存在だ。この男、いかんせん話が長すぎた。

 「それでは今後の神林組の発展を祈りまして挨拶といたします。ではカンパーイ」

まばらに久留原くるはらの音頭に答えるように乾杯が聞こえ、拍手が起こる。

 「長いんだよな」
ぼやくたけるたちのもとに豪快に笑いながら久留原くるはらがよってくる。たけるはすぐにサングラスをとって笑顔で久留原くるはらを迎えた。

 「お久しぶりです、おじさん」
 「東北を支配下に治めるとはやるの! たける
 「いえいえ。たまたまですよ」

 久留原くるはら謙遜けんそんするたけるに何を言うかと笑うと背中をバシバシ叩き、いらないことを口にした。

 「何を言うか。お前はちゃんと先代と姐さんの仇も討って総長をしっかり勤め上げているじゃないか」
シーンとその場が凍り付いた。

 「叔父貴おじき

黒木と隠岐おきが困ったように頭を抱えて久留原くるはらを見れば、久留原くるはらは2人の視線に
 「(そうだった言わない約束だった)」
と口に手を当てたけるを見た。たけるのジト目であることに気が付く。そんなたけるたちを気にもできないのは、周りにいたほかの幹部たち。

 初めて聞いた先代の事実に幹部、組員が久留原くるはらたけるに詰め寄るように近づいてくる。たけるは久留米を自分より前に少し押し出し、詰め寄る幹部や組員の盾にした。そして幹部たちの後ろにばれないよう気配を殺し回り込む。

 助けを求める久留原くるはら
 「(自業自得だ)」
たけるは放置し、サンドイッチに手を伸ばした。

ーーー


 大学の研究室で仲間とお菓子を食べながらくだらない話をする、25歳の秋の学生生活を送るたけるの日常は突然終わりを迎えようとしていた。

 「でさぁ、あっ! ごめん」

 たけるは尻で震える携帯電話を取り出すと研究室をでて電話にでた。出た瞬間、相手のあまりのうるささに耳を離した。そしてなぜか緊張感が高まり感覚が研ぎ澄まされたたけるは電話の向こうの雑音を瞬時に聞き取り理解した。

 「若!」
 「病院に行く」

 黒木の叫ぶような声をろくに聞くことなくたけるは電話を切りずるずると壁にもたれながらしゃがみ込んだ。握りこむ携帯電話がみっしっという音をかすかに鳴らす。


 「おせぇな、ソンのやつ」
 「彼女かな」

感覚が鋭いたけるの耳に研究室の仲間の声が聞こえてきた。たけるはゆっくり立ち上がると言い聞かせるように目を閉じて何度も頷き目を開ける。
 大したことなかった風を装おい研究室の扉を開けて、軽く笑いながらたけるは仲間に声をかけた。

 「用事ができたから今日は帰るわ、じゃ」

 仲間が引き留める間など与えずたけるは研究室からでて足早に研究棟を抜け走り出した。仲間はすこし違和感を感じるがたまにあることだとたけるなしに話し続ける。


 電話の向こうで聞こえた病院を走りながら検索し他県にあるとわかり舌打ちをしてしまう。駅のロータリーに駆け込むとすぐにタクシーを捕まえて運転手に怒鳴りつけるように行き先を告げた。

 「群馬の橋本総合病院へ」
 「えっ!?」
 「急いでるんです!」

 運転手はまさかの目的地に驚くがたけるの必死そうな顔にすぐにカーナビをセットすると、ロータリーを抜けて走り出した。携帯をぎゅっと握りしめたけるは悲しみの中にいた。電話の向こうから聞こえた。


 「総長と姐さんが!」
という言葉だけなら生きているかもしれないという希望が持てた。しかし、続いた言葉に希望はないことを知らされる。

 「なんだと! 死んだのか」
たけるは死んだ両親のもとにただ急ぐしかなかった。こんなにもあっさり大切なものは自分からいなくなるんだと瞳に影を落とす。
 途中で追い付いた黒木の車に乗り込み群馬県の橋本総合病院に到着すれば警察車両、警察官がならび、ものものしい雰囲気が放っている。
 警察官は入ってきた、いかにもな車に警戒を強める。そして、警察官の存在など気にも留めない黒スーツの男たちが車から次々に降りて院内に入ろうとするのを止めた。

 「のけよ!」
 「迷惑だ! かえれ!」
 「んだと! くそサツが」

警察もあまりの緊張感に口調が荒くなってしまい、すわ殴りあいの攻防かと思えた。その時、凛とした耳に残る声が暴れそうなヤクザたちをうっちとめた。

 「やめろ!」
たった一言。その一言が暴れる男たちをとめたその事実に警察官たちは驚き、自分達まで止まっていることに気が付いていなかった。
 警察官はヤクザたちが目を向けるほうに視線を動かした。そして、口々に聞こえてくる声に警察は暴れる男たちよりも位が高いのだと認識した。

 「わか・・・・・・」
 自分達の知るたけるはこんな怒気を発する人物ではなかったと神林組員は車の前で自分達を睨み付けるたけるの姿を目を見開く。
 たけるは動きをとめた組員の間を抜け警察官たちの前に立った。自分たちの前に立つパーカーを羽織る、ただの大学生風の男に警察官はあとずさる。

 「うちのものが騒がせました。申し訳ありません。私は神林たけると申します。両親に会わせていただきたい」
 「神林・・・・・・ではお前は」

警察は驚きながらたけるを見ていたがすぐに意識を戻すとふさいでいた体をすこしずらした。

 「ありがとうございます。黒木、いくぞ。みんなはおとなしくしていろ。幹部はとおせ」

 たけるはそれだけ言い残すと黒木と共に院内に入っていく。警察官はたけるが消えては目の前の荒れくれたちが暴れるのではないかと心配したが組員は貧乏ゆすりをしたりと落ち着かない様子であるが暴れることはなかった。


 「ここです」
 たけるは看護婦の案内で霊安室に入れば、白い布がかけられる2つの固まりまでの短い距離をゆっくり近づいた。覚悟を決めて布をゆっくり取り払う。
 その遺体は確かにたけるの親だった。しかし、あまりにも悲惨な姿にたけるは目を背け黒木は進志と美咲の遺体を目の当たりにし本当に死んだのだと悲しみのあまりその場に崩れた。

 たけるは背けていた目を戻し両親の顔をじっと見つめた。溢れる涙をそのままに視線を外さないたけるに黒木は悲しみを感じずにはいられなかった。静かに何も表に出ていない表情で涙を流すたけるは長い間そこにただ立っていた。

 たけるの中に何故という言葉があふれる。何度も何度も自分の中でなぜを繰り返すうちにたけるに変化が起きた。
 思ったことのない感情と口にしたことのない言葉があふれ出す。
 『殺されたなら殺せばいい』

たけるの中で何かが切り替わる音がした。



 2日目の朝に進志と美咲の死はただの事故死であると警察より報告を受けた。幹部と組員はその報告に納得していたがたけるは違った。

 納得していないたけるは静かに自室で座っていた。あまりの静けさに本邸の者たちはたけるに声をかけることができない。本邸に静まり返り古い時計の音が時を刻む音だけが妙に響いている。
 黒木は空気に耐えられない組員の助けを乞う目に仕方ないとたけるの部屋に向かった。

 「若」
 ふすまの前で声をかけるが返事がないのに不思議に首をかしげ、黒木はもう一度声をかける。それでも返事がないことにもしかしてと、ばっと勢いよくふすまを開ければ黒木が思った通り、そこには誰もいなかった。
 開いた窓からきれいなモミジが吹き込みたけるの部屋を赤く飾っていた。


 黙って本邸を抜け出したたけるは古びたアパートを訪れた。古びたアパートには似合わない大きな機器が並び苦しそうな音を立ててたけるを出迎える。

 「総長の言う通りでしたね」
 「本居・・・・・・俺は総長じゃない」

 たけるは本居のPCを覗き込みながら苦々しい声を出す。本居はくるくる椅子を回しながら意味が分からないというが、そんな本居にたけるも意味が分からないと睨みかえした。

 「だって6代目はBOSSのものでしょ! というか俺、総長以外につく気ないし」
 「ひじりさんかさかえさん、それか若頭の隠岐おきさんが継ぐだろ」

 本居はたけるに拾われよくしてもらっている恩があり、自分を認めてくれるたけるを慕っている。
 神林組の末端組員に名を連ねてはいるが正直、たける以外の言うことを聞く気はない。それくらいなら死んだ方がましだというほど本居は真っ直ぐにひねくれた男だ。

 「でも2馬鹿は争うよ」
 「・・・・・・」
 たけるは本居の言葉に何も言い返せない。確かにひじりさかえが6代目を求めて争うことは明らかで、せめて美咲だけでも生きていればどちらかを任命し争いなく決まっていた。
 しかし、これはただのタラればで考えたところで意味などなさない。

 たけるは組を継ぐ気はない。もともと親も
 「継がなくてもよい」
といってくれ、大学で研究職に就き、つつましく1人で生活しようと考えていたのだ。

 「まぁいいや、総長」
 「総長では・・・・・・もういいや。それでこいつは今どこにいる」

 変わらず総長という本居を否定しようとしたがこの男に何を言っても意味がないと今すべきことに意識を切り替えて、PCの中にいる男を冷たい瞳で見つめるたけるの横側を横目で見ながらキーボードに指を走らせる。

 「ここ」
 「わかった。動いたら連絡をくれ」
 「どうするんですか?」
 「殺すだけだ」

 ヘルメットをかぶり息をするように言うたけるに本居は目を見開き一瞬固まるとすぐに笑う。たけるは笑い出す本居に触れずに、アパートの前に止めているバイクにまたがるとエンジン音をさせて目的地に走らせた。
 本居はPCに表示されるたけるに渡したGPSを目で追いながら頭を抱えていまだに笑っていた。

 「あんたはやはり、こっち側の人間だよ」

 本居は何でもないように『殺す』といったたけるはどう考えても裏側の人間で俺達以上の存在だと確信する。ぐんぐんと赤い点は迷いなく進む。

 「早く俺の本当のBOSSになってよ」
と頬杖を突きうっとりとした目で本居は赤い点を追い続けた。
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