【完結】6代目総長

ジロ シマダ

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両親の死

フラッシュバック

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 秋の風が木々から木の葉を奪い去り石畳に散らばる中を黒いネクタイを締め神林たけるが桶と柄杓ひしゃくを持ち墓石はかいしの間を通り抜ける。

 「2か月これなかったから怒ってるかな」
 「先代と姐さんはそんなことで怒りませんよ」

 たけるが黒木を伴い訪れたのは両親つまり先代神林組組長神林進志しんじ、その妻、美咲みさきの墓だ。
 月命日にいつもなら来ていたが2か月ほど来ることができなかった。土埃で汚れているだろうと申し訳なく墓に眠る両親に詫びる気持ちでたけるは訪れた。


 墓地の奥に位置する立派な神林家の墓にたどり着けばふわりと風が流れた。心地よいはずの秋風は甘い匂いを巻き上げた。その匂いにたけるの頭がおかしくなる。


 たけるは薄汚れ埃で白っぽい倉庫に立っていた。
 目の前に見える景色にたけるは目を見開いたが、幻だったかのように秋風ふく墓地が目の前に戻ってくる。呆然とするたけるの耳になにかが落ちる音が聞こえ、ジワリと足元が冷たく濡れる感覚を覚えた。

 「若! 大丈夫ですか」
少し離れたところで待機していた黒木は慌ててたけるに近寄った。立ち尽くすたけるはやけにゆっくりと足元を見て濡れていることに気が付いた様子に黒木は心配になる。

 たけるは見開いていた目をいつもの形に戻してから困ったように笑い黒木に大丈夫といった。

 「悪いけど水汲んできて」
 「・・・・・・はい」

黒木は落ちた桶を拾うとすぐ近くの蛇口でたけるを確認しながら水を入れる。
 たけるはじくじくと痛む頭がうっすら残る甘い匂いにどんどん痛みが増していく。たけるは頭を押さえながら気持ち悪さに耐えて墓を見る。

 黒木は濡れた足をそのままに墓を見つめるたけるの顔色の悪さに不安が募る。水を入れてたけるのもとに戻ればいつものような笑みに迎えられる。しかし、たけるは明らかに無理をしていることは明白だった。



 墓参りから帰ったたけるは何かを考え込むようにふさぎ込んだ。その影響か本邸も活気がなく、静まり返っていた。黒木はふすまから床に寝ているたけるの背を心配そうにみて静かにふすまを閉めた。
 足音も極力させないように注意を払い場所を移動した。

 「どう思います」
 「どうっていってもな」

 黒木も還田かんだも元気のないたけるをどうにかしてあげたいと思う。しかし、自分たちが変に気を使ってもたけるがいつものようにはぐらかし無理をすることは明白。

 悩む2人のところへドーナツ屋の箱を持ち木下と橋が入ってきた。

 「総長は・・・・・・」
 「自室にいらっしゃるが、そのドーナツは」
 「総長にたべていただこうかなと、総長どれが好きなんでしょう・・・・・・というかさし上げていいいんでしょうか」

 不安そうな木下の言葉に黒木も還田かんだは顔を見合わせてからそろって破顔した。無理はするかもしれないがたけるが喜ばないわけがない。

 自分たちが変に心配して暗い顔をしていても意味がないと黒木と還田かんだも気持ちを切り替えた。黒木はソファーから腰を上げると木下と橋の肩をポンと叩くとたけるを呼びに向かい、木下と橋は嬉しそうに机に箱を置くと皿をとりにキッチンに走るように消えた。
 残された還田かんだは1人天井を見上げ、何ができるだろうかと考える。いつも組員のことを大切にしてくれるたけるに何かしたいと思うことは当然のことだ。考えを巡らせる還田かんだの頭に1人の男の顔が浮かんだ。

 還田かんだはばっと体を起こすとすぐに行動したが、2回、3回と何度も電話を鳴らせど隠岐おきが出ることはなく行動は不発に終わる。
 いつもはたける敬し頼りにしている隠岐おき還田かんだもこの時ばかりは悪態つく。コールを続ける携帯電話をにらみつけているとたけると黒木、木下と橋の声と足音が聞こえきた。還田かんだはすぐにコールをきるとメールを送信する。

 『一大事!総長が元気ないです』

 還田かんだはポケットに携帯電話をしまいながらたけるを出迎え、部屋にこもっているときより明るいたけるの表情にうれしくなった。
 還田かんだは箱を覗き込むたけるにばれないように帽子をかぶるフリをして黒木に合図を送るとぐっと立てた親指が返ってきた。黒木は還田かんだの合図に隠岐おきならなんとかしてくれるかもしれないと期待した。


 「みんなはどれが食べたいんだ?」
たけるの呼びかけにみんなが箱を覗き込み、いつものような楽しく温かい15時が過ぎる。





 ラスベガスで一儲けしていた隠岐おきはこの辺にするかとカ、ジノから出ると時刻をみようと携帯を取り出す。そこで3回の還田かんだからの電話と一通のメールが入っていることに気が付いた。隠岐おきは3回なら大した用ではないかと即折り返さず、メールを確認した。

 そしてメールを見た瞬間、隠岐おきは駆け出しタクシーに乗り込んだ。運転手に空港に向かうように指示を出し、還田かんだに電話をかける。
 なかなかでない還田かんだに今度は隠岐おき還田かんだに悪態つくが隠岐おきよりもましだった。1回目の電話の9コール目で還田かんだは電話に出た。


 「何があった」
 「わかりません。ただ本当に元気がなくてふさぎ込んでらっしゃるんです」
 「わかった。帰る」

 タクシーの運転手はおそらく日本人だろうとふっかけてもいいだろうと臨時収入を想像していたが電話を切った後の隠岐おきの表情にやめた。タクシーの運転手は空港に着くまで後部座席に座る『恐ろしいモンスター』を見ることはなかった。




 隠岐おきは帰国してすぐに目白台神林本邸を訪れた。黒木は帰国した隠岐おきを出迎え、自室にいるたけるのもとに案内した。
 黒木は何も声をかけることなく襖をすっと開けた隠岐おきに慌てた。しかし今更何を言っても意味がないと廊下で膝をつきたけるの様子をうかがう隠岐おきを置いてその場を離れた。

 「総長」
 「えっ!?」

 たけるは驚き寝ころんだまま後ろをみた。ふすまの向こうから顔をのぞかせる隠岐おきにさら驚く。隠岐おきはもう一度頭を下げると部屋に入りふすまを閉めた。隠岐おきの所作にそういうところはきちんとしているとたけるは感心する。

 「いつ帰ってきたんですか」

たけるは体を起こし隠岐おきに座布団を差し出した。

 「今朝です。いやぁ儲けましたよ」
 「さすが隠岐おきさん!」

 たけるは久しぶりの隠岐おきにうれしく思い、そして心配かけないようにしなければと気持ちをぴんと張った。隠岐おきは楽しそうにたけるに携帯電話をさしだした。 
 なんだろうとたけるは受け取り画面を見ればラスベガスでとったのかピースをしながら大金と一緒に映る隠岐おき、何かのシンボルと美女と一緒に映る隠岐おき、が並んでいる。

 きらきらと輝く街並み、楽しそうな写真たちにたけるは顔をほころばし、感嘆の声を上げた。しかしスワイプしていた指が止まってしまう一枚があった。

 「何やってるんですか・・・・・・隠岐おきさん」

画面にはガタイのいい男たちを踏みつけて拳を突き上げている隠岐おきが映っていた。

 たけるがあきれながらその画面を印籠のように見せれば、隠岐おきは照れ臭そうにハンチング帽をかぶり直し笑った。まるで悪戯が成れた小僧のような笑みである。

 「いやぁ、強かったですよ。やはりガタイが違いますね」

豪快に笑う隠岐おきたけるはそういうことではないと思ったが隠岐おきの表情につい笑ってしまう。

 「なにかありましたか?総長」

 唐突な隠岐おきの切り出しにたける隠岐おきの言葉にスワイプする指を一瞬止めた。しかしすぐに指を動かしアルバムに集中する。隠岐おきは変わらずたけるを見ながら心配そうな声を出した。

 「元気ないですよ」
 「そんなことないですよ・・・・・・といっても納得しませんよね」

 たけるはうつむいていても感じる隠岐おきの視線に諦め携帯電話から顔を上げる。
 心配して自分を見る隠岐おきに申し訳なくなり、黒木たちにも悪いことをしているなと思ってしまった。そんなたけるの心情を読み取ったのか隠岐おきたけるにいった。

 「悪いことをしたとか思わないでくださいよ」
 「ははは、かなわないな。隠岐おきさんには」

 たけるは墓参りの時のことを話す。

 「自分でもわからないんですけど。でも気になってしまって」
 「なるほどぉ。必要な記憶ならそのうち思い出しますよ。それよりも気分が悪くなったり頭が痛くなったらすぐに言ってくださいよ」
 「わかりました」

 念を押すような隠岐おきの口調にたけるは素直に頷く。こういうことのたけるのわかりました程あてにはならないと隠岐おきはもう一度念を押すかと思ったが、自分がよく見ていようと思い直す。
 隠岐おきはもう一つ心配していることを聞いた。

 「最近どうですか」

 「どうですかって?」
何のことかわからなかったがとんとんと頭をたたく隠岐おきたけるは何のことかわかった。隠岐おき以外がそのようなしぐさをすればたけるは怒っていただろう。頭大丈夫かとばかにされていると判断するとこだが隠岐おきならば別の意味を持つ。

 「うーん、微妙ですね。ここのところトラブル続きましたし・・・・・・あぁ、それのせいかもしれませんね」

 たけるは神経成長因子(NGF)の異常な分泌により周りの変化に敏感だ。それはこの世界で生きるなら便利な能力なのかもしれないがたけるの脳に負担を強いていた。
 隠岐おきに心配されて、墓場の出来事は最近多発したトラブルが続いてNGFの分泌が過剰だったせいかもと1人たけるは納得する。

 「あまり無理しないでくださいね」
 「ありがとうございます」

優しく頭を撫でる隠岐おきたけるはむずがゆく、そしてとても安心した。

 「今日はゆっくり休んでください」
 「なんでですか」

なんでと問うたける隠岐おきは口をひきつらせそうになりながら適当に理由をこじつける。
 「明日クラブにいきやしょう」


 隠岐おきたけるの部屋を出るとすぐにリビングに向かた。向かったリビングには隠岐おきが思っていた通り黒木と還田かんだが腕を組んで待っていた。

 「黒木、還田かんだ
 「「頭」」

隠岐おきもソファに腰を下ろすとハンチング帽を机に置くがそれを待てないように黒木が声をかける。

 「どうでした、頭」

 隠岐おきは少し悩んだが2人なら大丈夫だろうと墓場のことを話した。話を聞いた2人の反応は分かれた。黒木は側近としてたけるの体のことを知っていたのでもしかしてと考えた。

 「NGFのせいでしょうか」
 「なんだ? NGFって」

還田かんだは聞きなれない単語に首をかしげた。

 「NGF、神経成長因子。脳内にそれが過剰に分泌されると周りの音や空気の動きなどを敏感に察知することができる。緊張下ではアドレナリンとかも分泌されるから余計にNGFが分泌され感覚が研ぎ澄まされる・・・・・・ただし自分で制御することはできないから脳にもとてつもない負担がかかる」

 隠岐おきの説明に途中まで便利そうな能力だなと思っていた還田かんだは最後のところでだめだろと顔をこわばらせる。説明を終えた隠岐おきは黒木のほうに顔を戻す。

 「総長は話した後、そう納得していたが俺は違うと思う」
 「違う?」
 「おそらくフラッシュバックだろう」

 隠岐おきたけるの症状を聞いたときすぐにそれを思い浮かべた。黒木と還田かんだ隠岐おきの考えにその可能性もあるのかと唸った。
 考える2人に隠岐おきは頼もしいと思う。たけるのために悩み、たけるのためになにかをしようという人間が自分のほかにもいることは頼もしいことだ。

 「悩んでも仕方ないから普段通りしていればいい。総長はとりあえずNGFで納得している」
 「「はい・」」
 「ただ・・・・・・しっかり総長を見ていろよ。少しの変化も見逃すな」
 「「はい!」」
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