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芸能界
若き総長と色仕掛け
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暴力団とは
『暴力あるいは暴力的脅迫によって私的な目的を達しようとする反社会的集団』
なにかと問題を起こす集団であるが日本、いや日本だけでなく国外でも『ヤクザ』として映画や娯楽作品に影響を与えている。
現在、日本には
北は北海道『三土組』
南は九州『井迫組』
西は関西『大国組』
そして
東は関東『神林組』
大小様々に存在していた。
これは若き 神林組6代目総長の物語 である。
東京都六本木に構えるビル3階の大会議室で決められた席に座る男たちは、厳つくそして目付きがよいとはいえない。男たちの顔はどう見ても一般人のそれではない。いかつい男たちが作り出す重々しい空気に耐えきれないのか指の腹で白い机を叩き始めるものが出てきた。
せわしなく規則正しく鳴る音に誰もがいらだちを隠さず眉間にしわを寄せる。厳格な会議室の空気が一層重たいものとなった。
「ダサあんこ、うるさいぞ」
ひょろ長い|聖が頬杖を突きながら目の前で音を出している自分とは対照的に大きく太った男に文句をいった。その文句に音は一瞬止まるがより大きな音で鳴り始めるのに舌打ちして名指しした。
「栄! お前に言ってんだ!」
名指しで怒鳴られた栄はぷくぷくな指をわきわき動かし、鼻を鳴らす。
「わしのことだったのかぁ! へちまーさん! へちまのようにスカスカの頭でぼけたのかとおもったわ! ぎゃははは!」
対面で目をわざとらしく丸くし栄が爆笑すれば栄に聖はかっとなる。
「んだと!俺には聖二郎って名前があるわ!」
「わしにも栄仁というかっこいい名前があるわ! ダサあんこじゃないわい!」
お互いに机をたたきつけると会議室の真ん中に躍り出ると顔を突き合わせにらみ合った。
聖は背が高く体も細目のため、栄からへちま野郎 と呼ばれ、栄はダサ眼鏡のあんこを略し、聖からダサあんことお互いをけなすような渾名で呼びあっていた。
小さなことで小競り合いを始める2人の相手はこの中の誰もが関わるだけ無駄だと放置する。会議室の中心で睨み合う栄と聖は呆れた顔で他の幹部が見ていることなど気が付いてはいない。いつかキスでもするのではないかと思うほどの近さで言い合いをし続ける栄、聖はドアノブが回転する音に言い合いをやめてばたばたと席に戻った。
言い合う声が漏れる会議室前に笑みを浮かべた若い男と泣きほくろの男が立っていた。茶色の扉を見ながら中の様子がまるで透けて見えるかのようだと若い男はくすくすと楽し気に小さく笑い、もう一人は呆れたように首を振る。
「仲がいいよな、あの二人」
「そんなこと言うのは若くらいですよ」
「そうかな? 黒木は仲が悪いと思う?」
「悪いとは思いませんけど」
なんとも歯切れの悪い言い方に男は笑うと扉のわきに控える男2人に目配せすれば、扉のわきに控える男たちは若い男につられていた顔を引き締め頭を下げた。2人はノックなしで両扉をあけ、若い男を中に招き入れ一言室内に告げる。
「総長がお見えです」
会議室の男たちは入ってくる男を出迎えるように一斉に立ち上がった。
白い壁に廊下から続くダークグレーの床、両サイドに並ぶ机と見渡すように奥に存在感を放つ黒い机が若い男を迎える。若い男は会議室の真ん中を通り黒い席の向こう側に立てば、黒木が椅子を下げるのに当然のように座った。黒木は体の前で手を重ね若い男の後ろに控えた。
「お待たせしたようですね、皆さん。幹部会を始めましょう」
座った若い男はいかつい男たちの目つきの悪さもなんのその穏やかな声で幹部会の開始を宣言した。
場所は六本木、神林組本部大会議室
ここに一般の人間がいるはずもない。やくざ、極道という屈強で荒れくれたちの組長が顔を連ね、そして組長と9千人の組員の頂点に君臨し、この大会議室でいかつい男たちを見渡す若い男は”6代目総長 神林尊”だ。その尊は一般人として生涯を終えるつもりでいたが、両親の死によって25歳という若さながら総長の座についた過去をもつ。
つい先刻まで言い合いをしていた栄と聖は尊の視線から逃げるように視線をそらす。尊は2人はいつものことだと気にするのも無駄、まずは会議だと1番右手の真面目そうな七三分けの男に尊は視線を移した。
「湖出さん、今日の議題は」
「はい」
湖出は書類を手に立ち上がり、組のトラブルや懸念事項を渋い声で述べていく。途中途中で意見を出し合いながら幹部会が進むこの光景はほかの企業と何ら変わらない、違うことといえば時折混じる生々しい議題くらいなものだ。
「貫谷組のシマで薬の売買が横行しているようです。貫谷さんが目下探索中で見つけ次第処理しております・・・・・・総長何かございますか」
最後の議題になった瞬間、湖出は声を若干固くして尊の雰囲気を伺う。知らないものが見れば年上の男が26歳の男に何をビビっているのだと思うことだろう。しかしビビるのには訳があった。
薬が絡んだ尊は冷徹、この一言につきた。総長になって半年目にも同様に薬の売買が横行したことがある。神林組のシマで横行し尊はその報告を受けて3日間で根元から組織を壊滅させた。その時の尊の殺気と怒号、そして冷徹なまでの仕置きには誰もが恐怖を感じた。昔から知っている自分たちの総長にこのような一面があったのかとガクブルと情けなくも震えた。
冷徹の再来かと皆が特に貫谷が伺うのに尊は組んでいた指をほどき、身体を机に寄せ貫谷をみた。
「早急につぶしてください」
その一言に貫谷は右の一番奥で顔をハンカチで拭いながら
「はい!」
と答える。早く始末をつけなければと心臓をきゅっと引き締めた。流れる汗を拭い頭を下げる貫谷に尊は念を押すように頷いた。尊は湖出のほうへ視線を戻し湖出の手元を見て、最後かなと判断した。
「これで終わりですか」
「はい」
「予定より早く終わりましたね」
尊は腕時計を見ながらそういうと席から腰をあげる。シルバーの盤の針は8を指している。いつもの幹部会よりも1時間は早い終了時刻だ。
「みなさん、あーと、隠岐さんはいないけどおつかれさまでした」
左の一番近い空席を見て笑う尊に聖が手をもみながら声をかけてくるのに、気持ち悪い近寄り方をする聖に尊は若干引き気味だ。
「総長、クラブにお付き合いくださいませんか」
まさに猫なで声といえる声をだす聖に尊は今度こそ鳥肌をたてた。それは尊だけではなかったようで、栄など聖の後ろでえずくように舌を出している。栄の面白い顔から目をそらし尊は悩むそぶりをみせ返事を返した。
「わかりました」
悩んだそぶりを見せておけば途中で抜けても予定があったのだと勘違いしてくれることが多いから尊は面倒な付き合いはそのように対応をしている。
尊の気持ちなど知らず嬉しそうにお礼をいいながらスキップでもするのではという足取りで会議室を出ていく聖の背中を見送る。聖の様子に尊は肩を落とした。
「付き合いも大切だよな」
小さく呟かれた言葉は面倒だという思いが滲んでいた。
「こちらです」
新宿の雰囲気だけでなく実際高いわけであるが高級感あふれるクラブに聖が尊を案内した。聖は車から降りると尊よりも少し早く店内に入る。
「これは聖親分」
店員が店内に入ってきた人物が聖だと気が付くと丁寧に声をかけるのに聖は顔をよせ耳打ちした。
「総長をお連れした」
と・・・・・・
これは店だけでなく聖自身のためでもあった。尊には良い印象をもってもらわなければ、次の総長の座が遠ざかると心配している。
聖の言葉に店員が真剣な表情で頷けばちょうど、そこに黒木と数人の組員を引き連れる尊が店に入ってきた。尊もたびたび組の庇護下にある店には顔と金を見せるようにしていたが、この店はまだ来たことがなかった。ゆっくり店内を見渡す6代目総長を初めて目にした店員は、失礼にならない程度に深く頭を下げ歓迎の言葉を述べる。
「ようこそお越しくださいました」
挨拶をうけた尊は店内を見渡していた目を店員に向け、その後ろから近づく女性をとらえた。駆け寄ってきた着物の女性に微笑み、素直な感想を伝えた。
「良い雰囲気のお店ですね」
「ありがとうございます。この店のママでユキです。本日はようこそお越しくださいました」
すぐに駆け付けたきれいなシルバーグレーに小さな花がよく映える着物を身に着ける小綺麗なママは尊に柔らかな微笑みを見せた。尊はきれいな女性だと素直に思った。控えめながらやはり、そこには花があった。
「素敵なママもいるとはますます気に入りました」
歯の浮くようなセリフも尊の口から流れると嫌味がなく、ママもこれには珍しく頬を少し染めてしまった。
「ありがとうございます。お若いと聞いておりましたがこのようにかっこいい総長でしたとは」
「極道らしくない顔だとよく言われます。今日はぜひママにお酒を注いでもらいたいですね」
「ぜひ、お席はこちらです」
ママと尊の会話に黒木や組員は何も思わないが、初めて尊とクラブに来た聖は驚いた。
「黒木」
「なんですか」
聖は黒木を引き寄せる。
「いつもあんな感じなのか、総長は」
「普通ですよ」
黒木の答えに少し間をおいて感心したように聖眉を器用にあげる。
「普通か、女たらしだな」
聖は意外な尊の一面を知った気がした。尊は女のおの字も感じさせないため、
「(童貞の女の子が苦手な初心男だ)」
と聖は思っていた。その初心男が手慣れたようにママと会話を弾ませ、頬を染めさせるとは聖の予想を超えていた。黒木は感心したような驚いた顔をする聖に同情した。
普段の尊はそこら辺にいる若者という感じで、今のようなスマートな軟派男ではない。先に席に向かう尊のもとに黒木は行こうとたが足を止めて振り返る。黒木は口をにやりと歪めた。
「総長のあれは無自覚だから」
「‥‥‥はぁ?」
じゃっと黒木は手を挙げて尊のそばに向かう。固まってしまった聖も尊の呼ぶ声に意識を戻し近くに席へ呆けた顔のまま急いだ。
案内された奥にある隠れた席にはすでに3人の男と露出度高めの服の若い女が座っているのに尊はすぐに脳内で帰る算段を始める。どう考えても面倒なやつだと尊は心のなかで顔を歪めた。
尊がそんな算段をしているなど気が付くわけもない聖は先客に声をかけ、3人の男が立ち上がり頭を下げ、ならうように女も頭を下げて尊たちを歓迎した。
「待たせたかのー こちらが6代目総長だ」
「初めまして。メリッサ芸能事務所に勤めております野口と申します。こっちが原田、そしてアイドルの柏木未来です」
「聖組傘下尼木組系菊池組組長菊池と申します。よろしくお願いいたします。」
差し出された名刺を尊は後ろにながすと黒木が受け取り胸ポケットにしまう。ヤクザが名刺を渡してきたことに少しばかり驚きつつ、尊は腰をおろす。
「(さっさと帰ろう)」
と思いながら
ソファに腰を掛けると未来が尊の横にすわり体をつけて尊の太ももに手をおく、尊はそれを軽く無視してユキに酒をついでもらう。それを傾けながら動かした尊の目に聖の気持ち悪い笑みが映る。
「聖さん、本題はなんですか」
足を組み直しさりげなく未来を遠ざけ尊は直球で聞く。尊の直球すぎる問いに聖は顔の前で手を振る。
「本題もなにもないですよ! 未来ちゃんの事務所と好意にしてるから紹介しようと思っただけです」
「そうですか」
尊は聖がろくでもないことを考えているとすぐにわかった。聖の顔がそれはそれは下卑たものになっているからだ。こんなにもわかりやすい男で大丈夫だろうかと尊は不安になるがとりあえずいい時間になるまで楽しもうとグラスを開けるとユキにもう一度注いでもらう。
「総長さんはいける口ですか」
「お付き合い程度には、ママも飲みませんか」
「頂戴します」
尊は遠慮するユキに自らウィスキー注ぎながらグラスに添えた手がとてもきれいだとみてしまった。特に薄桃色の爪が光を艶めかせるのが尊の目にとても清潔できれいなものに見えた。
「とてもきれいな手ですね」
ユキはグラスを机に置くと恥ずかしそうに指を隠すように手を合わせた。こういう店なので女を褒める男は多くいる。しかし大体は
「今日もかわいいね」
「きれいだね」
という言葉で尊のように褒めてくれる男はそうそういない。尊が褒めたところはユキが小さな部分もしっかり手入れをしないとと気にしてきれいにしている部分であった。自分が頑張っているところを褒められてうれしくないはずがない。
しばらくしてユキは申し訳なさげに別の客のところに移動するのを見計らい尊に未来が声をかけた。
「あのぉ」
体をもう一度すりよせてくる未来に尊はサングラスの奥で目を細めた。未来は体を寄せても目を向けるだけで、反応しない尊に諦めず猫なで声で誘った。
「総長さんってかっこいいですよねぇ! サングラスもすごくかっこいい」
「ありがとうございます。柏木さんはかわいらしい」
「本当ですかぁ! うれしい!」
未来は胸の前で手を組ながら恥ずかしそうに頬を染める。尊はサングラスの奥で腕時計を確認するとにこりと微笑むと立ち上がった。
「総長?」
急に立ち上がった尊を不思議そうな声を聖は上げた。黒木たちは何となく尊が長居しないだろうと予想していた。
「今日はお誘いありがとうございます。わたしはこれで失礼します」
失礼といいながらソファから抜け出す尊に聖はグラスを持ったまま立ち上がった。
「いやいや!? まだこれからじゃないですか」
聖が懸命に引き留めるが尊はにこりと口に笑みを浮かべるだけだ。
「まだやらなければいけないことも残っているので」
尊は聖たちに背を向けた。
「そんなこと言わずに」
聖は何とか引き留めようとするが尊は振り向くことなく手を軽く振り入口に向かってしまう。野口は未来にまくしたてるように指示を出した。
「なにをしている、未来!追いかけなさい」
未来は頷くといわれるがまま尊を急いで追いかけた。離れていく未来の姿に原田は眉を顰め、野口にばれないように睨み付けた。
どかっとソファに深く腰を下ろした聖に菊池が弱った声をかける。
「聖親分・・・・・・」
「心配するな。総長だって男だぞぉ~! あんなかわいい子に迫られたらなぁ! へへへへ」
下品に笑う聖の横に店員がやって来た。
「総長様から皆様にと」
店員の手からワインを聖は受けとるとラベルを確認し店で1番高価なワインに聖はおぉと感嘆の声を漏らす。
「さすが! 総長だ」
どぼどぼと遠慮なくグラスに注ぐと聖はワインをあおる。その姿は素敵なほど現金な男である。
そんな聖をユキは残念なものを見るような眼で着ていたが、ユキの視線の意味に気が付くわけもない聖は嬉しそうに手招きする。
「ユキー! おいで」
「はい」
聖の機嫌のよい声に呼ばれてユキは聖のもとで酌をしながら心の中で総長さんは良い男なのにと思っていた。どうして幹部の男は残念なのかしらと思った。これにはほかの幹部が一緒にするなと怒っているところだがユキは声に出していないしほかの幹部もいないのでセーフだ。
尊の静かに飲んで、帰る際にはワインを聖のほかに店の人で楽しく飲むようにと手配して帰るスマートさにはママも驚きほれ込んだ。
「なにか」
「もう少し一緒にいたいのぉ。いいでしょ」
尊は追いかけてきてまで迫る未来にため息しかでない。尊の目には未来の姿が必死に縋る哀れなものにしか見えない。伊達に短いながらも総長はやっていない。それに尊は人の感情の変化を感じ取ることが嫌ながらも得意であった。
尊としては正直このまま、未来を放置し心休まる本邸に帰りたいところだ、が面倒ごとになる可能性が大いにある。この姿の未来になにかよからぬことをしだす者はいるはずだ。
そうすれば最後に一緒にいた自分がなにか言われるのは必須だと尊はため息をついた。
黒木はため息をつく尊にどうするのだろうと様子を見ていれば、尊は少し意地悪そうに口角を上げた。一瞬の表情だったか黒木は思わずため息をつきかける。
尊は体をひねり未来の後ろから肩を優しく抱くように手を添えた。すると添えただけなのに未来はびくっと体を揺らした。尊はびくつく未来を鼻で笑ってしまった。そして、色仕掛けを仕掛ける女には見えなかったはずだと尊は苦笑した。
「送りましょう」
黒木が開ける後部座席にエスコートされる形で押し込まれ、ぽかんとする未来を悪い男に引っ掛かるタイプだと判断する。
黒木は初な反応をする未来をほほえましく思いながら一瞬意地悪そうな表情を見せていた尊に
「(あまりいじめないように)」
と目で伝えたが軽いウィンクが返ってくるだけだった。
『暴力あるいは暴力的脅迫によって私的な目的を達しようとする反社会的集団』
なにかと問題を起こす集団であるが日本、いや日本だけでなく国外でも『ヤクザ』として映画や娯楽作品に影響を与えている。
現在、日本には
北は北海道『三土組』
南は九州『井迫組』
西は関西『大国組』
そして
東は関東『神林組』
大小様々に存在していた。
これは若き 神林組6代目総長の物語 である。
東京都六本木に構えるビル3階の大会議室で決められた席に座る男たちは、厳つくそして目付きがよいとはいえない。男たちの顔はどう見ても一般人のそれではない。いかつい男たちが作り出す重々しい空気に耐えきれないのか指の腹で白い机を叩き始めるものが出てきた。
せわしなく規則正しく鳴る音に誰もがいらだちを隠さず眉間にしわを寄せる。厳格な会議室の空気が一層重たいものとなった。
「ダサあんこ、うるさいぞ」
ひょろ長い|聖が頬杖を突きながら目の前で音を出している自分とは対照的に大きく太った男に文句をいった。その文句に音は一瞬止まるがより大きな音で鳴り始めるのに舌打ちして名指しした。
「栄! お前に言ってんだ!」
名指しで怒鳴られた栄はぷくぷくな指をわきわき動かし、鼻を鳴らす。
「わしのことだったのかぁ! へちまーさん! へちまのようにスカスカの頭でぼけたのかとおもったわ! ぎゃははは!」
対面で目をわざとらしく丸くし栄が爆笑すれば栄に聖はかっとなる。
「んだと!俺には聖二郎って名前があるわ!」
「わしにも栄仁というかっこいい名前があるわ! ダサあんこじゃないわい!」
お互いに机をたたきつけると会議室の真ん中に躍り出ると顔を突き合わせにらみ合った。
聖は背が高く体も細目のため、栄からへちま野郎 と呼ばれ、栄はダサ眼鏡のあんこを略し、聖からダサあんことお互いをけなすような渾名で呼びあっていた。
小さなことで小競り合いを始める2人の相手はこの中の誰もが関わるだけ無駄だと放置する。会議室の中心で睨み合う栄と聖は呆れた顔で他の幹部が見ていることなど気が付いてはいない。いつかキスでもするのではないかと思うほどの近さで言い合いをし続ける栄、聖はドアノブが回転する音に言い合いをやめてばたばたと席に戻った。
言い合う声が漏れる会議室前に笑みを浮かべた若い男と泣きほくろの男が立っていた。茶色の扉を見ながら中の様子がまるで透けて見えるかのようだと若い男はくすくすと楽し気に小さく笑い、もう一人は呆れたように首を振る。
「仲がいいよな、あの二人」
「そんなこと言うのは若くらいですよ」
「そうかな? 黒木は仲が悪いと思う?」
「悪いとは思いませんけど」
なんとも歯切れの悪い言い方に男は笑うと扉のわきに控える男2人に目配せすれば、扉のわきに控える男たちは若い男につられていた顔を引き締め頭を下げた。2人はノックなしで両扉をあけ、若い男を中に招き入れ一言室内に告げる。
「総長がお見えです」
会議室の男たちは入ってくる男を出迎えるように一斉に立ち上がった。
白い壁に廊下から続くダークグレーの床、両サイドに並ぶ机と見渡すように奥に存在感を放つ黒い机が若い男を迎える。若い男は会議室の真ん中を通り黒い席の向こう側に立てば、黒木が椅子を下げるのに当然のように座った。黒木は体の前で手を重ね若い男の後ろに控えた。
「お待たせしたようですね、皆さん。幹部会を始めましょう」
座った若い男はいかつい男たちの目つきの悪さもなんのその穏やかな声で幹部会の開始を宣言した。
場所は六本木、神林組本部大会議室
ここに一般の人間がいるはずもない。やくざ、極道という屈強で荒れくれたちの組長が顔を連ね、そして組長と9千人の組員の頂点に君臨し、この大会議室でいかつい男たちを見渡す若い男は”6代目総長 神林尊”だ。その尊は一般人として生涯を終えるつもりでいたが、両親の死によって25歳という若さながら総長の座についた過去をもつ。
つい先刻まで言い合いをしていた栄と聖は尊の視線から逃げるように視線をそらす。尊は2人はいつものことだと気にするのも無駄、まずは会議だと1番右手の真面目そうな七三分けの男に尊は視線を移した。
「湖出さん、今日の議題は」
「はい」
湖出は書類を手に立ち上がり、組のトラブルや懸念事項を渋い声で述べていく。途中途中で意見を出し合いながら幹部会が進むこの光景はほかの企業と何ら変わらない、違うことといえば時折混じる生々しい議題くらいなものだ。
「貫谷組のシマで薬の売買が横行しているようです。貫谷さんが目下探索中で見つけ次第処理しております・・・・・・総長何かございますか」
最後の議題になった瞬間、湖出は声を若干固くして尊の雰囲気を伺う。知らないものが見れば年上の男が26歳の男に何をビビっているのだと思うことだろう。しかしビビるのには訳があった。
薬が絡んだ尊は冷徹、この一言につきた。総長になって半年目にも同様に薬の売買が横行したことがある。神林組のシマで横行し尊はその報告を受けて3日間で根元から組織を壊滅させた。その時の尊の殺気と怒号、そして冷徹なまでの仕置きには誰もが恐怖を感じた。昔から知っている自分たちの総長にこのような一面があったのかとガクブルと情けなくも震えた。
冷徹の再来かと皆が特に貫谷が伺うのに尊は組んでいた指をほどき、身体を机に寄せ貫谷をみた。
「早急につぶしてください」
その一言に貫谷は右の一番奥で顔をハンカチで拭いながら
「はい!」
と答える。早く始末をつけなければと心臓をきゅっと引き締めた。流れる汗を拭い頭を下げる貫谷に尊は念を押すように頷いた。尊は湖出のほうへ視線を戻し湖出の手元を見て、最後かなと判断した。
「これで終わりですか」
「はい」
「予定より早く終わりましたね」
尊は腕時計を見ながらそういうと席から腰をあげる。シルバーの盤の針は8を指している。いつもの幹部会よりも1時間は早い終了時刻だ。
「みなさん、あーと、隠岐さんはいないけどおつかれさまでした」
左の一番近い空席を見て笑う尊に聖が手をもみながら声をかけてくるのに、気持ち悪い近寄り方をする聖に尊は若干引き気味だ。
「総長、クラブにお付き合いくださいませんか」
まさに猫なで声といえる声をだす聖に尊は今度こそ鳥肌をたてた。それは尊だけではなかったようで、栄など聖の後ろでえずくように舌を出している。栄の面白い顔から目をそらし尊は悩むそぶりをみせ返事を返した。
「わかりました」
悩んだそぶりを見せておけば途中で抜けても予定があったのだと勘違いしてくれることが多いから尊は面倒な付き合いはそのように対応をしている。
尊の気持ちなど知らず嬉しそうにお礼をいいながらスキップでもするのではという足取りで会議室を出ていく聖の背中を見送る。聖の様子に尊は肩を落とした。
「付き合いも大切だよな」
小さく呟かれた言葉は面倒だという思いが滲んでいた。
「こちらです」
新宿の雰囲気だけでなく実際高いわけであるが高級感あふれるクラブに聖が尊を案内した。聖は車から降りると尊よりも少し早く店内に入る。
「これは聖親分」
店員が店内に入ってきた人物が聖だと気が付くと丁寧に声をかけるのに聖は顔をよせ耳打ちした。
「総長をお連れした」
と・・・・・・
これは店だけでなく聖自身のためでもあった。尊には良い印象をもってもらわなければ、次の総長の座が遠ざかると心配している。
聖の言葉に店員が真剣な表情で頷けばちょうど、そこに黒木と数人の組員を引き連れる尊が店に入ってきた。尊もたびたび組の庇護下にある店には顔と金を見せるようにしていたが、この店はまだ来たことがなかった。ゆっくり店内を見渡す6代目総長を初めて目にした店員は、失礼にならない程度に深く頭を下げ歓迎の言葉を述べる。
「ようこそお越しくださいました」
挨拶をうけた尊は店内を見渡していた目を店員に向け、その後ろから近づく女性をとらえた。駆け寄ってきた着物の女性に微笑み、素直な感想を伝えた。
「良い雰囲気のお店ですね」
「ありがとうございます。この店のママでユキです。本日はようこそお越しくださいました」
すぐに駆け付けたきれいなシルバーグレーに小さな花がよく映える着物を身に着ける小綺麗なママは尊に柔らかな微笑みを見せた。尊はきれいな女性だと素直に思った。控えめながらやはり、そこには花があった。
「素敵なママもいるとはますます気に入りました」
歯の浮くようなセリフも尊の口から流れると嫌味がなく、ママもこれには珍しく頬を少し染めてしまった。
「ありがとうございます。お若いと聞いておりましたがこのようにかっこいい総長でしたとは」
「極道らしくない顔だとよく言われます。今日はぜひママにお酒を注いでもらいたいですね」
「ぜひ、お席はこちらです」
ママと尊の会話に黒木や組員は何も思わないが、初めて尊とクラブに来た聖は驚いた。
「黒木」
「なんですか」
聖は黒木を引き寄せる。
「いつもあんな感じなのか、総長は」
「普通ですよ」
黒木の答えに少し間をおいて感心したように聖眉を器用にあげる。
「普通か、女たらしだな」
聖は意外な尊の一面を知った気がした。尊は女のおの字も感じさせないため、
「(童貞の女の子が苦手な初心男だ)」
と聖は思っていた。その初心男が手慣れたようにママと会話を弾ませ、頬を染めさせるとは聖の予想を超えていた。黒木は感心したような驚いた顔をする聖に同情した。
普段の尊はそこら辺にいる若者という感じで、今のようなスマートな軟派男ではない。先に席に向かう尊のもとに黒木は行こうとたが足を止めて振り返る。黒木は口をにやりと歪めた。
「総長のあれは無自覚だから」
「‥‥‥はぁ?」
じゃっと黒木は手を挙げて尊のそばに向かう。固まってしまった聖も尊の呼ぶ声に意識を戻し近くに席へ呆けた顔のまま急いだ。
案内された奥にある隠れた席にはすでに3人の男と露出度高めの服の若い女が座っているのに尊はすぐに脳内で帰る算段を始める。どう考えても面倒なやつだと尊は心のなかで顔を歪めた。
尊がそんな算段をしているなど気が付くわけもない聖は先客に声をかけ、3人の男が立ち上がり頭を下げ、ならうように女も頭を下げて尊たちを歓迎した。
「待たせたかのー こちらが6代目総長だ」
「初めまして。メリッサ芸能事務所に勤めております野口と申します。こっちが原田、そしてアイドルの柏木未来です」
「聖組傘下尼木組系菊池組組長菊池と申します。よろしくお願いいたします。」
差し出された名刺を尊は後ろにながすと黒木が受け取り胸ポケットにしまう。ヤクザが名刺を渡してきたことに少しばかり驚きつつ、尊は腰をおろす。
「(さっさと帰ろう)」
と思いながら
ソファに腰を掛けると未来が尊の横にすわり体をつけて尊の太ももに手をおく、尊はそれを軽く無視してユキに酒をついでもらう。それを傾けながら動かした尊の目に聖の気持ち悪い笑みが映る。
「聖さん、本題はなんですか」
足を組み直しさりげなく未来を遠ざけ尊は直球で聞く。尊の直球すぎる問いに聖は顔の前で手を振る。
「本題もなにもないですよ! 未来ちゃんの事務所と好意にしてるから紹介しようと思っただけです」
「そうですか」
尊は聖がろくでもないことを考えているとすぐにわかった。聖の顔がそれはそれは下卑たものになっているからだ。こんなにもわかりやすい男で大丈夫だろうかと尊は不安になるがとりあえずいい時間になるまで楽しもうとグラスを開けるとユキにもう一度注いでもらう。
「総長さんはいける口ですか」
「お付き合い程度には、ママも飲みませんか」
「頂戴します」
尊は遠慮するユキに自らウィスキー注ぎながらグラスに添えた手がとてもきれいだとみてしまった。特に薄桃色の爪が光を艶めかせるのが尊の目にとても清潔できれいなものに見えた。
「とてもきれいな手ですね」
ユキはグラスを机に置くと恥ずかしそうに指を隠すように手を合わせた。こういう店なので女を褒める男は多くいる。しかし大体は
「今日もかわいいね」
「きれいだね」
という言葉で尊のように褒めてくれる男はそうそういない。尊が褒めたところはユキが小さな部分もしっかり手入れをしないとと気にしてきれいにしている部分であった。自分が頑張っているところを褒められてうれしくないはずがない。
しばらくしてユキは申し訳なさげに別の客のところに移動するのを見計らい尊に未来が声をかけた。
「あのぉ」
体をもう一度すりよせてくる未来に尊はサングラスの奥で目を細めた。未来は体を寄せても目を向けるだけで、反応しない尊に諦めず猫なで声で誘った。
「総長さんってかっこいいですよねぇ! サングラスもすごくかっこいい」
「ありがとうございます。柏木さんはかわいらしい」
「本当ですかぁ! うれしい!」
未来は胸の前で手を組ながら恥ずかしそうに頬を染める。尊はサングラスの奥で腕時計を確認するとにこりと微笑むと立ち上がった。
「総長?」
急に立ち上がった尊を不思議そうな声を聖は上げた。黒木たちは何となく尊が長居しないだろうと予想していた。
「今日はお誘いありがとうございます。わたしはこれで失礼します」
失礼といいながらソファから抜け出す尊に聖はグラスを持ったまま立ち上がった。
「いやいや!? まだこれからじゃないですか」
聖が懸命に引き留めるが尊はにこりと口に笑みを浮かべるだけだ。
「まだやらなければいけないことも残っているので」
尊は聖たちに背を向けた。
「そんなこと言わずに」
聖は何とか引き留めようとするが尊は振り向くことなく手を軽く振り入口に向かってしまう。野口は未来にまくしたてるように指示を出した。
「なにをしている、未来!追いかけなさい」
未来は頷くといわれるがまま尊を急いで追いかけた。離れていく未来の姿に原田は眉を顰め、野口にばれないように睨み付けた。
どかっとソファに深く腰を下ろした聖に菊池が弱った声をかける。
「聖親分・・・・・・」
「心配するな。総長だって男だぞぉ~! あんなかわいい子に迫られたらなぁ! へへへへ」
下品に笑う聖の横に店員がやって来た。
「総長様から皆様にと」
店員の手からワインを聖は受けとるとラベルを確認し店で1番高価なワインに聖はおぉと感嘆の声を漏らす。
「さすが! 総長だ」
どぼどぼと遠慮なくグラスに注ぐと聖はワインをあおる。その姿は素敵なほど現金な男である。
そんな聖をユキは残念なものを見るような眼で着ていたが、ユキの視線の意味に気が付くわけもない聖は嬉しそうに手招きする。
「ユキー! おいで」
「はい」
聖の機嫌のよい声に呼ばれてユキは聖のもとで酌をしながら心の中で総長さんは良い男なのにと思っていた。どうして幹部の男は残念なのかしらと思った。これにはほかの幹部が一緒にするなと怒っているところだがユキは声に出していないしほかの幹部もいないのでセーフだ。
尊の静かに飲んで、帰る際にはワインを聖のほかに店の人で楽しく飲むようにと手配して帰るスマートさにはママも驚きほれ込んだ。
「なにか」
「もう少し一緒にいたいのぉ。いいでしょ」
尊は追いかけてきてまで迫る未来にため息しかでない。尊の目には未来の姿が必死に縋る哀れなものにしか見えない。伊達に短いながらも総長はやっていない。それに尊は人の感情の変化を感じ取ることが嫌ながらも得意であった。
尊としては正直このまま、未来を放置し心休まる本邸に帰りたいところだ、が面倒ごとになる可能性が大いにある。この姿の未来になにかよからぬことをしだす者はいるはずだ。
そうすれば最後に一緒にいた自分がなにか言われるのは必須だと尊はため息をついた。
黒木はため息をつく尊にどうするのだろうと様子を見ていれば、尊は少し意地悪そうに口角を上げた。一瞬の表情だったか黒木は思わずため息をつきかける。
尊は体をひねり未来の後ろから肩を優しく抱くように手を添えた。すると添えただけなのに未来はびくっと体を揺らした。尊はびくつく未来を鼻で笑ってしまった。そして、色仕掛けを仕掛ける女には見えなかったはずだと尊は苦笑した。
「送りましょう」
黒木が開ける後部座席にエスコートされる形で押し込まれ、ぽかんとする未来を悪い男に引っ掛かるタイプだと判断する。
黒木は初な反応をする未来をほほえましく思いながら一瞬意地悪そうな表情を見せていた尊に
「(あまりいじめないように)」
と目で伝えたが軽いウィンクが返ってくるだけだった。
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