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41・spirito※

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 看板の落下事故に遭ったが、頭を強く打ったのと擦り傷だけで済んだのは本当に不幸中の幸いだ。
 ボクが我に返ったのは、病院で天手さんが治療を受けて病室で眠ってからだった。

「…………はっ……はーっ……はーっ!」

 間の記憶が無い。
 ドッと心臓が暴れ出して、冷や汗がダラダラと背中を流れて気持ち悪い。
 息が、息が上手く出来ない。

『ガララ』
「兄さ、って天音君! ちょっと大丈夫!?」

 事故の連絡が来た花奏さんがボクを見て血相を変えて駆け寄ってきた。

「落ち着いて。ただの脳震盪だって、お医者さんも言ってたから、明日にでも家に帰れるから……」
「ひっ……ケホッ、コホ」
「深呼吸して……」

 ボクの手を取って、天手さんの口元に持っていかれる。天手さんの呼気を掌に感じて、少し落ち着いた。

「怖かったね。もう、心配いらないから」

 幼い子どもを宥めるように、優しく声をかけてくれる。
 張り詰めて、辛うじて保っていた感情が堰を切り、濁流のように押し寄せる。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさ、ごめ、ご、ゴッごご、ゴメンナサイィ! ボクが、ボクが隣に居たのに! ボクを迎えに来た所為で!」
「天音君!」
「どうされました!?」

 看護師さんが駆け付けて、パニック状態のボクを落ち着かせようとしてくれたが、怖くて怖くて情け無くて不甲斐なくて、涙が止まらなかった。

「ご、ごめんなざいぃ……うぇっ、ヒック、ボク、ボクのせいで、天手ざんが、死んじゃったら、ど、どうじようぅ!」
「そんな事あるわけないでしょ! ちゃんと兄さん生きてるから! 震災の時より、ずっとずっと軽い怪我だから!」
「何も心配いりませんよ。そろそろ目も覚ますはずですから、涙を拭いて」

 そう言われても不安で堪らず、家に一人で帰っても結局一晩中泣いてしまった。

 次の日、脱水気味になりながら花奏さんからの電話を取った。天手さんはボクらが帰った後に目を覚ましたと言っていた。
 IC検査をしても異常は無く、後遺症は残らないだろうとお医者さんにも告げられたと教えられて、安心した。
 朝から病院行って部屋を覗けば、ぽけ~っと暇そうにしている天手さんがベッドに居た。

「天手さん!」
「……ああ、あまね。ぶじで、よかった」
「良くありませんよ……気分悪いですよね。脳震盪で脳が揺れたから当分、酷い車酔いみたいな症状が続くってお医者さんが」
「……あー」

 受け答えが遅く、ぼんやりしている。
 呂律も回ってないし、物が二重に見えているようで焦点も合ってない。
 ボクの所為だ。
 あの時もっと周りに注意を払っていればこんな事にはならなかったかもしれないのに。

「何か飲まれますか?」
「オレンジジュース」
「珍しいチョイスですね」
「はいてもうまいってきいた」
「…………」

 嘔吐の症状もしっかりあるようだ。
 病院の子ども向け自販機で紙パックのオレンジジュースを買って、天手さんの口元に当てる。

「……ぎしゅ、いっぽん、だめになった」
「義手一本で済んでよかったです。天手さんが生きてて……本当に、本当に良かったです」

 昨日の事故の事を思い出して、また泣きそうになる。
 ボクの大事な人は、いとも容易く、簡単にいなくなってしまう可能性があるんだ。
 
「そーだな……うっぷ!」
「!」
「オェッ!」

 枕元に置かれた桶にオレンジジュースを戻した天手さんの背をさする。

「ぁあ……ぐうぐるすぅ……」
「(……また、まただ)」

 苦しそうに胃液を吐き出して涙目になっている天手さんを見て、また、ボクの胸の奥底で分厚く硬い何かが物凄い力で再び捩れていくのを感じる。
 
「あまぇ、あまね」
「ッ、はい」
「なーすこーるおしてくれ」
「あ、はい」

 ナースコールを押してから、天手さんの口元を拭う。
 少しして看護師さんが来てくれて、桶を変えてくれた。
 それからお医者さんから午後に退院は出来るが、一週間は激しい運動はせず安静にするように言われた。
 
「ぅ……うう、たてない……」
「…………」

 一時的とは言えど平衡感覚を著しく失っている天手さんは一人では、グラグラして真っ直ぐ立てない。
 意気消沈の天手さんの横で、ボクは車椅子をレンタルする手続きを行った。
 残された両脚さえ自分の思うように動かなくなった事に天手さんは酷くショックを受けていた。

「ボクが側に居ます。大丈夫です」
「ああ、それだけが救いだ……はぁぁ」
「(凄い事言われた……)」

 天手さんを慰めたつもりだったんだろうけど、ボクの方が救われた気がする。
 車椅子で家に帰り、横抱きにしながら天手さんをベッドに寝かせる。
 風呂桶を枕元に置いて、何かして欲しい事はないか聞くと、天手さんはボクを見上げながら緩慢な動きで口が開かれる。
 天手さんの口元に耳を寄せれば、小さな声で囁かれた。

「きすしてほしい」
「!」

 思わず息を飲んだ。
 天手さんを見れば、不安気に眉を八の字にしてボクを見ていた。
 お願いをされた通り、ボクは天手さんにキスをした。

「……あまね、あまね」
「なんですか?」

 舌足らずに何度も名前を呼んでくる。
 甘えてくる天手さんにもう一度唇を合わせる。
 ちゅっ……とリップ音が鳴って離れる。
 そのまま天手さんがボクの首筋に顔を埋めて、匂いを確かめるかのようにスンと鼻を動かした。
 
「……あまねのにおいがする」
「ボクですからね」

 暫くそうしていたら、段々と天手さんの瞼が落ちてきた。
 ウトウトと船を漕ぎ始め、やがて完全に閉じてしまった。
 静かな呼吸音だけが聞こえる室内でボクは天手さんの側から離れられなかった。

※※※

 事故原因の広告看板は看板取付会社の不備だったらしく、そこが義手の弁償と慰謝料を天手さんに支払った。
 お金で許せる事では無いが、誠意は受け止めておく。天手さんは、訴えるとかは考えてないらしいし。
 本人にその気が無いならボクはただ一人文句を言うだけに留めておく。

 事故から二日経ち、嘔吐と呂律の狂いは無くなったが物が二重に見えるのと平衡感覚はまだ戻っていない。
 おまけに……

『ズル、ズルゥ』
「天音、天音……」
「天手さん寝てないとダメですよ!」

 寂しいのか、ベッドから抜け出して壁に寄りかかりながら、時には床に這いつくばってボクの元へ来ようとする。
 情緒が不安定になっている所為か寂しがり屋で、甘えん坊な天手さんになってしまった。
 不謹慎ながら、一生懸命こちらに来ようとする姿は、めちゃくちゃ健気できゅんきゅんする。
 走り寄って横抱きにし、ソファーに座らせる。

「転けたら顔から行きますよ」
「んー……」
「もう少しで洗濯物終わるので、待っていてください」
「ん……」

 ボクが視界に入っていれば、大人しくなる。出来れば四六時中側に居たいのだが、流石に無理だ。

「……まだ?」
「はい、終わりました」

 瞳が揺れて視線が定まっていない天手さんがボクを認識しやすいように顔を近付ける。

『ちゅっ』
「な、なんでキスしたんですか?」
「ん? 違う?」
「合ってます!」
「ならいいじゃん」

 ここぞとばかりにキスをしてきたけど、ボクはキスだけで我慢するのが辛い。
 甘えたで寂しがりの天手さんは普段よりも接触が多い。ボクにくっついてくる。
 
「頭痛い……」
「! 薬、飲みますか?」
「うん」

 処方された薬を飲ませて、頭を撫でると猫のようにボクに凭れて擦り寄ってくる。
 ……こんな状態じゃ、ボクのスケベな理性に魔が差しかねない。
 激しい運動は厳禁だし、弱っている天手さんに手は絶対出したくない。でも、このままだと本当に色々キツい。

「天音……」

 そんなボクの心も知らず、天手さんは目を閉じたままボクの名前を甘い声で呼ぶ。
 その甘えに誘われるまま唇を合わせた。ボクが口を開くと天手さんもそれに応える。
 自制して舌を入れずにお互い舌先をチロチロ擦り合わせる。物凄く興奮しているのに物凄く物足りない。
 
「ッ~~……はっ! 天手さんボクちょっとトイレに行って来ますね!!」
「ふぇ、あ?」

 天手さんの肩を掴んで引き剥がす。
 反応が遅くなっている天手さんを置いてトイレに駆け込んだ。
 便座に座って大きく息を吐く。
 ズボン越しに存在を誇張し始めた股間を触って……天手さんの顔を思い出したら更に熱が上がった。
 あぁ、駄目だ。天手さんの事を考えたら益々止まらなくなる。
 とりあえず一発抜いて、心を落ち着かせよう。
 そう思ってチャックを下ろして外に出した所で……

『ガチャ』

 天手さんが入って来た。
 ボクは今どんな顔をして居るだろうか。多分間抜け面をしているに違いない。
 慌てて鍵をかけ忘れていた。

「……何してるんだよ」
「いや、コレは……すみません」

 フラフラとしながらなんとか立っている天手さんが、ボクを見下ろしている。
 言い訳をする余地も無い程に今の状況とブツを見られてしまっているボクはただ頭を下げた。
 沈黙が続き、どうしようもない状況の中、天手さんが限界だったのか、ズルズルと扉に肩を擦らせて腰をその場に下ろした。

「天手さん、少しだけでいいので一人にしてください」
「……俺、邪魔?」
「は?」
「俺、めんどくさい?」
「な、なん、なんで、どうしたんですか!?」

 この状況でメンヘラみたいな事を言い出す天手さんに混乱していると、ススっと俺の足の間に身体を寄せて膝に頬を乗せてきた。
 上目遣いの天手さんの可愛さに、またズクリと外に出してるモノが脈打つ。
 それを目視出来たのか、天手さんが膝からボクの股座に身を乗り出した。

『スリ』
「天手さん!? あの、さっきから何を……」

 勃ち上がっているボクのモノに頬擦りをしてくる天手さんにボクは両手で顔を覆うがしっかりと天手さんの様子は確認する。

「コレぐらいは、俺も手伝える」
「!?」

 天手さんはボクのモノに舌を這わせ、ペロリと舐め上げた後、躊躇無くソレを口に含んだ。

『ちゅぷ、ぢゅ』
「あま、天手さっ! な、なに、を……」

 突然の行動に、驚きの声しか出せない。
 裏筋を丁寧になぞられ、喉奥まで咥え込まれて舌で愛撫される。

「ぁ、あ、やばぃですって、離してくださいよ……」
「ん、ふぅ……あ、まねの、おっきくなってきた……」
「そんな事されたらそりゃそうなりますよ」
「……可愛い」

 ボクのモノに奉仕する天手さんを見て理性が崩壊していく。

『ガシ!』
「んんッ!」

 両手で天手さんの頭を掴み、先を喉奥に突き立てるように押し込んだ。

『ズリュン!』
「ふっ、んぐッ、んん」

 苦しげな声を上げる天手さんに構わず、咽喉に小刻みに突き入れ続け、きゅうきゅう締まる口内に堪らず欲を吐き出した。

「はっ……ぅ、う」
「ッ……ッ、ン!」

 ビクビクと震えるボクのモノを、一滴も溢すまいとするかのように天手さんはボクの出した精液を喉を鳴らし飲み干していく。

『……ずろぉ』
「はっ、ん……」

 口から引き抜かれたボクのモノをペロペロと舌先で綺麗にする天手さんの仕草にまた熱がぶり返しかけて、天手さんの頭に添えていた手に力を込めて引き離した。
 急いで前を閉まって天手さんに問いかける。

「はぁ……はぁ……急に、どうしたんですか?」
「…………」

 天手さんは肩を上下させながら、トロンとした瞳でボクを見上げてくる。

「何も、出来ないから……」
「!?」

 可愛らしく蕩けた表情の裏にある仄暗い感情にボクの背筋が凍った。
 心の支えである作曲作業も、最近やっと戻ってきた手のある日常も、今まで出来た真っ直ぐ歩く事さえ……今の天手さんは出来ない。
 ボクが居なくなる度に、自分が置いてかれるんじゃないかと不安になって無茶をしてまでベッドから抜け出してくるんじゃないか?
 妙に接触が多いのも、ボクの気持ちを確認して安心したがってたんじゃないか?
 自分が“邪魔”だとか“めんどくさい”だと言うのもボクに否定されたくて言ったんじゃないか?
 今したフェラも、何も出来ない自分にもまだ出来る事があるとボクにアピールしているように感じる。
 この人は、ボクが思っている以上に精神的にも肉体的にもボロボロだ……正常な判断さえ出来ていない。身体を差し出してボクを必死に繋ぎ止めようとしている。
 
「天手さん、今日は一緒に寝ましょう」

 そう言って天手さんを抱き上げると天手さんの寝室へ連れて行き、抱き締めて横になる。
 お風呂がまだだが構やしない。明日の朝にでも済ませばいい。

「……天音」
「はい?」
「ごめん。嫌だった?」
「とんでもない。とっても気持ち良かったです」
「……良かった……俺、何も出来なくなって……前以上に全部頼りっきりで……」

 腕の中で弱々しく呟く天手さんの言葉がボクの胸に刺さる。
 天手さんは大人でクールな人だが、強い人間じゃない。弱い部分もある普通の人。ただ、事故による一時的なストレスで心のバランスが崩れてしまい、自己肯定感が落ち込んで今みたいになってしまっただけだ。
 ボクだって同じだ。ボクには天手さんが必要なんだ。天手さんが居なくなっただけでダメになってしまう。

「ボク達はお互いに必要な存在なんですよ。だからそんな事言わずに頼ったり甘えたりして下さい。ボクはどんな天手さんでも大好きです」

 天手さんがボクの腕の中から顔を出してこちらを見た。その揺れ動く瞳は少し濡れていて、とても愛らしい。
 
「俺も、天音が好き」
「ボク達、両想いですね」
「……うん」

 天手さんが目を閉じてボクの胸元に顔を押し付けてきた。それを優しく包み込む様に抱き締める。
 
「ずっと、側にいて……」

 消え入りそうな声で囁かれた天手さんのお願いに答えるように強く抱いた。
 











(spiritoスピーリト・心)

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