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13・arpeggio
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私の兄には、両腕が無い。
生きていたのが奇跡と言って良いほどの震災による崩落事故で、肘から先の両腕が無くなってしまった。
「義兄さんの通院、今回は俺が行こうか? 花奏も偶には休まないと」
「大丈夫。それに天手兄さん、ああ見えて結構気にするタイプだから、あなたが行ったら遠慮して不調とか絶対言わないと思うし」
「そ、そうか。確かに。……気を付けて」
「うん」
夫に息子の面倒をお願いして、私は車を出して兄を迎えに行く。
今日は兄の通院の日。兄は幻肢痛の症状が深刻で、義手の訓練は長きに渡っている。
天音君には言ってないようだけど、まだ幻肢痛は完治していない。
「!」
マンション前に団体様が屯している。
よく見れば懐かしい顔ぶれ。兄が経営していたピアノ教室の元教え子達だ。
天音君の姿も見える。
ひとまず、車を止めて助手席のドアを開けて声をかける。
「兄さーん、お待たせー」
「花奏……」
「あ、それじゃ先生いってらっしゃい」
「調月先生、次は私のコンサート来てください」
「俺もコンクールあるんで新譜書いてくださいよ~!」
「わかったわかった」
「「「いってらっしゃ~い」」」
大きくなった元教え子達に見送られて、乗り込んでくる兄は嬉しそうだった。
シートベルトをしたのを確認して車のエンジンを吹かし、病院へ向かう。
「相変わらず人気者ね。誰も兄さんから離れていかない」
「有難い事だ。様子見に来てくれる子も多いのは」
今の兄さんは、浮浪者と言われたらギリ信じちゃいそうな見た目だけど、昔の学友や同業者だったピアノ講師達、元教え子達など、みんな事故後も変わらず交流を続けている。
愛想が良いわけじゃない兄が慕われるのは、人柄が良いからだろう。
「あっそうそう。天音君の最新動画見た?」
「見てない」
「兄さんの声入ってたよ。しかも、天音君が笑った姿が映っててもうコメント欄すごい事になっててさ。もうすぐ再生数億超えるんじゃない?」
「……顔が良いから」
本当にそれ。ハーフで美形な男の子なんて、世の中には沢山居るけど、天音君みたいな高いポテンシャルを持つ人は早々居ない。
「あんな子に住み込みで介護されて……羨ましいわ。お付き合いの予定とかないの?」
「なんでそうなる」
「だって、兄さん一人じゃ餓死しちゃうじゃない。この際性別や歳の差、立場なんて選んでられないでしょ」
「いや、天音君居なくなったら普通にヘルパーさん雇うよ」
「……そう」
天音君の人生を自分が消費していいわけがないと、兄は言う。
大人らしい立派な考えだけど、相手のことばかりで、自分にそこまの価値があるとは思っていない。
気にしいで二の次に自分の事。
みんなが様子見に来るのはそういう無頓着な部分の心配もあってだろう。
相手の気持ちも少しは察してあげて欲しい。特に天音君の気持ちを。
病院に着くと、兄の顔が強張る。
私はそんな兄の背を押し、階段を使って上がる。
受付を済ませたら、リハビリの主治医が待合室で待っていてくれた。
「お久しぶりです。調子はどうですか?」
「前より痛みを感じる頻度は下がりました」
「それは良い傾向です。このまま頑張っていきましょう」
「はい。お願いします」
主治医との挨拶を終わらせて、早速リハビリテーションルームに向かった。
付き添いの私も部屋の隅で見学させて貰う。
義手を着装して、ひたすら腕の動作訓練を行う。
筋電義手は、手を動かす時に脳から送られる電気信号を読み取って本人の意識通りに義手を動かす事ができる。
近年の技術進歩でラグも少なくより精密な動きが可能になっているにも関わらず、兄の訓練は難航している。
ピアニストだった兄は、指先に向ける意識が人より鋭い為、どうしても機械的な義指の動きと動作意識の乖離が起こる。
義手を動かしているのに、無いはずの腕が先行して動いているような感覚になるらしい。
「……ッ」
「焦らずいきましょう」
何度やっても上手く行かず悔しげな表情を浮かべる兄を見て、私まで辛くなってくる。
結局、途中で幻肢痛の症状が出てきてしまい中断となった。
「……」
「また、頑張りましょう」
担当医師の言葉に兄は小さく「はい」と答えて、義手を外して幻肢痛の緩和薬を投与された。
始めた頃に比べてだいぶ動くようになってきた。日常動作も出来るようになってきているが、義手をつけたら幻肢痛が出てきてしまう。それをどうするかが今後の課題。
「はぁぁ……」
兄はいつも病院後は落ち込む。
まるで、みんなが跳び箱五段飛べるのに自分だけ飛べないと嘆く子どものように。
この世の終わりみたいな顔をして、必要以上に悲観的になっている。
「兄さん、大丈夫? 鰻でも食べに行く? 私奢っちゃう!」
「……ん」
「(食欲はあるみたい)」
兄の好物である鰻を食べさせるべく車を走らせれば、懐かしい景色が見えてきた。
ピアノ教室を開いていた兄さんの元自宅と、その近くには老舗の鰻屋がある。
「変わってないわね~」
「……いや、変わってるだろ」
鰻屋の駐車場に入り、車を停める。
『バン』
「お腹空いたー」
「……!」
店に入ろうとした兄さんの足が止まる。
見つめる先は、ピアノ教室のあった場所。
いや、ピアノ教室がある場所だ。
『♪~♩♬』
「……バイエルの初級教則本、七番目だ」
「すっごい、聞いただけでわかるの?」
「まぁ、教えてたし」
同じ場所で同じ事を違う人が教えている。
しみじみと時の流れを感じていると、鰻屋の暖簾が揺れた。
「お客さん、そこで止まられちゃ危ないよ。入るなら入りなさい」
「あ! すみません!」
中から出てきたおじさんに注意され、慌てて兄と共に店内に入る。
「あれま! 先生やないですか! お久しぶりですね」
「お久しぶりです」
「あ、そっか……ご近所さん」
自宅近くの鰻屋なんて、兄が通わないわけがない。
「事故に遭われたと聞いていましたが元気そうで良かったですよ」
「ありがとうございます」
「ささ、奥へどうぞ!」
テーブル席に案内され、早速メニュー表を開く。
どれもこれも食欲を唆る。
「……値上げしてる」
「二年前に消費税上がったから」
「…………並で」
「わかった。特上ね」
「何がわかったんだオイ!」
遠慮しようとしても無駄よ。呼び出し鈴の主導権はこっちにあるのだから。
「特上二つ」
「あいよ!」
「……花奏、お前大丈夫か?」
「大丈夫。心配しないで。息子よりは兄さん大人しいから」
「(食べさせてもらう心配じゃなくて手持ちの心配を……)」
呆れたように溜め息を吐く兄を他所に、注文した料理が届く。
「お待たせしました。特上鰻重です」
「待ってましたー」
早速割り箸を割って食べる準備をする。
ふっくらと焼きあがった鰻を口の中に放り込めば、香ばしい香りが鼻を突き抜ける。
美味しすぎる。
「はい、兄さんも」
「あ……」
兄の口元に運ぶ。
一口食べて咀噛すれば、目を輝かせて私を見てくる。
「おいしい?」
「うまい。すごい、うまい……ああ」
兄は久々の鰻に語彙力を溶かして感動していた。
ホワホワとした気の抜けた顔になった兄の前髪をかき上げて、ピンで止める。
傷を気にして髪を伸ばしてるけど、やっぱりこうしてあげる方がスッキリするし、表情もわかりやすい。
「ご馳走様でした」
「ご馳走様……ありがとう、花奏」
「いいのいいの。私も贅沢できたし」
お会計に向かえば、レジにさっきのおじさんが入ってくれた。
「また、いつでも来てくださいよ。これ割引券です」
「え? いいんですか?」
「先生にはうちの娘が大変お世話になりましたから。今、お身体の事で大変でしょうが、うちで精を付けてください!」
「……ありがとうございます」
鰻屋さんの割引券を受け取り、兄の鞄に入れる。
会釈をして店を後にする。
外に出ると兄はピアノ教室をじっと見つめていた。
ピアノを弾いていた頃を思い返しているのか、懐かしむような眼差しをしている。
『ガララ……』
「先生さようなら」
「はい、さようなら!」
「……あっ」
「? あら!!」
現ピアノ教室の黒いワンピースを着た上品な先生が生徒を見送りに玄関から出てきた。
そして、その先生が私達の存在に気づくと驚いた顔をして歩み寄ってくる。
「こんにちは~!」
「こ、こんにちは」
「……こんにちは」
挨拶を交わすと、私達の姿を見て嬉しそうに花の様に可憐に微笑んでくれる。
「調月先生、お元気そうで何よりです」
「……三島さん」
この人は兄さんのピアノ教室に通っていた生徒の母親だ。
「驚きました?」
「……はい」
「ふふ、三年前に引っ越してきたんですよ。息子も娘も先生のピアノ教室を無くしたくないって言ってて」
三島さんの息子さんと娘さんも兄の教え子だった。
事故当時は確か小学生だったと思う。
「勝手に先生の後継みたいな事してごめんなさいね」
「いえ……いえ、全く。教え子達がココに残ってるとは、思ってもいなかったので……本当に……」
三島さんは二人の育児の為にピアノ講師を退職したと聞いていたが、子ども二人の後押しから先生が今のマンションに引っ越した後に、ピアノ教室を受け継ぐように開いたらしい。
「先生、いつでもいらしてくださいね。うちの子ども達も生徒達も喜びますから」
「はい、ありがとうございます」
兄さんのピアノ教室が閉まった後、教え子の生徒達に残された選択肢は、別のピアノ教室に移るか、ピアノ教室に通うのを辞めるか……その二択だけだと思ってた。
けれど、兄さんと関わりのあった人達が引き継いで、残してくれている。
車の中で、兄が嬉しそうな声で呟く。
「よかった……」
それは、とても優しい声色で、心底ホッとしていた。
急に無くなってしまったピアノ教室から放り出された教え子達が気掛かりだったのだろう。
「……兄さん、すごいね」
「何が?」
「兄さんが持ってた物、全部繋がってる。バラバラになっても」
皆の心を掴んで離さない。慕われていたのがよくわかる。
「……俺を掴んで離さないでいてくれるのは、みんなの方だ」
「そうかもしれないけど、逆も然り」
手は無くなっても、お互い強固に手を取り合ってる。
「(……天音君は、兄さんの心を掴めるかしら?)」
(arpeggio・分散和音)
生きていたのが奇跡と言って良いほどの震災による崩落事故で、肘から先の両腕が無くなってしまった。
「義兄さんの通院、今回は俺が行こうか? 花奏も偶には休まないと」
「大丈夫。それに天手兄さん、ああ見えて結構気にするタイプだから、あなたが行ったら遠慮して不調とか絶対言わないと思うし」
「そ、そうか。確かに。……気を付けて」
「うん」
夫に息子の面倒をお願いして、私は車を出して兄を迎えに行く。
今日は兄の通院の日。兄は幻肢痛の症状が深刻で、義手の訓練は長きに渡っている。
天音君には言ってないようだけど、まだ幻肢痛は完治していない。
「!」
マンション前に団体様が屯している。
よく見れば懐かしい顔ぶれ。兄が経営していたピアノ教室の元教え子達だ。
天音君の姿も見える。
ひとまず、車を止めて助手席のドアを開けて声をかける。
「兄さーん、お待たせー」
「花奏……」
「あ、それじゃ先生いってらっしゃい」
「調月先生、次は私のコンサート来てください」
「俺もコンクールあるんで新譜書いてくださいよ~!」
「わかったわかった」
「「「いってらっしゃ~い」」」
大きくなった元教え子達に見送られて、乗り込んでくる兄は嬉しそうだった。
シートベルトをしたのを確認して車のエンジンを吹かし、病院へ向かう。
「相変わらず人気者ね。誰も兄さんから離れていかない」
「有難い事だ。様子見に来てくれる子も多いのは」
今の兄さんは、浮浪者と言われたらギリ信じちゃいそうな見た目だけど、昔の学友や同業者だったピアノ講師達、元教え子達など、みんな事故後も変わらず交流を続けている。
愛想が良いわけじゃない兄が慕われるのは、人柄が良いからだろう。
「あっそうそう。天音君の最新動画見た?」
「見てない」
「兄さんの声入ってたよ。しかも、天音君が笑った姿が映っててもうコメント欄すごい事になっててさ。もうすぐ再生数億超えるんじゃない?」
「……顔が良いから」
本当にそれ。ハーフで美形な男の子なんて、世の中には沢山居るけど、天音君みたいな高いポテンシャルを持つ人は早々居ない。
「あんな子に住み込みで介護されて……羨ましいわ。お付き合いの予定とかないの?」
「なんでそうなる」
「だって、兄さん一人じゃ餓死しちゃうじゃない。この際性別や歳の差、立場なんて選んでられないでしょ」
「いや、天音君居なくなったら普通にヘルパーさん雇うよ」
「……そう」
天音君の人生を自分が消費していいわけがないと、兄は言う。
大人らしい立派な考えだけど、相手のことばかりで、自分にそこまの価値があるとは思っていない。
気にしいで二の次に自分の事。
みんなが様子見に来るのはそういう無頓着な部分の心配もあってだろう。
相手の気持ちも少しは察してあげて欲しい。特に天音君の気持ちを。
病院に着くと、兄の顔が強張る。
私はそんな兄の背を押し、階段を使って上がる。
受付を済ませたら、リハビリの主治医が待合室で待っていてくれた。
「お久しぶりです。調子はどうですか?」
「前より痛みを感じる頻度は下がりました」
「それは良い傾向です。このまま頑張っていきましょう」
「はい。お願いします」
主治医との挨拶を終わらせて、早速リハビリテーションルームに向かった。
付き添いの私も部屋の隅で見学させて貰う。
義手を着装して、ひたすら腕の動作訓練を行う。
筋電義手は、手を動かす時に脳から送られる電気信号を読み取って本人の意識通りに義手を動かす事ができる。
近年の技術進歩でラグも少なくより精密な動きが可能になっているにも関わらず、兄の訓練は難航している。
ピアニストだった兄は、指先に向ける意識が人より鋭い為、どうしても機械的な義指の動きと動作意識の乖離が起こる。
義手を動かしているのに、無いはずの腕が先行して動いているような感覚になるらしい。
「……ッ」
「焦らずいきましょう」
何度やっても上手く行かず悔しげな表情を浮かべる兄を見て、私まで辛くなってくる。
結局、途中で幻肢痛の症状が出てきてしまい中断となった。
「……」
「また、頑張りましょう」
担当医師の言葉に兄は小さく「はい」と答えて、義手を外して幻肢痛の緩和薬を投与された。
始めた頃に比べてだいぶ動くようになってきた。日常動作も出来るようになってきているが、義手をつけたら幻肢痛が出てきてしまう。それをどうするかが今後の課題。
「はぁぁ……」
兄はいつも病院後は落ち込む。
まるで、みんなが跳び箱五段飛べるのに自分だけ飛べないと嘆く子どものように。
この世の終わりみたいな顔をして、必要以上に悲観的になっている。
「兄さん、大丈夫? 鰻でも食べに行く? 私奢っちゃう!」
「……ん」
「(食欲はあるみたい)」
兄の好物である鰻を食べさせるべく車を走らせれば、懐かしい景色が見えてきた。
ピアノ教室を開いていた兄さんの元自宅と、その近くには老舗の鰻屋がある。
「変わってないわね~」
「……いや、変わってるだろ」
鰻屋の駐車場に入り、車を停める。
『バン』
「お腹空いたー」
「……!」
店に入ろうとした兄さんの足が止まる。
見つめる先は、ピアノ教室のあった場所。
いや、ピアノ教室がある場所だ。
『♪~♩♬』
「……バイエルの初級教則本、七番目だ」
「すっごい、聞いただけでわかるの?」
「まぁ、教えてたし」
同じ場所で同じ事を違う人が教えている。
しみじみと時の流れを感じていると、鰻屋の暖簾が揺れた。
「お客さん、そこで止まられちゃ危ないよ。入るなら入りなさい」
「あ! すみません!」
中から出てきたおじさんに注意され、慌てて兄と共に店内に入る。
「あれま! 先生やないですか! お久しぶりですね」
「お久しぶりです」
「あ、そっか……ご近所さん」
自宅近くの鰻屋なんて、兄が通わないわけがない。
「事故に遭われたと聞いていましたが元気そうで良かったですよ」
「ありがとうございます」
「ささ、奥へどうぞ!」
テーブル席に案内され、早速メニュー表を開く。
どれもこれも食欲を唆る。
「……値上げしてる」
「二年前に消費税上がったから」
「…………並で」
「わかった。特上ね」
「何がわかったんだオイ!」
遠慮しようとしても無駄よ。呼び出し鈴の主導権はこっちにあるのだから。
「特上二つ」
「あいよ!」
「……花奏、お前大丈夫か?」
「大丈夫。心配しないで。息子よりは兄さん大人しいから」
「(食べさせてもらう心配じゃなくて手持ちの心配を……)」
呆れたように溜め息を吐く兄を他所に、注文した料理が届く。
「お待たせしました。特上鰻重です」
「待ってましたー」
早速割り箸を割って食べる準備をする。
ふっくらと焼きあがった鰻を口の中に放り込めば、香ばしい香りが鼻を突き抜ける。
美味しすぎる。
「はい、兄さんも」
「あ……」
兄の口元に運ぶ。
一口食べて咀噛すれば、目を輝かせて私を見てくる。
「おいしい?」
「うまい。すごい、うまい……ああ」
兄は久々の鰻に語彙力を溶かして感動していた。
ホワホワとした気の抜けた顔になった兄の前髪をかき上げて、ピンで止める。
傷を気にして髪を伸ばしてるけど、やっぱりこうしてあげる方がスッキリするし、表情もわかりやすい。
「ご馳走様でした」
「ご馳走様……ありがとう、花奏」
「いいのいいの。私も贅沢できたし」
お会計に向かえば、レジにさっきのおじさんが入ってくれた。
「また、いつでも来てくださいよ。これ割引券です」
「え? いいんですか?」
「先生にはうちの娘が大変お世話になりましたから。今、お身体の事で大変でしょうが、うちで精を付けてください!」
「……ありがとうございます」
鰻屋さんの割引券を受け取り、兄の鞄に入れる。
会釈をして店を後にする。
外に出ると兄はピアノ教室をじっと見つめていた。
ピアノを弾いていた頃を思い返しているのか、懐かしむような眼差しをしている。
『ガララ……』
「先生さようなら」
「はい、さようなら!」
「……あっ」
「? あら!!」
現ピアノ教室の黒いワンピースを着た上品な先生が生徒を見送りに玄関から出てきた。
そして、その先生が私達の存在に気づくと驚いた顔をして歩み寄ってくる。
「こんにちは~!」
「こ、こんにちは」
「……こんにちは」
挨拶を交わすと、私達の姿を見て嬉しそうに花の様に可憐に微笑んでくれる。
「調月先生、お元気そうで何よりです」
「……三島さん」
この人は兄さんのピアノ教室に通っていた生徒の母親だ。
「驚きました?」
「……はい」
「ふふ、三年前に引っ越してきたんですよ。息子も娘も先生のピアノ教室を無くしたくないって言ってて」
三島さんの息子さんと娘さんも兄の教え子だった。
事故当時は確か小学生だったと思う。
「勝手に先生の後継みたいな事してごめんなさいね」
「いえ……いえ、全く。教え子達がココに残ってるとは、思ってもいなかったので……本当に……」
三島さんは二人の育児の為にピアノ講師を退職したと聞いていたが、子ども二人の後押しから先生が今のマンションに引っ越した後に、ピアノ教室を受け継ぐように開いたらしい。
「先生、いつでもいらしてくださいね。うちの子ども達も生徒達も喜びますから」
「はい、ありがとうございます」
兄さんのピアノ教室が閉まった後、教え子の生徒達に残された選択肢は、別のピアノ教室に移るか、ピアノ教室に通うのを辞めるか……その二択だけだと思ってた。
けれど、兄さんと関わりのあった人達が引き継いで、残してくれている。
車の中で、兄が嬉しそうな声で呟く。
「よかった……」
それは、とても優しい声色で、心底ホッとしていた。
急に無くなってしまったピアノ教室から放り出された教え子達が気掛かりだったのだろう。
「……兄さん、すごいね」
「何が?」
「兄さんが持ってた物、全部繋がってる。バラバラになっても」
皆の心を掴んで離さない。慕われていたのがよくわかる。
「……俺を掴んで離さないでいてくれるのは、みんなの方だ」
「そうかもしれないけど、逆も然り」
手は無くなっても、お互い強固に手を取り合ってる。
「(……天音君は、兄さんの心を掴めるかしら?)」
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