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6・flash mob

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 茜野の訪問から三日後、依頼で夜まで家を空ける事になってしまった。
 朝食と昼食を一口サイズに分割して作っておいたが、先生はちゃんと食べてくれただろうか。
 そんな心配を頭の隅に置いて、耳にかけたインカムに集中して指示を待つ。
 現在、目立つ金髪を隠す為、ワンデイカラースプレーを使って黒髪にしている。
 壇上に立つ用の燕尾服やタキシードではなく、ビジネススーツを着るのはいつぶりだろうか。
 日曜日の昼、行き交う人々を眺めて期間限定で設置されたストリートピアノの近くで待機中。

《ピガッ……デューラーさん、準備OKです。いつでもどうぞ》
「了解です」

 インカムの指示を聞き、ボクはビジネスバックを持って、歩き出す。
 そして、タイミングを見計らいながら鍵盤に手を乗せた。

『♪~♬』

 半日出勤のサラリーマンに扮するボクが奏る音色に、通行人が足を止める。
 円を描く小規模な人集りが出来始めた頃、近くの飲食店から店員がヴァイオリンを持って出てきた。

 彼女はボクの側に立ち、タイミングを合わせて二重奏デュエット
 一気に観衆がざわつき始める。
 そして次は工事作業員が二名出てきてチェロのセッティングをする。
 一人がチェロを持ち、もう一人はビオラを構えた。
 一気に四重奏カルテットとなり、いよいよ只事ではなくなる。
 腰掛けていたラッパーのような風貌の青年がサックスを取り出し、杖を付いていた老人と介護人がドラムセットを組み立て老人がドラムスティックで音を刻み始める。
 次々と合流していく奏者達に観客が興奮を隠しきれない。
 一台のピアノからオーケストラに変貌した。
 最後にトランペットを持った男性が観衆の最前列から飛び出して一気に主役に躍り出る。
 トランペットの男性を先頭に、足の動く楽器達が曲に合わせてステップを踏み、ターンをする。
 音楽に身を任せる感覚が心地よい。

『♪~~』

 ボクはラストスパートをかけるように指を踊らせ、最後の小節を弾ききった。
 豪雨の如き、割れんばかりの拍手喝采がストリートミュージシャン達に送られる中、トランペットの男性が一人の観客の元へ歩み寄る。
 膝をついてポケットから小さな箱を取り出し、低い位置で蓋を丁寧に開けた。
 
「僕と結婚してください」

 そう言って差し出された指輪を、震える手で受け取った車椅子の女性は歓喜あまって涙を流していた。
 プロポーズ成功に湧くギャラリー達を見て、ボクらはその隙に四方八方に解散した。
 路上ライブを終えて、ボクらは再び別の場所で落ち合う。

「お疲れ様でした」
「ありがとうございます、デューラーさんのお陰で大成功でした」
「いえ、こちらこそ素敵な演奏とプロポーズに携わらせて頂き感謝しています。また機会があれば是非お願いします」

 今回のフラッシュモブの演奏依頼は仕掛け人の男性ではなく、元々依頼を受けていた音楽団の方からの助っ人依頼だった。音楽団のピアニストが急病で参加出来なくなった為、一ヶ月前急遽ボクに白羽の矢が立ち、こうして仕事をさせて貰った。
 クラッシック好きな彼女は、コンサートホールに車椅子専用席があったとしても、演奏を中央最前列で見る事が出来ない。
 好きな物を間近で見たいと言う想いは叶わない事を仕方ないと言って諦めていた彼女の為に、今回彼氏さんがプロポーズを兼ねたフラッシュモブによるオーケストラを計画したらしい。
 
「(……十年前までは、車椅子専用席なんて無かったな。コンサートホールもそこまでバリアフリーも進んでなかった。あの頃は、身体が不自由な方に対する配慮も少なかったんだろうな……スロープも、ボクが小学生の頃にやっといろんな所に出来始めたし)」

 今の時代なら当たり前のように存在する物でも、昔は無かった。
 バリアフリーは時代の流れによって変わっていくものなんだと思い知る。

「(……ボクも、もっと勉強しないと)」

 ここ最近の自分の無知さを痛感しながら、遅めのお昼は依頼者のカップルと打ち上げとなった。

「いやぁ、デューラーさんのピアノ、凄かったですね! 感動しました!」
「流石、旋律の貴公子と呼ばれるだけのことはありますね」
「……その呼び名は恥ずかしいんで勘弁して下さい……」

 ボクの二つ名を覚えている方々がいたようだ。それを口にされると顔から火が出そうになる。

「けど、本当に素敵でしたよ」
「そうですよ、私達の結婚式でも是非とも一曲弾いて貰いたいです」
「それは是非是非! 駆けつけますので!」

 お昼から飲み会に突入し、ボクも少しだけアルコールの入った。

「デューラーさんの弾き方って、あの人……なんだっけ? 月、デューラーさんと名前似てる人」
「調月 天手? あー確かになんかっぽいかも。天才って感じ」
「! ……調月先生はボクの恩師ですから似るのも必然です」
「え!? そうなの!?」

 外部者であるボクについて興味津々な音楽団の方々といろいろ話した。楽しい時間はあっという間。
 そして、夕暮れに染まる空の下、マンションまで歩いて帰る。
 久しぶりにお酒を飲んで、ちょっとふらつく足取りでエレベーターに乗り込む。階のボタンを押してから扉を閉めるボタンを押す。
 ゆっくりと上がって行く最中、壁に背を付けて、目を閉じる。

「(……楽しかった、なぁ)」

 ボクは人前で演奏するのが好きだ。緊張はするけど、いつからか恐怖は感じなくなっていた。
 失敗を恐れても、成功はやってこないから。
 ポーンッ、という音と共にエレベーターが止まる。
 ボクは目を開けて、エレベーターを降りて家に続く通路へ出る。

「ん?」

 扉を開けて玄関に立っている先生の姿が見えた。向かい側には、ボク以上に異国の顔付きをした金髪の男性がいた。背丈は同じぐらいだけど、筋肉質なのか体に厚みがある。

「(先生のお知り合いの方かな?)」

「絶対、無理しチャNOヨ」
「OKOK」
「それじゃ、good-by」
『ちゅ』
「……バーイ」

 頬にキスを落とし合って、さっさと階段を降りて行く。


(flash mobフラッシュ モブ・瞬間的な群衆)



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