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1:掃討人
しおりを挟む大国メルデンディアの冒険者ギルドは、今日も依頼を求めて冒険者達が掲示板でたむろしていた。
「そろそろB級に上がりてぇな」
「けど、ここじゃC級レベルの魔物討伐でさえ死人出てるぜ? B級に上がっても死ぬだけかもよ」
「他所ではA級レベルの依頼がC級扱いされてる」
「死ねって事か」
メルデンディアの都市にある冒険者ギルドで貼り出されている依頼書は、薬草採取や雑用手伝いの他に、近隣の魔物討伐などの仕事も張り出されている。
難易度の高いものから、S級、A級、B級、D級、C級、E級とランク付けされているが、他所では難易度A級の危険度が伴う依頼が難易度C級に指定されている。
しかし、依頼完遂料金はA級相当になっており、目先の欲に眩んでD級から上がりたての新人が手を出して死亡する事例が多い。
そして、C級でA級並みの危険度ならば、このメルデンディアの冒険者ギルドで扱われるB級、A級の討伐依頼は通常ラインを超えた桁外れの危険度を伴う。
「……けど、うまいんだよな。報酬が」
「ああ……」
そして、桁違いなのは報酬金の額にも出ている。金貨数十枚にも及ぶ報酬は一生かけても稼ぎきれない冒険者も存在する。A級冒険でも数年の努力が必要だ。
普通ならば、B級でやっと身入りが良くなるという程の報酬金であるが、危険度の割に安いと思うかもしれない。
しかし、このギルドでは魔物討伐で一攫千金のチャンスがある。
『ビリ』
「「あ」」
まごついていた冒険者達を無視して、掲示板へスッと伸びた腕が二枚の依頼書を掴み剥がしていった。
【トライデントワーム討伐】
【サザンクロスドラゴン討伐】
少し日に焼けているA級討伐依頼書を受付けへ持っていく全身鎧の冒険者に受付嬢が、ハッとしたように判子と書類の準備を始めた。
「スレーブさん、一気に二件も行かれるんですか?」
「この二つは同日に貼り出され、今日で規約の掲載期日が切れます。早く片付けないと、他の期日が来てしまう」
「……掃討人としてご立派ですが、あまり無茶はしないでください。貴方の代わりはいませんから」
受付嬢の気遣う言葉に会釈で返し、全身鎧の男は書類に受け取りのサインを手早く記入する。
「おい、あれって」
「ああ……誰にも達成出来なかった依頼を片付ける掃討人」
「『殲滅のスレーブ』……初めて見たぜ」
冒険者ギルドには、日夜依頼が舞い込んでくる。その中で難易度の高い依頼はずっと掲示板に残っている。規定の期間内に誰も達成できない依頼は、期限切れとなり掲示板から無くなる。
しかし、高難易度の依頼は国に被害が及ぶ物も多く重要度も高い。ただ取り下げるだけでは問題は片付かない。
そういった残り物を一掃する『掃討人』を冒険者ギルドは最低でも一名所属させている。
他国での掃討人の活動頻度は年に三~五回程度だが、ここメルデンディアの冒険者ギルドでは月に最低一回は出動している。その仕事を請け負っているのは、スレーブと言う全身鎧の拳闘士。
「(……掃討人が依頼を担当すれば、報酬はギルドと折半。今回の二件で……金貨500枚)」
報酬金は、都市で十年は遊んで暮らせる金額だ。
スレーブは、兜の中で眉間に皺を寄せて複雑な心境で口角を上げる。
「(足りない……)」
※※※
トライデントワーム
砂漠地帯で縄張り争いに負けた三つ首の大型土竜がメルデンディアの辺境にある大森林に逃げ込んで暴食を働き、生態系を荒らしている。
『ギシャアアア!』
「ココは遮蔽物が多くて三つ首は動きにくいだろ」
見晴らしの良い砂漠地帯で周囲を警戒、観察する為の三つ首は、遮蔽物に囲まれた大森林では動きが鈍い。
しかし、囲い込みのテクニックは流石と言うべきか、慣れない遮蔽物を逆に利用して獲物を鋭い返し付きの刃で仕留めている。
冒険者達の被害は二名。一名は捕食され死亡。もう一名は片腕を失った。
「(三つの頭があったら、一つを叩いてる隙に二つの頭に食われる。接近戦では軌道も読まれやすい)」
拳闘士の名の通り、拳で打ち倒す戦法を行うスレーブにとって、ソロで挑むには非常に相性の悪い相手である。
けれど、相性が悪いというだけで手こずっていては掃討人は務まらない。
「(なら、その手の内で……)」
地面を蹴り上げたスレーブが、中央の頭に強烈な一撃を空中で与える。
『ドゴォ!』
残りの頭が大口を開けて左右同時に空中で身動きの取れないスレーブに牙を突き立てんと迫る。
「動きが読めるのはこっちも同じだ」
単純な話だ。噛み殺される前に、それを上回る速度で拳を無脊髄反射で打ち出す。
『ドゴォ!』
『ギジャ!』
『グガァ!』
ただ殴るという簡単な攻撃で、三つ首の固い甲殻と肉が潰れ、頭蓋と脳を破壊する。
そして、空中で三つ首を同時に始末したスレーブは、トライデントワームの巨体を引き摺り、ギルド職員に連絡を入れて町の入り口まで運んだ。
「……すごい」
「牙を何本かダメにしてしまいました。身体は出来る限り傷は付けずに戦ったので、鱗は素材として使えるかと」
「あ、はい。依頼報酬とは別に、素材納品報酬も追加でお支払いします」
「ありがとうございます。では、次の依頼を片付けてきます」
「え? もう次へ? 今日だけで済ませるおつもりで?」
ギルド職員の質問に、スレーブは日の傾きを確認しながら、拳を握り締める。
「長らく放置してしまった分、被害が着々と広がっています。早々に片を付けるのが、俺の仕事です」
「……お気をつけて」
見送られ、次の依頼場所である渓谷へと駆け付けた。
サザンクロスドラゴン
宵闇に紛れて、銀の肢体が空を舞う。
全長三メートルにも及ぶ巨大な翼を羽ばたかせる。渓谷の上から行商人の足である馬を狙い、捕食している。
一般人の被害が大きく、流通行路である渓谷を長らく通行止めにせざるを得なかった。
「(下から見たら夜空に溶ける黒、上から見れば雲に紛れる白。銀色が周囲の色を体に乗せてる……魚みてぇなドラゴンだな)」
視界の悪い中、一度見失えば奇襲でひとたまりもない。しかし、スレーブも伊達に経験を積んでいない。
「(羽ばたき音の反響。距離を測りながら、死角に入り込んでくる)」
背後からドラゴンが大きく首を振ってスレーブを叩きつけようとする。
『ゴオオ』
「フッ!」
接触の瞬間、衝撃を逃す為に受身を取りつつ、一回転して勢いを殺しきる。
至近距離に近付いたスレーブがドラゴンの翼の飛膜に拳を打ち込む。
『ズドン!』
まるで鉄板を突き破る弾丸のような速度で翼に穴を開けられたドラゴンは、ガクンと高度を下げて地面に落下する。
空を飛ぶ生き物の飛行器官は精密で繊細である。人が足の小指を角にぶつけて歩みを止めてしまうような事が空中で起きれば墜落で命取りだ。
だが、鏡面の鱗に覆われているおかげか、地面へ落ちたドラゴンはすぐさま立ち上がり、砂埃を切り裂いてブレスを吐く。
「遅い」
ドラゴンが口を開けた頃には、スレーブはドラゴンの懐へ侵入していた。
『ガボッ!』
一瞬驚きにドラゴンの目が見開くが、勢いが付いた攻撃を止める事は出来ない。スレーブの拳は胸の奥深くまで突き刺さる。
しかし、致命傷には至らない。スレーブは拳を抜き取り、二、三歩下がる。それ以上の動きはとらなかった。いや、とる必要がなかった。
『ゴボォォン!!』
ドラゴンの肉の中で水音を纏った爆発音が渓谷に響き渡る。
拳を打ち込んだ際に焼夷弾を埋め込んでいたようだ。
内部で肉を爆ぜさせられたドラゴンが『ゲボッ』と血を吐き、そのまま全身の力を失ったかのように動かなくなった。
「どんなに外面が硬くても、生き物の内は柔いもんだ」
ドラゴンの尻尾を掴んで、深夜の渓谷から帰還する。
街の入り口で夜間勤務のギルド職員が出迎える。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様です。依頼はこれで全て完遂です」
「……いつも、助かります。おお、鱗が殆んど残ってる」
「素材報酬、期待しておきます」
「はい!」
丸一日をかけて、二件の依頼を片付けたスレーブは、疲れた様子もなく街の中へ戻っていった。
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