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7:ココに居てください
しおりを挟む「……つ……ん」
「ぁ?」
「みつ……ん」
誰かに体を揺さぶられて、目を開ける。
二日ぶりの龍太さんが目の前にいた。
「三葉さん」
「……ぉ、かえりなさい…………りゅーたさん」
「ただいっ」
寝惚けたまま、龍太さんの口に自分の口をくっつける。
チュッと音をたてて、唇を離す。
「み……三葉さん?」
「龍太さんだ……ふふ」
心のままに龍太さんに抱き着いて、胸に頬擦りをする。
「一人で寂しかったですか?」
「……寂しかったです」
龍太さんがベッドの上で俺を抱き締めて、両頬を包み、何度もキスをしてくれる。
龍太さんの手が頭に、指が首に滑る。
擽ったくて、気持ちいい。心地良い声が直接耳に届くのが、嬉しい。
「俺に甘えたくなったですか?」
「…………そうです」
何の拘束もないキスに、締め付けられていた胸の痛みが解けていく。
「一人にしてすみません。もう大丈夫ですから」
「……ん……あの、龍太さん」
「何ですか?」
寝起きの頭で、素直な不安を龍太さんに溢す。
「なんで、俺を側に置いてくれるんですか? 知っている通り……俺は子どもが出来ません。教養もないし、家の役にも仕事の役にも立ちません。なんで、俺なんかを」
「それ、聞きます?」
困った風に笑う龍太さんは、俺の身体を離して、向かい合って座る。
「三葉さんが好きだから」
「……好き、だから?」
「側に居て欲しいんです。私をその心に受け入れて欲しい」
「…………俺にも意志はあります。龍太さんを嫌う可能性もあったんですよ?」
「えぇ、そうですね。受け入れられたいのは私のエゴです。でも、拒絶されても良いんです。三葉さんの心が私を受け入れなくても、必要とせずとも、ただ生きる土台でも構いません」
欲求を押し付けているわけではないが、引き下がる気も無いらしい。
「……俺、多分、龍太さんの事が好きです」
「!」
「けど、好きって気持ちがよくわかりません。龍太さんが居ないと寂しくて寒くて、胸が痛かったんです。恋焦がれるってヤツかと思いました。けれど、急に生活が変わったから、欲求不満になってるだけで、俺の勘違いかもしれないんです……龍太さんへの気持ちが本当に愛なのか、わかりません」
「……はは、そうですか」
龍太さんは嬉しそうだが、俺はわからない。
「それでも、私が三葉さんを好きって事は変わりませんよ。三葉さんの気持ちがどちらにせよ、私は三葉さんの側に居ます。居させてください。ただ側に居てください」
「…………」
ああ……生きてて、いいんだな。俺。
ココに居て、いいんだな。
何も出来なくても、いいんだな。
「価値がなくても、いいんですか?」
「生きていてくれただけで、私の唯一無二です。価値なんて付けられない」
都合が良過ぎる。何もかも。
夢なんじゃないか?
胸が暖かい。頭もふわふわする。
俺の背中を優しく撫でてくれる手を感じる度にどんどん力が抜けていく。
「龍太さん……」
「はい」
「昨日、士郎さんと買い物に行ったんです。そこで、その……龍太さんにプレゼントを」
『ビョイーン』
あ、本当だ。跳ね上がった。ベッドの上で驚異の跳躍を見せた龍太さんが興奮気味に俺の手を取ってブンブン振り乱す。
「プ、ププ、プレゼント! 三葉さんから、私に!?」
「そんな大層な物ではないですけど……持ってきますね」
自室から持ってきた包装された本を龍太さんに渡すと雄々しいガッツポーズをして床にうずくまる。嬉しさに顔が歪んでいるらしく必死に真顔を保っているつもりだろうけど、顔は緩み切っている。
「やっっっっっったぁぁ……」
「そんなに嬉しいですか?」
「嬉しい……好きな人からのプレゼント程、嬉しいものはありませんよ!」
「そう、ですか?」
「ああ……大切にします。三葉さん」
本当に嬉しそうにプレゼントを抱き締めて、頬擦りをしている龍太さんは見ていると俺まで嬉しくなるから不思議だ。
「龍太様、三葉様、そろそろ朝食を」
「あ、はい! 今行きます」
士郎さんに呼ばれて、食卓へ。
「へへっ、へへへ」
「龍太さん近いです」
「すみません……嬉しくて」
「浮かれ過ぎです。見てください、士郎さんが呆れてますよ?」
「龍太様、プレゼントが嬉しいお気持ちはわかりますが食事中は控えてください。お行儀が悪いですよ?」
「はーい」
子どものような返事をして離れる龍太さんに士郎さんが小さく溜め息を吐いた。
士郎さんの前でキスされまくる事態は避けられたが、士郎さんが止めてくれなかったら、確実に公開接吻祭だっただろう。
朝食を摂った後は、龍太さんに抱え上げられて、自室へ連れ込まれた。
こういうパターンは一日中べったりだ。
ソファーに座って、俺を足の間に挟んでニッコニコの龍太さんに、俺は諦めの境地でテレビを眺めていた。
包装紙を丁寧に剥がして、新品の本を大事そうに開く。
「三葉さん、本当にありがとうございます」
「どういたしまして」
早速読み始めた龍太さんは無言になってしまい、俺は変わらずテレビを眺めていた。
何時間経ったかわからないが、区切りをつけた龍太さんが本に栞を挟んだのが見えた。
「その栞……」
「ああ、三つ葉のクローバーです」
「……へぇ」
小さなクローバーが押し花の栞になっている。
なんだか、何処かで見た事ある気がする。
「四つ葉じゃないんですか?」
「三つ葉がいいんです」
「ふぅん」
「貴方がくれた、この三つ葉じゃないと」
「!」
俺が、龍太さんに? プレゼントは本が初めてのはず。
「やっぱり、覚えてませんか?」
「え?」
何処かで、会ったっけ?
いや、こんな綺麗な人忘れないだろ。いつだ? 子どもの頃か?
「まぁ、一回きりの邂逅でしたし、覚えてなくて当然ですけど。ケホッ……ちょっとお茶持ってきますね」
「…………」
喉が渇いたらしい龍太さんは部屋から出ていった。
俺は本を少し開いて、栞を眺める。
「(……三つ葉……俺と同じ名前)」
そういえば、コレが三つ葉のクローバーだって、誰かに教わった気がする。
でも、誰に教えてもらったんだ?
思い出せない。
思い出したくない事が多いから。
「三葉さん、お茶持ってきましたよ」
ふと我に返って、龍太さんを見れば麦茶の入ったコップを両手に持って来た。
「ありがとうございます……すみません。やっぱり、思い出せません」
「そうですか。でも、今こうしていられるだけで、私は幸せです」
麦茶を受け取って、コクリと一口。
コップを手前の机に置いて、再度記憶を辿る。嫌な事ばかり出てきて憂鬱になる。
「……三葉さん」
「はい……」
「覚えてなくてもいいです。私が覚えてるから」
俺の頬に手を伸ばして、目の下に親指を滑らせる龍太さん。泣いた跡はないのに、優しい手付きで労るように何度も撫でてくれる。
その感触が擽ったい。けど、ずっと触れられていたい。
俺も触れたい。
スッと手を伸ばして、龍太さんの顔を指でなぞるように撫でる。
唇に触れ、自然と指が首筋を滑って、胸の筋肉に触れる。
手に伝わる龍太さんの熱と脈打つ心臓に何だか胸が高鳴って、服の上から何度も触れる。
「擽ったいです」
「……嫌ですか?」
龍太さんは俺の腰を抱き寄せて、唇を重ねてくる。
「三葉さん……もっと触ってください」
「……俺も、もっと触りたいです」
抱き合って、お互いの存在を確かめるように肌に触れる。
ああ、幸せだ。ずっと、こうしていたい。離れたくない。
龍太さんの片足の跨り乗って向き合いながら密着する。
「…………三葉さん」
「っ……」
耳元で囁かれて吐息にゾクっとする。思わず、龍太さんの肩に顔を埋める。
ドキドキして、顔が熱い。
背中に回された手が腰のラインを撫で、その手が徐々に下に下りてくる。尻の辺りで止まったかと思えば、そのままゆっくり揉み込まれる。
「柔らかい……」
「んっ……」
臀部の形を確かめるように撫でる手付きに擽ったさとは別のゾクゾクした感覚が身体を巡る。
「(ぁ、ああ、もっと……もっと、直接)」
けれど、龍太さんは突然パッと手を引いてしまった。
「?」
「すみません。こういう接触はあまり好きではないんですよね?」
「…………」
あれ? 俺、なんでガッカリしてんだ?
確かに性的な接触はあまり好きではない。店で散々キツい目に遭ったから。
それなのに、どうして、龍太さんには、まだ触れていて欲しい、もっと触りたい、そう思ってしまうんだろう。
「龍太さんは……俺を、抱きたいとか、思わないんですか?」
「あ、あーー……私も男なので、そういった欲求は確かにありますけど、無理強いはしませんよ。そういう事は愛し合ってからしたいですし」
龍太さんは苦虫を噛み潰したような顔で話す。俺を大切に想ってくれているからこその言動だ。ありがたいけれど、何処か寂しい。
愛し合う……そうか。俺達は愛し合っていないから、まだダメなんだ。
「じゃ、もう少し待っててください」
「?」
「龍太さんを愛してみせますから」
「ゔぇ!?」
すごい声を上げて驚いて、仰け反った。
その隙に俺は龍太さんへ自分からキスをした。柔らかくて温かい唇の感触をもっと感じたい。でも、このままでいたら頭がおかしくなりそうだ。ゆっくりと唇を離す。
「……三葉さん」
「俺は龍太さんに抱かれたいです。でも、朝に言いましたけど、それが好意からなのか、欲求不満からくるものなか、はっきりしてません」
「そ、そう、ですね。はい」
「…………まぁ、俺は愛だの恋だのラインがよくわかってないんではっきりさせようもないんですけど」
顔を反らして小さく呟く。耳が熱い。でも、悪くない気分だ。
龍太さんは目を丸くしてから笑い出した。
「ふふふ、あははははは」
「わ、笑わないでくださいよ」
「三葉さんは、やっぱり素直な人ですね。凄く真面目で、真っ直ぐで……だからこそ、こんなにも惹かれるんでしょうね」
慈しみとやらを感じる手付きで頭を撫でられる。なんだか、心地良い。
「(……ん?)」
こんなに胸が満たされる行為なのに、まだ満足していない。もっと欲しくなる。欲しくて堪らない。そんな貪欲な自分がいる。
愛せない癖に愛されたがってるのか?
なんと我儘な。
そこまで考えて、少し虚しくなった。
どれだけ自分本意で貪欲なのか自覚してしまったから。でも、どうやったら満たされるのかもわからなくて……わからない自分がまた嫌になる。
そんな自己嫌悪に陥る俺に龍太さんは変わらず愛を注いでくれる。
「(……どうしよう)」
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