大好きなBLゲームの世界に転生したので、最推しの隣に居座り続けます。 〜名も無き君への献身〜

7ズ

文字の大きさ
上 下
71 / 77
名高き君への献身

76:宿星のユニバース END

しおりを挟む

「サミュエル、ただいま!」
「おかえり」
「そして、さよなら。我が家」

 引っ越しをする事にした。
 不動産に行って、条件に当てはまる良い物件があった。
 内見も済ませて、手続きも済ませて、もういつでも引っ越せる。
 そして、仕事に復帰して最初の休日。その前日の夜に少ない荷物を二人で移動させる。

「…………」
「サミュエル?」
「ぁ、わりぃ」

 私が退院してから、サミュエルが少しぎこちない。緊張しているわけじゃない。
 
「寂しい?」
「…………そうかもな」

 空になった狭い部屋を、サミュエルが見渡して寂しそうにしている。

「いろんな事があったからな。本当に」
「うん……環境が変わるのは、ワクワクするけど、ちょっと名残惜しいよね」

 思い入れのある部屋を離れるのは寂しい。
 ……でも、ぎこちなさの原因はそれではないようだ。

「教会と病院の中間地点。二階建ての家。家庭菜園が出来る庭。一階はリビングとダイニングとキッチン。お風呂にトイレ。寝室。二階には二部屋」
「良い物件だな。よく買えたもんだ」
「うん」

 持ち家を思い切って買っても貯金はまだまだすごい額だ。
 サミュエルと新居へ荷物を運んで、荷解きをする。
 二人で事足りる荷物だ。すぐに終わった。

「…………」
「…………サミュエル、どうしたの?」
「……ぁ……いや」

 気不味そうに目線が泳ぐ。そっぽを向かないのを見るに、恥ずかしいとかじゃない。何か、考え事をしている。

「アーサン」
「うん?」
「……その、なんだ……ちょっと、話があって……」
「ん? なになに?」

 サミュエルが言い辛そうにしているのは珍しい。いつもズバッと何でも言ってくれるのに。
 だから、どんな事だって聞きたいし相談して欲しい。
 庭に繋がる窓を開け、縁側に腰掛けて隣にサミュエルを呼ぶ。

「こっちで話そう」
「……おう」

 静かにゆっくりと、決意を固めて私の隣に座る。
 薄い雲の層の向こう側に滲む月がぼんやり夜を照らす。
 爽やかな夜風とは対照的に私達の間に流れる空気は、少し複雑で、重苦しいものだった。

「……アーサン」
「うん」

 手を握られた。ぎゅ、と力が込められる。

「お前は……俺が何を聞いても……誠実に、答えてくれるよな?」
「そんなの当たり前じゃん」

 何を今更な事を言っているんだ。私はサミュエルには誠実で素直でいると決めている。

「……そうか……」

 私の返事に安心したような、けれど不安を拭いきれない表情で……私の方を向いて、言葉を出そうと口を動かすが、音が出ていない。

「サミュエル……サミュエル、私、サミュエルの言葉なら、なんだって聞くし、受け入れる」
「………………アーサン、俺は……お前が……その……」
「うん」

 言い辛そうに、恐る恐る俯いていた顔を上げて私を見た。サミュエルの顔はとても珍しい不可解な表情。そんな顔をする事は今までになかったし、そうさせているのが自分だと思うと、申し訳なさを感じる。
 私は目を逸らさないで真っ直ぐにサミュエルを見詰め返す。

「…………アーサン……今から、嫌な事を聞くかもしれない」
「うん、いいよ」
「傷付けるかも、しれない」
「……大丈夫」

 握られた手を握り返す。
 なんでも言って欲しい。一人で悩んで、苦しまないで欲しい。特に私の事で、もう心労はかけたくない。

「アーサン……いつ何処で海を知ったんだ? マハマにも、グレードにも海は無いし、お前には記憶さえ無かった……」
「……うん?」
「どうやって海賊なんて、思い付いた。海を舞台にした物語を考えたんだ?」
「!?」

 思わぬ質問に、私は動揺が顔に出してしまった。
 それを見逃さなかったサミュエルが、堰を切ったように詰め寄ってくる。

「生まれた時から奴隷で、俺と出会った時も奴隷の身分だ。文字読めなかったんだよな? いつ読めるようになった? マグナに聞いたら、何も教えてないし、文字は最初から読めてたって言ってたぞ」
「そ、れは……」
「料理本には無い料理の知識は何処で手に入れた。東の国の料理本は翻訳されてないのに、なんで知ってる」
「サミュエル……」

 矢継ぎ早の質問責めと、私を見詰める鋭くも不安感に揺れる視線に気圧されて言葉が出てこない。

「……俺は、お前の口から聞きたい。俺の思い過ごしならいい……気の所為ならいいんだ……だから、聞かせてくれ」
「……」
「……アーサン、お前は……一体……何者なんだ?」

 雲の切れ間から挿し込む月明かりが、私達にスポットライトを当てているみたいだ。
 普通なら墓まで持っていくであろう包み隠した事柄さえも、照らし出す。

「…………サミュエル」
「!」
「私は、君の問いかけに、誠実に答える。だから、私の誠実さを信じて欲しい。君に、大海賊時代の話をしなかったのは、そこに嘘があるからだ」
「嘘?」
「……私が考えた物じゃない。元々あった、書物だ。それも、ほぼ誰でも名前ぐらいは知ってるビッグネーム」

 私の話に目をパチクリさせて、首を傾げるサミュエル。

「ごめん……今から言う事は、信じられないだろうけど、全部真実なんだ」
「…………アーサン?」
「私には……生まれる前の記憶がある。マハマで生まれる前の記憶。前世の記憶が」
「!!?」
「魔法の無い世界。科学文明が発展した異世界から、私は来たの」

 信じられないと言いたげな表情をしているが、サミュエルは遮らずに私の話を聞いてくれた。

「前世の私は、とてもじゃないけど立派な人間とは言えなかった。真面でもなければ、美しくもない。私は絵を描いたり、本を読んだり、料理をしたり……ただそれだけを楽しみに人生を謳歌してた。不摂生でポックリ死んじゃったけど」
「!?」

 睡眠中だったから自覚はしてないけど、確実に死を経験している。

「…………なんで……なんで、生まれ変わったんだ?」
「それはね……君を幸せにする為だと思う」
「俺を?」
「びっくりするかもしれないけど……私は、前世でも君を愛してたんだ」
「は?」

 愛していた。本当に、狂おしい程に、愛していたんだ。

「けど、君は……私じゃ絶対触れられない次元に居た。何一つ報われず、一人で死んでいく君を……私はただ眺めるしか出来なかったんだ」
「俺も、そっちに?」
「……うん。君は、物語に出てくる登場人物の一人で……触れられないし、命があるとは言い難い…………けど……私は、そんな君の運命を、死んでも変えたかったみたい」
「っ……」

 表情を悲痛に歪ませて、泣きそうになるサミュエルを引き寄せ、肩に凭れさせる。

「……俺の、為?」
「全部……愛しい人の為だ。ずっと前から、私はそうだったでしょ?」
「…………うん」

 私に前世があり、その世界でもどんな形であろうと彼を愛していた事。そして、前世では、どうしようも出来なかった事。
 
「マハマに生まれた時は、生きる意味なんて見出せなくて、自分の為に必死だった。悠長に構えてたら、酷い事になってしまったし、愛おしい王子様を犠牲にしてまで生き残った。けど、彼等が居たから、私は君に出会えたのかもしれない」
「…………ああ」
「……グダグダ言っちゃったけど、つまり、私には前世の記憶がある。この世界に来たのは、君を幸せにする為……あっごめん。ちょっと違うね」
「?」
「私がこの世界に来たのは、君“と”幸せになる為だ」

 大事なところを間違えてしまった。彼の幸せは、私の幸せだから、一緒に幸せになっているよって言わないと嘘になる。

「アーサン……」
「何?」
「…………アーサン、アーサン」
『グイ!』

 私の首に腕を回して、クシャクシャと頭を掻き混ぜられる。

「???」
「前世で、隣に居てやれなくてごめんな……辛かったよな……一人で」
「ッ……」

 ……一人……。

「もう、ずっと一緒だ。死ぬまで……いや、死んでも!」
「……うん」
「来世も一緒だ……絶対、生まれ変わっても、何度でもアーサンの家族になるから!」

 家族……そうかもね。一人だったかもね。
 そうだね……そうだね……もう、一人じゃないね。

「サミュエル……ありがとう」

 声が震えて、視界が滲む。

「……ほ、本当はさ……私、お母さんとお父さんに、運動会来て欲しかったんだ」
「うん」
「一回で良いから……お弁当、一緒に食べたかった」
「うん」
「授業参観も、入学式も、卒業式も、来て欲しかった……一緒に、遊園地にも行きたかったぁ」
「うん、うん」

 サミュエルには意味のわからない言葉だろうが、彼は何度も相槌を打って、私の話を聞いてくれた。
 生まれる前から無視して、考えないようにしていた自分の本音をサミュエルに吐き出した。

「今は、俺が居る。ずっと隣に居る。アーサン」
「うん。うん……サミュエル」

 サミュエルの腕の中で顔を上げ、背に手を回した。そして、お月様からサミュエルを隠す様に覆い被さり、押し倒した。
 自分の影の内に彼を閉じ込め、その中に入り込み、身も心も彼に委ねる。
 胸に手を当てると、とくり……とくり……と響く命の音。
 今だけは、全て忘れて、ただ二人だけの世界に酔いしれていたい。
 サミュエルに頬を撫でられ、私は掌にすり寄る。

「アーサン……キスして欲しい」
「うん」

 唇同士が触れ合って……指が絡み合う。
 
「……アーサン……前世での名前、教えてくれ」
「…………桜花おうか
「おうか……」

 前世の名で呼ばれ、心がソワソワと漣立つ。

「良い名前だな」
「うん……女の子の名前なんだ。私、女の子だったから」
「…………そ、そうか……あーー……だから、勃起にあんな」

 私が男性の生理現象にバタバタしていた原因を察したようでクスクスと笑っている。

「笑わないでよ」
「ははは……そうか。ふふ、仕草が女っぽいのも納得だ、くくくく」
「この野郎! 笑うなって!」
『ガバッ』
「だっ! 擽るな! 笑、うなって! 言うクセに、笑えわせん、あふ、あははは!」

 こしょこしょとサミュエルを擽って、二人で絡れあう。

「あははっ!」
「うひゃ、はははっ! ああーっ! もうやめろって!」

 互いに擽り合った結果、二人して大の字で笑い転げる。

「はぁ……はぁ……あー笑った」
「ふふふ……サミュエル」
「あ?」
「愛してるよ」
「……」

 目を見開いて、けれど口を小さくもごもごと動かして黙り込むサミュエル。
 暫く観察していると、徐々に赤くなる耳と頬、そして……

「……俺も、愛してる」
「うん!」

 はにかむサミュエルの頬にキスをした。すると今度はサミュエルが私の頬にキスを返してくれる。
 幸せを噛み締めながら、私達はまた笑い合う。
 こんな日が続いて行くんだ。新しい生活の中で、桜花であり、アーサンである自分の全てを晒して……サミュエルの隣に居続ける。
 私が死んだ後……サミュエルは幾つになるまで生きるのかな?
 私の方が長生きしたら、来世も時を超えてでも会いに行くよ。
 運命の人だもの、必ず出会えるから。
 溢れる想いを止められない。今夜は目一杯、君を愛させてくれ。
 やっと辿り着けたマリアージュ結婚生活を謳歌しないとね。

END
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~

乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。 【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】 エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。 転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。 エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。 死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。 「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」 「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」 全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。 闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。 本編ド健全です。すみません。 ※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。 ※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。 ※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】 ※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

騎士団長を咥えたドラゴンを団長の息子は追いかける!!

ミクリ21
BL
騎士団長がドラゴンに咥えられて、連れ拐われた! そして、団長の息子がそれを追いかけたーーー!! 「父上返せーーー!!」

新訳 美女と野獣 〜獣人と少年の物語〜

若目
BL
いまはすっかり財政難となった商家マルシャン家は父シャルル、長兄ジャンティー、長女アヴァール、次女リュゼの4人家族。 妹たちが経済状況を顧みずに贅沢三昧するなか、一家はジャンティーの頑張りによってなんとか暮らしていた。 ある日、父が商用で出かける際に、何か欲しいものはないかと聞かれて、ジャンティーは一輪の薔薇をねだる。 しかし、帰る途中で父は道に迷ってしまう。 父があてもなく歩いていると、偶然、美しく奇妙な古城に辿り着く。 父はそこで、庭に薔薇の木で作られた生垣を見つけた。 ジャンティーとの約束を思い出した父が薔薇を一輪摘むと、彼の前に怒り狂った様子の野獣が現れ、「親切にしてやったのに、厚かましくも薔薇まで盗むとは」と吠えかかる。 野獣は父に死をもって償うように迫るが、薔薇が土産であったことを知ると、代わりに子どもを差し出すように要求してきて… そこから、ジャンティーの運命が大きく変わり出す。 童話の「美女と野獣」パロのBLです

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします

muku
BL
聖なる山に住む聖獣のもとへ守護騎士として送られた、伯爵令息イリス。 非力で成人しているのに子供にしか見えないイリスは、前世の記憶と山の幻想的な食材を使い、食事を拒む聖獣セフィドリーフに料理を作ることに。 両親に疎まれて居場所がないながらも、健気に生きるイリスにセフィドリーフは心動かされ始めていた。 そして人間嫌いのセフィドリーフには隠された過去があることに、イリスは気づいていく。 非力な青年×人間嫌いの人外の、料理と癒しの物語。 ※全年齢向け作品です。

失恋して崖から落ちたら、山の主の熊さんの嫁になった

無月陸兎
BL
ホタル祭で夜にホタルを見ながら友達に告白しようと企んでいた俺は、浮かれてムードの欠片もない山道で告白してフラれた。更には足を踏み外して崖から落ちてしまった。 そこで出会った山の主の熊さんと会い俺は熊さんの嫁になった──。 チョロくてちょっぴりおつむが弱い主人公が、ひたすら自分の旦那になった熊さん好き好きしてます。

とある美醜逆転世界の王子様

狼蝶
BL
とある美醜逆転世界には一風変わった王子がいた。容姿が悪くとも誰でも可愛がる様子にB専だという認識を持たれていた彼だが、実際のところは――??

処理中です...