大好きなBLゲームの世界に転生したので、最推しの隣に居座り続けます。 〜名も無き君への献身〜

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名高き君への献身

76:宿星のユニバース END

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「サミュエル、ただいま!」
「おかえり」
「そして、さよなら。我が家」

 引っ越しをする事にした。
 不動産に行って、条件に当てはまる良い物件があった。
 内見も済ませて、手続きも済ませて、もういつでも引っ越せる。
 そして、仕事に復帰して最初の休日。その前日の夜に少ない荷物を二人で移動させる。

「…………」
「サミュエル?」
「ぁ、わりぃ」

 私が退院してから、サミュエルが少しぎこちない。緊張しているわけじゃない。
 
「寂しい?」
「…………そうかもな」

 空になった狭い部屋を、サミュエルが見渡して寂しそうにしている。

「いろんな事があったからな。本当に」
「うん……環境が変わるのは、ワクワクするけど、ちょっと名残惜しいよね」

 思い入れのある部屋を離れるのは寂しい。
 ……でも、ぎこちなさの原因はそれではないようだ。

「教会と病院の中間地点。二階建ての家。家庭菜園が出来る庭。一階はリビングとダイニングとキッチン。お風呂にトイレ。寝室。二階には二部屋」
「良い物件だな。よく買えたもんだ」
「うん」

 持ち家を思い切って買っても貯金はまだまだすごい額だ。
 サミュエルと新居へ荷物を運んで、荷解きをする。
 二人で事足りる荷物だ。すぐに終わった。

「…………」
「…………サミュエル、どうしたの?」
「……ぁ……いや」

 気不味そうに目線が泳ぐ。そっぽを向かないのを見るに、恥ずかしいとかじゃない。何か、考え事をしている。

「アーサン」
「うん?」
「……その、なんだ……ちょっと、話があって……」
「ん? なになに?」

 サミュエルが言い辛そうにしているのは珍しい。いつもズバッと何でも言ってくれるのに。
 だから、どんな事だって聞きたいし相談して欲しい。
 庭に繋がる窓を開け、縁側に腰掛けて隣にサミュエルを呼ぶ。

「こっちで話そう」
「……おう」

 静かにゆっくりと、決意を固めて私の隣に座る。
 薄い雲の層の向こう側に滲む月がぼんやり夜を照らす。
 爽やかな夜風とは対照的に私達の間に流れる空気は、少し複雑で、重苦しいものだった。

「……アーサン」
「うん」

 手を握られた。ぎゅ、と力が込められる。

「お前は……俺が何を聞いても……誠実に、答えてくれるよな?」
「そんなの当たり前じゃん」

 何を今更な事を言っているんだ。私はサミュエルには誠実で素直でいると決めている。

「……そうか……」

 私の返事に安心したような、けれど不安を拭いきれない表情で……私の方を向いて、言葉を出そうと口を動かすが、音が出ていない。

「サミュエル……サミュエル、私、サミュエルの言葉なら、なんだって聞くし、受け入れる」
「………………アーサン、俺は……お前が……その……」
「うん」

 言い辛そうに、恐る恐る俯いていた顔を上げて私を見た。サミュエルの顔はとても珍しい不可解な表情。そんな顔をする事は今までになかったし、そうさせているのが自分だと思うと、申し訳なさを感じる。
 私は目を逸らさないで真っ直ぐにサミュエルを見詰め返す。

「…………アーサン……今から、嫌な事を聞くかもしれない」
「うん、いいよ」
「傷付けるかも、しれない」
「……大丈夫」

 握られた手を握り返す。
 なんでも言って欲しい。一人で悩んで、苦しまないで欲しい。特に私の事で、もう心労はかけたくない。

「アーサン……いつ何処で海を知ったんだ? マハマにも、グレードにも海は無いし、お前には記憶さえ無かった……」
「……うん?」
「どうやって海賊なんて、思い付いた。海を舞台にした物語を考えたんだ?」
「!?」

 思わぬ質問に、私は動揺が顔に出してしまった。
 それを見逃さなかったサミュエルが、堰を切ったように詰め寄ってくる。

「生まれた時から奴隷で、俺と出会った時も奴隷の身分だ。文字読めなかったんだよな? いつ読めるようになった? マグナに聞いたら、何も教えてないし、文字は最初から読めてたって言ってたぞ」
「そ、れは……」
「料理本には無い料理の知識は何処で手に入れた。東の国の料理本は翻訳されてないのに、なんで知ってる」
「サミュエル……」

 矢継ぎ早の質問責めと、私を見詰める鋭くも不安感に揺れる視線に気圧されて言葉が出てこない。

「……俺は、お前の口から聞きたい。俺の思い過ごしならいい……気の所為ならいいんだ……だから、聞かせてくれ」
「……」
「……アーサン、お前は……一体……何者なんだ?」

 雲の切れ間から挿し込む月明かりが、私達にスポットライトを当てているみたいだ。
 普通なら墓まで持っていくであろう包み隠した事柄さえも、照らし出す。

「…………サミュエル」
「!」
「私は、君の問いかけに、誠実に答える。だから、私の誠実さを信じて欲しい。君に、大海賊時代の話をしなかったのは、そこに嘘があるからだ」
「嘘?」
「……私が考えた物じゃない。元々あった、書物だ。それも、ほぼ誰でも名前ぐらいは知ってるビッグネーム」

 私の話に目をパチクリさせて、首を傾げるサミュエル。

「ごめん……今から言う事は、信じられないだろうけど、全部真実なんだ」
「…………アーサン?」
「私には……生まれる前の記憶がある。マハマで生まれる前の記憶。前世の記憶が」
「!!?」
「魔法の無い世界。科学文明が発展した異世界から、私は来たの」

 信じられないと言いたげな表情をしているが、サミュエルは遮らずに私の話を聞いてくれた。

「前世の私は、とてもじゃないけど立派な人間とは言えなかった。真面でもなければ、美しくもない。私は絵を描いたり、本を読んだり、料理をしたり……ただそれだけを楽しみに人生を謳歌してた。不摂生でポックリ死んじゃったけど」
「!?」

 睡眠中だったから自覚はしてないけど、確実に死を経験している。

「…………なんで……なんで、生まれ変わったんだ?」
「それはね……君を幸せにする為だと思う」
「俺を?」
「びっくりするかもしれないけど……私は、前世でも君を愛してたんだ」
「は?」

 愛していた。本当に、狂おしい程に、愛していたんだ。

「けど、君は……私じゃ絶対触れられない次元に居た。何一つ報われず、一人で死んでいく君を……私はただ眺めるしか出来なかったんだ」
「俺も、そっちに?」
「……うん。君は、物語に出てくる登場人物の一人で……触れられないし、命があるとは言い難い…………けど……私は、そんな君の運命を、死んでも変えたかったみたい」
「っ……」

 表情を悲痛に歪ませて、泣きそうになるサミュエルを引き寄せ、肩に凭れさせる。

「……俺の、為?」
「全部……愛しい人の為だ。ずっと前から、私はそうだったでしょ?」
「…………うん」

 私に前世があり、その世界でもどんな形であろうと彼を愛していた事。そして、前世では、どうしようも出来なかった事。
 
「マハマに生まれた時は、生きる意味なんて見出せなくて、自分の為に必死だった。悠長に構えてたら、酷い事になってしまったし、愛おしい王子様を犠牲にしてまで生き残った。けど、彼等が居たから、私は君に出会えたのかもしれない」
「…………ああ」
「……グダグダ言っちゃったけど、つまり、私には前世の記憶がある。この世界に来たのは、君を幸せにする為……あっごめん。ちょっと違うね」
「?」
「私がこの世界に来たのは、君“と”幸せになる為だ」

 大事なところを間違えてしまった。彼の幸せは、私の幸せだから、一緒に幸せになっているよって言わないと嘘になる。

「アーサン……」
「何?」
「…………アーサン、アーサン」
『グイ!』

 私の首に腕を回して、クシャクシャと頭を掻き混ぜられる。

「???」
「前世で、隣に居てやれなくてごめんな……辛かったよな……一人で」
「ッ……」

 ……一人……。

「もう、ずっと一緒だ。死ぬまで……いや、死んでも!」
「……うん」
「来世も一緒だ……絶対、生まれ変わっても、何度でもアーサンの家族になるから!」

 家族……そうかもね。一人だったかもね。
 そうだね……そうだね……もう、一人じゃないね。

「サミュエル……ありがとう」

 声が震えて、視界が滲む。

「……ほ、本当はさ……私、お母さんとお父さんに、運動会来て欲しかったんだ」
「うん」
「一回で良いから……お弁当、一緒に食べたかった」
「うん」
「授業参観も、入学式も、卒業式も、来て欲しかった……一緒に、遊園地にも行きたかったぁ」
「うん、うん」

 サミュエルには意味のわからない言葉だろうが、彼は何度も相槌を打って、私の話を聞いてくれた。
 生まれる前から無視して、考えないようにしていた自分の本音をサミュエルに吐き出した。

「今は、俺が居る。ずっと隣に居る。アーサン」
「うん。うん……サミュエル」

 サミュエルの腕の中で顔を上げ、背に手を回した。そして、お月様からサミュエルを隠す様に覆い被さり、押し倒した。
 自分の影の内に彼を閉じ込め、その中に入り込み、身も心も彼に委ねる。
 胸に手を当てると、とくり……とくり……と響く命の音。
 今だけは、全て忘れて、ただ二人だけの世界に酔いしれていたい。
 サミュエルに頬を撫でられ、私は掌にすり寄る。

「アーサン……キスして欲しい」
「うん」

 唇同士が触れ合って……指が絡み合う。
 
「……アーサン……前世での名前、教えてくれ」
「…………桜花おうか
「おうか……」

 前世の名で呼ばれ、心がソワソワと漣立つ。

「良い名前だな」
「うん……女の子の名前なんだ。私、女の子だったから」
「…………そ、そうか……あーー……だから、勃起にあんな」

 私が男性の生理現象にバタバタしていた原因を察したようでクスクスと笑っている。

「笑わないでよ」
「ははは……そうか。ふふ、仕草が女っぽいのも納得だ、くくくく」
「この野郎! 笑うなって!」
『ガバッ』
「だっ! 擽るな! 笑、うなって! 言うクセに、笑えわせん、あふ、あははは!」

 こしょこしょとサミュエルを擽って、二人で絡れあう。

「あははっ!」
「うひゃ、はははっ! ああーっ! もうやめろって!」

 互いに擽り合った結果、二人して大の字で笑い転げる。

「はぁ……はぁ……あー笑った」
「ふふふ……サミュエル」
「あ?」
「愛してるよ」
「……」

 目を見開いて、けれど口を小さくもごもごと動かして黙り込むサミュエル。
 暫く観察していると、徐々に赤くなる耳と頬、そして……

「……俺も、愛してる」
「うん!」

 はにかむサミュエルの頬にキスをした。すると今度はサミュエルが私の頬にキスを返してくれる。
 幸せを噛み締めながら、私達はまた笑い合う。
 こんな日が続いて行くんだ。新しい生活の中で、桜花であり、アーサンである自分の全てを晒して……サミュエルの隣に居続ける。
 私が死んだ後……サミュエルは幾つになるまで生きるのかな?
 私の方が長生きしたら、来世も時を超えてでも会いに行くよ。
 運命の人だもの、必ず出会えるから。
 溢れる想いを止められない。今夜は目一杯、君を愛させてくれ。
 やっと辿り着けたマリアージュ結婚生活を謳歌しないとね。

END
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