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名高き君への献身

74:末っ子のコンヴァート

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 お昼まで一緒に寝て、市場へ買い物に出た。スパイスや調味料が豊富で助かる。
 醤油と自家製マヨネーズ持ってきたから……アレをやっちゃおう。

「鶏肉、酒、塩、はちみつ、大蒜、生姜、胡麻、エトセトラ♪」
「……買い過ぎじゃないか?」
「いいのいいの。余ったら、宿の人にあげればいいし」

 一通り買ったら、部屋に戻って下準備してから共用台所を借りる。
 出入り口に警備兼火付け役の青年が立っていたので、いろいろ聞いた。
 食器などはちゃんと洗って返せばガッツリ使って良いとの事。
 青年はコンロに火を付けたら定位置へ戻っていった。ここ全然使われてないから、暇そうだ。

「……アーサン、何作るんだ?」
「唐揚げ。調味料がいつもと違うから、特別な仕上がりになるはず。私の秘伝のレシピで」
『ジュワァァア』

 液を絡ませ、小麦粉と片栗粉を被った鶏肉を煮え立つ油の海にダイブさせていく。
 いつもはしないけど、今日は二度揚げをする。これやるだけで段違いに食感が良くなる。

『ジュワジュワジュジュジュ』
「腹が減る音がしてる……それに、良い匂いだ」
「(油の処理どうしよう。後で警備員に聞こ)」

 後片付けの事を考えて、警備の青年をチラッと見やると……めっちゃこっち見てる。目キラッキラさせて見てる。あ、涎拭ってるよ。

「……あのぉ、私達だけですから一緒に食べませんか?」
「え?」
「量が多くて……一緒に食べてもらえたら助かります」
「……し、仕方ないですね」

 困ったもんだと言いながら、早足でこっちに来る若者。可愛過ぎじゃないか?

『ジュワァ』
「熱いから気を付けて」

 トイプードル色の唐揚げをバッドの上に置いて行く。
 サミュエルが手を合わせるのを見て、その真似してから唐揚げを口に運んだ。

「…………ぅ……」
「だ、大丈夫!? 味変だった!?」
「う……うぅ、うっまぁい!」
「すげえ美味い……なんだこれ。家のと全然違う」

 サミュエルにも好評のようだ。
 青年は感涙しながら、パクパクと唐揚げを食べていた。

「美味しいです……うえぇえ」
「な、泣く程?」
「だって、こんな美味いもん……初めてですよ」

 まぁ……こんな寂れた共用台所の警備なんて、お給金は知れてるよな。

「俺……手が、コレだから」
「!」

 左手には古い傷があり、それによって上手く指が動かないらしい。魔法を扱うには問題無いが物を持つ事さえ出来ず、なんとか雇ってくれた宿屋の警備員兼火付けをしていると言う。

「随分と古い傷……君、幾つ?」
「二十歳」
「……赤ちゃんの頃の?」
「父さんが言うには、拾った時にはもうあったと言っていました。詳しくは教えてくれなかったけど」

 気功を使って触診してみると、骨折する程に強打して、神経や筋肉を傷付けてしまったようだ。治癒魔法ではなく、物理的な処置はされたが、それが不十分で後遺症が残った。
 まるで高い所から、落ちたみたい。それこそ建物から……

「…………お父さん、君を拾った理由とか何か言ってた?」
「え? あ、はい。俺を拾った理由は火の紋章だったから、どうのこうのって言ってました」
「ぁ……ああ……だから」

 王の血縁者は皆殺しだと勇んでいた連中の中にも……こうやって、理由付けて瀕死の赤子を救った者も居たんだ。複雑な事だが、彼が生き残れて、良かった。
 墓石に存在しなかった彼が、目の前にいる。

「…………トータルヒーリング」
『ホワ』
「!!?」
「……どう?」
「………………嘘……」

 動かなかった指が徐々に曲がっていく。

「ゆっくり動かして……そうそう。うん。繰り返して。ふふ、明日は筋肉痛だぞ」
「お、お医者様、でしたか」
「これも何かの縁って事で、サービスだよ」

 片手間にトータルヒーリングで、損傷していた筋肉と神経を治した。骨が少し歪んでるが、日常生活に支障はない程度だ。

「まだまだ君は若いし、その手に職を持てば、唐揚げもお昼のおかずに過ぎなくなる」
「……っ、ありがとうございます!」
「ついでに、唐揚げのレシピあげるよ」
「わぁ!」

 サミュエルが甘やかし過ぎだと言いた気にこっちを見つめてくる。いいじゃんか別に。
 三人で腹一杯唐揚げを食べて、重たい胃を抱えながら食器や油を片付けた。
 部屋に戻って、ベッドに二人で腰掛ける。
 
「ふぅ……食った食った」
「食ったなぁ……レシピ、良かったのか?」
「ん?」
「秘伝のレシピって言ってただろ」
「あー、まぁ、継承者が現れたって事で」

 秘伝のレシピは嘘じゃないが、美味い物は広げないと。私は飲食の経営者じゃないし、秘匿しておく必要もない。

「それに……今までずっと辛い思いをしてきたんだから、報われていいじゃん」
「……そうだな」
「これから、ちょっとでも人助けが出来るように頑張る」
「は……??」

 サミュエルがすんごいびっくりした様子で私にドン引きしている。

「なになに? そんな変な事言った??」
「言った言った……お前、マジで全部無自覚なんだな」
「ええ~??」
「ずっと、ずーーっと、人助けしかしてねえだろお前」
「……ん? え? して、ないと、思うけど?」

 私が助けられたのは、サミュエルだけだと思う。

「はぁぁ……なら、フェンの傷は? チャリティーの商品開発は? それによる医療費免除は? 誰の為になった?」
「君を探す為の紆余曲折……フェン様の傷は教会からのお願いだから」
「……薬の開発に、車椅子は?」
「それも君の為だよ」

 ボフンとベッドに倒れ込んで呆れ返るサミュエル。

「お前は、本当に俺の事しか頭に無いんだな」
「うん」
「……じゃあ、寄付は?」
「自分の保身。持て余す大金持ってても、狙われるだけだし」
「はあああ~~……」

 クソデカ溜め息を吐いて、コロンと寝返りをうって、私の足をゲシっと蹴っ飛ばしてきた。

「ぉ、怒ってる?」
「ああ。怒ってる」
「…………なんでって、聞いたら怒る?」
「ああ。怒る」
『グイッ!』
「おわ!」

 肩を掴まれて、無理矢理ベッドに沈められる。そして、サミュエルが私の腹に跨った。

「ちょ、えっ、どした」
「アーサン、お前に助けられた人は、世界中に居るんだぞ」
「そんな、大袈裟な」
「大袈裟なもんか! 謙虚なのもいいが、ここまでくると頭にクる!」

 サミュエルが私の胸に項垂れて顔を埋める。

「お前に感謝してる人の事もちゃんと認識してくれ。幸福の生産者として、責任もって消費者の恩を受け取れ」

 胸に顔を埋めたまま、グリグリと額を擦り付けるサミュエルが可愛いくて困る。
 それに、やっぱりすごく優しい。
 いつも私の傲慢さを指摘していたから、きっと気になってたんだろう。
 身勝手な優しさだとも言ってくれていたが、今回ばかりは見過ごせない理由は、狭窄によって他者の感謝を認識もせず、受け取りもせず、無神経に蔑ろにしているから。
 それを思って怒れるサミュエルは、本当に……素敵だ。

「そうか……そうだね……そうかも」
「……蹴って悪かった」
「ううん」

 サラサラと癖っ毛の髪を梳くと、彼の呼吸を感じた。彼が生きていると、実感する。
 彼を助ける為、必死に走って来た道を振り返れば、思ってもみない花道があるのかもしれない。
 王子様にも誇れる花道が。

「少しずつ、周りを見るようにするよ。だから、機嫌直して」
「……ん」

 私の唇を、少し怒ったような口で塞ぐサミュエル。

「ンッ、はぁ」
「……今までみたいに、俺を優先しなくていい」
「それは無理。けど……ありがとう」

 自分の事だけでなく、もう少し周りに目を向ける。そんな素敵な目標が出来た。彼が居なければ叶えられなかっただろう。
 
「…………おい」
「何?」
「……まだ本調子じゃないのか?」

 何処の事を言っているのか、後退した腰の動きで察した。こんだけくっついて、キスもしてるのにって事だな。

「薬の副作用だよ。ちゃんと調子は戻るから、気にしないで。ふふ、ごめんね」
「体調が悪くないならいい」

 プイっとそっぽを向いたサミュエルの頬にキスをした。
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