64 / 77
名高き君への献身
69:沿革のホームシック
しおりを挟む長々と過去を語った。罪悪感でサミュエルの方を見られなかったが、ずっと私の話に耳を傾けてくれているのはわかる。
「そうして、私は…………自分の罪から逃げ出したんだ」
「…………」
「都合良く全部忘れて……身勝手に生まれ変わって……能天気に、私は生きてきたんだ」
「…………違う」
「……え」
静かに聞き続けてくれたサミュエルが、初めて否定の言葉を口にした。
俯いた顔を上げた瞬間だった。
『バチン!』と頬を平手打ちされて、一瞬何が起きたかわからなかった。痛くは無いが、衝撃的だった。
「うぇ??」
「お互い……どんだけ必死に生きてきたと思ってんだ」
今度は強く抱き締められて、何度も背中を擦られる。まるで赤子をあやすように頭を撫でてきた。
病院の中庭だし、子どもを遊ばせている看護師達があらあらお熱い~って顔してる。
「王子様達の気持ちが……俺にはわかる」
「……私……は」
「わかってないのは、お前だけだ」
声も腕も震えているのに、サミュエルは私を放そうとしない。
「生きて欲しい。大切な人に対して、そう思うのは、当然の事だ。お前だって、俺の為なら命を懸けるじゃないか。そこに打算も後悔も無い」
「…………うん」
「彼らも同じだ。お前に生きてて欲しかったんだ。精一杯生き抜いて、幸せを掴んだお前は、王子様達に正面から……生き抜いたぞって、誇って良いんだ」
私の生命と人生を肯定して、サミュエルは言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「自分を責めないでくれ……生まれてこなければ良かったなんて……言わないでくれ」
痛い程、肩に指が食い込んでくる。
「サミュエル……」
「アーサンは何も悪くない……何も」
「…………ありがとう」
最悪、サミュエルに嫌われるのではないかと思っていた。
けれど、サミュエルはこうして王子様の想いに同調してくれて、私を救おうと言葉を尽くしてくれている。
「(ぁぁ……愛おしい。愛おしいよ。こんなにも愛おしいのに……胸が張り裂けそうなくらい、痛くて仕方ない)」
落ちない。落ちないんだ。罪の意識も。穢れも。サミュエルが撫で払ってくれているのに。
自分が情け無くて、涙が出てくる。
「サミュエル……ごめん」
「……どうして謝るんだ?」
「私が、悪いのに……逃げてるだけなのに……」
「アーサンは逃げてない。今も向き合ってる」
身体を少し離して、私を真っ直ぐに見据えてくる。額に軽くキスをしてきた。そしてそのまま頬を手で包み込んで、私の目を覗き込んでくる。
優しく穏やかな……緑の滲む黒。
「……っ」
目頭が熱くなり、ポロポロと勝手に涙が流れていく。
ああ、こんなにもサミュエルが愛してくれてるのに……私は自分が許せないでいる。殺してやりたい。
「病室に戻ろう」
「…………帰りたい」
「家に?」
「……………………ちがう」
「………………マハマにか…………外出許可を数日取れないか、聞いてみる。今は、病室に行こう」
「うん」
手を繋いで、病室へと戻る。
話した分、少しだけ身体が軽くなった気がする。
出来る限り、仕事をするようにしている。気が紛れる。
薬の仕分けや、ポーションを量産していく。
「患者に時給が発生するなんて聞いた事ないぞ」
「残業し放題ですよ。入院中は。そういえば、何かありました? 容姿を整え始めたみたいですけど。研究所のみんなが。急に、お洒落して」
「(整頓されてない早口。視線が下向きで目が合わない。本調子じゃないな)……お前を助けようと新薬の開発に取り組んだら……ドカンだ。うちの薬剤師チームは優秀だな」
幾つかボツもあったが、短期間の内に生み出されたのは私の不完全だった認知症医薬品を前進させた新薬。
初期症状からの投薬治療で完治も見込める素晴らしい物だ。
開発メンバーに魔法医学名誉賞を王室から送られる事となったらしく、全員気合い入れまくりらしい。
「名誉国民からアドバイスは?」
「カトラリーは外側から使う事。もし、食事を振舞われたらだけど。鼻ほじってなけりゃ、早々首は飛ばない」
「はは、言っておく」
やばい。言葉がおかしい。頭の中に止められない。
前世の幼少期から、整頓してから話すようにしてたのに。言葉は前後で印象が変わるから。日本語は特に。……日本語しか知らないけど。
「(頭の要領が無くなって弾き出しちまってる? いや、今の思考は口に出てない。話す時におかしくなる。ケロニカ先生が言っていた不安感による発語問題の一種か)」
頭の回転は程よい。熱も出てない。
……脳の何処かで過去を咀嚼しようとリソースを割いてるのか。飲み込もうと、いろいろな角度で噛んだり舐めたり。けど、過去は刺々しくて咀嚼の進捗はよろしくないようだ。
人と関わる方が良いだろうとの事で面会謝絶が解かれて、ひっきりなしに見舞客が来る。
久しぶりにみんなと会った気がする。
「アーサン、良かった。元気そうで」
「ご心配おかけしました」
「もう何処も悪くない?」
「どうだろうねー」
エルサさんとココルデさんが十一歳になったエルデン君と三歳になったエリアーデちゃんを連れて来た。
「二人共大きくなったねぇ」
「あーしゃん、やさいたべなきゃダメよ」
「うん。いっぱい食べるよ」
「エリがママの真似するようになった」
エリアーデちゃんが私の枕元にある人形が気になるらしく、チラチラ見ている。
「……教会の子達から貰った物だから、あげられないけど、遊んでく?」
「うん!」
エリアーデちゃんと少しの間人形遊びをした。お人形を使って畑仕事してたから親の事よく見てるんだなぁ。
「アーサン! 見舞いに来てやったぞ!」
「ぞ!」
「サミュエルとも先ほど会った」
「ワン先生に、キンジュ君とヨンキ君まで……特訓はいいんですか?」
「アッシらもたまには休みたい。一月ほど休暇を取っている。皆それぞれ一時帰宅させた」
ワン先生達まで、はるばるとこちらにお越し頂いてしまった。
「サミュエルの気功の扱いじゃが、三ヶ月前に比べてコントロールが格段に上達しておった。何かしら実践してコツを掴んでいる。特訓はもういらん」
「ああ……ありがとうございます。また離れ離れになるのだけが気掛かりでしたから」
「アーサン本当にサミュエル好きだなぁ」
「うん。大好き」
「僕も二人共大好き」
ヨンキ君の純粋な言葉にみんなでほっこりさせられた。良い子だ。真っ直ぐ育てくれよ。
「はい、アーサン君。追加ポーション」
「……聖女様、こんな沢山」
「早く元気になってね。あなた目当てに来る貴族が煩いんだから」
「ええ……」
「それに、孤児院の子達もみんな心配してる」
拙い字で綴られた励ましの手紙を何通か手渡しされた。
泣きそうになった。今度お菓子を焼いて持って行こう。
「失礼致します」
「え? モリスさん??」
「覚えていてくれていたとは、光栄です」
センフォニア様の近衛兵であるモリスさんが何故か私のお見舞いに来てくれた。
「王子様方が直接来てしまうと病院が混乱してしまうので、私が代理人でございます」
「そうなんだ。偉いね」
「ぉ、王子様に仕える身。当然でございます」
「うんうん」
エルデン君と同い年の彼らを思うと、行動全てが愛らしくて仕方ない。
ピシッと姿勢を正しているモリスさんだって子どもだ。褒めたくなる。
「こちら、センフォニア様とリントニア様からアーサン様への品になります」
モリスさんが差し出してくれた封筒を受け取る。ちょっと分厚い。
「わざわざ来てくれて、ありがとう」
「いえ! 他の任もございますので、失礼致します!」
私は気持ちの良い敬礼を見届け、さすが騎士様だなぁ~って思いながら大股でキビキビ歩いて退出したモリス君の行き先を思うと微笑ましくなった。
他の任は恐らく、新しく出来たお菓子屋でお菓子やケーキを調達する事だろうな。
「アーサン、一週間後に三日間の外出許可は取れたぞ」
「ありがとうサミュエル……ごめんね。手間かけさせて」
「いい。俺もアーサンの故郷行ってみたいから」
「……本当に、ありがとう」
サミュエルの微笑みに胸が騒つく。愛しさと切なさがささくれのようにジクジク痛む。
「(……故郷に対する恋しさなんて、初めてだ。不思議な感じ)」
一人暮らしでもホームシックになった事のない前世の私にとって未知なる気持ちだった。
「…………家にも帰りたい」
「三日目には家に帰ろう」
「うん」
34
お気に入りに追加
320
あなたにおすすめの小説
転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】
リトルグラス
BL
人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。
転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。
しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。
ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す──
***
第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20)
**
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~
乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。
【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】
エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。
転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。
エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。
死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。
「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」
「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」
全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。
闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。
本編ド健全です。すみません。
※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。
※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。
※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】
※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。
突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています
ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた
魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。
そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。
だがその騎士にも秘密があった―――。
その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
【完結】婚活に疲れた救急医まだ見ぬ未来の嫁ちゃんを求めて異世界へ行く
川原源明
ファンタジー
伊東誠明(いとうまさあき)35歳
都内の大学病院で救命救急センターで医師として働いていた。仕事は順風満帆だが、プライベートを満たすために始めた婚活も運命の女性を見つけることが出来ないまま5年の月日が流れた。
そんな時、久しぶりに命の恩人であり、医師としての師匠でもある秋津先生を見かけ「良い人を紹介してください」と伝えたが、良い答えは貰えなかった。
自分が居る救命救急センターの看護主任をしている萩原さんに相談してみてはと言われ、職場に戻った誠明はすぐに萩原さんに相談すると、仕事後によく当たるという占いに行くことになった。
終業後、萩原さんと共に占いの館を目指していると、萩原さんから不思議な事を聞いた。「何か深い悩みを抱えてない限りたどり着けないとい」という、不安な気持ちになりつつも、占いの館にたどり着いた。
占い師の老婆から、運命の相手は日本に居ないと告げられ、国際結婚!?とワクワクするような答えが返ってきた。色々旅支度をしたうえで、3日後再度占いの館に来るように指示された。
誠明は、どんな辺境の地に行っても困らないように、キャンプ道具などの道具から、食材、手術道具、薬等買える物をすべてそろえてた。
3日後占いの館を訪れると。占い師の老婆から思わぬことを言われた。国際結婚ではなく、異世界結婚だと判明し、行かなければ生涯独身が約束されると聞いて、迷わず行くという選択肢を取った。
異世界転移から始まる運命の嫁ちゃん探し、誠明は無事理想の嫁ちゃんを迎えることが出来るのか!?
異世界で、医師として活動しながら婚活する物語!
全90話+幕間予定 90話まで作成済み。
非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします
muku
BL
聖なる山に住む聖獣のもとへ守護騎士として送られた、伯爵令息イリス。
非力で成人しているのに子供にしか見えないイリスは、前世の記憶と山の幻想的な食材を使い、食事を拒む聖獣セフィドリーフに料理を作ることに。
両親に疎まれて居場所がないながらも、健気に生きるイリスにセフィドリーフは心動かされ始めていた。
そして人間嫌いのセフィドリーフには隠された過去があることに、イリスは気づいていく。
非力な青年×人間嫌いの人外の、料理と癒しの物語。
※全年齢向け作品です。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる