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名高き君への献身

67:愚鈍のビヘイビア

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 私の根城である物置スペースに突撃訪問してきた王子様達が、急に私を連れ去って、フカフカのベッドのある部屋へと連れて来た。

「……王子様?」
「今日からココで生活しろ」
「あんな場所に居たら、また風邪を引いてしまうぞ」
「ここならば、皆で話を聞きやすい」
「シロは特別だぞ~」

 私の頭を撫でながら、優しく労わってくれる王子様達は、謁見の間で見た雰囲気は一切無く、まるで別人のようだ。
 話し方も柔和になったし、威張り散らさなくなった。

 私が風邪を引いて、物置で蹲って倒れている時の狼狽っぷりも凄かった。
 わざわざ抱えて、王宮の医務室に連れて行ってくれた。凄腕と有名な魔法医に王子様の手を煩わせるなと怒られたが……死んじまうかもしれなかったのに、王子だから奴隷だから、そんな事で見過ごせるわけないだろ、と第四王子様は言ってくれた。
 私は、嬉しかった。助けてくれた事も、そういう考え方が出来るようになった事も。
 
 王子様達の変化は、王宮内でも噂になり始めた。

ダゴン様第十三王子が王宮の花へ水やりをしてて」
ビングン様第十王子が自ら料理を作って、王妃様に振舞われたとか」
エレン様第八王子が医学書を読んでらして」
ゴールン様十五王子が使用人の手伝いをしてくださって、労りのお言葉も」
ヘンローン様第四王子が、ケネン様第二王子に減税の提案を出したとか」

 自分の悦の為ではなく、誰かの為に何かをしたい。主人公達のように自分の意思で、夢を追い求めながらも誰かを蔑ろにする事なく味方と仲間を増やして進む生き方は、かっこいい。

「シロ! 牧場に行くか!」
「いや、シロは僕とお菓子食べるの!」
「取り合うなって、シロが困ってるだろ」
「ぁはは……」

 優しくされ過ぎて、照れ臭い。
 話を語る以外にも私と関わってくれている。
 私も王子様達の事が好きになっていて、立場の垣根を超えた友達のように思っていた。
 ダゴン様は特に、私を気にかけてくれて、頭をよく撫でてくれる。

「母親が居なくなって、寂しくないか?」
「これだけ恵まれているのです。寂しいはずがありませんよ」
「……本当か?」
「はい」

 実際、マジで母が居なくてもなんら思う事は無かった。薄情かもしれないが、私は前世から両親に対して深く考える事は避けている。考え出したらきっと止められない。それが怖くて仕方ない。

「あぶ……おぶぶ」
「可愛い……」
「ふぇぇええん、ふえええ」
「おっと、よーしよし……あ、オムツ」
「シロ君が居ると大助かりよ」

 乳母と共に一歳と零歳の総勢十名の子ども達の面倒を一緒に見る。王妃達も来てくれるが、主には三人の乳母がシフト制で付きっきり。
 猫の手も借りたい状況だ。

「いないいない、ばぁ」
「へぁ! きゃふふ!」
「あきゃ!」

 マジで可愛い。あんな王様の種から芽吹いた存在とは思えない。

「シロ、ほら。肩車だ」
「わっわあ!」

 第四王子様は、まるで私に父親のような接し方をしてくれた。
 第五王子様と勉強を見てくれたり、肩車をして中庭をかけてくれたり、外で話してる最中に寝落ちたらおんぶしてくれるのは専ら彼だ。
 肩車なんて、前世でもやってもらった事がない気がする。
 
 王子様達は勉学から戦闘訓練など多岐に及ぶ学習をやらされてうんざりしていたのに、積極的に取り組むようになった。

「最近、奴隷同士の拳闘を開催なさいませんね」
「……お前が『いつか自分もあそこに立つんですか?』なんて聞くから……もう誰も楽しめない」
「え? 何故ですか?」
「…………本気で言ってんのか?」

 奴隷同士の拳闘は、王族達の娯楽の一つだった。
 私もいつか、あの舞台の上で醜く逃げ惑ってボコボコにされるのかと思っていたけれど、王子様が尋ねた日から一度も試合の開催をしていない。
 
「シロ、お前は賢いのにアホだな」
「??」

 馬鹿だ馬鹿だ、アホだと言われたが、悪意は一切感じなかった。
 なんで? わからない。
 




「別の冒険譚?」
「うん、兄上達とは違うお話が聞きたい」

 第十八王子様が、私の膝の上で花飾りの作り方を覚えている最中の事だった。
 一才違いだが、第十八王子のデコン様は未熟児だった為、歳の割に身体がまだ小さい。他の王子様より過保護にされている為、暇を持て余している。私のような奴隷の膝上でゴロゴロする始末だ。

「では、特別ですよ」
「わぁい!」
「大穴の少年少女の話。東のうずまき忍者の話。鬼を滅する継承の話……どれに致しますか?」
「ぅんと、鬼!」
「では、その話をしましょう」

 刺激が強い話かもしれないが、世界一優しい鬼退治のお話しだ。
 映像の迫力による名作だが、語り口だけでも充分面白い。
 ……おかげで大海賊以外にも物語る物が増えた。話数管理が大変だ。
 二歳の王子様達に愛と勇気のヒーローの話を紙芝居形式で読み聞かせたりもした。
 
「顔がパンだとか、有り得ない」
「え? どうしてですか?」
「……だって、おかしいだろ。顔を食べさせるなんて」
「自己犠牲の精神の比喩表現です。そのままで受け取っても面白いだけです。自分で愛と勇気を考えなければ、ヒーローの真意は見えません」

 第十三王子のダゴン様にはわかりずらいと不評だったが……愛と勇気のヒーローは、その精神が気高く健気で……かっこいいんだ。
 しかし、かっこいいと思うのは自己犠牲を美徳と見る日本人であった私の感性が大きい。

「……見えなくても、いいのかもしれません」
「ん? 言ってる事がチグハグだぞ。考えるべきじゃないのか?」
「私は……王子様にヒーローになって欲しいわけじゃないんです。ただ、人を慈しんで欲しい……身勝手ながら、そう願っています」

 ヒーローの真似事ではなく、善悪を自分で判断して欲しかった。
 けど、私はもう気を揉まなくて良さそうだ。

 王子様達が、奴隷である私の誕生日を祝ってくれた。
 花冠や美味しい料理を振る舞ってくれた。
 使用人達から新しい服を貰った。
 
 嬉しかった。本当に、涙が出る程に嬉しかった。苦労と努力が報われたと思った。この先、私の人生は安泰だと思った。
 けど……私は、自分の事ばかりで全然周りが見えていなかった。
 
 六歳になってすぐの頃、建国記念日があり、盛大なパーティが王宮内で行われた。
 準備も頑張った。王子様達も手伝ってくれた。
 けれど、全部全部……全部が無駄だった。

『ドカァアアアアアアアアアアン』

 鼓膜を劈く、轟音が……今でも私の愚かさを叩きつけてくる。
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