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名高き君への献身

63:アーサンのレスキュー

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※マグナ目線

 アーサンの過去に関係があると思われるマハマの革命について書かれた本をケロニカ先生から借りた。
 少し読んだだけで、王の嫌われようは凄まじかった事がわかる。
 水の紋章を持つ男児だけを手元に残して、姫や他の紋章の王子は産まれてすぐに養子や嫁や婿に出された。旱魃かんばつ続きで、水不足の国では水の紋章の生み出す水は、金より価値があっただろう。
 
「……アーサンの容態は?」
「体調は問題ないです。サミュエルとケロニカ先生のおかげで、簡易な意思疎通も出来るようになってきました」
「そうか……」

 父は、アーサンを結構気にかけている。病室にも、心配そうに表情を曇らせて様子を見に行っていた。

「アーサンの出身地と原因について、紐付けが出来たんですが、どう解決するべきか……」
「知人達の返答も、時間をかけて回復を支えていくしかないとの事だ」

 薬だけでは、どうにもならない。アーサン自身が記憶をどう心に受け止めていくのか……どうしても無理だと言うならば、記憶の封じ込めも選択肢に入れておかなければ。
 幼年期に、あんな恐ろしい現場の真っ只中にいたならば……精神が壊れても、おかしくない。
 思い出すのが大人になってからでまだ、良かった。サミュエルが居る時で良かった。
 しかし、どう手を尽くしても、やはり最終的には本人の心次第になってしまう。
 

『リーン』
「! コール?」

 深夜帯、久しぶりにアーサンの病室でコールが押された。
 夜勤の看護師が駆け付けてくれているので、自分は帰宅の準備をしていたが……それどころじゃなかった。

「アーサン先生が居ません!」
「はぁ!?」
「外に出ちまってる!」

 共に就寝していたはずなのに、ベッドがもぬけの殻。窓が空いていたから外に出ているとサミュエルは言い残して、外へと走り出してしまった。
 こんな深夜に……しかも、あんな精神状態なのに……何処へ行ったんだ。
 今まで外に出ようとしなかったのに、何故だ。
 ひとまず、混乱している看護師達を落ち着かせて、最低限の人員でアーサンの捜索へ向かった。

「ん? 妙に空が……」

 深夜だと言うのに、空が明るい。
 まるで、夕日の……ような……ッ!!

「火事だ!!」

 集合住宅地の方面から火の手が上がっている。
 アーサンも気になるが、深夜帯の今、逃げ遅れが居る可能性が高い!

『ゴオオオオオオオオォォォオ!』
「……くぅ」

 三階建ての集合住宅が丸々炎に飲み込まれている。
 野次馬に介抱されている避難者の元へ駆け付けて、治療を行う。

「お医者さんかい?」
「はい。火傷の処置をさせてください」
「お願いします」
「他の住民は?」
「それが」
「おい! 戻って来たぞ!」

 介抱してる人が何か言い掛けた瞬間、周りがざわめき始めた。

「!」
「あの人が一目散に火ん中入ってって、一階の家族を運び出してくれたんだ」

 炎に巻かれながらも、濡れ布に包んだ住民を肩に担いで建物から走り出て来たのは、焼け焦げているが見慣れた病院着の白髪男性。

「アーサン……!」

 火が残る服にバシャっと水をかけられながら、野次馬に住民を手渡して火の中へ戻ろうとする。

「あんちゃんダメだ! 流石にもう無理だ!」
「三階まで全部火が回っちまってる!」
「二回もよくやったよ! けど、もういい! 死んじまうって!」

 心配している野次馬達に身体を掴まれて、動きを止められている間もアーサンは三階の窓を見ていた。
 
「……声が……」

 ポツリとそう呟いて、男達の腕を振り払い、再び火の中へ飛び込んでしまった。

「アーサン! ダメだ戻って来い!」

 火の回りが早い。室内から崩壊の音が聞こえ初めていた。このままでは生き埋め状態で焼け死んでしまう。

「マグナ!」
「サミュエル!」
「アーサンがこっちに行くのを見たって聞いたけど…………おい……嘘だよな?」

 辺りを見渡し、周りの人達の視線が、立ち昇る炎では無く出入り口に注がれている事に気付いたサミュエルの表情が強張った。

「アーサンが……中に?」
「…………」
『ガララ、バチン! バチ!』

 火に食い潰されて、階段が崩れ落ちるのが外から見えた。
 
「アーサン……アーサン! アーサン!!」

 半狂乱のサミュエルが走り出そうとしたところを腕を掴んで引き留めた。

「離せ! 離せよ馬鹿!」
「お前に何かあったら、アーサンが悲しむ!」
「俺だって、アーサンに何かあったら悲しい! 自分を許せねえ!」

 サミュエルの気持ちは痛いほどわかる。俺だって、出来る事なら駆け出したい。
 だが、三階に残っている人を助けに行くにも、階段が無い。アーサンの元へ辿り着く前に死んでしまう。

『ゴオオオオオ! ベキ、バキバキ』

 建築材が限界を迎え、徐々に崩壊していく。

「あ、ああ……あ」

 その場に居た全員が、建物内に残った命を諦めかけた時。

『ダン!』

 炎を突っ切って、三階の窓からアーサンが飛び降りてきた。
 普通なら無事では済まない高さからの落下であったにも関わらず、人を複数抱えながら見事な着地を我々へ見せつけた。
 重度の精神病患者とは思えぬ身のこなしだ。
 身体に広域の火傷を負っているが、そんな様子は微塵も感じさせずに、平然と歩き始めたアーサンに、その場の全員が呆然としている。

『ギィィィィイイイ』

 呆けたのも束の間、崩壊する建物の柱が重さに耐えきれず傾き、アーサンの方へ覆い被さるように倒れてきた。
 
「アーサン!!」

 俺の手を力付くで振り解いたサミュエルが、アーサンの元へ駆けた。
 一瞬。二秒にも満たない刹那の中で、サミュエルはアーサンの懐まで滑り込んだ。

『ドゴゴゴゴン!』

 物凄い轟音と熱い突風、火花を散らして倒れる瓦礫と化した建物の下敷きになってしまった。
 倒れる勢いで火力が削がれていた為、すぐさま消化活動をしながらアーサン達の居た場所を煙を払いながら探せた。
 そして、思ったよりすぐに見つかった。

「サミュエル!」

 サミュエルが背で燃えたぎる木材と瓦礫を受け止めて、しゃがみ込んだアーサンとアーサンの抱える救助者を間一髪で守り抜けていた。
 その様子を目視した野次馬達が深夜と言うことも忘れて大歓声を上げた。

「……生きてる」
「お母ちゃん?」

 深夜の大火事にも関わらず、住民全員が無事に救助されるなんて奇跡でしかないと、その場は大盛り上がりとなった。
 アーサンの抱えていた親子の救助者を受け継ぎ、サミュエルの受け止めていた瓦礫類も鎮火されて、男手で除けられた。

「……ぁああ……良かった。良かったぁ、アーサン」
「…………?」

 炎に触れていた背や手の平に火傷を負ったサミュエルだが、アーサンを守れた事で安堵の笑みを浮かべていた。
 血の滲んだ両手で、アーサンの火傷を負った頬を撫でる。

「痛いだろ……病院に帰ろう」
「…………ぁ……か」
「?」

 アーサンがワナワナと震える手で、サミュエルの手を握ったかと思えば、二人の身体が光を帯びた。

『ホワン』
「!?」
「……治癒魔法」

 アーサンが、自身とサミュエルへヒールを施した。まだ跡は残っているが、止血はされたようだ。

「……ありがとう、アーサン」
「…………ケホッ……ぅ、ううう、ふぇええええええん!」
「「「!!?」」」

 唐突に響き渡るアーサンの子どものような慟哭に全員がギョッと目を見開いた。

「ぅわあああああん、ああああ!」
「……火の中、怖かったのか? それとも、怪我が痛いのか?」

 先程の寡黙な英雄の姿が嘘のように大声で泣き喚くアーサン。
 思わず呆気に取られたが、俺とサミュエルと捜索していた看護師達はアーサンと被害者達を大慌てで病院へ運び込んだ。
 俺は患者となった救助者達全員の処置で徹夜となり……サミュエルは、泣き止まないアーサンをあやし続けて徹夜となった。
 
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