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名高き君への献身
61:アーサンのヒストリー
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※マグナ目線
転移魔法で大病院の魔法医に運ばれて病院へ担ぎ込まれたアーサンを見た時、何かの冗談かと思った。
セニア大先生が血相を変えて暴れるアーサンの血だらけの両目に治癒魔法をかけ続けて訪問された。
モルガンと言う魔法医から事の顛末を聞かされて、その場の大病院では無くアーサンとの信頼関係がある安全なうちに連れて来た合点がいった。
アーサンの絶叫に全員が困惑しながらも、緊急で隔離病室を作った。
鎮静剤を投与されて落ち着いては、酷く暴れて、自傷行為を繰り返す。
サミュエルに報告する為に特急馬車を使ったが、デカい出費に文句を言う奴は居ない。
なんで彼らばかりがこんな悲惨な目に遭うのだろう。
サミュエルが、泣き叫ぶアーサンへ寄り添う姿に胸が傷む。
唯一の精神科医の免許を持つケロニカ先生が担当医に抜擢されて、期待や責任のプレッシャーで潰れそうになりながらも、早速症状緩和の内服薬を準備していた。
しかし、サミュエルを認識出来ないとは、思わなかった。アーサンの事だから、サミュエルを見たら、一目散に飛び付くと思った。
そう都合の良い事は起きない。
「あ、ああ……う、うぅう」
「どうした? 何か聞こえるのか?」
事件から一週間経っても対話は出来ないが、深夜に絶叫起床する回数は薬の影響で減っている。現在は、目線を天井に這わせて、何かの音を聞いているようだ。
「あ、ぅあ、あー」
「アーサン、大丈夫だ。みんな側にいるから」
「…………」
「大丈夫、大丈夫」
心此処にあらずなアーサンを宥める。
心の病への接し方が、俺でもよくわからない。父も、精神科の知人に手紙を何通か出していた。
面会謝絶状態のアーサンへ、教会関係者や多額の寄付をしてもらっている工場や学校の関係者も見舞いの品を預けていく。多過ぎて病室に入りきらない。なので食品などは栄養バランスを加味しながら病院食と共に食べさせる。
孤児院の子ども達からの手縫いのぬいぐるみも枕元に置いておく。
聖女様からは、良く眠れる聖女印のポーションが届いた。なんとも、胡散くs──お有難い品だ。
「マグナ」
「おかえりサミュエル。寝袋持って来たか?」
「ああ。当分世話になる」
「……大丈夫か?」
「大丈夫そうに見えるなら眼科行けよ」
悪態の余裕があるから、まだ大丈夫そうだ。
恐らく、アーサンを回復させるにはサミュエルの存在は必要不可欠。
サミュエルのケアもしっかりしていかなければ。
「……ただいま、アーサン」
頬を撫でられても、何の反応もないが過剰反応で怯えなくなっただけマシだ。
「アーサン、今日は何する?」
「……」
「あ、そうだ。絵本読んでやるよ。コレ、アーサンの好きな絵本」
「……」
おとぎ話や冒険物語を好むアーサンの為に、サミュエルが読み聞かせを何度もしている。
『昔々あるところに、それはそれは美しいお姫様が居ました。お姫様は、お城の舞踏会で王子様とダンスを踊りました』
「……ぉお」
「そう、王子様だ」
特定の単語に反応が見えるが、それだけでは解決の糸口は何も見えない。
子どもに接する時以上に優しい口調のサミュエルが、アーサンの反応に笑みを零している。
通常勤務に戻って、仕事をこなしてはちょくちょく様子を見に病室へ通う。
「アーサン先生、まるで別人」
「賢い人だったのに、あんな……可哀想に」
「旦那さんも気の毒ねぇ」
「あんな先生見たくなかったな」
「俺直視出来ない……尊敬してる人が壊れてくの」
「ボケた爺ちゃん思い出して辛い」
院内の看護師も魔法医、誰もがアーサンの有様に同情しつつも一線を置いていた。
精神病患者に接するのは専門家でなければ、慎重になり過ぎて触れられない。
精神科医の処置は薬と言葉が主になる。一言間違えれば、患者の心を殺してしまう。それを魔法医の免許を取るに当たって勉強していれば誰もが知る事だ。
だからこそ、重篤のアーサンに対して必要以上に触れずにこうして裏でボソボソと。
「(まぁ、不用意に声をかけるより、自信がなければ後ろに控えてるのも悪い事じゃない)」
俺は、カチャカチャと忙しなく機器が犇く研究室の扉を開ける。
「アーサン君の作った認知症の応用出来ない?」
「今やってる。けど、これ以上効能組み換えたり増やしたりしたら、中毒や強い相互作用が起きる」
「アーサンみたいに新薬ポンポン出来ないよぉ!」
「この量でどうだ?」
「……意識障害どころか、胃腸や肝臓にまで障害が出るぞ。どんだけ眠らせる気だ」
ここでは、業務の小休憩にアーサンの苦しみを少しでも和らげたいと、皆が薬の調合に励んでいる。
俺もその輪に加わろうとしたところで呼び止められた。
「マグナ先生、少々ご相談が」
「はい、なんでしょうか。ケロニカ先生」
「アーサン先生の出身地を探して欲しいとサミュエルさんに頼まれまして……彼の記憶を頼りに探してみたんですけど……」
ケロニカ先生は、優しい先生として評判だ。そんな人が、声を震わせて、おずおずとグレード王国とその周辺諸国の描かれた地図を差し出して来た。
そして数箇所にバッテンマークが付いており、その内二つが丸で囲われていた。
「このどちらか?」
「はい……ですが、恐らくこちらの小国の方です」
「何故わかるんです?」
「アーサン先生が……首、声、火、それから王子様と言っていたそうなので、そこから二つの国の歴史を調べてみたら、その……歴史上に残る程の出来事に、アーサン先生は巻き込まれていたのかもしれません」
不安気に早口にそう告げるケロニカ先生。
「もし……本当にもし、そうだとしたら、私は……どう、声をかけるべきなのか、わからなくなってしまって」
「…………どんな出来事が、あったんですか?」
ケロニカ先生が、地図に視線を落としながら、俺にだけ聞こえるように囁き声で告げた。
「革命による大虐殺です」
転移魔法で大病院の魔法医に運ばれて病院へ担ぎ込まれたアーサンを見た時、何かの冗談かと思った。
セニア大先生が血相を変えて暴れるアーサンの血だらけの両目に治癒魔法をかけ続けて訪問された。
モルガンと言う魔法医から事の顛末を聞かされて、その場の大病院では無くアーサンとの信頼関係がある安全なうちに連れて来た合点がいった。
アーサンの絶叫に全員が困惑しながらも、緊急で隔離病室を作った。
鎮静剤を投与されて落ち着いては、酷く暴れて、自傷行為を繰り返す。
サミュエルに報告する為に特急馬車を使ったが、デカい出費に文句を言う奴は居ない。
なんで彼らばかりがこんな悲惨な目に遭うのだろう。
サミュエルが、泣き叫ぶアーサンへ寄り添う姿に胸が傷む。
唯一の精神科医の免許を持つケロニカ先生が担当医に抜擢されて、期待や責任のプレッシャーで潰れそうになりながらも、早速症状緩和の内服薬を準備していた。
しかし、サミュエルを認識出来ないとは、思わなかった。アーサンの事だから、サミュエルを見たら、一目散に飛び付くと思った。
そう都合の良い事は起きない。
「あ、ああ……う、うぅう」
「どうした? 何か聞こえるのか?」
事件から一週間経っても対話は出来ないが、深夜に絶叫起床する回数は薬の影響で減っている。現在は、目線を天井に這わせて、何かの音を聞いているようだ。
「あ、ぅあ、あー」
「アーサン、大丈夫だ。みんな側にいるから」
「…………」
「大丈夫、大丈夫」
心此処にあらずなアーサンを宥める。
心の病への接し方が、俺でもよくわからない。父も、精神科の知人に手紙を何通か出していた。
面会謝絶状態のアーサンへ、教会関係者や多額の寄付をしてもらっている工場や学校の関係者も見舞いの品を預けていく。多過ぎて病室に入りきらない。なので食品などは栄養バランスを加味しながら病院食と共に食べさせる。
孤児院の子ども達からの手縫いのぬいぐるみも枕元に置いておく。
聖女様からは、良く眠れる聖女印のポーションが届いた。なんとも、胡散くs──お有難い品だ。
「マグナ」
「おかえりサミュエル。寝袋持って来たか?」
「ああ。当分世話になる」
「……大丈夫か?」
「大丈夫そうに見えるなら眼科行けよ」
悪態の余裕があるから、まだ大丈夫そうだ。
恐らく、アーサンを回復させるにはサミュエルの存在は必要不可欠。
サミュエルのケアもしっかりしていかなければ。
「……ただいま、アーサン」
頬を撫でられても、何の反応もないが過剰反応で怯えなくなっただけマシだ。
「アーサン、今日は何する?」
「……」
「あ、そうだ。絵本読んでやるよ。コレ、アーサンの好きな絵本」
「……」
おとぎ話や冒険物語を好むアーサンの為に、サミュエルが読み聞かせを何度もしている。
『昔々あるところに、それはそれは美しいお姫様が居ました。お姫様は、お城の舞踏会で王子様とダンスを踊りました』
「……ぉお」
「そう、王子様だ」
特定の単語に反応が見えるが、それだけでは解決の糸口は何も見えない。
子どもに接する時以上に優しい口調のサミュエルが、アーサンの反応に笑みを零している。
通常勤務に戻って、仕事をこなしてはちょくちょく様子を見に病室へ通う。
「アーサン先生、まるで別人」
「賢い人だったのに、あんな……可哀想に」
「旦那さんも気の毒ねぇ」
「あんな先生見たくなかったな」
「俺直視出来ない……尊敬してる人が壊れてくの」
「ボケた爺ちゃん思い出して辛い」
院内の看護師も魔法医、誰もがアーサンの有様に同情しつつも一線を置いていた。
精神病患者に接するのは専門家でなければ、慎重になり過ぎて触れられない。
精神科医の処置は薬と言葉が主になる。一言間違えれば、患者の心を殺してしまう。それを魔法医の免許を取るに当たって勉強していれば誰もが知る事だ。
だからこそ、重篤のアーサンに対して必要以上に触れずにこうして裏でボソボソと。
「(まぁ、不用意に声をかけるより、自信がなければ後ろに控えてるのも悪い事じゃない)」
俺は、カチャカチャと忙しなく機器が犇く研究室の扉を開ける。
「アーサン君の作った認知症の応用出来ない?」
「今やってる。けど、これ以上効能組み換えたり増やしたりしたら、中毒や強い相互作用が起きる」
「アーサンみたいに新薬ポンポン出来ないよぉ!」
「この量でどうだ?」
「……意識障害どころか、胃腸や肝臓にまで障害が出るぞ。どんだけ眠らせる気だ」
ここでは、業務の小休憩にアーサンの苦しみを少しでも和らげたいと、皆が薬の調合に励んでいる。
俺もその輪に加わろうとしたところで呼び止められた。
「マグナ先生、少々ご相談が」
「はい、なんでしょうか。ケロニカ先生」
「アーサン先生の出身地を探して欲しいとサミュエルさんに頼まれまして……彼の記憶を頼りに探してみたんですけど……」
ケロニカ先生は、優しい先生として評判だ。そんな人が、声を震わせて、おずおずとグレード王国とその周辺諸国の描かれた地図を差し出して来た。
そして数箇所にバッテンマークが付いており、その内二つが丸で囲われていた。
「このどちらか?」
「はい……ですが、恐らくこちらの小国の方です」
「何故わかるんです?」
「アーサン先生が……首、声、火、それから王子様と言っていたそうなので、そこから二つの国の歴史を調べてみたら、その……歴史上に残る程の出来事に、アーサン先生は巻き込まれていたのかもしれません」
不安気に早口にそう告げるケロニカ先生。
「もし……本当にもし、そうだとしたら、私は……どう、声をかけるべきなのか、わからなくなってしまって」
「…………どんな出来事が、あったんですか?」
ケロニカ先生が、地図に視線を落としながら、俺にだけ聞こえるように囁き声で告げた。
「革命による大虐殺です」
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