大好きなBLゲームの世界に転生したので、最推しの隣に居座り続けます。 〜名も無き君への献身〜

7ズ

文字の大きさ
上 下
55 / 77
名高き君への献身

60:デプレッションの人的支援

しおりを挟む
※サミュエル目線

 翌朝、スヤスヤと眠っていたアーサンが身動ぎして目を覚ました。

「ふぇ……あ、ううぅ」
「!」
「んんんん!」

 不機嫌な声をあげて寝ぼけ眼で、キョロキョロと目線が彷徨っている。

「アーサン、おはよう」

 バッと俺の方を見たかと思えば、すぐに反対方向に首を捻って、苦し気な唸り声を漏らす。
 昨日よりは落ち着いているようだが、対話は出来そうにない。

「アーサン……アーサン……」
「うぅう、がぅうう」
「アーサン…………俺、馬鹿だし根性も無い。お前の為にって躍起になって、魔法医にはなれない。ただ、ココに居る事しか出来ない。でも、精一杯やってみるから」

 気休めになればと思って、乱れまくっている気の流れを包むように、俺の気功を流し込む。

『ビクッ!』
「!」
「……へぁ?」
「アーサン?」
「…………」

 先程まで反射的だった動きに、意思が感じられる。

「俺だ。サミュエルだ。側にいる」
「……?」

 落ち着いているが、混乱は解けていない。迷子の子どもみたいな顔をしていた。

「お、ぉおじ……声、声が……音が……首、首! 首首首!」
「ッ、コールを」

 声の音量が上がり始めた。またパニックになる。
 医者を呼ぶコールを押して、アーサンの手を握る。

「あッああ! ごめんなさい! 許してください!! ごめんなさいごめんなさいぃ!」
「アーサン、アーサン。誰も責めてない。怖がらなくていい」

 虚空に許しを乞い続けるアーサンの手が異常に冷たい。ガタガタ震えて目をずっと見開いている。琥珀がギョロっとバタバタ音のする方へ傾くと、コールを聞き付けて看護師がきてくれた。

「ぎゃああ!」
「アーサン、大丈夫だから。怖くない怖くない」

 出来る限り優しい口調で声をかけながら、看護師に怯えるアーサンを撫でる。

「また、パニックが起きてて……」
「落ち着くお薬少し投与しましょうか」
「お願いします。後、片手だけでも、自由になりませんか?」
「それは……担当医にお聞きしますね」

 鎮静剤を投与されて、浅い呼吸を繰り返しながら声が収まっていった。
 けれど、記憶に蝕まれるアーサンは、未だ魘される。
 看護師が他の先生方もお呼びすると退出する行くのを見送る。
 

「く、首……音が……火が……ヒュッ、フーッ」

 出て来る単語だけで……酷く残酷な記憶だとわかる。
 俺は、ずっとアーサンの手を握っていた。そうするしか出来ないからだ。

「ヒュッ、ヒューッ、カヒュ、ゲホッ、ハッ、ヒュク」
「!?」

 呼吸が乱れて、喉からおかしな音がする。過呼吸ってヤツだ。

「ああッゲホ! ヒュッ、ヒク」
「……アーサン」
「んっ」

 呼吸を正しく行わせる為にキスをして、息を吸うリズムを整える。

「はぁ、んん……はー、はぁー」
「そうそう、その調子だ」

 アーサンの息が整って行く中で、涙がボロボロと流れていく。拭ってやってもキリが無い。
 
「アーサン、全部吐き出していいからな。ここに居るからな」
「はひゅ……ふぅ……」
「よしよし、苦しかったな。大丈夫……大丈夫だからな」

 急激な興奮と鎮静を朝から繰り返して、食事の前にもう一眠りしてしまった。

「おはようサミュエル。朝からパニックがあったみたいだな」
「……ああ。なぁ、マグナ。片腕だけでも自由に出来ないか?」
「……………難しい相談だな。昨日だって、セニア大先生がすぐさま駆け付けて対処してくれたから良かったが、コイツはパニックの初動で自分の両眼を潰したんだ」
「…………」
「自傷行為に躊躇が無い。だから、拘束を解くのは、もう少し冷静になってからだ。担当医もそう言うはず」

 自傷行為と言ってくれているが、恐らくアーサンが行っているのは、自殺行為だ。
 俺達の声も存在も届かない程の精神状態。
 このままだと二度と修復出来ない事態になるのは目に見えている。

「ほら、あーん。あーーんして」
「…………」
「アーサン、食べろよ。コレちゃんと美味いから」
「…………」
『ボタボタ』
「……食べてくれ……頼む」

 大人しくなったが、口に入れられた物を咀嚼さえせず、ぼぉっと一点を見つめては、零してしまっている。
 看護師が喉に詰まらないように、細かく切り分けて、胃に流し込んでいた。
 昼には、離乳食のように柔らかい食事が用意されるだろう。

「うぅ…………うぅ……あぁぁ」
「気持ち悪い?」

 背を摩って、桶を前に持っていくとほぼ胃液の嘔吐。水で口を濯ぐ事さえ上手く出来ない。
 桶を洗って、病室に戻る途中で……

「サミュエル、少しいいだろうか」
「?」

 医院長のジャナルさんに呼び止められ、廊下の隅にて、話を聞く。

「ガレー・ゼ・ルーラ大病院の医院長が直々に謝罪をさせて欲しいとの事だ。家族である君に判断して欲しい」
「………ジャナルさん……俺は、コレでも、大分怒ってるんですよ」
「……ああ」
「謝罪されても無意味です。けど、誠意は見せて欲しいですね。アーサンに加害したヤツを牢屋にぶち込んで拷問して欲しいです」
「そこは安心してくれ。もう加害者は豚箱行きが決まっている。他国の医療従事者が、異例の名誉国民であるアーサンに手を出したとあっては、国同士の関係に歪みが入りかねない。生半可な刑罰では済まないだろう」
「はは、それを聞けて良かったです」

 罪状の重さをぶち上げてくれるなら、俺はそれでいいが……それなりに貰うもん貰っとかねえと。

「諸々の医療費を払ってくれれば良いって伝えてください。あまり余計な事考えたくないんで」
「わかった。そう伝えよう」

 ジャナルさんが俺の肩をポンポンと叩きながら励ましてくれる。

「君が側に居れば、アーサンはきっと大丈夫だ。あまり思い詰めないように」
「はい……」

 俺が入院している間、アーサンもこんな風に不安で胸が引き裂かれる思いをしていたのかもしれない。
 朝食を摂って、病室に戻れば薬を飲んでクークー寝ているアーサンが居た。
 寝顔は穏やかで、いつものアーサンだ。

『ガチャ』
「おはようございますサミュエルさん。アーサン先生の担当医になります。ケロニカです」
「あ、はい」

 街の精神病院は、ここまで重篤な症状の患者を隔離出来るスペースが無い為、ドルフィン病院での入院となっている。
 ドルフィン病院に精神科は無かったが、精神科医の資格を持った内科医がいた為、彼が抜擢された。
 ケロニカ……先生は柔らかい雰囲気の魔法医だが、カルテに書かれた現状のアーサンに出ている症状を説明する際には酷く表情が曇った。

「脳に外傷はありませんが、心因性の失顔症、パニック発作、怯え方からして、恐らく幻聴もあります」
「!」
「内服薬で落ち着かせて、心理療法を行っていきます」
「……俺に出来る事は、ありますか?」
「勿論です」

 今のアーサンへの接し方について教えてもらった。
 まぁ、聞けば当然っちゃ当然の事ばかりだけれど、それが今は大事なんだ。
 自分は味方である事を伝える。
 言葉を遮らずに最後まで聞く事。
 批判的な言い方はしない。
 沢山褒めてやる。
 本人のペースで回復を待つ事。

「何か変わった事があったら、遠慮せず些細なことでもいいです。すぐに知らせてください。相談も受けますので絶対に抱え込まないでください」
「はい…………あの」

 昨日と今日で複雑な思いがごちゃ混ぜになって、何とか消化しようとしたいのに胃の中でぐちゃぐちゃしたままだ。

「ココで寝泊まりって、していいんですか?」
「……普通は許可は出来ないんですけど、今回に限っては寧ろお願いしたいです」

 隔離された病室は、面会時間が決まっている。俺の時は病状もあって極めて限られた時間のみだったが、アーサンの現状は誰かが側に居た方が安心出来る。
 ココの魔法医で俺とアーサンの関係性を知らない人間は居ない。

「(アーサンの寝袋借りるか)」
「病院でサポート出来る事はさせてくださいね」
「ありがとうございます先生。でしたら……少しお願いが」
「?」

 ケロニカ先生に一つお願い事をした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~

乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。 【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】 エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。 転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。 エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。 死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。 「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」 「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」 全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。 闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。 本編ド健全です。すみません。 ※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。 ※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。 ※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】 ※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

騎士団長を咥えたドラゴンを団長の息子は追いかける!!

ミクリ21
BL
騎士団長がドラゴンに咥えられて、連れ拐われた! そして、団長の息子がそれを追いかけたーーー!! 「父上返せーーー!!」

新訳 美女と野獣 〜獣人と少年の物語〜

若目
BL
いまはすっかり財政難となった商家マルシャン家は父シャルル、長兄ジャンティー、長女アヴァール、次女リュゼの4人家族。 妹たちが経済状況を顧みずに贅沢三昧するなか、一家はジャンティーの頑張りによってなんとか暮らしていた。 ある日、父が商用で出かける際に、何か欲しいものはないかと聞かれて、ジャンティーは一輪の薔薇をねだる。 しかし、帰る途中で父は道に迷ってしまう。 父があてもなく歩いていると、偶然、美しく奇妙な古城に辿り着く。 父はそこで、庭に薔薇の木で作られた生垣を見つけた。 ジャンティーとの約束を思い出した父が薔薇を一輪摘むと、彼の前に怒り狂った様子の野獣が現れ、「親切にしてやったのに、厚かましくも薔薇まで盗むとは」と吠えかかる。 野獣は父に死をもって償うように迫るが、薔薇が土産であったことを知ると、代わりに子どもを差し出すように要求してきて… そこから、ジャンティーの運命が大きく変わり出す。 童話の「美女と野獣」パロのBLです

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします

muku
BL
聖なる山に住む聖獣のもとへ守護騎士として送られた、伯爵令息イリス。 非力で成人しているのに子供にしか見えないイリスは、前世の記憶と山の幻想的な食材を使い、食事を拒む聖獣セフィドリーフに料理を作ることに。 両親に疎まれて居場所がないながらも、健気に生きるイリスにセフィドリーフは心動かされ始めていた。 そして人間嫌いのセフィドリーフには隠された過去があることに、イリスは気づいていく。 非力な青年×人間嫌いの人外の、料理と癒しの物語。 ※全年齢向け作品です。

失恋して崖から落ちたら、山の主の熊さんの嫁になった

無月陸兎
BL
ホタル祭で夜にホタルを見ながら友達に告白しようと企んでいた俺は、浮かれてムードの欠片もない山道で告白してフラれた。更には足を踏み外して崖から落ちてしまった。 そこで出会った山の主の熊さんと会い俺は熊さんの嫁になった──。 チョロくてちょっぴりおつむが弱い主人公が、ひたすら自分の旦那になった熊さん好き好きしてます。

とある美醜逆転世界の王子様

狼蝶
BL
とある美醜逆転世界には一風変わった王子がいた。容姿が悪くとも誰でも可愛がる様子にB専だという認識を持たれていた彼だが、実際のところは――??

処理中です...