上 下
6 / 64

4:不条理のコモンセンス

しおりを挟む
翌日、マグナさんが使用人のヒースさんと私を引き連れて仕立て屋にやってきた。

「ヒース、コレは?」
「坊っちゃまの髪色ならそれでいいのですが、アーサン君の髪色だともう少し暗い色の方がいいでしょう」
「同じ白髪なのに?」
「白は白でも真っ白ではありません。坊っちゃまの髪は青空が透けるシーツのような白。アーサン君の髪は苺を混ぜたミルクのような白です」

 青っぽいのと赤っぽいので差が出てるのか。
 私は絵を描いてた人間だけど、色付けは苦手だったな。ヒースさんは上手そうだ。
 子ども向けのスーツは、使っている生地によってランクがある。勿論私はマグナさんよりランクが低いスーツだ。

「アーサン、ブローチ買ってやる。俺とお揃いの」
「ええー」
「なんでそんな嫌そうなんだ」
「奴隷に贈り物をするなんて……(物より金が欲しい)」
「……俺が贈りたいんだ。受け取れ」
「はい」

 大人しく受け取らせて頂こう。
 青と赤の色違いブローチ。

「ありがとうございます。大切にします」
「……あ、ああ」

 売って金にしたいけど、コレは一生大事にするべき贈り物だ。奴隷に贈り物なんて有り得ない。フィクション作品でよく見るけど、奴隷になって本当にそれが有り難くて、身に余る幸福である事を知った。
 
「…………あ、の……」
「どうした?」
「寄りたい場所があります。見るだけでも、いいので」
「いいぞ。言ってみろ」

 私は、ジャナルさんに買われた場所へ連れて来てもらった。そして、あの売主を見つけた。

「治安の悪い場所だ。アーサン、見たい物は見つかったか?」
「…………ぁ」
『ダッ』
「アーサン!」

 つい走り出してしまった。あの売主の前まで。

「あの!」
「ん?」
『コケコケッ』

 売主が並べているのは、もう人間では無かった。鶏だ。

「人はもう、全て売れたんですか?」
「……あーお前か。出歩けるなんて良い暮らししてんじゃねえか」
「私と一緒にいた、あの子は!」
「あの出来損ないのチビガリか。ずっと買い手がつかねえし、奴隷の品入れが厳しくなったから捨てた」
「捨て……た」

 あの男の子が……私に縋って、手を握ってきた感触が、温もりが、震えが……鮮明に蘇って、私の胸に爪を深く深く突き立て、抉る。
 
「殺しちゃいねえから、運が良ければどっかで生きてんだろ。まっ大方、野犬に食われたか、病死か餓死してるだろ」
「……何処で、捨てたんですか」
「ハッ、さぁな」
「ッ──お前!」

 目の前が赤くなった。名も知らぬ、一時共に居た男の子に、これ程までに心が締め付けられて揺さぶられるなんて。

『ガッ!』
「うおっ」
「ふざけんじゃねえぞクソ親父! クソ、クソクソが! 言え! あの子を何処に捨てた!! 一人で生きられる年齢じゃないんだぞ!」

 売主の胸ぐらを掴んで腹から怒号が飛び出してくる。

「アーサンやめろ!」
「マグナさ」
『パァン!』

 マグナさんに押さえられた私は、ヒースさんに頬を引っ叩かれた。突き抜ける痛みに動きが止まる。

「アーサン君。貴方がこの所で問題を起こす事は許されません。何かあればドルフィン家の信用問題にもなりかねません」
「へっへ。そうだぞ。奴隷風情が調子に乗って、躾のなってないところ見せちゃあ主人の面目がないってもんだ」
「……っ……申し訳ありません」

 私は、売主から手を離して、頭を下げた。ココにあの子は居ない。情報を聞き出したいが、口を割らないならばもう用はない。

「元商品として多めにみてやる」
「大変失礼致しました」

 ヒースさんも頭を下げてくれた。そして、私とマグナさんの背を押してその場を後にする。
 マグナさんは、放心状態の私になんと声をかけたらいいのかわからず、オロオロしていた。
 迷惑をかけたマグナさんへ謝らなければならないのに、声が引っかかって出てこない。
 


 帰宅したその夜。ヒースさんが私の私室を訪ねてきた。

「アーサン君、昼間の事ですが」
「……本当に申し訳ありませんでした。あんな、私的な事で、こんなっ奴隷の身分で、感情的になっては、いけないのに……私、自分が制御出来な──」
『ギュッ』

 気付いたら、頭と身体が包み込まれる感触があった。
 ヒースさんに抱き締められている事を理解したのは、ヒースさんの涙が私の頬を打った時。

「叩いてごめんね。あの場で、ああしないと貴方も危ないの。ごめん、ごめんね」
「…………」
「あそこに、アーサン君の大事な子が居たのよね? その子に酷い仕打ちをされて、あんな風に言われて……怒って当然よ」

 寄り添ってくれるヒースさん。気持ちを整理してくれるように囁かれて、鼻の奥がツンと痛む。
 目の前がボヤけてきて、喉の奥から嗚咽が迫り上がってくる。

「う……うぅ……背骨」
「?」
「ひっく、あの子、背骨がポコポコ浮いてた……ちいちゃくて、甘えん坊で……私の手を握ってくれたのぉ……あったかかった、すっごい……すごい、愛おしかった……近いうちにお金貯めて、迎えに、行きたかったのに……うぇぇええん! わああああああ!」

 ヒースさんの肩口に顔を埋めて、絶叫するように泣き喚いた。
 強くキツく抱き締められて、私もヒースさんの背に手を精一杯回した。短くて小さい。
 私がもっと大きかったら、ちゃんと働いていたら、もっと早く迎えに行っていたら……後悔は尽きない。

「…………」

 私の慟哭を、マグナさんが扉越しに聞いていた事を知るのは、今からずっとずっと未来の話。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

【R18版】大好きなBLゲームの世界に転生したので、最推しの隣に居座り続けます。 〜名も無き君への献身〜

7ズ
BL
大好きなBLゲームの世界に転生したので、最推しの隣に居座り続けます。 〜名も無き君への献身〜 全年齢版で♡♡中略♡♡したところをノーカットで置いてます。 作者の特殊性癖が前面に出てるので、閲覧の際はお気をつけ下さい。

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。

チャラ男会計目指しました

岬ゆづ
BL
編入試験の時に出会った、あの人のタイプの人になれるように………… ――――――それを目指して1年3ヶ月 英華学園に高等部から編入した齋木 葵《サイキ アオイ 》は念願のチャラ男会計になれた 意中の相手に好きになってもらうためにチャラ男会計を目指した素は真面目で素直な主人公が王道学園でがんばる話です。 ※この小説はBL小説です。 苦手な方は見ないようにお願いします。 ※コメントでの誹謗中傷はお控えください。 初執筆初投稿のため、至らない点が多いと思いますが、よろしくお願いします。 他サイトにも掲載しています。

大好きな乙女ゲームの世界に転生したぞ!……ってあれ?俺、モブキャラなのに随分シナリオに絡んでませんか!?

あるのーる
BL
普通のサラリーマンである俺、宮内嘉音はある日事件に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 しかし次に目を開けた時、広がっていたのは中世ファンタジー風の風景だった。前世とは似ても似つかない風貌の10歳の侯爵令息、カノン・アルベントとして生活していく中、俺はあることに気が付いてしまう。どうやら俺は「きっと未来は素晴らしく煌めく」、通称「きみすき」という好きだった乙女ゲームの世界に転生しているようだった。 ……となれば、俺のやりたいことはただ一つ。シナリオの途中で死んでしまう運命である俺の推しキャラ(モブ)をなんとしてでも生存させたい。 学園に入学するため勉強をしたり、熱心に魔法の訓練をしたり。我が家に降りかかる災いを避けたり辺境伯令息と婚約したり、と慌ただしく日々を過ごした俺は、15になりようやくゲームの舞台である王立学園に入学することができた。 ……って、俺の推しモブがいないんだが? それに、なんでか主人公と一緒にイベントに巻き込まれてるんだが!? 由緒正しきモブである俺の運命、どうなっちゃうんだ!? ・・・・・ 乙女ゲームに転生した男が攻略対象及びその周辺とわちゃわちゃしながら学園生活を送る話です。主人公が攻めで、学園卒業まではキスまでです。 始めに死ネタ、ちょくちょく虐待などの描写は入るものの相手が出てきた後は基本ゆるい愛され系みたいな感じになるはずです。

満月に囚われる。

柴傘
BL
「僕は、彼と幸せになる」 俺にそう宣言した、想い人のアルフォンス。その横には、憎き第一王子が控えていた。 …あれ?そもそも俺は何故、こんなにも彼に執心していたのだろう。確かに彼を愛していた、それに嘘偽りはない。 だけど何故、俺はあんなことをしてまで彼を手に入れようとしたのだろうか。 そんな自覚をした瞬間、頭の中に勢い良く誰かの記憶が流れ込む。その中に、今この状況と良く似た事が起きている物語があった。 …あっ、俺悪役キャラじゃん! そう思ったが時既に遅し、俺は第一王子の命令で友好国である獣人国ユースチスへ送られた。 そこで出会った王弟であるヴィンセントは、狼頭の獣人。一見恐ろしくも見える彼は、とても穏やかで気遣いが出来るいい人だった。俺たちはすっかり仲良くなり、日々を楽しく過ごしていく。 だけど次第に、友人であるヴィンスから目が離せなくなっていて…。 狼獣人王弟殿下×悪役キャラに転生した主人公。 8/13以降不定期更新。R-18描写のある話は*有り

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

不憫な推しキャラを救おうとしただけなのに

はぴねこ
BL
美幼児&美幼児(ブロマンス期)からの美青年×美青年(BL期)への成長を辿る長編BLです。 金髪碧眼美幼児のリヒトの前世は、隠れゲイでBL好きのおじさんだった。 享年52歳までプレイしていた乙女ゲーム『星鏡のレイラ』の攻略対象であるリヒトに転生したため、彼は推しだった不憫な攻略対象:カルロを不運な運命から救い、幸せにすることに全振りする。 見た目は美しい王子のリヒトだが、中身は52歳で、両親も乳母も護衛騎士もみんな年下。 気軽に話せるのは年上の帝国の皇帝や魔塔主だけ。 幼い推しへの高まる父性でカルロを溺愛しつつ、頑張る若者たち(両親etc)を温かく見守りながら、リヒトはヒロインとカルロが結ばれるように奮闘する! リヒト… エトワール王国の第一王子。カルロへの父性が暴走気味。 カルロ… リヒトの従者。リヒトは神様で唯一の居場所。リヒトへの想いが暴走気味。 魔塔主… 一人で国を滅ぼせるほどの魔法が使える自由人。ある意味厄災。リヒトを研究対象としている。 オーロ皇帝… 大帝国の皇帝。エトワールの悍ましい慣習を嫌っていたが、リヒトの利発さに興味を持つ。 ナタリア… 乙女ゲーム『星鏡のレイラ』のヒロイン。オーロ皇帝の孫娘。カルロとは恋のライバル。

処理中です...