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29:魔法医学のアバンギャルド
しおりを挟む『カラン』
「よし! もう一回だ!」
「はい!」
砂時計をひっくり返して、私とマグナさんは職人の精密技術で完全な脳型に加工された水晶を使って治療の特訓をしていた。
魔石を水晶の中央に落として、それを吸収する魔力を出来るだけ細く引き伸ばして、魔石に到達させる。
魔力を送り込む時間は、三十秒が限界だ。それ以上は彼の命の保証ができない。
そのたった三十秒でも、魔力を流せば彼に地獄の苦しみを与えてしまう。それを少しでも軽減させる為に最小限の魔力で最短距離で尚且つ最速で魔石吸収をする度合いを探しながら練習を重ねる。
水晶には魔力の通った道筋が見える。最短ルートを探すのには持って来いの品物だ。めちゃくちゃ高かったけど、今後も病院で役に立つだろうって事で経費でなんとか落とした。
「マウス実験では、魔石結晶性関節症の症状改善が見られます」
「関節の結晶はトータルヒーリングで対処出来ます」
「痛みに動けなかった個体の体力も回復傾向です」
脳の中の魔石が消滅したマウスが活き活きと活動を再開した。
これは十分人間でも回復の見込みがある。
「猿で実験したかった」
「無茶言うな。ここまで漕ぎ着けたんだ。十分だろ」
前代未聞の気功法と魔力による同時医療。
世界初の症例に世界初の治療法で挑む歴史的瞬間に魔法医学会から数名の立ち合い希望があった。
「おい聞いたか! 脳外科手術のパイオニアで知られてるフレッセル先生がいらっしゃるってよ!」
「ガレー・ゼ・ルーラ大病院のフークイ医院長も来るぞ」
「やっば! 魔法医のトップ達でしょ……アーサン君の処置ってそれだけ注目度が高いって事?」
「当たり前だろ。気功師と魔法医二人がかりならまだしも、一人で気功も魔力も同時に使うんだ。泳ぎながら飯食ってるみたいなもんだぞ」
「……掃除しなきゃ。病院の印象を少しでも良くしないと!」
彼の治療に専念する為に学会からの誘いをフルシカトしていたら。向こうから来てしまった。ジャナル医院長の胃が荒れてしまう。
三週間みっちり特訓して、マウスでも水晶でも最短距離で最小限の魔力を流せるようになった私の元に、その医院長が尋ねて来た。
「アーサン、当日は見学者が多い。そちらから見えないようにする事も出来るが、どうする」
「いえ、そのままで大丈夫です。お気遣いありがとうございます医院長」
「はぁ……立派になったものだ。魔法では太刀打ち出来ない大病に、君のような特効人材が居ようとは……神が仕組んだとしか言えん奇跡の組み合わせだ」
「私は、きっと彼を救い上げる赤い糸を神に授けられたんでしょうね。だから、絶対に成功させます。どうか見ていてください」
「ああ」
まさか、教会で行ったお絵描きがこんな事態へ繋がるとは、思わなかった。ここまで話が大きくなってしまっては、この病院の命運まで背負っているようなものだ。
いや、しかし……あの時私を買ってくれたのが、ジャナルさんで本当に良かった。
『シュー……コー……』
「遅くなってごめんね……明日には、楽になるから」
「…………ん」
『シュー……コー……』
「君に話したい事が沢山ある。一緒に行きたい場所も沢山ある」
「ぉ……れ、も」
彼は、もう自分で身体を起こせない程に衰弱している。呼吸も、補助機が無いと止まってしまう。
「ヒヤピタっていう熱を吸収するジェル湿布をみんなで開発したんだ。コレで熱っぽくなっても辛くないよ」
「……ん」
「…………ああ……ごめんね。気を悪くしないで欲しいんだけど……今の君も、すごく可愛い。世界で一番、可愛いよ」
「はっ……ゲホ」
鼻で笑われてしまった。けど、事実だから仕方がない。
骨と皮だけとなっても、関節を固定されて歪な格好になっていても、頬が痩けて骸骨のようになっていようが関係ない。可愛い可愛い私の推し。誰よりも愛おしい私の推し。
世界で一番、君を愛してる。
口を覆う呼吸器に口付けを落とすと、彼は不満そうだった。
「本番は治療の後で」
「……ふん」
『シュー……コー……』
※※※
彼の病名は魔力欠落体質者による《特発性脳梁魔石結晶性関節症》と名付けられた。
文字が多い。言い難い。長い。二度と誰もかかって欲しくない。
処置当日。病院の前に馬車が止まる。幾つも。
「……馬車で来てる」
「お偉い方だから当然だ」
研究室の窓からソッと見てみれば、副医院長が到着した彼等をエスコートしていた。
みんな年季の入った熟練の魔法医だ。医学書で見た顔イラストが現実にあると不思議な気分になる。
に、しても……ナイスシルバー揃いで目の保養になる。スーツもカッケェ。
「患者の容態を考慮し、特別隔離病室内での処置となります」
「このガラスは魔力遮断を?」
「はい。この距離でも影響が出てしまいますので、魔力がCランク以上の方は処置が成功するまでは決して入室なさらないでください」
「わかりました」
「して、アーサン先生は?」
「アーサン先生でしたら、そろそろいらっしゃいます」
うっし、準備OKだ。
彼の病室へ向かうとナイスシルバー達が先にガラス張りの部屋の前で待機していた。
他の人達は病室内ではなく、病室外の大窓から見学している。おかげで廊下がぎゅうぎゅう詰めだ。
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