32 / 77
30:天命のデストロイヤー
しおりを挟む「こ、こんにちは。魔力障害科医兼薬剤師のアーサンと申します。この度はご足労いただき、ありがとうございます」
「ほほぉ。思ったより腰の低い若者だな。初めまして、クーフード・フレッセルだ。脳外科医をしている」
「存じております。貴方の論文にはとても助けられました」
脳外科医のクーフード・フレッセル。脳にメスを入れた第一人者で、数多の難関手術を成功させてきた名医だ。脳を理解する上で欠かせない情報をくれたのが彼の論文だ。
彼に頼みたいところだが、彼のやり方も治癒魔法ありき。
「アーサン先生、お会いできて光栄です。ガレー・ゼ・ルーラ大病院で医院長をしております。アリメル・J・フークイです。あの、患者の口元に繋がれた機械は呼吸補助機ですか?」
「はい。勿論、患者に負担をかけぬよう動力に魔石は使用しておりません」
「なんと!」
ガレー・ゼ・ルーラ大病院は世界最大規模の病院だ。ここも大きいけど、五倍の大きさと、二十倍の人数の専門医を抱えている総合病院。最先端医療の多くはガレー・ゼ・ルーラ大病院から発信されている程に、医療研究に余念がない。
見た事のない呼吸補助機に惹かれて当然だろう。
呼吸補助機には魔力ではなく電力が使われている。学園の魔法具研究棟にて魔法具制作コースの生徒達と専門教師に依頼した物だ。人数が居るだけあり凄いスピードで納品された。電気については私が送ったレシピで先生が上手くやってくれたようだ。
読んでて良かった◯r.st◯n◯。科学は全てを解決する。
詳しい事は後ほど時間を取って話す事となった。
そして最後に……
「……セニア・コロア。君と同じく魔力障害科医だ」
「初めまして。アーサンです。セニア先生の本、全部持ってます」
「光栄だよ」
セニア・コロア先生の本は、私が初めて読んだ医学書だ。ファンタジー図鑑を読んでいる気分だったけど、それが今に繋がっている。本当に感謝している。
「アーサン先生。お時間です」
「はい」
ごめん。浮気ではないだけど、ぶっちゃけ全員タイプだわ。腐女子的な感想で。
三者三様の老紳士。
「(うーん、全員右ですねぇ)」
普通なら大先生達と対話した後に挑む治療なんてド緊張しそうだけど、私がキモいオタクだったおかげで逆に緊張が解れた。
肩の力を抜いて、いつも通りに接する。
「……準備はいいかな?」
「ん……いつ、でも」
ヒヤピタを額に貼って、頭を撫でる。
ココからは、時間との勝負だ。
「魔力欠落体質者による《特発性脳梁魔石結晶性関節症》の脳梁魔石摘出処置を開始します」
全員が息を呑む。私は練り上げていた気功をゆっくりと彼の脳に浸透させる。
「……気功はやはり目に見えないな」
「始まっているのかすらわからない」
「むぅ……」
「やれやれ、見えんもん見学しに来てどうする」
フッと聞き覚えのある声がしてガラスの方へ顔を向ける。
つい声が出てしまった。
「えっワン先生!」
「ワンチェン老師、いらっしゃってたんですね」
「弟子の晴れ舞台を見に来てやったぞ。感謝せい。ついでにお主らにも見せてやろう。気功の世界を」
『トトトン!』
「!」
ワン先生が大先生達の頸あたりを指で素早く突くと、先生達の目の色が変わった。
「あれが……気功、ですか」
「素晴らしい。切開せずとも、内部が見える」
「……不思議だ」
気のツボ押しでもしたのか、先生達にも気功の流れが見えるようになったみたい。
コレで私の処置の理解がしやすくなっただろう。
「……行くよ。大分痛いだろうけど」
「…………ああ。やってくれ」
気功で魔石を捉えながら、いち、にの──
「さん!」
「ううッ!」
一気に魔力を伸ばし、練習通りに最短ルートで魔石に到達させる事が出来た。吸収が終わるまで、このまま維持だ。
だが、予測出来ていた回避不能の事態が起こる。
「グッア゛ア゛!」
『ガァンガァン』
彼が激しい痛みに痙攣を起こした手足をベッドに打ち付けてしまう。
想定以上の振動。一瞬でも魔力から魔石がブレたら終わりだ。
全身を襲う激痛に、耐えようとして起こる痙攣。身体ごと仰け反ってベッドから転げ落ちても無理もない激痛。けれど、耐えてくれている。
二十秒あたりでシーツに血が飛び散り始めた。結晶が皮膚を現在進行形でゆっくり突き破っている。
「アァァアザン!」
「あと少し! あと少しだ!!」
あと十秒で彼の地獄が終わる!!
「ぐあああああ!! いだい、いだぃ! せなかがッさける゛! ぐっ!?」
『ガクン!』
「ッ!?」
大きく胸が反り上がってしまった。危機的状況に陥った身体の無脊髄反射の行動だ。本人も事態に気付いているが、止められない。
ダメだッこれ以上動いたら! 魔石が!
『ガッ!』
魔力の中から魔石がブレてしまいそうになった瞬間、結晶に貫かれた血だらけの両手が私の両手を支えた。
「おれああ、ぜっだいに……お゛まえッと、家にッッ! か゛るんだああああ!!」
二秒……一秒……零……
「はっ、はっ……ッ! トータルヒーリング!!」
「「はい!!」」
病室の出入り口に待機していたトータルヒーリングが扱える魔法医達が一斉に駆け込んだ。
「ヒューッ……ヒューッ……」
「もう大丈夫ですよ!」
「痛みは全て無くなります」
二十七秒間の壮絶な痛みから解放された彼は、トータルヒーリングで全ての結晶が取り除かれた。
「………………」
横になったまま、天井へ手を伸ばした。次第に感覚が戻ってくると同時に彼の目が大きく見開かれた。
「……ぁ……ああッ、ああああぁぁぁあ!」
初めて、彼の涙を見た。今の痛みの中でさえ見せなかった涙が、大粒の雫となって幾重にも溢れる。
二十四年もの間、自身を蝕み続けた呪縛から解放された喚声があがる。目からポロポロと流れ落ちる歓喜の涙が、宝石のようにキラキラと輝いて見える。
ああ、私はこの日の為に生まれてきたのだと、思わずにはいられない。
「良かった……本当に、良かった」
「あああさん! あああさぁん!」
「頑張ってくれてありがとう……」
私の名を呼びながら、痛みの消えた手で私を手繰り寄せて、胸に抱き寄せてくる。
「患者と医師の間でこれ程まで絆が芽生えるとは……」
「何を言っている。あの二人は恋人同士だ」
「「えっ!?」」
「あーー……ひょっとして、我々はすごい野暮な立ち会いを希望してしまったのでは……?」
「ふん。お主らの事など誰も気にしとらんよ」
歴史的快挙だとか、史上初だとか、そんな事を気にしている者はこの場には居なかった。
ただ、患者が病を克服して喜んでいる。それが何よりも重要な事だったからだ。
204
お気に入りに追加
325
あなたにおすすめの小説

この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~
乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。
【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】
エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。
転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。
エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。
死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。
「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」
「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」
全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。
闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。
本編ド健全です。すみません。
※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。
※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。
※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】
※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】
リトルグラス
BL
人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。
転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。
しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。
ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す──
***
第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20)
**

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。

非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします
muku
BL
聖なる山に住む聖獣のもとへ守護騎士として送られた、伯爵令息イリス。
非力で成人しているのに子供にしか見えないイリスは、前世の記憶と山の幻想的な食材を使い、食事を拒む聖獣セフィドリーフに料理を作ることに。
両親に疎まれて居場所がないながらも、健気に生きるイリスにセフィドリーフは心動かされ始めていた。
そして人間嫌いのセフィドリーフには隠された過去があることに、イリスは気づいていく。
非力な青年×人間嫌いの人外の、料理と癒しの物語。
※全年齢向け作品です。

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる
木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8)
和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。
この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか?
鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。
もうすぐ主人公が転校してくる。
僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。
これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。
片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。


元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる