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28:極限のシューティング

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 病院へ戻れば、皆が出迎えてくれたがなんだか妙な事を聞かれる。

「気功、どうだった?」
「なんかハッ! とかした?」

 気功は胡散臭いと思われているようで、誰も私が修行に行ったとは思っていない。長期休暇だと思われている。リフレッシュ出来たし、身体も休まったから間違ってないが。

「気功法覚えてきました」
「そ、そうか」
「……信じてませんね?」

 気功のお披露目として、研究室で先輩方が持って来た箱の中身を体視気功法の応用で透視する。

「コッチは食べかけの食パン。苺ジャムが塗ってあります。こっちは読みかけの論文。途中で寝かけたのか涎のシミが出来てます。最後にコレは……あの、なんで私の私物が入ってるんですか。パンツ入れないでください」
「「すげええええ!!」」
「魔法じゃない!」
「コレ、医療に応用したら病魔発見器じゃん!」
「元々気功は医療用だって」

 そして、この病院で初めての気功が施されるのは、彼である。

「はぁ……はぁ……ああ、アーサン、おかえり」
「ただいま。大丈夫? 体調が悪いように見えるけど」
「背中が痛くて、寝返りが、うてないんだ」
「……うん」

 病院着を捲って痩せた背中を見ると、背骨がポコポコと浮いていた。そして、浮いている背骨全ての椎間板から生じた結晶が皮膚を押し上げて、今にも突き破ってしまいそうだ。既に内出血が起こっている場所もある。
 椎弓に干渉している結晶もあるようで、寝返りだけではなく、背を丸めたりも全然出来ないそうだ。
 皮膚の中でハリネズミが這い回り、筋肉や神経を突き刺しまくっているのを想像すれば、彼の痛みの三割は理解できるかもしれない。
 もう、猶予が無い。

「気功って言う物を覚えてきたんだ。魔力じゃ無いから痛みもない。今から君の病原である魔石の位置を特定するから、ジッとしていて」
「わかった。任せる」

 彼の頭に両手を当てて、ワン先生に教えてもらったように、ゆっくりと優しく優しく気功を浸透させていく。

「(……やばい。変な気分になる。脳みその皺まで愛おしい)」

 好きな人の脳みそまで可愛く見えてきたら、それはだいぶヤバい類のオタクだろ。
 
「(奥に……脳梁……あっ)」

 魔石を発見した。脳梁に丸い魔石を見つけた。神経に干渉はしていないが、接触している。取り除く際には細心の注意が必要だ。
 他の部位も見てみたが、魔石は見当たらなかった。

「終わったよ」
「頭が熱い……」
「あ、気持ち悪い?」
「いや、気分は別に。ただ、熱っぽくなる」

 彼の頬が薄ら朱に染まっている。
 確かに熱っぽく見える。あまり長時間の使用は脳にダメージを与えてしまうかも。ワン先生は平気だったけど、気功師だもんな。
 魔石の場所を特定した事の報告書とスケッチをマグナさんに提出した。

「すまんが、気功には馴染みがない故、半信半疑だ。お前の事は信じているが、俺も医者だからな。患者の為にも鵜呑みには出来ない」
「うう……はい」
「魔石が脳梁にある前提で進めるとして、どのように処置を行うかが問題だ」
「そこなんですよ。見えたからと言ってどうにも出来ないんです」

 もう時間が無いと言うのに……手立てが一向に見つからない。
 ワン先生に言われた通り、しっかり寝て食べて、研究に没頭する。

「アーサン先生、少々よろしいですか?」
「ぁ、はい」
「小児科なんですが、魔法具を怖がる子がいまして……気功で先に診断をしていただいてよろしいでしょうか?」
「気功でいいんですか?」
「落ち着いたら、魔法具での診察をします。セカンドオピニオンってヤツです」

 まぁ、役に立てるならなんだってやるさ。

「うわあああああん! いやああだああ!」
「(すごい豪快に泣いてる)」

 病室のベッドで蹲って泣き喚く子ども。喉がガラガラだ。

「セト君、お注射はしないから大丈夫だよ」
「ちゅーしゃ以外はするんでしょ!」
「おっと賢いね。今回、道具は使わないよ。大丈夫大丈夫」

 グズグズと鼻を鳴らすセトと呼ばれた子の背を撫でて少しづつ落ち着かせる。

「ほんとぉ……」
「本当本当。先生、聴診器も持ってないでしょ?」
「うん」

 私の言葉を信じてくれたのか、コロンとこちらに寝返りをうって起き上がる。子どもの動作ってなんでこんなに可愛いんだろうか。

「お腹触るね。じんわりあったかくなってくと思うけど、それだけだから」
「うん」

 不安感があるようで気の乱れが伝わってくる。
 私は落ち着いて……落ち着いて……ゆっくりと。
 
「え? もう終わり?」
「うん。魔法具使う時もこれぐらいスッと終わるから、怖がらなくていいよ」
「……うん!」

 その子とバイバイと手を振り合ってから退出してカルテを確認する。

「気管支炎で入院ですか」
「親が共働きなので、預かり入院です」
「……それで良かったと思います」
「はい?」
「肺にも影がありました。肺炎の薬か治癒魔法をお願いします。セカンドオピニオン後で大丈夫なので」

 魔法具を使えば肺炎の特定は簡単だ。けれど、使わなければわからない時もある。

「あ、ありがとうございます!」
「いえ、魔法具使ったらわかる事だと思いますので……」

 このなんでもないやりとりのおかげで、院内で気功の信頼性がグンと上がったのだった。

※※※

 気功の信頼度が上がり、先生方に呼ばれて実践して、実績も幾つか出来たが……問題解決には至っていない。

「魔石に作用する薬が無いなら何度でも作れば……って、もう一から新薬作ってる余裕無い」
「アーサン、落ち着け。焦ってはダメだ」
「足首から結晶が飛び出て危うくアキレス腱を損傷するところだったんですよ……ああ……もう、本当に時間がない……早くしないと」

 内側にも結晶が伸びて内出血を起こしているし、筋肉に突き刺さり始めて、激痛で身体をまともに動かせなくなっている。
 指の関節にも結晶が出来て、指も動かせない。
 結晶が彼を串刺しにしていく。運命に嬲り殺されるのをただ黙って見ていられない。

「外に行こう。篭っていてはダメだ」
「……はい」

 マグナさんに連れられて、病院の中庭へ気分転換にやってきた。
 ベンチに座っても、青空を見上げる気分にはなれない。

「子ども達は元気にはしゃいでるな」
「はい……」

 暑いからか、プールが出ている。
 ぱちゃぱちゃと看護師に見守られながら遊ぶ子ども達は微笑ましい。
 
『プシュ』
「……水手砲……こっちにもあるんだ」

 手で水を直線で飛ばず遊びは、こちらでもあるようだ。

「ふふ、水鉄砲があれば、遊びの幅が広がるかも」
「みずでっぽう?」
「こういう形で、一箇所から水がビューって勢いよく出るオモチャです。的を狙い撃ち。バーン」

 ふざけた口調でマグナさんの胸を指で撃つ動作をする。

「…………」
「マグナさん?」

 胸を押さえて考え込んでしまったマグナさんを覗き込むと、突然『ガタン』とベンチから立ち上がった。

「アーサン! 教会に行くぞ!」
「きょう、急に!?」
『ガッ!』

 手を掴まれて、猛ダッシュで教会まで連行された。
 教会の裏口から入ると、廊下に丁度フェン様がいらっしゃった。

「あら? マグナ君達どうしたの? 今はお勤めの時間では?」
「聖女様、突然の訪問申し訳ありません」
「改まって……どうしたの?」
「水晶をお借りできませんでしょうか。一番大きなサイズを」
「まぁ!」

 水晶?? なんで??
 フェン様に案内されて、魔力測定器の水晶が安置されている倉庫へ案内された。

「こちらが教会で一番大きな水晶です」
「使用しても構いませんか?」
「ええ。普通はダメなんですけど、幸い私は聖女なので。アーサン君に免じて特別ですよ?」
「アーサン!」
「はい!」

 グイッと水晶に手を当てられて、何がなんだかわからずにマグナさんを見ればやれっと目で訴えられる。
 まぁ、やるよ。
 昔のように水晶の中に絵を描く。大きいから細かい線も引ける。

「えっ? えっええ!? 絵うまっ!」
「これでいいんですか? マグナさん」
「……コレだ! アーサン! アイツの病気を治せるぞ!」
「はあ!?」

 水晶に絵を描くだけで、彼を助けられる道がマグナさんには見えたようだった。
 フェン様も私も頭に疑問符が飛び交っていたが、マグナさんが興奮冷めやらぬ様子で説明してくれた。

「脳にある魔石の摘出は非常に困難だ」
「はい」
「アイツへの負担を危惧して魔力での治療を除外して考えていたが、お前の魔力コントロールなら魔石まで最低限の魔力影響で到達出来る! 脳の中が見えるなら狙い撃ち出来るだろ!」
「!!」
「脳梁に乗ってるだけの小さな魔石ならば、濃度の高い魔力で吸収しちまえる! お前なら……お前だけが、アイツを救えるんだ!」

 マグナさんの言葉に、わなわなと震える両手に目を向ける。

「わた、私が……ッ、ああ……神様!!」
「本当にッお前が特効薬だったんだよ! あっははは!」

 放心状態の私を抱き締めて、やったやったと飛び跳ねるマグナさんと、何が何やらわかっていないフェン様……カオスな空間だった。

「練習が必要だな」
「……はい」

 希望の糸が紡がれ、太い線となっていく。
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