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24:諦観者のアジテーター
しおりを挟む経過観察中のマウスが一匹、結晶に体内を突き破られて死亡した。
まだ死んで間もないうちに、脳の中を見させてもらう。
手を合わせてから、頭を開いて脳を取り出す。魔力障害科の先生達にも立ち会ってもらった。
『クチュ……パカ』
「……はぁ……」
みんな安堵の息を漏らした。最悪の想定は外れたからだ。
「脳機能と同化してたら、手の施しようが無かったが」
「これなら……まだ、希望がある」
希望が……あるだろうか。
大脳縦裂に沿って開けた脳のど真ん中、まるで真珠のように小さく丸くなった魔石が脳梁に接触していた。
脳外科手術は存在しているが、こんな脳の奥を割り開く技術も医療器具もこの世界にない。ましてや患者には魔法も魔道具も使えないんだ。
「(例え切り開いたとしても、取り除く際に脳梁を傷付けたらアウトだ)」
脳梁は脳の橋。右脳から左脳へ、左脳から右脳へと情報を伝達する橋だ。
マウスよりずっと大きな人間の脳であっても、大量の神経線維の束が密集した脳梁に、今の技術でどう対応しても何かしらの障害や後遺症を残してしまう可能性が大きい。
「必ずしも脳梁にあるとは限りません」
「あ、それもそうですね」
たった一匹のマウスを基準にしてはいけない。たまたまこの子の魔石が脳梁で再形成されただけかもしれない。
他の子は、もっと別の場所に魔石の粒があるかもしれない。
そんな私の淡い期待は悉く打ち砕かれ、投薬治療虚しく次々と亡くなった子達からほぼ同じ場所に魔石が確認された。
病院の裏庭でマウス達を手厚く葬った。
「脳外科の先生達も、魔法と魔道具の使用ができない脳の外科手術は不可能だと」
「斧で脳開くわけにはいかないからな……ああーやっぱり新薬しかないのか?」
「体内にある魔石をどう消すか。小さな魔石なら高濃度の魔力で吸収出来る。だが、そんな事したら吸収し終える前に患者は死ぬ。魔法を使わず、薬で完全消滅させるなら、途方も無い回数の開発から治験、製薬……めちゃくちゃ時間がかかるぞ。それこそ十年単位」
「そもそも新薬の開発は、一朝一夕ではいきませんからね。でも、このまま手をこまねいているわけには……」
その他の業務をこなしながらの新薬の開発は容易ではない。
「アーサン君、君は一旦家に帰りなさい。この数ヶ月で、君の成長は目まぐるしい物だ。だが、まだ新人。ずっと働き詰めでは脳が疲れてしまう。今は休んで、今後の方針を考えるべきだよ」
「……はい」
「またな、アーサン」
「お先に失礼します。お疲れ様でした」
気を遣われてしまった。現状、ゴールとなる改善点は見つかったが、ゴールまでの道筋である解決策が無い状態。
そして、彼は隔離されているはずなのに、大気中の魔力の所為か日に日に結晶の成長が確認出来てしまった。人間の魔力を遮断出来ても空気は出来ない。
「一度摘出手術をすれば延命は出来るが……魔道具も魔法も使えない手術は術後のケアに時間がかかる。どうしても人との接触時間が増えてしまう。そうなると摘出手術で取り除いた場所に結晶が再び成長してしまう」
「うう……ジレンマ……魔法も魔道具も便利過ぎるが故の欠点が今ここに来て猛威を奮うとは」
打ちひしがれている時間は無い。この時の為に薬剤師の資格も取ったんだ。
新薬の研究に取り掛かる。病院に在籍している先生方に話を聞ける環境は助かる。
また何日も家に帰らない日々が続いた。
「で……出来た」
失敗作が。
生物由来の生薬を元に調合していたら、蛍光水が出来上がった。ただの綺麗な真水!! くそ! 時間返せ!!
「この水と調合レシピ貰っていいか?」
「いいですよ。マグナさんの好きなように」
「……おい、風呂入れ」
「ぅぐ……はい」
流石に清潔さを欠くのはヤバい。
職員用の湯汲みの部屋で身を清めて、再開する。
そして数ヶ月後……
「くぅ……違う違う違う……ココじゃない」
「うっわ……凄いですよコレ」
「おお」
「なんでこんな早く新薬生み出してんですかコイツ」
「治験の申し込みが凄い人数です」
脳の魔石に作用させようとしたら、尿路結石の薬が出来た。違うってば! そこじゃないって!
治癒魔法を最小限に工夫して何度も何度もトライするが、目的の効果は得られない。
「私には才能が無いんだ……彼を助ける才能が……」
「……認知症の進行抑制剤と回復薬?」
「回復薬は重度患者を軽度に戻すだけで、認知症の解決には至っていません。はぁぁ……」
「「「…………」」」
ボサボサの髪を机に突っ伏して荒い溜息を吐いた。
二年間、絶え間無く試行錯誤しても、何も得られなかった。
「ジャナル医院長、魔法医学会からアーサンを学会にお呼びしたいとの手紙が届きました」
「はぁぁ……断りの手紙を書かなければ」
「生み出した新薬が全て画期的な活躍を見せてますから、無理もないかと」
「蛍光水の発明で王室から観光名誉賞を贈る話も保留にしている……ああ、頭が痛い」
※※※
面会出来る時間は日に日に減っていた。点滴チューブが何本も繋げられた彼がじっと私の方を見ていた。
結晶がゆっくりと皮膚を突き上げ初めて関節は止血用のガーゼと包帯まみれ。痛みによる嘔吐や食欲不振で随分と痩せてしまった。
初めて出会った時の枯れ枝のような細さの手首にゾッとしてしまう。
「俺よりボロボロだな」
「はは、医者は忙しいから」
「……そうか」
力無く笑う彼が、とても儚くて……今にも、消えてしまいそうだった。
「なぁ……アーサン」
「なに?」
「名前を……考えようと思う」
「ぇ……」
「俺の……名前」
名前を考えると言う彼の言葉の真意に、悪寒が全身を駆け巡る。
「困るだろ……」
「なにがッ……!」
「墓石に刻む……名前が、ないと……」
「嫌だ! そんな事言わないでよ! 君が死んだ話なんて、しないでよ!」
縋り付く私の涙を拭いながら、彼はまるで思い出話を語るように聞かせてくれた。
「…………ずっと、俺はこの痛みに殺されるって、思ってた」
「!」
「名前を付けたら……死ぬ準備みたいで、嫌だった」
「…………」
「……死んでたまるかって、思ってた……だから……名乗らなかった」
私達の誰よりも、死の存在を近くに感じていたのは、彼だった。
そして、死を遠ざける為に名乗らないでいた。
彼が出来る精一杯の死への抵抗。
「けど……もう、いい。俺は、十分生きた……俺の為に……ボロボロに、なってく、お前を……もう見たくない」
「諦めないで……なんとかするから……私、なんでもするから」
「…………アーサン……お前のおかげで、いい人生だった」
「……いやぁ、嫌だぁ嫌だ嫌だ」
ああ……もどかしい。悔しい。ここまで何も出来ないとは思わなかった。私は驕っていたんだ。ご都合展開が起こると思ってたんだ。
「来世は……お前の隣に……居られる、ように……頑張るよ」
「駄目だ! 駄目だ駄目だ!! 私は、君が、今、居ないと嫌だ!!」
「アーサンは、もう、俺が居なくても大丈夫だろ……?」
「だいじょおぶなわけないだろぉぉ」
情けない慟哭が病室に響く。本当は泣きたくなかったのに、許容量を超えた私の涙腺は勝手に涙を流す。
細くなった腕が私に伸びて、頭を優しく撫でてくれるが……その手は、もう、全然力が入ってなくて、冷たい。
ああ……ああ……嫌だ。逝かないで。まだ、逝かないで……。
「ケホッ……アーサン」
「ゔ、ん……」
「ありがとう」
「ウッ、ウアアアアアッ……!」
絶対、絶対助けるから……その言葉が、喉に詰まって出て来なかった。
面会時間を終え、私はその場から逃げるように離れて、再び研究室の扉を開けた。
「っ!? アーサン、どうした」
「ぅ、うぁあぁぁ!」
「ちょっ、ちょちょ、落ち着け!」
機材を整理していたマグナさんの前で再び号泣してしまった。
私を落ち着かせる為に優しく抱き締めて、顔を肩に埋めさせてくれた。
「アイツと何があった?」
「ふぅ、ひっく……名前」
「名前?」
「名前、考えるって……墓に、必要だからって」
「…………馬鹿が」
生を諦めた友に対する悲痛な怒りを含んだマグナさんの掠れた囁き。
マグナさんはそれ以上何も言わず、私のボサボサの髪を優しく撫でてくれた。
泣き疲れるまで泣いたら不思議と落ち着いた。いや涙はまだ出て来ようとするし止められない。感情というものはどうにも出来ないらしい。
落ち着いた私から、元奴隷のエルサさん達が何故自分に名を付けたのか、その理由を説明したら、マグナさんは不機嫌のまま椅子に腰掛けた。
「墓に刻む為……そんな酷い理由で名前を考えるヤツがあるか」
「頑なに名乗らなかったのに……もう、諦めちゃってる」
「クソ。アイツらしくないな……アーサン」
「?」
「俺がアイツの根性叩き直してやる。協力してくれ」
た、叩き直す!? そんな物騒な!
「手荒な事はしないでください」
「当たり前だ! ガラス越しに発破をかけるだけだ」
「何するんですか?」
「フッ、何……」
『グイ』
マグナさんに腕を引かれて、私はバランスを崩してマグナさんの膝の上に腰掛けてしまった。向かい合わせで。驚いて硬直している私の顎を掬って、眼前の綺麗な顔が悪い笑みを浮かべる。
「見せ付けてやるだけだ」
「……はて?」
何をするつもりだろうか。
「よくわかりませんが、よろしくお願いしますマグナさん」
「(何故コイツはこんなにも警戒心が無いんだ。腹立つな)」
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