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20:飲兵衛のメランコリー
しおりを挟む酒の力は凄まじい。まるで台風のようだ。
「流石にもうやめよ?」
「おい、マジで飲み過ぎだ。もう、やめとけ。死ぬぞ」
「ヒック……お前には関係無いだろ」
「ダメだ。アーサンがすげえ心配してるんだぞ」
二十歳になった頃、マグナさんが正式にドルフィン家の家業を継ぐ後継者となった。
今月からジャナルさんが医院長をしているドルフィン病院で働く事が決まったので、祝いの席を用意したんだけど……彼の飲酒は二年でどんどんエスカレートしていた。
朝の仕事は二日酔いになりながらもちゃんとこなしてるけど、酒で腹が膨れてるからか、ご飯をあまり食べられなくなっていた。
常に酔いどれで、ギリギリの状態だ。
「アーサンもお前も……どうせ俺の気持ちなんて、わかりっこないさ」
「え……」
「酔ってないと、もうやってらんねえんだ」
そう言いながらも、甘えるように私の手に指を絡めていたが、指が震えて上手く握れていない。
アルコール中毒の症状が最近出始めている。
穏やかな生活を二人で送っていたのに、酒に出会った途端、彼はどんどん酒に依存していく。
もう自分でやめる事が出来ない程に。
「外に出ろ」
「……ああ?」
マグナさんが彼から酒を取り上げ、肩を抱くように引っ張って、集合住宅の外へ出た。私は後を追って、大声の喧嘩にならないかソワソワしながら仲裁の準備をしていた。
「お前、もう酒やめろよ」
「……お前に何がわかるってんだ」
「何もわからない。でもな……お前が酒に逃げてると……辛いんだよ。見てるこっちは」
「辛いお前らの為に、俺が辛い思いしていいのか?」
「せめて何が辛くて、何から逃げようとしてるのか教えてくれ」
彼は、苛立ちながら心配するマグナさんの横を通り抜けて、私の前まで千鳥足でやってきた。酒で微睡む眼差しは、酷く無気力だ。
彼は、ゲームの中の彼に随分と似た出立になってきている。ろくでなしの飲んだくれと評された彼に。
「アーサン……俺ぁお前の側に居たい……けど、酒がなきゃ無理だ」
「……どういう、こと?」
わからない。何故、酒が無いと私の側に居れないんだ?
問いただそうと思った時、彼の身体がガクンと膝から崩れ落ちた。
「ちょっ!」
「おい! くぁ~~コイツ……寝てやがる」
「……マグナさん、お酒ってどうやって断つといいんだろう」
「無理矢理禁酒させちまえって言いたいところだが、コイツ何しでかすかわかんねえしな……」
部屋に運んでベッドへ寝かす。私はため息をついた。
「……もっと私がちゃんとしなきゃ」
「アーサン、コイツはもう大人なんだ。甘やかすのはやめろ。エルデンや孤児院の子達の教育にも悪い。ちゃんとしなきゃいけないのはコイツの方だ」
「でも、なんか引っ掛るんだよね……」
酔っ払いの戯言として片付けられない言動がある気がする。
翌朝、酷い二日酔いで朝仕事から帰ってきた彼に貝の吸い物と水を飲ませてから、一緒に出かける事にした。彼は乗り気ではなかったけど、ついてきてくれた。
学園祭での事があってから、彼は外出時に手袋をするようになった。
「アーサン、ちょっと酒屋に」
「今日はダメ。ちゃんと酒抜いてから飲んで」
「……禁酒にはしないのか?」
「だって、お酒好きなんでしょ? 飲まないとやってられないとか、私と居られないって言うなら、節度守って飲んで」
「………んーーあーー……頑張るよ」
酒屋を通り過ぎ、開けた場所へと辿り着いた。
「畑?」
「エルサさーん、ココルデさーん、手伝いに来ましたー!」
「まぁーありがとうアーサン君」
「おっ、君も来てくれたんだ! おーい、おちびちゃん、お兄ちゃん達来たよー!」
『ピョコ』
野菜畑の中からひょっこり顔を出したエルデン君が、私達を見つけて大口開けて満面お笑みでパタパタと駆け寄って来る。
撃ち抜かれる心臓二個。
「「うっ!!」」
「アーサン、お兄ちゃん、こんにちは!」
「こんにちはエルデン君。パパとママのお手伝い偉いね」
「ああ、凄く立派だ」
「んへへ~」
二人の畑は年々広くなっている。作物の種類も増えたし、手入れも魔法じゃ追い付かない。
今日は見知った相手の畑で黙々作業をする日にする。
人と接する事を避ける彼にはうってつけだろう。エルデン君が居るから、ご両親に酒をせびったりは流石にしないだろ。
「雑草を抜くだけでもすごい手間だな」
「でも、集中して時間が過ぎればあっという間でしょ」
「それは、そうだが……」
エルサさんとココルデさんの様子を横目に見て、膝を摩る彼がウンザリしたようにため息を吐いた。
「酒が飲みたい」
「仕事終わってからね」
「くそぉ~」
久しぶりに酒の入っていない彼と話す気がする。
酒屋のおじさんとは昔っからの顔馴染みで、常連になったから毎度おまけをつけてもらっているが、最近ちょっと金が厳しい。
節制して酒買うって、ヤバめのサラリーマンみたいで危機感出て来た。
こうやって飲まない時間を作ってやらないとな。
「お兄ちゃん、みみずいた」
「そうかそうか。それは良い虫だから土のお布団をかけてやれ」
「わかった!」
可愛い。微笑ましい光景だ。
ミミズを土に戻すエルデン君の頭を撫でようとして……手を引っ込めた。土で汚れてたのかな?
全員で黙々と草むしりをして、お昼をご馳走になった。
「んっ、んっ!」
「そんな一気に詰め込んだら」
「ゲホゲホッ!」
「ほらぁ~」
食事の場に子どもがいると賑やかだ。
エルデン君は食事が終わると、よいしょよいしょと私の椅子に登って、ちょこんと私の足の上に座った。
「(は? 可愛過ぎない?)」
「ごめんなさい。最近乗りたがって」
「いいですよ。ふふ、大きくなったねー」
「全くだ」
「んひひ!」
五歳にもなるとだいぶ重い。あの片腕に収まるサイズだった子が、こんなにも健康的に成長している。
「もうひと頑張りしましょうか」
「おー!」
お昼が終わったら、再び雑草抜きを再開する。
四時頃まで続け、慣れない体勢で長時間労働したから、疲労感でクッタクタだ。
彼と共に抜いた草を堆肥用の場所に集めて山を作っておく。
「……あーさん」
「大丈夫? フラフラだけど」
「…………やばい、かも」
「そんなに?」
錆び付いた機械みたいにギギギギっと首を動かして、彼は力無く私の肩に寄りかかる。
「……酒」
「帰ったらね」
「…………ん」
支えながら歩いていると、エルデン君が無邪気に彼の腕にしがみついた。
「お兄ちゃん、おんぶし──」
『ドン!!』
「ッ!?」
私は、目を疑った。眼前の光景と出来事に。
腕にしがみついていたエルデン君を、彼は……
『ドサン』
「……ぅ、うええええん!」
思いっきり突き飛ばした。
エルデン君は派手に地面に転がったが、怪我は無いようだ。しかし、急な事に驚いて泣き出してしまった。
「どうしたの!?」
「何があったんだ?」
「ッ、おい、突き飛ばす事な、い……だろ?」
『ボタ……ボタボタ』
彼を咎めようとしたら、突き飛ばした手首から血が滴っていた。
「う……うぅ……」
「怪我したの!? 見せて」
彼の手首を見て、私は絶句した。見た事のない傷口だった。いや、コレは……病の症状だ。
「皮膚……内から、突き破ってる……骨じゃない…………透明な」
「はっ……はっ……いだぃ、痛い」
「い、痛いよな! 大丈夫、治して「今触らないでくれ!」……ぇあ」
「ひっく、うわああん、ごめんなさい! ごめんなさぁい! 僕が、お兄ちゃん怪我させちゃった!」
エルデン君が泣きながら彼に謝罪している。エルサさんとココルデさんは状況を把握しきれず、狼狽えていたが彼の傷の事もあり病院へ行く事になった……が。
「頼むからココルデ、お前は来るな」
「でも、アーサン君だけじゃ時間がかかる」
「エルデンの側にいろ。お前の所為じゃ無いって二人で言ってやれ。親の役目だろ」
「でも」
「……ココルデさん、任せてください。私一人でも大丈夫ですから」
私は彼を背におぶって、急いで病院へと走った。
彼の手首からは依然、異物が飛び出して血を滴らせていた。
ここらで一番大きな病院は、彼の病院だ。
「ぅ、うう……ココ嫌だ……」
「ごめん! ここしか頼れない!」
背中で愚図る彼の意見を聞いてはいられない。胸がザワザワする。臓腑が冷えていく。
「すみません! 急患です! ジャナル・ドルフィン医院長はいらっしゃいますでしょうか! アーサンとお伝えください!」
「先生方じゃなくて、医院長ですか?」
「はいっ……恐らく、ですが……成人男性の魔石結晶性関節症です」
「は!? え、すぐにお呼びします!」
地球には無い病気の事は、覚えてる。魔石の病気も、楽しくていっぱい読んだ。けど、まさか彼がこんな事に。
「……なに?」
「うう……ごめん。ごめんね、ずっと気付かなかった。ずっと一緒にいたのに、ぜ、全然」
「アーサン様! こちらへ」
「あい!」
看護師さんに呼ばれ急いで彼を病室へ運び込む。
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